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北校舎トイレの怪
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春爛漫。教室からは春らしい景色は見えないが、街には桜が咲き誇っている。
二日目の教室はもうすでに、皆が友人のように話し声であふれていた。
もちろんある程度グループはできていたが、そのグループ間でも交流があったり、うまいことグループを渡り歩いている人もいたりして、閉鎖感はない。
そんな中、悟志は一人、黙って席に座っていた。その姿は、初日にしてクラスにまとまりが生まれ、二日目にして普段の話声が聞こえる高校のクラスの中では、どちらかと言えば浮いている存在でもあった。しかし、悟志はそんなことはどうでもよかった。今は興味のそそられる怪奇な現象のことで頭がいっぱいだったからだ。
「知ってるか?この学校はいろいろと奇妙な現象が起こるんだってさ。それは七不思議とかいうレベルじゃないほどたくさん起こるらしい。やばいのでいうと鏡越しに首を絞められたり、音楽室の倉庫にあるラジオがいきなりスイッチが入ってあの世の音楽を聞かせたり、毎年のように口から血を吐いて何人か救急車で運ばれたりしてるらしい。」
悟志はそんな話を高校一年の時に聞いたことがあった。悟志自身は全く出くわしたことはなかったが、非常に気になっていた。だからこそ今回の怪奇現象は自分の目で確かめてみたいと思ったのだ。
そしてこんなことも学校には伝わっていた。
『生徒は少なくとも七時までには学校から出ること。先生も七時半以降は極力職員室・生徒指導室から玄関までの間で行動すること。もし七時以降に校内を見回る際は三人以上で行動すること。』
そんな話があるものだから、部活動の時間も制限されて、その分部活の練習時間は朝の練習や土日祝日の練習で取り返すしかないのである。
これは校則になっている。
中学時代にもそんな校則は聞いたことがなかったので、悟志は不思議がっていた。学校に怪異が起こるというのは本当かもしれないと。
そして悟志は今やっと、はじめてそれらしいものに出会えて、内心興奮していたのだった。
悟志はその怪異に困っているというクラスメイト、五十嵐にある提案をした。
「今度そのトイレに大便をしに行ってくれないか。その時僕も同行する。そこで誰がくるか見張っている。中に入っているときに必ず誰かが来るというのであれば、それで分かるはずだ。」
五十嵐はその提案を「名案だ」と受け入れた。
ただし悟志は、もしそれでただのいたずらだったらつまらないなとも思っていた。だからといって何か呪われるようなことにはなってほしくないとも思っていた。ちょうどいい具合に面白い現象だったらいいなと思っていたのだった。
一日の授業が終わり、四時くらいになった。そして悟志から五十嵐に声をかけた。
「じゃあ行こうか。」
「ああ、でもウ〇コでないかも…。」
「まじかよ。頑張って出してくれ。でなくても来るんならいいけど。」
悟志は大便トークになっていることに気づいて、話題を変えた。
「そういえばなんでわざわざ北校舎の便所使うんだ?あそこ汚くないか?」
「確かに少し汚いんだけど、人が少ないから大便時にはいいと思っていたんだ。」
「なるほどね。」
そしてまた五十嵐は心配した。
「まじでウ〇コ出るかわからん…。」
「まあ、なににしても大便所にいればいい。見張ってるから。」
「でもできればトイレの入り口で見張っててくれないか。臭いと思うからさ。」
また大便トークに戻りそうだったので、わかったよというだけで終わった。
そして二人は北校舎のトイレに向かった。五十嵐は今日の掃除の時間、クラスメイトの一人と一緒に此のトイレを掃除していたが、そのときは何もなかったようだ。しかしそのトイレの不気味さからしばらく使っていなかったようで、使用するのが久々なのか緊張しているようだった。
