掌中の珠のように Honey Days

花影

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悩みは尽きず1

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本編1での誘拐事件から1カ月後のお話。
沙耶がまだ薬の後遺症に苦しんでいる頃のお話です。


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「ふう……」
 沙耶はため息をついた。
 目の前のテーブルにはふわふわで中はトロトロのオムレツに色鮮やかな温野菜、カリカリベーコンと焼きたてのクロワッサン……といった朝食メニューが並んでいる。料理長の心遣いにより、小食の沙耶の合わせてどれもが量を抑えられていた。
 後遺症の事もあり、起きる時間が不規則になってしまうのは仕方がない。ならばせめて綾乃や塚原等、大倉家で働く人たちの負担にならないよう、食事はちゃんとダイニングでとるようにしたいと沙耶は思っていた。だが、寝起きにシャワーを浴び、身支度を整えてバスルームを出ると、今日も部屋にこの豪華な朝食が用意されていたのだった。
「お加減が優れませんか?」
 一向に手をつけようとしない沙耶の姿をみて、綾乃は心配そうに彼女の顔を覗き込む。
 あの忌まわしい事件から1ヶ月経っていたが、昨夜も沙耶は薬の後遺症の発作が出ていた。欲情した体を明け方までかかって義総が鎮めてくれたが、今度は他の眩暈や吐き気といった症状が出ているのではないかと心配してくれている。実際、後遺症の影響で事件前に比べて沙耶の体は一層細くなり、体力も落ちていた。綾乃は神経質なくらいに彼女の体調を気にかけてくれていた。
「いえ、大丈夫です」
 沙耶は慌ててクロワッサンを手に取り、一口大にちぎって自家製のジャムをつけた。今日は苺のジャムが用意されている。
「また、義総様が何かなされましたか?」
 綾乃に輪をかけて神経質になっているのが義総で、体調の悪い沙耶に快適に過ごしてもらう……という名目の元、彼女が食べるものや着る物、それだけでなく触れる物全てを彼が吟味していた。口を出しすぎて沙耶が逆にストレスを感じてしまい、それを知った綾乃が義総を叱った経緯がある。
「そうではないのですが……」
 沙耶は自信なさ気に首を振る。
「それとも幸嗣様ですか?」
 幸嗣は幸嗣で沙耶に見舞いと称して毎日何かしら買って帰ってくる。花束や本、かわいい小物等々…。もちろん幸嗣だけでなく義総も何かしら毎日買って来る。競うように買ってきた結果、部屋はそういったもので溢れかえっていた。これも綾乃が注意してくれたおかげで控えてくれるようになっているが、全くなくなったわけではない。
 こうして大倉家の人々が気にかけてくれるのは嬉しいが、沙耶はそれが心苦しくてならなかった。自分が出来る恩返しは何だろう……。いくら考えても思いつかない。
「ふう……」
 あまりため息ばかりついているとかえって心配させるのは分かっているのだが、それでも思わずでてしまう。元より食欲が無かったのもあり、用意された朝食は半分程度しか入らなかった。綾乃はそれでも何も言わずにいつもこの時間に飲む薬を用意してくれた。



 まだ食欲は無いものの、立って歩ける分だけ今日の体調はいい。朝食後、少し休憩をしてから、アレクサンダーをお供に屋敷の中を沙耶は歩いていた。本当は庭を散策したいのだが、いつの間にか季節は夏になっており、気温が高いと体に余計な負担がかかると義総が心配して外での散歩は止められていた。
 屋敷の中は空調がきいており、沙耶は2階の廊下に飾られた絵や置物を一つ一つ鑑賞しながらゆっくりと歩く。そんな彼女に配慮し、塚原は飾る調度品を定期的に取り換え、休憩用の椅子まで用意してくれている。そして疲れた彼女がそういった椅子の1つに腰かけると、どこからともなく彼が現れて彼女に飲み物を持って来てくれる……。
「このままじゃいけないのに……」
 座っている犬の頭を撫でながら沙耶は呟く。アレクサンダーはただ嬉しそうに目を細めていたが、急に
立つと尾を振って沙耶の元を離れる。
「アレク?」
 不審に思って顔を上げると、スーツ姿の義総が歩いてくる。沙耶は慌てて立ち上がり、頭を下げた。
「すみません、出迎えもせずに……」
「気にしなくていい。予定を切り上げて帰ってきた。体調はいいみたいだな?」
 お腹を曝して服従のポーズをとるアレクサンダーを撫でてやると、義総は沙耶の側に来て彼女を抱き締めて唇を重ねる。先ほどまで彼女が飲んでいたマンゴージュースがふわりと香る。
「ええ……」
「部屋へ行こう」
 義総はアレクサンダーを労うと、階下へ降りるように命令する。賢い犬はそれに従い、階段に向かって歩いて行った。
それを見送ると、彼は彼女の体を抱き上げる。
「あの……歩けますから……」
「疲れて休憩していたのだろう?」
 彼の部屋は目の前だと言うのに、義総はそのまま沙耶を部屋に連れて行く。本当に輪をかけて彼は過保護になった。
「歩いて体力付けなきゃいけないのに……」
「薬の後遺症が完全に消えるまでは、無理をしない方がいい」
「でも……」
 義総は沙耶を抱えたままベッドの縁に座り、沙耶の華奢な体を抱きしめる。元々細かったのに、更に細くなったその体を痛ましく感じる。改めてあんな薬を使用したガラムに強い怒りが込み上げてくる。
「医者にも言われただろう? とにかく薬の影響がなくなるまでは安静にして無理をしない。体力付けるのもそれからでいいと……」
「……」
「沙耶?」
 なかなか頷こうとしない彼女の顔を義総は覗き込むと、沙耶はポロポロと涙を零していた。これも一連の影響からか、今の彼女は情緒不安定でもある。
「だって……」
「ん?」
 義総は優しく抱きしめる。沙耶は彼の胸に顔を押し当てる。
「迷惑……ばかりで……」
「誰も迷惑に思っていない」
「だって……」
「今、沙耶が一番しなければならない事は元気になる努力だ。食事をちゃんととって、無理をしてまで運動をしない。少しでも調子が悪ければすぐに誰かに言う。私達に遠慮は無用だ」
 義総は沙耶を抱きしめ、彼女の頭を撫でながら優しく諭すように話しかける。それでも沙耶の涙はなかなか止まらない。
「いいかい? 誰も君の世話を面倒だと思っていないよ。塚原も綾乃も、私や幸嗣の世話をするよりも、沙耶の世話をした方がよほど楽だと言っている。料理長の黒崎も君が美味しそうに食べている姿を見ていると、腕の振るい甲斐があると言っている。君の存在にみんな癒されているんだ」
「……えっく……」
「何も心配しなくていいから、早く元気になってくれ」
 沙耶の髪を撫でながら義総は優しく優しく言い諭す。泣き疲れた彼女は彼の体温と心音を感じながら、そのまま彼の腕の中で眠りに落ちた。


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一話完結のつもりだったのに、また長くなってしまった……。
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