ハズレ英傑の受難

まるいどらやき

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本編

第1話:討伐小隊・ライリーダ

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 英傑とされる人物は普通、この街“ミリューチェ”の有力者から直々に下される任務に就き、東奔西走している。内容の多くは復活の近い魔王に対する事案である。
 しかしゲラルトはその普通の枠には入れられなかった。転生し、“アザー”での生活を初めて一年が経過した今もなお、だ。
 腹は立ったが、先に来ていた転生者と比較すれば、それも当然だな、と当の本人は納得もしていた。

 自分と違ってハズレではなかった転生者は四人。
 うち一人が三段階ある印の階級で言うと上位の黒鉄級ブラッククラスであることを除けば、他は全員紅銀級オーバークラスという、転生者のみが到達する最上位だった。それも最初からだ。

 その判別はしるしの色で行われる。
 ゲラルトのしるしが当初の青色ならば青銅級ブルークラスとされたように、黒鉄級ブラッククラスは黒色に、紅銀級オーバークラスは赤色へと変化する。
 この変化を“覚醒”と呼び、しかし条件が多岐にわたるため詳しいことは解明されていない。自身の成長によって、あるいは何かをきっかけに突然、という場合もある。

 実はゲラルトも最初の覚醒を転生して間もないうちに経験しており、既に黒鉄級ブラッククラスへと昇格している。
 間一髪で死線を超えた、その時の出会いによって得た経験と努力が実を結んだのだろう。
 しかし一部の者から称賛を受けたものの、周囲からの扱いは変わらなかった。あくまでも、英傑としてはハズレだったからだ。

 それらを表立った理由にしないものの、他の転生者と違い街の外部へ有害な魔物の討伐を任務とする小隊への配属を命じられた。
 ハズレと言われつつも一応は英傑であるがゆえ、適当に扱うわけにもいかず、どうにか妥協点を模索した結果であろうことは容易に想像がついた。
 うっかり死んでくれれば、更に加えれば代わりの強い転生者が現れてくれれば儲け物。といったところだろうが、ゲラルトからすればそんな思惑など知ったことではない。
 有力者連中の期待をこれまでずっと裏切り続けてはや一年。そろそろ業を煮やす頃だろうか。を企てた連中だけに、油断ならない時間が続く、そんなある日。

「おいゲラルト、出発前に新隊長が挨拶だとさ」

 前回の討伐遠征の際、隊長が魔物から小隊の仲間を庇って死ぬ事件があった。
 多発するイレギュラーをギリギリで捌ききった、と思った最後の、一瞬の弛緩した空気を突いたかのような一撃によるものだった。
 高圧的な隊長が多い中で、周囲からハズレと罵られるゲラルトにも分け隔てのない、実力も人格も申し分ない人だった。
 その代わりというのが、

「ガリスだ」

 非常に短い自己紹介を済ませた、ベテランの風格ただよう壮年の男。ところどころをツギハギにしたような傷の縫い跡が残っており、くぐってきた死線の数を思わせる。
 その姿を、ゲラルトは見たことがあった。最近現れ、特に注目されていた冒険者で、強力な魔物が多い東の山中へ向かうクエストも単独で遂行した実力者だ。
 何度かパーティを組んだ冒険者たちからは、優れたリーダーシップと申し分ない実力から高い支持を得ている。
 討伐隊での活動実績が全くないにも関わらず、いきなり隊長を任されたのは、それら高い実力と信頼によるものだろう。
 ただ、一つ気になることがある。

「訊いてもいいか? なぜアンタほどの男が討伐隊に入った。討伐隊の固定給より、高い報酬のクエストを受け続けていた方が実入りはいいだろうに」

 討伐隊は他に警ら隊など、複数に枝分かれした組織の一つで、大元は街の有力者数名からなる議会。
 給金もそこから出ており、基本的に固定。何かしら功績を上げた場合はボーナスなども出るが、そうそうない。

