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20.次の世界へ
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ランゼローナは、異世界逃亡の計画を話してくれた。
まずは、ランゼローナが知る限りで一番魔力濃度が薄い世界に転移する。
それから、僕は世界間転移の魔法を使う訓練をする。
そして、徐々に魔力濃度が濃い世界への転移を繰り返し、最終的には僕が元いた世界に帰ることが目標だという。
「……ランゼローナ……僕の世界に来るつもりなの?」
彼女の髪を見ながら僕は言った。
いくら何でも、彼女のエメラルドグリーンの髪は目立ち過ぎる。
「私は途中でお別れするわ。悪いけど、貴方の世界には行きたくないもの。きっと、この世界より遙かに荒んだ、腐った世界なんでしょうね」
以前ミミにも同じようなことを言われたが、今回は怒るに怒れなかった。
「……僕の世界の人達だって、本気で世界を壊したいなんて思ってないよ。本当に世界がおかしくなるって知ってたら、そんなことを思うはずがないんだ」
「だといいけど」
ランゼローナは、僕の言葉を全く信じていない様子だ。
それでも、僕には元の世界がそんなに悪いものだと思えなかった。
「まあ、今からそんなことを考えていても仕方がないわ。貴方には覚悟してもらう必要があるの。まずは、最初の転移の直後よ。きっと、私は疲れ切って何もできないはずだわ。そのタイミングで野生の猛獣にでも襲われたら、おそらく私達は助からない。その場合は、運命だと思って諦めて」
「そんな……」
「それだけじゃないわ。もし貴方が、世界間転移の魔法を身に付けることに成功しなかったら、最初に転移した世界で一生を終えることを覚悟してもらう必要がある」
「……今気付いたんだけど、皆で僕を元の世界に送り返してくれれば、万事解決するんじゃ……? ていうか、そもそも僕を殺す必要って、一切なかったんじゃないの……?」
「あら、気付いた?」
「ちょっと!?」
「冗談よ」
「こんな時に冗談はやめてよ!」
「それは無理よ。だって、何人か例外はいるけど、この城の偉い人の総意として、貴方を生かして元の世界に帰すことには反対なんだから」
「……えっ?」
「貴方は世界間転移の魔法の存在を知ってしまった。だから、貴方を元の世界に帰したら、大軍を引き連れて、この世界に侵攻してくるかもしれないでしょ?」
「……」
この世界の人間は、そんなことを心配していたのか……。
今の僕が元の世界に帰ったところで、自力で魔法を開発し、軍隊を組織して世界間戦争を起こすことなどできるはずがない。
あまりにも荒唐無稽な話だが、それを本気で心配している人が、この城には何人もいるのだろう。
「私が決断を迫った時に、貴方が元の世界に戻る決断をしていれば、私以外の誰かが貴方を殺していたでしょうね」
「じゃあ、どっちを選んでも僕は命を狙われたんじゃないか!」
「そうね。私としては、帰る決断をしてくれることを願ってたけど」
この人は、そんなことを考えながら、僕に元の世界へ帰るよう勧めていたのか……。
やはりランゼローナは危険だ。
センスが普通の人とは違いすぎる。
それは、異世界の人間だから、ではないだろう。
この世界においても、彼女は異常であるに違いない。
選択肢が他にないから仕方がないとはいえ、彼女と共に旅をすることこそが最大の問題点であるように思えた。
計画を実行するのは、僕がある程度動けるようになってから、ということになった。
ランゼローナが部屋から出て行ってから暫くして、ローファが部屋に入ってきた。
「おにいちゃん、レムがお話したいって……」
「……悪いけど、今は誰とも会いたくないんだ。帰ってもらいたいんだけど」
「うん……」
ローファは悲しそうな顔をして部屋から出て行った。
レムにもローファにも悪いことをした。
でも、今レムに会うわけにはいかない。
彼女の性格を考えれば、僕らの計画を知ったら付いてこようとしかねないからだ。
しかし、異世界への逃亡は危険な旅だ。
巻き込むわけにはいかない。
でも、こうなるとミミと会うのも嫌だな……。
