大精霊の導き

たかまちゆう

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47話 犠牲

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 結局、僕達は村に泊めてもらうことになった。

 そのための交渉をする際に、リーザは、村の住人に警戒されることを懸念していた。
 村の住人にとっては、大して信用していない冒険者が居座る、という状況は好ましくないだろう。

 しかし、話は意外にもすんなりとついた。
 村人が狼を恐れているだけでなく、こちらのメンバーがほとんど女性であることが安心感につながったようだ。

 村で狼を待つ間に、僕達はソフィアさんの精霊の話をした。

「ソフィアさんって、アヴェーラよりも大きな精霊を持ってたんだな!」
「はい。滅多に使うことはありませんが……」
「どうしてですか? より大きな精霊を使った方が、圧倒的に有利になるのに……」

 リーザは、ラナの方をチラッと見た。
 いまだに、精霊の大きさでラナに抜かれたことが気になっているらしい。

「ファレプシラの力を使うと、身体に負担がかかるので」
「ソフィアさん……」

 レイリスが心配そうにする。
 ソフィアさんは、安心させるようにレイリスの頭を撫でた。

「負担って……じゃあ、ソフィアさんが病気になったのは精霊のせいなんですか?」
「そんなことはありません。たまたまですよ」
「そりゃそうだよな。AAランクの精霊を使って病気になるなら、聖女様なんてとっくに寝込んでるはずだろ?」
「……いいえ、そうとは断言出来ないわ」

 リーザは、何かに気付いた様子だった。

「どうしてだよ?」
「前にも言ったけど、大精霊の保有者には好戦的な人がいないの。例えば、聖女様は負傷者を治療するだけでしょ? それに対して、ソフィアさんは支援者だし、魔導師の魔法も防御者の魔法も使えるから、その分だけ魔法を使う頻度が高くなって、負担が……大きく……」

 リーザは、突然トーンダウンした。
 そして、青ざめた顔で僕の方を見る。

「おい、どうしたんだ?」

 ラナの言葉に、リーザは首を振った。

「……何でもないわ。やっぱり、考え過ぎは良くないわね」

 ラナやレイリスは怪訝な顔をしていたが、ソフィアさんは何故か無表情でリーザを見つめていた。


 僕には分かった。
 リーザは、気付かない方が良いことに気付いてしまったのだ、と。
 ソフィアさんも、それを察したのだろう。

 困ったことになった。そう思った。


 その後、僕は村の周囲の見回りに出た。
 可能性は僅かだが、人食い狼が今日中に戻って来ることも考えられるからだ。

 すると、案の定、リーザが僕の様子を見に来た。

「ねえ、ルーク……」

 リーザが何を言おうとしているかは明らかだった。
 彼女は、首領が指摘していたリスクに気付いたのだ。

「僕は大丈夫だよ。まだ、ソリアーチェを貰ってから、大して使ったわけじゃないし……」
「大丈夫じゃないわよ! AAランクの精霊を使って病気になるなら、大精霊を使った負担はその比じゃないはずよ?」
「僕は、ソリアーチェの力を目一杯使うことなんてほとんどないでしょ? だから、そんなに負担はかからないよ」
「いいえ。貴方は既に、無茶な魔法を使い続けているわ。そして、貴方を支えているのが私達だと、現状を抜け出すのは難しいわよ……」

 リーザは、この短時間で僕と同じ結論に達してしまったようだ。
 本当に困ったことになった。


 実は、首領の話を聞いた後、僕は自分が抱えている問題について考えていた。
 僕は、ソリアーチェを手に入れてから、頻繁に強力な魔法を使っている。

 ソフィアさんが病気になった原因が、本当に強力な魔法を使い過ぎたことならば……僕は、極めて高いリスクを抱えている、ということだ。

 そして、他の大精霊の所有者と違い、僕は魔法の使用頻度を減らせない。
 もし減らしたら、それを肩代わりする人が必要となる。

 聖女様もエクセスさんも、仲間の力は一流だった。
 おそらく、他のメンバーだけでも、魔獣程度ならば敵ではないだろう。

 そもそも、僕とは仲間の位置付けが違うのだ。

「僕は、いずれ聖女様のパーティーに入るから大丈夫だよ」
「どこが大丈夫なの? ソフィアさんは、聖女様のパーティーにいたのに病気になったんでしょ?」
「それはそうだけど……」
「そもそも……聖女様って、本当に大丈夫なの?」
「えっ!?」

