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番外編 執着 ~勇者アイオロスの悲恋~

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 本当は君の笑顔が守りたかった。
 ただ、それだけを心から願い、祈った。


 勇者アイオロスの願いは単純だった。
 初めの動機はどうであれ、魔王討伐の道中では真実、そのためだけに彼は剣を手に戦い続けた。
 だから、聖女の奇跡を本当は拒みたかった。聖女の身体の喪失を伴う奇跡など阻止したかったのだ。
 勇者としての本質を宿した彼には、最後の最後まで口に出来なかったが。
 何故なら。
 それを口にすれば前進できない事を既に悟っていたからだ。



 「グフッ!」
 心臓を僅かに逸らし、胸部を刺し貫かれた刃を見る。自身の攻撃により魔王の首は胴体と二つに分かたれた。
 「聖女、ロザリア」
 霞む目を向ける。
 「ごめんなさい。わたしは、もう。あなたを加護するために、右腕も、もうない。もう、何も対価にはできないの」
 分かっていた。
 戦いの最中、加護がかけられた事も。
 「魔王の攻撃から癒すのに、左目も。ごめんなさい」
 「いや奇跡はもういいんだ。もう、大丈夫。魔王は滅んだから。安心してくれ」
 「そう。良かった」
 逝かないでくれ。
 僕を一人にしないでくれ。
 本当は心の底から、そう叫びたかった。
 だけど。
 君にそんな非情な事をもう願えない。
 「わたしは先に逝きます。賢者イディオンが待っていますもの。ねぇ、勇者アイオロス。わたしたちは、また巡り会うから。どうか、悲しまないで。あなたを一人にしてしまうのがひどく怖くて。嫌な予感がするの。おかしいわね?あなたは勇者なのに」
 聖女よ。
 君が感じた予感は正しい。
 「わたしの、勇者アイオロス」
 僕も予感がするよ。
 君にそう呼ばれるのも、これが最後だと。
 「ああ、何だい?僕の聖女ロザリア」
 どうか、僕が涙を流している事を彼女に悟られませんように。
 彼女の安らかな死を妨げませんように。
 「お願い。死に顔は見ないで?きっと、とても酷い有様でしょうし。どうかわたしの綺麗な顔だけを覚えていて」
 そんな訳があるものか。
 君はこの世で最も美しいのだから。


 事切れた聖女の骸を抱き上げる。
 あぁ、何と軽くなってしまったのか。
 「ねぇ?ロザリア。君は知らないだろうけれど僕は君の笑顔が好きで」
 世界は救われたのに。
 この手で確かに救ったのに。
 どうして誰より大切な君の命は僕の手の平から零れてしまったのだろう。
 「その笑顔を守りたかったんだ」
 世界には今、光がさしているのに。
 でも。
 君のいない世界が僕にとって何の価値があるのか。

 『聖女ロザリアと申します。聖女になりました際に洗礼名としてこの名を授かりました。どうかロザリアとお呼び下さい。わたしの勇者アイオロス』

 君にそう呼ばれることが気恥ずかしくもあり、誇らしくもあった。
 「ローズ。君はもう聖女でなくなったのだから、そう呼んでもいいかな?」
 あとどの位、この命がもつのか。
 だが、まだ死ねない。

 神よ。
 かつて僕が愛したこの世界の方隅で、僕は心から願わん。

 どうか我に最後まで聖女ロザリアを守護させたまえ。
 彼女がその終の住処で眠りにつくまでで構わない。この身が魔物の餌食になろうが、そんなもの構わない。彼女の他にどんな代償を支払らっても構わない。

 どうか。
 彼女に叶わぬ恋をして、報われることなく終わってしまったこの恋心に免じて、ささやかな奇跡を起こしたまえ。


 
 剣聖と決別した勇者達は誰一人生還しなかった。
 勇者アイオロスは聖女ロザリアの骸を抱えて魔王領を脱出した後、魔王領に一番近い古ぼけた礼拝堂に聖女ロザリアの骸を安置すると、そのままその場で事切れた。
 彼は自身の魔王討伐の報酬として聖女ロザリアを守護する力と時間との双方を願い、そして叶えられたのだ。


 古ぼけた礼拝堂は神の力によって守護されて、以後、未来永劫何人たりとも入る事の出来ない不可侵の領域となった。
 後に勇者アイオロスの兄、グレンディア帝国の帝王アイオリアは賢者イディオンの墓を開け、彼の遺骸をこの地へと運んだ。すると待っていたかのように、賢者イディオンの遺骸は、光と共に礼拝堂へと吸い込まれた。
 帝王アイオリアはこの善行により、その帝位の間、天災に苦しむ事も、不治の病に冒される事無く国を治めた。
 アイオロスと仲の良い兄弟であった帝王アイオリアは死の床で遺髪を出きるだけ近くに葬って欲しい、と言い残し他界した。
 死した勇者アイオロスの為、その死後における様々な事柄を一手に引き受け、賢者イディオンの遺族を国に招き手厚く保護したこの帝王を人々は「賢王」と讃えた。






 コメント

 剣聖と決別した勇者達の後日です。
 悲惨この上ない結果ですが、これを教訓にして後に続く勇者達の団結は高まったので何とも言えません。
 彼等の犠牲を「尊い犠牲だ」などと嘯いたアホな輩は少なからずいましたが、もれなく天罰が下りました。
 この世界の神にとって彼らの生死は実は問題ですらありません。
 神々にとって重要な事は、彼らがどう生きたかという事。その過程なのです。
 また、後の世では彼らの眠る礼拝堂跡地を訪ねて周囲を浄めるのが、聖女の任務に加わりました。
 更にはこの後日談が光の化身テオドロスの養育に大きく影響しています。



 勇者アイオロスが真に愛した世界に願った全てを、彼が救済し、愛されていた世界そのものが答えた結果です。
 





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