それからの数日、僕は身体を回復させるよう努めた。
ローファはずっと僕の近くにいてくれた。
僕を無事に逃がすことが、今の自分の責任だと思っている様子だった。
ミミは時々僕の元にやって来た。
彼女は、レムや自分が掴んだ情報を僕に伝えてくれた。
災害による避難者の様子や、僕とランゼローナの責任を問う声が城の中で高まっていることなどだ。
そういった話も、勿論気になった。
しかし、僕は、彼女が突然怒り出して僕を殺そうとするのではないかということが心配だった。
幸いなことに、ミミは淡々としていて、怒った様子は一切見せなかった。
それはそれで不気味だったものの、彼女が何を考えているのかを面と向かって尋ねる度胸は、僕にはなかった。
「今夜、決行しましょう」
ある日、ついにランゼローナからそう言われた。
最近、パヒーネスの雰囲気がおかしくなり始めていた。
城の方に、敵意を向けてくる者がいるのだ。
それも、僕にも分かるほど大勢である。
ローファがずっと近くにいてくれなければ、僕はとっくに民衆の前に引きずり出されているだろう。
しかし、ローファに守ってもらうのも限界である。
僕の身体は、日常生活ではほとんど問題ない程度には回復している。
ランゼローナの決断は正しい気がした。
この期間、僕は可能な限りの魔法の修行をした。
小さくて軽い物を動かす訓練や、世界間転移の魔法の理論を学ぶことなどである。
しかし、身体が本調子でないこともあり、物を動かす訓練は充分に行えなかった。
若干成功率が上がった気はするものの、実戦で使うのはリスクが高すぎる。
そして、世界間転移の魔法は、話を聞いても全く使える気がしなかった。
元々、この世界の魔法は「体感させる」ことによって伝えられていくことが多いらしい。
少なくとも、同一世界内における転移魔法は使えるようにならなければ、世界間転移は不可能であるように思われた。
「じゃあ、僕はもう行くよ」
僕はローファに告げた。
「おにいちゃん、元気でね」
ローファが涙目で言った。
「今までありがとう。今日まで僕が無事だったのはローファのおかげだよ」
「ごめんね、私のせいでこんなことになって……」
「ローファのせいじゃないよ。それに僕は、この世界に来なくても幸せになれたか分からないんだ。こうなったのは、結局全部僕のせいだよ。ローファが気にする必要は無い」
「うん……」
「君はこの世界で一番偉いんだ。地位がある人は、民衆の心の支えにならないといけない。それを君に押しつけて、僕は逃げ出す。恨んでもいいんだよ?」
ローファは首を振った。
ファラやランゼローナが溺愛するわけである。
この子に会えたことが、この世界に来て一番良かったことかもしれない。
僕はローファにお別れを告げて、ランゼローナの部屋に向かった。
ランゼローナの部屋に入って、僕は絶句する。
部屋の中には、ランゼローナの他に、何故かレムとミミがいた。
「予定どおりの時間ね。それじゃあ行きましょう」
「ちょっと待ってよ! どうしてレムとミミがいるの!?」
「私は、ヒカリ様を必ず幸せにするとお約束しました。なので、どこまでもヒカリ様に付いて行きます!」
「ランゼローナ、これは一体どういうことなの!?」
「よく考えてみたら、レムはヒカリを招いた張本人でしょ? ローファやファラと違って、城から追い出される、程度のことはあるかもしれないじゃない。だったら、異世界に行く気があるか確認するのも悪くないでしょ?」
「……でも、いいの? 異世界では、小さな子が酷い差別を受けるかもしれないし、ガッシュみたいな甘い食べ物は無いかもしれないんだよ?」
「覚悟はできておりますわ!」
レムはレムなりに、こうなったことに責任を感じているのかもしれない。
でも、レムは貴族のような生活を送ってきた少女だ。
いきなり異世界で生活するのは過酷である。
「本人が行きたいと言ってるんだから、それを尊重したら? 無理矢理連れ去られた貴方よりマシじゃないかしら?」
「そういう問題じゃないでしょ……」
僕は頭を抱えた。こうならないように、レムには会わず、ミミにも計画を話さなかったのに……。
「……レムはともかく、どうしてミミまで連れて行くの?」
