転生するのにベビー・サタンの能力をもらったが、案の定魔力がたりない~最弱勇者の俺が最強魔王を倒すまで~

葛来奈都

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第14章 旅立ちへ

第194話 魔界に堕ちた天界の使い

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『……ノア』

 騒ぎに紛れて、マリア姉さんが私の名前を呼んだ。

 徐に振り返ると、マリア姉さんの体は殆ど見えなくなっていた。

『……ごめんね……私、やっぱりだめだった』

 顔を上げた彼女の目は、大粒の涙で濡れていた。それでも彼女は静かに口角を上げ、天井を仰いだ。

『……護りたかったなぁ……大好きなこの世界を……本当に、護りたかった』

 凋落するようにこぼれた言葉は、彼女の遺言のように聞こえた。

 彼女が『エムメルク』を愛していることは知っていた。いつも「綺麗な世界だ」と言っていたし、魔王が復活すると聞いた時も誰よりも嘆いて、そして世界を救うことに意気込んでいた。

 それなのに彼女は──人知れず消えていく。

 仲間に罵倒され、失望され、その責任を全て負わされ、自分のことを愛してくれたセトにすらも自分の死に目に立ち会わせてもらえずに、こうして一人で消えていく。報われない。こんなに彼女は頑張っていたのに、何一つ報われていない。

 そう憐れんでいたら、マリア姉さんは最後の力を振り絞って俺に告げた。

『ノア……一緒にいてくれてありがとう……私、ノアとセト君といれて、本当に──』

 ──それだけ言って、彼女は優しい笑顔を浮かべたまま消えていった。

 私は、そんな消えゆく彼女をただ見つめることしかできなかった。


 セトが天界を去ったのは、それからすぐ後のことだった。

 他の使いから「神への冒涜だ」と言われていたあいつの言動も、エスメラルダ様のご慈悲で不問となった。今はマリアがいない穴を埋めること。そして魔王の復活を前に新たな勇者を見つけること。それが先決だとエスメラルダ様も思ったのだろう。

 だが、あいつは神を許さなかった。

『ノア……俺はここを出る』

 誰もいない神殿の入り口で、セトは私にそう告げた。

『マリアはこいつらに消されたのも同然だ。こんな奴らとは一緒になんていられない』

『……かと言って、貴様、これからどうするのだ』

 率直な疑問だった。私たち天界の者は地界の者──すなわち、別の生物の姿にならないと具現化すらされない。だから、「勇者の案内人」にならない限り、私たちの居場所は天界にしかない。少なくとも、これまではそう思っていた。今のセトを見るまでは。

『決まってるだろ。下に行くんだよ』

 そう言ってニヤリとほくそ笑んだセトの白い翼は、瞬く間に黒々と染まっていった。

 黒く染まった羽を見て、私は全てを察した。今のあいつは神の使いではない。魔界に「堕」ちた「天」界の「使」い。「堕天使」。それが、今のセトの姿であった。

「堕天使」の存在を知らない訳ではなかった。しかし、それはあくまでも噂程度で、実際にこの目で見るのは初めてだった。ましてやそれが、かつての悪友が陥るなんて考えもしていなかった。

 呆然と立ち尽くす私を前に、セトはニンマリと口角を上げた。

『俺が代わりに殺してやる。あいつを消した神と、この世界を』

 それは、あやつなりの宣戦布告だった。これからセトは魔王と手を組んで、この『エムメルク』を滅亡させようとしている。しかし、その前にこやつは私に最後の情けをかけた。

『お前も一緒にどうだ? これから滅ぶ世界と一緒に共倒れするのはごめんだろ?』

 と、セトは私に手を差し伸ばした。私の選択は二つ。天界に残って世界が滅ぶのを待つか、セトと共に、この世界を壊すか。

 現時点で勇者がいないこの『エムメルク』に勝ち筋がないことはわかっていた。いずれ滅ぶ世界にいたところで意味はない。頭ではわかっていた。それでも私は、セトの手を取ることができなかった。

『……食えない奴だ』

 手を取らない私に、セトは舌打ちをして手を引いた。そしてあやつは、私に別れの言葉も言わず翼を広げて天界を去っていった。

 真っ白な天界に、黒く染まったあやつの翼の羽根がひらひらと落ちる。

 しかし、私はあやつが最後に残したあの羽根ですら、拾うことができなかった。いや、拾いあげる資格すらないと思っていた。消えゆく姉と立ち去る友に何一つ言葉をかけられなかった、この私に。
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