都市伝説

たかまちゆう

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都市伝説

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「兄ちゃん、あそぼ」
 弟に袖を引っ張られ、ポータブルゲームに熱中していた兄は顔をしかめた。
「今忙しいんだよ」
「ええ-。あそぼーよー」
 まだ幼い弟は全身を揺すって主張してくる。
「分かった分かった」
 兄はゲームを一時停止し、弟を玄関へ連れていった。
 そこには、全身を映せる姿見がある。
「じゃ、まずはこの鏡の中のお前とジャンケンな。もし勝てたら、凄いことが起こるらしいぞ」
「……ん、わかった」
 弟は頷き、鏡の前に座り込んでジャンケンを始めた。
「じゃんけんぽん、あいこでしょ、あいこでしょ」
 当然、あいこにしかならない。
「あいこでしょ、あいこでしょ……」
 最初はそんな弟の様子を面白がって見ていた兄だったが、すぐに飽きてリビングルームへ戻り、ゲームを再開した。

「あいこでしょ、あいこでしょ……」
 不毛なジャンケンを続ける弟は、鏡相手ではあいこにしかならないことを、実は経験的にちゃんと知っている。
 それでも、子供というのは元来「見立て」遊びが得意なものだ。
 床をプールに見立てて泳ぐ練習をしたり、泥団子を食べ物に見立てて食べるフリをして見せたりといったことを、ごく自然に行える。
 弟も、そういった想像力は豊かだった。
 鏡の裏にはこの世界にそっくりな別の世界があって、鏡の中のぼくは今必死にこっちのぼくを真似しているんだ、という設定を作って、もし本当にそうだったら面白いなと思っている。
 フェイントをかけたら向こうが間違えるかも、などと考え、チョキを出すフリをしてグーを出してみたりなど、色々工夫を凝らしてジャンケンを続けた。

 ――そうして、「あいこ」が千回を超えた時。
 鏡の中の弟はグーを出してきた。
 弟はびっくりして、チョキの形をした自分の手を鏡と見比べた。
「ぼくの勝ちだ」
 鏡の中の弟がニヤリと笑い――、
 鏡のこちら側へ、ニュッと手が伸びてきた。
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