「私は、レム様に付いて行く。たとえそれが、地の果てや異世界であっても」
「レムがいなくなる城に、この子だけ残すのは可哀想でしょ? それに、この子は機転が利くから、きっと役に立ってくれると思うのよ」
「異世界に行くのって、想像以上に大変だよ……?」
「たとえどんな環境でも、貴方より長く生き延びてみせる。ヒカリにレム様は渡さない」
ミミは、愛する者を奪った仇を見るような、暗く澱んだ目で僕を見上げてきた。
僕の背筋に寒気が走った。
ミミの、ドス黒い嫉妬が伝わってきたのだ。
レムが僕と共に異世界へ行く決断をしたことは、ミミにとっては辛いことだったのだろう。
「まあ、ミミったら……」
レムは、困った顔でミミの頭を撫でる。
レムは、ミミの感情を深刻に捉えていないようだ。
ちょっとしたヤキモチ程度に考えているのだろう。
思い込みが激しいせいなのか、レムは他人の感情に鈍感だ。
いや、ひょっとしたら、あまりにも強い負の感情は、レムには理解できないのかもしれない。
本当に余計なことをしてくれた。
僕はランゼローナを恨んだ。
「……こんなに大勢で、世界間転移の魔法が使えるの?」
「それは大丈夫よ。私とレムが世界間転移の魔法を使って、ミミはそれを補助する魔法を使うの。そうすれば、私とヒカリだけの状態よりもずっと軽い負担で済むわ。転移後の疲労は、いざとなれば戦える程度になると思うの」
……それが、ランゼローナの狙いだったのか。
二人だけだと、世界間転移の後に無防備になってしまう。
だから、レムを巻き込み、ミミも付いて来るように仕向けたのだ。
もう少し、手段を選んでほしい。
心の底からそう思った。
結局、僕達は4人で異世界に逃亡することになった。
このメンバー……大丈夫なんだろうか?
全員の思惑が違いすぎて、次の世界でも、さらに次の世界に行ったとしても、結局上手くいかない気がする。
僕達は、手を繋いで輪になった。
「じゃあ、行くわよ」
ランゼローナの言葉に、レムとミミが頷く。
そして、3人が目を閉じた。僕もつられて目を閉じる。
僕は、はたして元の世界に戻れるのだろうか?
いや、戻ったとして、それからどうする?
……駄目だ。今は考えないことにしよう。
とにかく、全力で生き延びて、元の世界に帰るのだ。
帰るまでに色々な魔法を覚えて、あらゆる問題を乗り越えるしかない。
しばらくして、体が吹き飛ばされるような感覚に襲われた……。
気が付いた時、僕は布団の中にいた。
慌てて身を起こす。
ここは……まさか、僕の部屋……!?
ひょっとして、すべてが夢だったのか?
いや……さすがに、それはないだろう。
気になって、時計やスマートフォンを確認する。
僕が寝た日の翌朝……ではない。
もしもすべてが夢だったなら、僕は丸一日は眠っていたことになる。
それにしても、あれだけの日々が、この世界では1日にしかならないことには驚きだ……。
どうして、僕は元の世界に帰ることができたのか?
魔力濃度の差で、この世界には帰れないはずなのに……?
まさか、特定の世界に「帰りたい」という願望は、単なる移動の魔法と違って、魔力濃度の差に影響されないのか……?
いや……そんなに都合のいい話があるだろうか?
とにかく、僕は元の世界に帰ることができた。
あの後、あの世界や、レム達はどうなったのだろうか……?
そのうち、彼女達が僕に夢を見せるかもしれないと思ったが、何日待っても、僕の前に彼女達が現われることはなかった。
ひょっとして、彼女達は、僕を元の世界に送ってくれたのかもしれない。
僕は、冴えない大学生として、平凡以下の生活を送ることになった。
でも、変化はあった。
僕に彼女ができたのだ。
彼女は、中性的な男性が好きだと言った。
僕みたいな男がタイプらしい。
この世界は、あの世界に行く前に思っていたよりもいい世界だ。
最近では、そう思っている。
ひょっとしたら、この世界でも魔法を使うことができるのかもしれない。
でも、それを試すつもりはなかった。
どうしてこの世界に帰ってくることができたのかが分からないので、魔法を使うと何が起こるのかが分からないからだ。
きっと、僕は魔法を発動させることはないだろう。
もしも、発動させることになったら、何が起こるのだろうか……?
