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不死の姫と勇敢な騎士

76 矜持

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「武器を取れ! 裏切り者を許すな! 帝国兵の誇りを取り戻せ!」
「うおぉぉぉぉ! 皆のもの、ヴァンゲンハイム卿に続け!」

 ヴァンゲンハイム卿と呼ばれた男が剣を高らかに掲げ叫び、鼓舞する。先程まで混乱でただ逃げ惑うしかなかった兵たちの様子が一変する。

「盾部隊前へ! 進路を塞げ!」

 悲鳴と断末魔で混乱を極め、バラバラであった帝国兵があの男の声で秩序だった行動を取り始める。

「我はブーゼ帝国ヘルツ騎士団長、コルネリウス・フォン・ヴァンゲンハイムである!」

 ご丁寧にも名乗りを上げ、私たちの前に立ちはだかるコルネリウス。あの指揮官同様に背中にマントを羽織っている。だがアレとの違いは絶対的な風格である。名将と呼んでも差し支えのない貫禄を漂わせている。

「騎士の神聖な戦場を穢(けが)し、食料難の我が軍を懐柔する無礼者どもめ! このコルネリウスが愛するブーゼ帝国のため成敗してくれる!」

 なんともこちらとは温度差を感じる男である。国の存亡を賭け、死に物狂いで戦いに挑んできた私たちと奴では戦場の意味が違うようだ。精々コルネリウスにとっての戦場とは武勲を上げ、その愛する帝国とやらの発展に貢献することが至上なのであろう。

 そのくだらない矜持で貴様はどれほどの国を滅ぼしてきたと言うのだ。

 南一帯の国を滅ぼし、我が領土とした帝国。ベルク同様必死に戦い、そして敗れたのだろう。交流もない他国ではあるが、圧倒的な暴力でねじ伏せられ、奴の武勲となったと考えると妙に腹立たしかった。

「不死の軍勢(エインヘリアル)!」

 新たに倒れた帝国兵たちに仮初(かりそめ)の命を与え、呼び起こす。コルネリウスの正義面を引っぺがし、恐怖に歪む顔を拝んでやりたいと言う衝動に駆られた。そんな思いが湧きあがるなど、私自身に驚く。

「なんと面妖な! 指揮官殿の言葉は真であったか! 死者を愚弄する呪いの使徒め!」

 驚きの表情を見せるも一層に闘志を燃やし高ぶらせる。コルネリウスが私に向かって突撃を開始した。先程の様子を見て首謀者が私だと当たりを付けたらしい。

「帝国の勇敢なる騎士たちよ。悪魔の所業に臆するな! 正義の名の元にあの悪魔を討てぇぇ!」
「おぉぉぉぉ!」

 これではまるで私が悪者だ。この戦いが後世に語り継がれるのならば、奴はさしずめ正義の主人公だろうか。

 だが、こちらにはこちらの正義がある! どんな汚い手であろうと、悪魔の所業と謗りを受けようとも! 国を守りたい、民を守りたい、大切な人を守りたいことに変わりはない。

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