そしてトイレの前に立った。
「じゃあ、行ってくるよ…!」
五十嵐は意を決したように、トイレの中へ入った。
ばたんと戸を閉める音が聞こえる。悟志はトイレの前にいた。
北校舎は実習室などがあるため、教室の校舎ではない。だからこの時間は特別人っ気がない。たまに実習で居残りになっている生徒がいる程度だが、今日はどこも暗いのでそういった生徒もいないようだ。
しばらくしたところで、トイレの中から声が聞こえた。
「誰かいますか?いないですか…⁉世見津君‼」
悟志は走って中に入った。
「なんだ、どうした?」
「今聞いたか⁉ノックされた‼誰も来てない⁉」
「まさか…。誰も来てないぞ。本当にノックされたのか。聞き間違いじゃ。」
「ドアのノックを聞き間違えるわけあるか⁉されたんだ‼本当に‼」
悟志はその五十嵐の様子に、これは本当に起きたなと思った。
「足音は?足音は聞こえたのか?」
悟志はドア越しに聞いた。五十嵐はドアの向こうで言った。
「聞こえた!ちゃんと足音も聞こえた!明らかに歩いて誰か来たんだ!」
悟志は訳が分からなかった。一つ仮説を立てるのであれば、もう一つ奥にある大便所の個室。そちらにだれか隠れていて、そいつがいたずらしているかだ。
悟志はそういえばと思った。最初に便所を確認しておくべきだったと。全て確認したうえで検証しなければいけなかった。そう後悔した。一つ奥の大便所にだれか隠れていたとしたら、以前五十嵐が一度トイレの前で見張っていた時にだれも入ってこなかったというのも頷ける。
悟志は横を見た。奥の大便所の戸は開いている。
悟志は言った。
「おい、五十嵐君。大便所に入る時、もう一つ奥の大便所は空いていたか?」
「ああ、空いてた。そうか!そこにだれか隠れているのか!中まで確認してなかった!」
「そういうことだ!」
その瞬間。バァン!と、隣の大便所が閉まった。
五十嵐はギャッと悲鳴のようなものを上げた。悟志も驚いたが、これで確定だ。そう思った。
「おい、もうわかってるぞ。さすがに今のは見苦しいな。潔く出て来いよ。」
悟志は奥の大便所の方へ行った。カギはかかっていなかった。それなのにしっかりと閉まっている。
「おい、カギ閉めずに手で押さえてるのか?もしかして。」
そう言いながら、悟志は力で押し切ろうと、戸を押したが、全く動かない。どれだけ力を入れて押してもびくともしないのだった。
「そうか、ならいくらでもやりようはある。上からのぞいてやるよ。」
と、悟志はトイレの個室の上のサッシ部分に手をかけ上って見せた。
そして中をのぞいた。
童子がいた。子供だ。こちらを見ている。ただじっと、上からのぞいた悟志の方を見ていた。何も言わず、表情一つ変えず、目を見開いて。
悟志は一瞬意味が分からなかった。なぜここに子供がいる。見た目は小学生よりも幼い。園児並みだ。男か女かもわからない。その瞬間。
「うおおおおおぉぉぉぉ!」
と、五十嵐の声がした。
悟志は驚いて、滑り落ちそうになった。その瞬間童子のいた個室の扉が開いて、悟志はバランスを崩しそのまま落ちた。
「んな!ばっちい!便所でしりもちついちゃったじゃないか!」
悟志は誰にというわけでなく怒った。痛みよりも汚さへの嫌悪感の方が勝った。
「いや、そんなことより、あの子供は⁉五十嵐君、いったいどうした⁉」
童子は個室にはいなかった。そして五十嵐は言った。
「腹が…!急に!めっちゃ下し始めた…‼なんで急に!世見津君、臭くなるぞぅ‼」
「なんだと⁉わかった!一回出る!」
「俺も出るぅぅ‼」
悟志は耳をふさいで排泄音を聞かないように急いで便所を出ようとした。ふと、手洗い場の鏡を見ると、悟志が通り過ぎるその後ろに童子が正面を見ながら立っていた。
悟志は驚くもさっと振り向いた。
童子はすぐ足元から悟志を見上げていた。
「おまえは何だ⁉何が目的だ⁉」
悟志は叫んだ。その問いが、悟志を理解させる。その童子が思っていること、自分が何者なのか、何が目的なのか。すべての回答が悟志にはわかる。それが悟志の「心をサトる」部分の能力、だからだ。
