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第16章 魔王は4人で倒すもの
第225話 生まれた時は一緒だったのに
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この事件での一番の被害者は、間違いなくライトだった。先輩たちがライトを襲った理由は、俺のレギュラー取得による腹いせ。その結果、俺と間違われて殴られたのだ。
勿論、ライトも「自分はムギトじゃない」と言っただろう。実際、当時の俺たちの顔立ちはあどけなさが残っていたせいで今よりもよく似ていた。しかし、どんなにライトが否定しても先輩たちにしてみればどっちでもよかったのだ
──俺の顔さえ殴れれば、たとえそれが別人であっても。
俺が部活を辞めた翌日、ライトも退部届を出した。
両親はライトが俺のことを気にして辞めたと思ったのだろう。当時は随分とあいつを気にかけていた。そんな彼らに向けて、ライトは諦めたように「フフッ」と笑った。
『低俗に合わせるのが疲れただけだよ』
十年近く経つのに、あの時の空気感は忘れられない。絶句して呆然としている両親の顔も、笑いつつも感情が抜け落ちたライトの顔も。
ライトが本格的に俺との差別化を図ろうとしたのは、それから少し経ってからだと思う。言葉遣いも今みたいに柔らかくなり、一人称も「僕」になった。そして、俺と間違われると露骨に態度に出るようになったのもこの頃だ。
今思えば当然だ。俺と顔が同じことで、不本意な争いに巻き込まれてしまったのだから。ひょっとすると、俺の知らないところであの事件以外にも不本意なことがあったのかもしれない。そんな出来事が塵のように積み重なった結果が、嫌悪感の山となった。
サッカーを辞めて何も残らなくなった俺は、あいつと肩を並べられるものもなくなった。
そこからライトと疎遠になるまで時間がかからなかった。
あいつは俺が逆立ちしても入れない高い偏差値の高校に入学し、そのまま都内の国公立に行った。大学に入ってからあいつも正月ですら滅多に帰って来なかったし、俺もあいつが帰省した時は家に帰らなかった。こうして顔を合わせることも、言葉を交わすこともなくなった。でも本当は、もっと早くライトと向き合うべきだった。後悔する時は、いつも事が過ぎた後なのだ。
──我に返った時、すでに俺の右ストレートはライトの頬を殴っていた。
殴打の勢いで、ライトは仰向けのまま吹っ飛ばされた。
起き上がらないライトを見て、俺はうなだれて深く息を吐いた。ライトを殴った右の拳がズキズキとする。その痛みは、これまでの戦いで負ったどんな傷よりも痛く感じた。それでも、バトルフォークは俺の意志関係なく、開いた手のひらに収まった。
「とどめを刺せ」
無機物であるはずのバトルフォークが、そう言っているような気がした。
ふらついたままライトに近づくと、俺の気配に気づいたライトが力なく笑った。
「……鬱憤を晴らせるチャンスに、なんで泣いてるのさ」
どうせ意地の悪い冷ややかな表情をしているのだろうが、今はそんな彼の顔も視界が歪んで見られなかった。どんなに唇を噛んでも、気持ちを落ち着かせようとしても、俺の目からこぼれ落ちる雫が止まらないのだ。
そんな情けない俺を見て、ライトはまた笑った。
「ムギトって、割と泣くよね」
「うるせえよ……この野郎……」
「あはは。反論するボキャブラリーもないってね。でも、その甘さがムギトと僕の違いなんだろうな」
と、ライトは震える手をそっと自分の顔面の上に置いた。顔は見えないが、こいつも泣いているような気がした。
「ムギトはさ、覚えてる? 中一の時……僕がムギトと勘違いされて先輩に殴られた時のこと……」
その発言に思わず息を呑んだ。忘れもしない、俺が先ほどまで想起していた出来事だ。
「なんか……あんたを殴ろうとした時、不意に頭を過ったんだよね」
ライトが言葉を紡ぐ。そのかすれた声が、わずかに震え始める。
「なんでだろう……代わりに殴られて凄くムカついたはずなのに……助けてくれたことが嬉しくてたまらなかった……それなのに僕は……あの理不尽さの憤りだけが残って……お前を避けるようになって……」
ぽつり、ぽつりと、まるで懺悔をするようにライトが告げる。その言葉を聞きながら、俺はひたすらに目から雫をこぼしていく。
「何を今更……そんなことを言うんだよ……」
込み上がる気持ちを押さえながら震えた声でライトに問うと、ライトは口角を上げた静かに答えた。
