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紅の香
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彼女が来ると、すぐに分かる。
駅の改札のすぐ正面。国籍や年齢に関わらず、多くの人が目の前を通り過ぎて行く。彼女が乗ってきた電車から降りた人だろう。あまりの多さにクラクラした僕は視線を下に落とす。欠けたコンクリートを眺めていたその瞬間。
(あ、来た。)
ふと顔を上げた。すると正面には、こちらを見て微笑む女性。明るく染められたショートカット。寒いのか、黒の厚手のダウンジャケットに両手を突っ込んでいる。一見、とてもクールな印象を受けるが、笑った顔はとても可愛い。
そして、その香り。繊細なその香りは形容し難い。堂々と一輪で咲き誇る花。その存在感に僕は魅了されてしまった。
(やっぱりこの香り。彼女だった。)
彼女以外に、この香りがする人を知らない。以前何か香水などつけているのかと尋ねたが、笑顔ではぐらかされてしまった。僕の好きな香り。そんな花を纏った彼女との毎日は、夢のようであった。
突然の連絡。彼女からのメッセージ。
その日もデートの約束をしていた。穴場であるビルの屋上。そこから見る夜景が綺麗なのだと話す彼女の目はキラキラと輝いていた。今日はそこに行こうと話していた。
しかし、普段時間よりも少しだけ早く来る彼女が一向に来ない。不思議に思って送ったメッセージも、既読になることは無かった。
そのまま、待つこと3時間。香りが届いた。来たな、と思い辺りを見回すが、人影一つ見当たらない。その時だった。震える携帯。急いで見ると、彼女からの連絡である。内容はシンプルに。訃報であった。
それ以降のことは、あまり覚えていない。メッセージを送ってくれた彼女の母親に会いに行き、訃報が事実であることを知った。原因は交通事故だった。よそ見運転をしていた自動車が突っ込んできた。即死だったという。お通夜の間もどこか夢見心地で、彼女がもういないと実感したのは、全てが終わった後だった。
「これをあなたに……。」
そう言って彼女の母親から差し出されたのは、一つの使いかけの香水だった。シンプルながら可愛らしい香水。お礼を言い、受け取った瞬間、どこか覚えのある香りがした。しかし、何か足りない。
(なぜ?彼女じゃないから?誰かがつければいいのか?)
ただ、一つだけ叶うなら。もう一度あの香りを……。
そこからは、無我夢中だった。身の回りの子や、マッチングサイト。ありとあらゆるもので出会い、様々な女の子と関係を持った。そしてその度に頼むのだ。
「この香水をつけてみて欲しい。」
そんな生活が続いていたある日。香水はもう残りわずか。せいぜい後一回分だろう。同じ香水を探したが、不思議なことに見つからなかった。正真正銘最後の一回。慎重に使おうと、歪んだ心に誓った。
最後に使おうと決めた女の子は、どこか彼女と似た子だった。服の系統や、見た目ではない。もっと根本的な部分が。だから、躊躇いなくこの子にしようと思った。
一日中デートした最後。見晴らしのいいビルの屋上で、香水を使ってもらおうと決めていた。
「ちょっと……これつけてみてくれない?」
そう頼むと、どこか疑うような表情をしながらも了承してくれた。心臓がうるさい。これでダメだったら、もう彼女の香りには会えないのだろう。その時は……。
そして、一押し。ノズルから吹き出た香水からは、嗅ぎなれた香り。彼女がそれを纏うが……。やはり、物足りない。これじゃない。
(仕方ない……。もう諦めるしかないんだ。)
やっと諦めがついた。そんな気がした。彼女は思い出に、過去の人となってしまったのだ。いつまでも追いかけないで。そう言われた気すらした。目元が熱い。女の子が心配そうに寄ってくる。
この時初めてこの女の子のことをしっかりと見た。その子は、彼女とは全く似ていなかった。不思議に思い、ぼーっと眺めていた。その時だった。
不意に香った。
すでに諦めがついていた僕を嘲笑うかのように。強く香った。いる。そこにいる。ふらふらと歩き出す。
その様子を心配そうに見ていた女の子であったが、唐突に血相を変えて駆け出した。よろけながら歩く僕は、確実にビルの淵へと歩み寄っていた。香りは確実にある。その香りを頼りに歩く。
そして、浮いた。ふと我に返った。正面には女の子の泣いた顔。左右には闇。そして、背後には豆粒のような人や車。
(そうか……。分かった。)
僕は香りを纏いながら落ちていく。彼女が笑っている気配を感じる。仕方ない。やっと会えたのだから、喜ぼうじゃないか。