見えてくる、聞こえてくる、理解できる。
(私は去年からこの建物に迷い込んだ神である。私はきれい好きでどうしても汚れているものを見ると何もせずにはいられなくなる。しかし私自身には掃除するという概念そのものがないし、できない。その代わり清浄なものを維持することに力を使うことはできる。この厠は私がいるときに心を込めて掃除がされていなかった。だから私はどうにか人間の手でこの厠を、心を込めて掃除してもらいたいと願っていた。それを訴えていたのだ。だからこの厠を汚すような行為は許さない。君が個室の壁を登ったりするから彼には腹を下してもらった。そもそも彼が君を連れてきたのが悪いからだ。しかし彼は悪い人ではないことはわかっている。今日の掃除を見ていると、しっかりやっていた。少しでもきれいになるようにと心を込めて掃除をすれば、取れない汚れがあったとしてもきれいになるものだ。そうすれば私の力で清浄を保てるだろう。もう少し様子を見て大丈夫そうなら私はこの建物に清浄の力を残して去る。ただもし、掃除をおろそかにするようなら、今後もこの建物で監視し続ける。)
悟志はそれを瞬時に理解した。そしてその童子はすぐに便所の外へ駆け出して行った。
悟志は立ち尽くしていた。あれがトイレの神様というやつなのかと思った。
しばらくして、五十嵐が出てきた。
「おい…、腹は大丈夫か?」
悟志は少し申し訳なさそうに聞いた。自分が個室に上らなかったら起きなかったからだと理解したからだ。
「ああ、収まったよ。なんか腹ん中の物が全部出た気がするよ。逆にすっきりしたかも…。」
それを聞いて、悟志は少し納得した。なるほど、不浄を嫌う神は、人間の腹の中の汚いものもきれいにするのかと。しかし、悟志はすぐに自分で否定した。いやたぶん偶然だな、と。
その後、悟志は一応裏を取ろうと、五十嵐同伴でこの校舎の掃除を見回っている先生を見つけて、聞いてみた。去年のトイレ掃除の生徒はなにか悪いようなことがあったのかと。すると先生は、
「ああ、去年の二階のトイレ掃除担当の生徒はいつもさぼってたよ。毎回叱ったけど、全然改善しなかったなぁ。」
どうやら悟志が理解した童子の心の中と一致した。悟志の中ではこれでやっと話が進められると思っていた。
五十嵐は何のことやらわからない感じで、今日起きたこともまだ聞いていなかったため、結局何があったんだと悟志に問うた。
悟志は、一連の今日起きた現象と見たものを五十嵐に説明した。
五十嵐はそれを聞いて少し恐怖心を抱いた。その不気味な童子の様子や自分の健康状態までも影響するような、まるで祟りのような現象に当事者として恐ろしさを感じていたのだった。
ただ、トイレの神様的なその様子もしっかりと理解した様子だった。
しかし五十嵐は、なぜ悟志がその子供のことをそこまで知ることができたのか疑問に思った。
悟志は、
「見た目は不気味だけど、中身をそうでもなくて、トイレの外で少し話してくれたんだよ。」
といった。五十嵐はそういえば、悟志が「何者だ!」と怒鳴っていたなと思った。その時に返してくれていたのかと妙に納得した様子だった。当然悟志は能力のことは隠した。
五十嵐は妙なことも起きるものだと思いながらも、この件は話題になるだろうけど、誰かに話してそれで祟られたら嫌だしとも思った。悟志も今回の出来事はあまり人に話さない方がいいだろうと忠告した。
そして五十嵐は、悟志に聞いた「トイレを気持ちを込めて掃除すること」が大切だということも理解した。
それからというもの、五十嵐は北校舎二階のトイレの掃除をもう一人の人と心を込めてやるようになった。
五十嵐は相方にも、
「ここのトイレ掃除はちゃんとしないとダメだからな。一緒にちゃんとしような。」
と真剣なまなざしで訴えたので、相方も
「お、おう。」
と押されるような感じでそれを承諾し、二人でトイレ掃除を頑張った。