それは、その時になってみないと分からない。
まずは、ランゼローナが知る限りで一番魔力濃度が薄い世界に転移する。
それから、僕は世界間転移の魔法を使う訓練をする。
そして、徐々に魔力濃度が濃い世界への転移を繰り返し、最終的には僕が元いた世界に帰ることが目標だという。
「……ランゼローナ……僕の世界に来るつもりなの?」
彼女の髪を見ながら僕は言った。
いくら何でも、彼女のエメラルドグリーンの髪は目立ち過ぎる。
「私は途中でお別れするわ。悪いけど、貴方の世界には行きたくないもの。きっと、この世界より遙かに荒んだ、腐った世界なんでしょうね」
以前ミミにも同じようなことを言われたが、今回は怒るに怒れなかった。
「……僕の世界の人達だって、本気で世界を壊したいなんて思ってないよ。本当に世界がおかしくなるって知ってたら、そんなことを思うはずがないんだ」
「だといいけど」
ランゼローナは、僕の言葉を全く信じていない様子だ。
それでも、僕には元の世界がそんなに悪いものだと思えなかった。
「まあ、今からそんなことを考えていても仕方がないわ。貴方には覚悟してもらう必要があるの。まずは、最初の転移の直後よ。きっと、私は疲れ切って何もできないはずだわ。そのタイミングで野生の猛獣にでも襲われたら、おそらく私達は助からない。その場合は、運命だと思って諦めて」
「そんな……」
「それだけじゃないわ。もし貴方が、世界間転移の魔法を身に付けることに成功しなかったら、最初に転移した世界で一生を終えることを覚悟してもらう必要がある」
「……今気付いたんだけど、皆で僕を元の世界に送り返してくれれば、万事解決するんじゃ……? ていうか、そもそも僕を殺す必要って、一切なかったんじゃないの……?」
「あら、気付いた?」
「ちょっと!?」
「冗談よ」
「こんな時に冗談はやめてよ!」
「それは無理よ。だって、何人か例外はいるけど、この城の偉い人の総意として、貴方を生かして元の世界に帰すことには反対なんだから」
「……えっ?」
「貴方は世界間転移の魔法の存在を知ってしまった。だから、貴方を元の世界に帰したら、大軍を引き連れて、この世界に侵攻してくるかもしれないでしょ?」
「……」
この世界の人間は、そんなことを心配していたのか……。
今の僕が元の世界に帰ったところで、自力で魔法を開発し、軍隊を組織して世界間戦争を起こすことなどできるはずがない。
あまりにも荒唐無稽な話だが、それを本気で心配している人が、この城には何人もいるのだろう。
「私が決断を迫った時に、貴方が元の世界に戻る決断をしていれば、私以外の誰かが貴方を殺していたでしょうね」
「じゃあ、どっちを選んでも僕は命を狙われたんじゃないか!」
「そうね。私としては、帰る決断をしてくれることを願ってたけど」
この人は、そんなことを考えながら、僕に元の世界へ帰るよう勧めていたのか……。
やはりランゼローナは危険だ。
センスが普通の人とは違いすぎる。
それは、異世界の人間だから、ではないだろう。
この世界においても、彼女は異常であるに違いない。
選択肢が他にないから仕方がないとはいえ、彼女と共に旅をすることこそが最大の問題点であるように思えた。
計画を実行するのは、僕がある程度動けるようになってから、ということになった。
ランゼローナが部屋から出て行ってから暫くして、ローファが部屋に入ってきた。
「おにいちゃん、レムがお話したいって……」
「……悪いけど、今は誰とも会いたくないんだ。帰ってもらいたいんだけど」
「うん……」
ローファは悲しそうな顔をして部屋から出て行った。
レムにもローファにも悪いことをした。
でも、今レムに会うわけにはいかない。
彼女の性格を考えれば、僕らの計画を知ったら付いてこようとしかねないからだ。
しかし、異世界への逃亡は危険な旅だ。
巻き込むわけにはいかない。
でも、こうなるとミミと会うのも嫌だな……。
それからの数日、僕は身体を回復させるよう努めた。
ローファはずっと僕の近くにいてくれた。
僕を無事に逃がすことが、今の自分の責任だと思っている様子だった。
ミミは時々僕の元にやって来た。