辺りには、血の匂い。そして彼岸花のように、花の香りが満ちていた。
駅の改札のすぐ正面。国籍や年齢に関わらず、多くの人が目の前を通り過ぎて行く。彼女が乗ってきた電車から降りた人だろう。あまりの多さにクラクラした僕は視線を下に落とす。欠けたコンクリートを眺めていたその瞬間。
(あ、来た。)
ふと顔を上げた。すると正面には、こちらを見て微笑む女性。明るく染められたショートカット。寒いのか、黒の厚手のダウンジャケットに両手を突っ込んでいる。一見、とてもクールな印象を受けるが、笑った顔はとても可愛い。
そして、その香り。繊細なその香りは形容し難い。堂々と一輪で咲き誇る花。その存在感に僕は魅了されてしまった。
(やっぱりこの香り。彼女だった。)
彼女以外に、この香りがする人を知らない。以前何か香水などつけているのかと尋ねたが、笑顔ではぐらかされてしまった。僕の好きな香り。そんな花を纏った彼女との毎日は、夢のようであった。
突然の連絡。彼女からのメッセージ。
その日もデートの約束をしていた。穴場であるビルの屋上。そこから見る夜景が綺麗なのだと話す彼女の目はキラキラと輝いていた。今日はそこに行こうと話していた。
しかし、普段時間よりも少しだけ早く来る彼女が一向に来ない。不思議に思って送ったメッセージも、既読になることは無かった。
そのまま、待つこと3時間。香りが届いた。来たな、と思い辺りを見回すが、人影一つ見当たらない。その時だった。震える携帯。急いで見ると、彼女からの連絡である。内容はシンプルに。訃報であった。
それ以降のことは、あまり覚えていない。メッセージを送ってくれた彼女の母親に会いに行き、訃報が事実であることを知った。原因は交通事故だった。よそ見運転をしていた自動車が突っ込んできた。即死だったという。お通夜の間もどこか夢見心地で、彼女がもういないと実感したのは、全てが終わった後だった。
「これをあなたに……。」
そう言って彼女の母親から差し出されたのは、一つの使いかけの香水だった。シンプルながら可愛らしい香水。お礼を言い、受け取った瞬間、どこか覚えのある香りがした。しかし、何か足りない。
(なぜ?彼女じゃないから?誰かがつければいいのか?)
ただ、一つだけ叶うなら。もう一度あの香りを……。
そこからは、無我夢中だった。身の回りの子や、マッチングサイト。ありとあらゆるもので出会い、様々な女の子と関係を持った。そしてその度に頼むのだ。
「この香水をつけてみて欲しい。」
そんな生活が続いていたある日。香水はもう残りわずか。せいぜい後一回分だろう。同じ香水を探したが、不思議なことに見つからなかった。正真正銘最後の一回。慎重に使おうと、歪んだ心に誓った。
最後に使おうと決めた女の子は、どこか彼女と似た子だった。服の系統や、見た目ではない。もっと根本的な部分が。だから、躊躇いなくこの子にしようと思った。
一日中デートした最後。見晴らしのいいビルの屋上で、香水を使ってもらおうと決めていた。
「ちょっと……これつけてみてくれない?」
そう頼むと、どこか疑うような表情をしながらも了承してくれた。心臓がうるさい。これでダメだったら、もう彼女の香りには会えないのだろう。その時は……。
そして、一押し。ノズルから吹き出た香水からは、嗅ぎなれた香り。彼女がそれを纏うが……。やはり、物足りない。これじゃない。
(仕方ない……。もう諦めるしかないんだ。)
やっと諦めがついた。そんな気がした。彼女は思い出に、過去の人となってしまったのだ。いつまでも追いかけないで。そう言われた気すらした。目元が熱い。女の子が心配そうに寄ってくる。
この時初めてこの女の子のことをしっかりと見た。その子は、彼女とは全く似ていなかった。不思議に思い、ぼーっと眺めていた。その時だった。
不意に香った。
すでに諦めがついていた僕を嘲笑うかのように。強く香った。いる。そこにいる。ふらふらと歩き出す。
その様子を心配そうに見ていた女の子であったが、唐突に血相を変えて駆け出した。よろけながら歩く僕は、確実にビルの淵へと歩み寄っていた。香りは確実にある。その香りを頼りに歩く。
そして、浮いた。ふと我に返った。正面には女の子の泣いた顔。左右には闇。そして、背後には豆粒のような人や車。
(そうか……。分かった。)
僕は香りを纏いながら落ちていく。彼女が笑っている気配を感じる。仕方ない。やっと会えたのだから、喜ぼうじゃないか。
辺りには、血の匂い。そして彼岸花のように、花の香りが満ちていた。
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