 驚くべき言葉だった。
 聖女様を尊敬して冒険者になったリーザが、彼女に疑問を呈するようなことを言うなんて……。

「もしも、ソフィアさんの病気の原因が、強力な魔法を使い過ぎたことだったら……それって、何となく分かりそうなものじゃない? 少なくとも、その可能性を多少は疑うんじゃないかしら? だとしたら、ソリアーチェを使うことにはリスクがあるって、貴方に伝えないのはおかしいわ。いいえ、仮に全く気付いていなかったとしたら……もう一度同じ失敗を繰り返す可能性だって……!」
「そこまでですよ、リーザ」
「!」

 僕達は驚いて振り返る。
 いつの間にか、ソフィアさんが僕達の後ろに立っていた。

「私の病気は、精霊や魔法のせいではありませんよ。そんな憶測で、ヨネスティアラ様の悪口は言わないでください」
「……私の中の、聖女様のイメージを滅茶苦茶にしたのはソフィアさんでしょう?」
「それとこれとは話が別です。ヨネスティアラ様は立派な方ですよ? あの御方は、心の底から人類のことを考えておられるのです」
「……人類?」

 何だか引っかかる言葉だった。
 自分でも理由が分からなかったが、その言葉は非常に重要な意味を持つように思えた。

 ソフィアさんが、珍しく動揺した様子で僕を見た。
 自分の先程の言葉が、失言だったと気付いた様子である。

「……要するに、あの方は、皆さんを幸せにしたいと考えておられるのです。普通の人に出来ることではありません」
「そのためなら、ルークを犠牲にしても構わないって言うんですか?」
「憶測でそんなことを言うものではありません。ルークさんが困ってしまうでしょう?」
「セリューでは勘を頼りに暴れていた、ソフィアさんの言葉とは思えませんね」
「リーザの方こそ、いつの間にか、随分とルークさんに惚れ込んだのですね?」
「……そんなのじゃありませんよ。私はただ……」
「ルークさんのために必死になる気持ちは分かりますが、もう少し落ち着いて考えることです。ヨネスティアラ様は、とても立派な方なのですから……」

 そう言って、ソフィアさんは立ち去った。

「……」

 リーザは、何度かチラチラと僕の方を見て、結局何を言えばいいのか分らなかったらしく、そのまま立ち去った。


 ソフィアさんは、リーザの言葉を否定した。
 しかし、僕の頭の中では想像が膨れ上がっていた。
 2人の言葉で、僕が今まで心の奥にしまって表に出ないようにしていた疑惑が、隠せなくなってしまったのだ。

 ソフィアさんは、リーザに対して重要なことを隠した。
 首領は、大きな精霊が抱えているリスクについて、聖女様に伝えていたのだ。

 そのことを聖女様が僕に隠していたのは、首領の話を信じなかったからだと思っていた。
 だが、もしも、わざと隠したのだとしたら……?

 その可能性を考えたら、僕の全身は震えた。
 それが怒りのためか、恐怖のためかは自分でも分らなかった。

 無論、これは単なる想像であり、妄想だと言われてしまえばそれまでだ。
 しかし、ソフィアさんの口振りは、僕の疑惑を補強するようなものだった。

 「人類」とか「皆の幸せ」というのは、とても立派な話のようにも思えるが……リーザも言及していたとおり、そのためには多少の犠牲はやむを得ない、といった発想に繋がりやすい考え方だ。

 仮に、聖女様が、人類のためならば、ソフィアさんや僕は死んでしまっても構わないと考えていたとしたら……?

 そういえば、ソフィアさんは以前、誰かを犠牲にして皆を助けるという考えを否定していた。
 あれは、本当は「犠牲にされた自分」のことを考えて言ったのか……?

 だとしたら、聖女様とソフィアさんが仲違いをした理由が、簡単に説明できるではないか……!

 今まで、ソフィアさんと聖女様が仲違いするとしたら、ソフィアさんの言動が問題だったのだろう、と漠然と考えていた。
 だが、本当は聖女様にこそ問題があったとしたら?

 ソフィアさんは聖女様のことを尊敬しているようだが、「人類のために犠牲になってくれ」などと言われて受け入れられる人間は、それほど多くないだろう。

 そういえば、聖女様のパーティーにいる、あの支援者の少女は……本当に風邪を引いただけなのか?
 彼女も支援者であり、3体の精霊を同時に操って大魔法を使っていた。
 身体にかかっている負担は、ソフィアさんを上回っているはずだ。

 もしも、あの少女も深刻な病気になりかかっているのだとしたら……?

 そこまで考えて、僕は頭を振った。
 ほとんどが僕の妄想だ。確実な根拠があるわけではない。

 しかし、一度抱いた疑惑は、簡単には捨て去れなかった。
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