「だって──こんな話も、もうできないだろ?」
この答えこそが、俺たちに差し向けられた未来だった。
勿論、ライトも「自分はムギトじゃない」と言っただろう。実際、当時の俺たちの顔立ちはあどけなさが残っていたせいで今よりもよく似ていた。しかし、どんなにライトが否定しても先輩たちにしてみればどっちでもよかったのだ
──俺の顔さえ殴れれば、たとえそれが別人であっても。
俺が部活を辞めた翌日、ライトも退部届を出した。
両親はライトが俺のことを気にして辞めたと思ったのだろう。当時は随分とあいつを気にかけていた。そんな彼らに向けて、ライトは諦めたように「フフッ」と笑った。
『低俗に合わせるのが疲れただけだよ』
十年近く経つのに、あの時の空気感は忘れられない。絶句して呆然としている両親の顔も、笑いつつも感情が抜け落ちたライトの顔も。
ライトが本格的に俺との差別化を図ろうとしたのは、それから少し経ってからだと思う。言葉遣いも今みたいに柔らかくなり、一人称も「僕」になった。そして、俺と間違われると露骨に態度に出るようになったのもこの頃だ。
今思えば当然だ。俺と顔が同じことで、不本意な争いに巻き込まれてしまったのだから。ひょっとすると、俺の知らないところであの事件以外にも不本意なことがあったのかもしれない。そんな出来事が塵のように積み重なった結果が、嫌悪感の山となった。
サッカーを辞めて何も残らなくなった俺は、あいつと肩を並べられるものもなくなった。
そこからライトと疎遠になるまで時間がかからなかった。
あいつは俺が逆立ちしても入れない高い偏差値の高校に入学し、そのまま都内の国公立に行った。大学に入ってからあいつも正月ですら滅多に帰って来なかったし、俺もあいつが帰省した時は家に帰らなかった。こうして顔を合わせることも、言葉を交わすこともなくなった。でも本当は、もっと早くライトと向き合うべきだった。後悔する時は、いつも事が過ぎた後なのだ。
──我に返った時、すでに俺の右ストレートはライトの頬を殴っていた。
殴打の勢いで、ライトは仰向けのまま吹っ飛ばされた。
起き上がらないライトを見て、俺はうなだれて深く息を吐いた。ライトを殴った右の拳がズキズキとする。その痛みは、これまでの戦いで負ったどんな傷よりも痛く感じた。それでも、バトルフォークは俺の意志関係なく、開いた手のひらに収まった。
「とどめを刺せ」
無機物であるはずのバトルフォークが、そう言っているような気がした。
ふらついたままライトに近づくと、俺の気配に気づいたライトが力なく笑った。
「……鬱憤を晴らせるチャンスに、なんで泣いてるのさ」
どうせ意地の悪い冷ややかな表情をしているのだろうが、今はそんな彼の顔も視界が歪んで見られなかった。どんなに唇を噛んでも、気持ちを落ち着かせようとしても、俺の目からこぼれ落ちる雫が止まらないのだ。
そんな情けない俺を見て、ライトはまた笑った。
「ムギトって、割と泣くよね」
「うるせえよ……この野郎……」
「あはは。反論するボキャブラリーもないってね。でも、その甘さがムギトと僕の違いなんだろうな」
と、ライトは震える手をそっと自分の顔面の上に置いた。顔は見えないが、こいつも泣いているような気がした。
「ムギトはさ、覚えてる? 中一の時……僕がムギトと勘違いされて先輩に殴られた時のこと……」
その発言に思わず息を呑んだ。忘れもしない、俺が先ほどまで想起していた出来事だ。
「なんか……あんたを殴ろうとした時、不意に頭を過ったんだよね」
ライトが言葉を紡ぐ。そのかすれた声が、わずかに震え始める。
「なんでだろう……代わりに殴られて凄くムカついたはずなのに……助けてくれたことが嬉しくてたまらなかった……それなのに僕は……あの理不尽さの憤りだけが残って……お前を避けるようになって……」
ぽつり、ぽつりと、まるで懺悔をするようにライトが告げる。その言葉を聞きながら、俺はひたすらに目から雫をこぼしていく。
「何を今更……そんなことを言うんだよ……」
込み上がる気持ちを押さえながら震えた声でライトに問うと、ライトは口角を上げた静かに答えた。
「だって──こんな話も、もうできないだろ?」
この答えこそが、俺たちに差し向けられた未来だった。
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追記:2025/09/20
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