 対して冒険者たちが各個人で受注するクエストは、依頼者とギルドによって定められた金額が支払われる歩合制。
 遂行する難易度によるが、ガリスほどの男ならば高額報酬のクエストを数回達成する程度でも十二分な生活ができるだろう。

「誰でも老いには勝てん。最近それを痛感した矢先に勧誘された。お前たち後進の育成をメインに、という条件でな」
「……ふぅん?」

 そうでもなければ、確かにこの位置にはいないだろう。
 しかし、なんだろうか。どこか心の片隅に引っかかるような違和感は。

 曲がりなりにも英傑という立場上、関わる人間はそこそこの数いた。
 それらと話す中で、どうしても言葉の、表情の裏に隠されている、伝わっては具合の悪いものが見えるようになった。
 巧妙に伏せていてもわかってしまうほどに、経験則だが、だからこそ信頼できるこれが警鐘を鳴らすのだ。

「ゲラルト、行くぞ」
「ん、ああ」

 しかし時間は残酷に過ぎていく。既に出発時間をわずかに過ぎてしまっていた。
 仕方がない、とかぶりを振って新しい隊長と気心の知れた仲間の後を追う。
 今日の遠征は連携の確認を兼ねた、近場でのザコ狩り。一抹の不安はあるが、そうそう何か起こるものではないだろう。
 そう、思っていた。この時は。


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 小隊は新隊長のガリスと、ハズレ英傑のゲラルト。続いて大剣を背負う、恰幅のよい体をしたチャップ。そして二槍を携えた、細身で背の高いヨーマの四名で構成されている。
 チャップ、ヨーマとは同じ隊に属してから今まで変わることなく長い付き合いになる。
 入隊当初こそ険悪な空気が漂っていたものの、互いに実力を認め合ってからは、英傑云々など関係なく、良好な関係を築けている。
 ガリスが持つ高い能力、そして統率力がそれらと組み合わさってザコ狩りはあっという間に終わった。パーティとして行う戦闘のしやすさが以前の数倍は上に感じたほどだ。

 そのせいだろうか、予定以上に街から遠くへ、更に時間も進んでしまっていた。
 ゲラルトが持つ能力のおかげで食糧や野営支度にはまったく支障ないから、問題はないのだが。

「なあ、今日の魔物の動き、どこか変じゃなかったか?」

 まだ太陽が見えているうちに、早めの夕飯の支度をこなしながらゲラルトが訊ねる。
 確かに連携等々、いつも以上の手応えがあった。ただそれらに引っ張られて見落としそうだったものを、最後の戦闘でかろうじて拾い上げていた。
 しかしチャップもヨーマも、果てはガリスも、気のせいだろう、いつも通りだと首を横に振った。
 結局のところ、ガリスが言うのだから、ということで話は終わった。ゲラルトも思うところはあったものの、それ以上の追求はしなかった。
 だからといって心中のもやが晴れたわけではない。本当に気のせいだったのだろうか。
 支度の手は休めずに、今日の魔物の動向を一つ一つ思い返す。もっと決定的なものはなかったかと模索していた時、緊張が空気を伝って肌を刺した。

「敵襲だ! 羽叩兎ラビートの群れが接近中。数は、……とにかく多い!」

 羽叩兎ラビートはウサギ型の魔物で、樹木等を大きく発達した耳で叩いて落ちてきた木の実や果物を主食としており、本来は人間を襲わない、比較的おとなしい性格をしている。
 それが、大きな群れをなして襲いかかってくるなど、とても想像がつかなかったが、しかしチャップが指差す方向から砂塵を舞い上げながら接近する羽叩兎ラビートの集団が見えた。

「今日は本当におかしな日だな、……くそっ!」

 おかしい、の一言では済まない異常事態の中、各々が武器を構え、応戦のために隊列を整えた。
 最前線にガリス、右後方にチャップとヨーマが等間隔で並ぶ。しかし羽叩兎ラビートの群れはそれらに目もくれず、左後方に控えるゲラルトへと殺到した。