彼女は、レムや自分が掴んだ情報を僕に伝えてくれた。
災害による避難者の様子や、僕とランゼローナの責任を問う声が城の中で高まっていることなどだ。
そういった話も、勿論気になった。
しかし、僕は、彼女が突然怒り出して僕を殺そうとするのではないかということが心配だった。
幸いなことに、ミミは淡々としていて、怒った様子は一切見せなかった。
それはそれで不気味だったものの、彼女が何を考えているのかを面と向かって尋ねる度胸は、僕にはなかった。
「今夜、決行しましょう」
ある日、ついにランゼローナからそう言われた。
最近、パヒーネスの雰囲気がおかしくなり始めていた。
城の方に、敵意を向けてくる者がいるのだ。
それも、僕にも分かるほど大勢である。
ローファがずっと近くにいてくれなければ、僕はとっくに民衆の前に引きずり出されているだろう。
しかし、ローファに守ってもらうのも限界である。
僕の身体は、日常生活ではほとんど問題ない程度には回復している。
ランゼローナの決断は正しい気がした。
この期間、僕は可能な限りの魔法の修行をした。
小さくて軽い物を動かす訓練や、世界間転移の魔法の理論を学ぶことなどである。
しかし、身体が本調子でないこともあり、物を動かす訓練は充分に行えなかった。
若干成功率が上がった気はするものの、実戦で使うのはリスクが高すぎる。
そして、世界間転移の魔法は、話を聞いても全く使える気がしなかった。
元々、この世界の魔法は「体感させる」ことによって伝えられていくことが多いらしい。
少なくとも、同一世界内における転移魔法は使えるようにならなければ、世界間転移は不可能であるように思われた。
「じゃあ、僕はもう行くよ」
僕はローファに告げた。
「おにいちゃん、元気でね」
ローファが涙目で言った。
「今までありがとう。今日まで僕が無事だったのはローファのおかげだよ」
「ごめんね、私のせいでこんなことになって……」
「ローファのせいじゃないよ。それに僕は、この世界に来なくても幸せになれたか分からないんだ。こうなったのは、結局全部僕のせいだよ。ローファが気にする必要は無い」
「うん……」
「君はこの世界で一番偉いんだ。地位がある人は、民衆の心の支えにならないといけない。それを君に押しつけて、僕は逃げ出す。恨んでもいいんだよ?」
ローファは首を振った。
ファラやランゼローナが溺愛するわけである。
この子に会えたことが、この世界に来て一番良かったことかもしれない。
僕はローファにお別れを告げて、ランゼローナの部屋に向かった。
ランゼローナの部屋に入って、僕は絶句する。
部屋の中には、ランゼローナの他に、何故かレムとミミがいた。
「予定どおりの時間ね。それじゃあ行きましょう」
「ちょっと待ってよ! どうしてレムとミミがいるの!?」
「私は、ヒカリ様を必ず幸せにするとお約束しました。なので、どこまでもヒカリ様に付いて行きます!」
「ランゼローナ、これは一体どういうことなの!?」
「よく考えてみたら、レムはヒカリを招いた張本人でしょ? ローファやファラと違って、城から追い出される、程度のことはあるかもしれないじゃない。だったら、異世界に行く気があるか確認するのも悪くないでしょ?」
「……でも、いいの? 異世界では、小さな子が酷い差別を受けるかもしれないし、ガッシュみたいな甘い食べ物は無いかもしれないんだよ?」
「覚悟はできておりますわ!」
レムはレムなりに、こうなったことに責任を感じているのかもしれない。
でも、レムは貴族のような生活を送ってきた少女だ。
いきなり異世界で生活するのは過酷である。
「本人が行きたいと言ってるんだから、それを尊重したら? 無理矢理連れ去られた貴方よりマシじゃないかしら?」
「そういう問題じゃないでしょ……」
僕は頭を抱えた。こうならないように、レムには会わず、ミミにも計画を話さなかったのに……。
「……レムはともかく、どうしてミミまで連れて行くの?」
「私は、レム様に付いて行く。たとえそれが、地の果てや異世界であっても」
「レムがいなくなる城に、この子だけ残すのは可哀想でしょ? それに、この子は機転が利くから、きっと役に立ってくれると思うのよ」