「“矢武雨やぶさめ”!」

 ゲラルトの持つ“しるし”が黒鉄級ブラッククラスへ変化した際に物を入れ、ただ出すだけだった能力に新しい要素が付加された。
 それが物を取り出す際に魔力を追加で消費することで、対象物に勢いを与えて飛ばすことができる、というものだ。
 例えるならば取り出される対象物が弓につがえる矢。弦の引き具合によって放つエネルギーの調整、増減を魔力によって行う。

 いまゲラルトが使った“矢武雨やぶさめ”は数十本単位で縛りまとめられた矢の束を発射、と同時に縛っている紐を長剣の先端で切り落とすことで矢尻や羽、胴体同士の接触を発生させ、多方位へ広がる散弾のように放つ技だ。
 今回は想定よりも拡散しなかったが、羽叩兎ラビートが団子のように固まっていたため倒した数は思っていた以上に多かった。
 しかしそれらは第一陣だったようで、その奥にはまだ相当数が残っている。第二陣以降も、目標はまっすぐゲラルトに向かっているのがすぐにわかった。

「チャップ、ヨーマ。ワシとゲラルトでこいつ等を引きつけている間に街へ報告に戻れ!」
「待ってくれよ、数は多いけど全員で倒しきれるんじゃないか?」
「異常事態だ! 誰か一人でも帰還して報告しなければ甚大な被害になる可能性が高い。わかったら急げ!」

 第二陣の先頭を薙ぎ払うガリスと、二度目の“矢武雨やぶさめ”を放つゲラルトを交互に見る。
 チャップとヨーマは一瞬の迷いはあったものの、二人の無事を信じ、街へ戻る決断をした。

「必ず追ってこいよ!」
「わかったから、早く行け!」

 もったいないと思いつつも、スープの入った鍋をひっくり返して火の始末をし、走り出すチャップとヨーマ。
 “羽叩兎ラビート”の群れの第二陣を凌ぎきり、街へと走る二人の姿が見えなくなったことを確認したガリスは、ゲラルトを伴って東へ向けて走った。

「なんだってまた、こんな事になるんだかな」
「さてな。とにかく今はアレを街に向かわせないことだ。しばらく走るがついてこれるな、ゲラルト?」
「当たり前だ」

 ため息まじりに応えながら、後方をチラリと見やる。羽叩兎ラビートの群れはやはり、ゲラルトを狙ってまっすぐ追ってきているようだ。
 羽叩兎ラビートの肉は香草焼きが絶品だ。だからといって最近よく食べてはいたが、それで恨まれでもしただろうか。
 そんな訳ない。くだらないことを考えている場合ではないと、ゲラルトは改めて気を引き締めた。


 羽叩兎ラビートの群れを全て退けたのは結局、夜遅く、周囲が何も見えないほど暗くなった頃だった。
 晴れた空から降り注ぐ月明かりだけが、わずかに息を乱すガリスの横顔を照らす。ゲラルトは肩で大きく息をついているというのに、とんだ化け物に思えた。

「まさかここまでとはな」
「ああ。ハアッ……悪かったな、付き合わせたみたいになって」
「いや、そんなことはない」

 息を整えながら剣を鞘へ戻していたゲラルトだったが、背後から不意に、大きく強烈な衝撃が襲った。

「むしろ好都合だ」
「…………!? ガ、……リス……?」

 視界が闇に沈み込む直前、最後にゲラルトが見たのは、ガリスの刺すような、冷たく光る視線だった。


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「──ンさま! 無事に戻られて何よりです!」

 誰かの話す声が聞こえる。今の嬉々とした声の誰かと、それに応えるガリスのもの。
 徐々に戻ってきた体の感覚を確かめながら、自身の置かれている状況を整理した。

 ゲラルトは現在、ガリスの肩に担がれている。ただ無造作というわけでなく、手は後方で固く縛られている。
 場所は、東に位置する山岳地帯のどこか。視界の左側に切り立つ崖と激しく隆起した岩肌が広がり、吹き荒ぶ突風が鳴き声のような音を立てながら駆け抜けていく。
 自然は見えるが、ここからではだいぶ遠くにある。それだけ山岳地帯の中でも、特に危険な深部まで入り込んでいるのがわかった。
 なんでこんな場所に。

「寒いな」

 思考とは違う、率直な感想が出た。
 どれだけ時間が経ったか不明だが、これまでの間に何も口に入れていない。冷たい風も相まって体が芯から冷えている。

 そんなこと知るか、とでも言いたげなガリスと目が合う。
 逃げるなど微塵にも思っていないらしい。ゲラルトを肩から下ろし、ついてくるように促す。
 実際、逃げるのはよほど意表をつかない限り難しいだろう。ガリスはこんな状態でも気の緩みが感じられないし、その傍にいる謎の男もそこそこの使い手だ。

 足を進めながら、脳内で“門術ゲート”を使って収納した物を整理する。形状と大小様々な刀剣、槍、矢の束、盾、乾物を主とした食料各種、その他雑品。
 迷惑だと何度も突っぱねた、から貰ったものの片方も役に立ちそうだ。
 勘付かれないように手順を再確認して行動に移す。速やかに、かつ大胆に。

「なあ、これを首に巻いてくれないか。寒くてかなわん」

 そう言いながら“門術ゲート”で長い長いマフラーを取り出し、二人に見せて渡す。
 怪訝そうにしながらも律儀にしっかり巻いてくれるあたり、すぐに殺すつもりではないようだ。生かしておくことで何か取引の材料にでもされるのか、あるいは別に目的があるのか。
 知りたいことは山ほどあるが、知れる環境に入ったら最後、まともに生きて戻ってはこれない可能性が高い。勘だが、そんな気がした。

「ありがとうよ。それと……、じゃあな」
「!! きさまっ!」

 二人の慌てた顔が見えたのは、ほんの一瞬だった。
 ゲラルトは地面を思い切り蹴って崖の方へと飛び出し、と同時に、右手からレイピアを放った。
 矢武雨やぶさめを放った時と同じだ。魔力の弦を引き絞り、対象物レイピアを発射する。
 そうすることで自身の体ごと遠方へ飛ばす。それが唯一、脱出できる方法だと考えた。レイピアの刀身が左手を貫通することも、承知の上だ。

「────っ!!!!!」

 マフラーの繊維が千切れそうなほど食いしばり、悲鳴が上がるのをこらえる。逃げ、隠れられたところで、自分の位置を教えて見つかってしまっては意味がない。
 幸いなことに想定よりも遠く、ちょうど木々の生えたあたりまで飛んできたあたりでガクリと高度が下がり始めた。
 このまま地面に激突するわけにはいかない。せめて枝をクッションにでもして、うまく着地したいところだ。
 うまくタイミングを見計らい、二本目のレイピアを発射する。激痛で飛びそうになる意識を無理矢理に留めながら着地の体制をとろうとした、その時、事故は起きた。
 レイピアが枝葉に引っかかり、バランスを崩して落下した。その衝撃で手の拘束は解けたが、左手の上半分がレイピアによって切り裂かれ、あたりに散らばった。

「あ゛あ゛っ! ガァっ……グッ……!!」

 左手を襲う激痛と燃えるような熱に耐えながら、奇跡的に無事だった右手から“門術ゲート”で取り出したのは氷の塊。まさか、二つ目まで役に立つとは思わなかった。
 続いて血の跡を追って散らばり落ちた指や肉片を可能な限り拾い集め、砕いた氷と一緒に麻袋へ詰め込んだ。

「死んでたまるかよ……!」

 最後に布で縛って傷口を止血し、息を整える間もなく、街へ向かって歩き出した。

「生き残ってやる、絶対に……!」

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