「異世界に行くのって、想像以上に大変だよ……?」
「たとえどんな環境でも、貴方より長く生き延びてみせる。ヒカリにレム様は渡さない」
ミミは、愛する者を奪った仇を見るような、暗く澱んだ目で僕を見上げてきた。
僕の背筋に寒気が走った。
ミミの、ドス黒い嫉妬が伝わってきたのだ。
レムが僕と共に異世界へ行く決断をしたことは、ミミにとっては辛いことだったのだろう。
「まあ、ミミったら……」
レムは、困った顔でミミの頭を撫でる。
レムは、ミミの感情を深刻に捉えていないようだ。
ちょっとしたヤキモチ程度に考えているのだろう。
思い込みが激しいせいなのか、レムは他人の感情に鈍感だ。
いや、ひょっとしたら、あまりにも強い負の感情は、レムには理解できないのかもしれない。
本当に余計なことをしてくれた。
僕はランゼローナを恨んだ。
「……こんなに大勢で、世界間転移の魔法が使えるの?」
「それは大丈夫よ。私とレムが世界間転移の魔法を使って、ミミはそれを補助する魔法を使うの。そうすれば、私とヒカリだけの状態よりもずっと軽い負担で済むわ。転移後の疲労は、いざとなれば戦える程度になると思うの」
……それが、ランゼローナの狙いだったのか。
二人だけだと、世界間転移の後に無防備になってしまう。
だから、レムを巻き込み、ミミも付いて来るように仕向けたのだ。
もう少し、手段を選んでほしい。
心の底からそう思った。
結局、僕達は4人で異世界に逃亡することになった。
このメンバー……大丈夫なんだろうか?
全員の思惑が違いすぎて、次の世界でも、さらに次の世界に行ったとしても、結局上手くいかない気がする。
僕達は、手を繋いで輪になった。
「じゃあ、行くわよ」
ランゼローナの言葉に、レムとミミが頷く。
そして、3人が目を閉じた。僕もつられて目を閉じる。
僕は、はたして元の世界に戻れるのだろうか?
いや、戻ったとして、それからどうする?
……駄目だ。今は考えないことにしよう。
とにかく、全力で生き延びて、元の世界に帰るのだ。
帰るまでに色々な魔法を覚えて、あらゆる問題を乗り越えるしかない。
しばらくして、体が吹き飛ばされるような感覚に襲われた……。
気が付いた時、僕は布団の中にいた。
慌てて身を起こす。
ここは……まさか、僕の部屋……!?
ひょっとして、すべてが夢だったのか?
いや……さすがに、それはないだろう。
気になって、時計やスマートフォンを確認する。
僕が寝た日の翌朝……ではない。
もしもすべてが夢だったなら、僕は丸一日は眠っていたことになる。
それにしても、あれだけの日々が、この世界では1日にしかならないことには驚きだ……。
どうして、僕は元の世界に帰ることができたのか?
魔力濃度の差で、この世界には帰れないはずなのに……?
まさか、特定の世界に「帰りたい」という願望は、単なる移動の魔法と違って、魔力濃度の差に影響されないのか……?
いや……そんなに都合のいい話があるだろうか?
とにかく、僕は元の世界に帰ることができた。
あの後、あの世界や、レム達はどうなったのだろうか……?
そのうち、彼女達が僕に夢を見せるかもしれないと思ったが、何日待っても、僕の前に彼女達が現われることはなかった。
ひょっとして、彼女達は、僕を元の世界に送ってくれたのかもしれない。
僕は、冴えない大学生として、平凡以下の生活を送ることになった。
でも、変化はあった。
僕に彼女ができたのだ。
彼女は、中性的な男性が好きだと言った。
僕みたいな男がタイプらしい。
この世界は、あの世界に行く前に思っていたよりもいい世界だ。
最近では、そう思っている。
ひょっとしたら、この世界でも魔法を使うことができるのかもしれない。
でも、それを試すつもりはなかった。
どうしてこの世界に帰ってくることができたのかが分からないので、魔法を使うと何が起こるのかが分からないからだ。
きっと、僕は魔法を発動させることはないだろう。
もしも、発動させることになったら、何が起こるのだろうか……?
それは、その時になってみないと分からない。
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