それ以降、五十嵐は授業が終わって試しにこのトイレを使ってみようと、意を決して入ってみたが、扉をたたかれることはなくなり、平穏な便所時間を過ごすことができるようになったのである。
二日目の教室はもうすでに、皆が友人のように話し声であふれていた。
もちろんある程度グループはできていたが、そのグループ間でも交流があったり、うまいことグループを渡り歩いている人もいたりして、閉鎖感はない。
そんな中、悟志は一人、黙って席に座っていた。その姿は、初日にしてクラスにまとまりが生まれ、二日目にして普段の話声が聞こえる高校のクラスの中では、どちらかと言えば浮いている存在でもあった。しかし、悟志はそんなことはどうでもよかった。今は興味のそそられる怪奇な現象のことで頭がいっぱいだったからだ。
「知ってるか?この学校はいろいろと奇妙な現象が起こるんだってさ。それは七不思議とかいうレベルじゃないほどたくさん起こるらしい。やばいのでいうと鏡越しに首を絞められたり、音楽室の倉庫にあるラジオがいきなりスイッチが入ってあの世の音楽を聞かせたり、毎年のように口から血を吐いて何人か救急車で運ばれたりしてるらしい。」
悟志はそんな話を高校一年の時に聞いたことがあった。悟志自身は全く出くわしたことはなかったが、非常に気になっていた。だからこそ今回の怪奇現象は自分の目で確かめてみたいと思ったのだ。
そしてこんなことも学校には伝わっていた。
『生徒は少なくとも七時までには学校から出ること。先生も七時半以降は極力職員室・生徒指導室から玄関までの間で行動すること。もし七時以降に校内を見回る際は三人以上で行動すること。』
そんな話があるものだから、部活動の時間も制限されて、その分部活の練習時間は朝の練習や土日祝日の練習で取り返すしかないのである。
これは校則になっている。
中学時代にもそんな校則は聞いたことがなかったので、悟志は不思議がっていた。学校に怪異が起こるというのは本当かもしれないと。
そして悟志は今やっと、はじめてそれらしいものに出会えて、内心興奮していたのだった。
悟志はその怪異に困っているというクラスメイト、五十嵐にある提案をした。
「今度そのトイレに大便をしに行ってくれないか。その時僕も同行する。そこで誰がくるか見張っている。中に入っているときに必ず誰かが来るというのであれば、それで分かるはずだ。」
五十嵐はその提案を「名案だ」と受け入れた。
ただし悟志は、もしそれでただのいたずらだったらつまらないなとも思っていた。だからといって何か呪われるようなことにはなってほしくないとも思っていた。ちょうどいい具合に面白い現象だったらいいなと思っていたのだった。
一日の授業が終わり、四時くらいになった。そして悟志から五十嵐に声をかけた。
「じゃあ行こうか。」
「ああ、でもウ〇コでないかも…。」
「まじかよ。頑張って出してくれ。でなくても来るんならいいけど。」
悟志は大便トークになっていることに気づいて、話題を変えた。
「そういえばなんでわざわざ北校舎の便所使うんだ?あそこ汚くないか?」
「確かに少し汚いんだけど、人が少ないから大便時にはいいと思っていたんだ。」
「なるほどね。」
そしてまた五十嵐は心配した。
「まじでウ〇コ出るかわからん…。」
「まあ、なににしても大便所にいればいい。見張ってるから。」
「でもできればトイレの入り口で見張っててくれないか。臭いと思うからさ。」
また大便トークに戻りそうだったので、わかったよというだけで終わった。
そして二人は北校舎のトイレに向かった。五十嵐は今日の掃除の時間、クラスメイトの一人と一緒に此のトイレを掃除していたが、そのときは何もなかったようだ。しかしそのトイレの不気味さからしばらく使っていなかったようで、使用するのが久々なのか緊張しているようだった。
そしてトイレの前に立った。
「じゃあ、行ってくるよ…!」
五十嵐は意を決したように、トイレの中へ入った。
ばたんと戸を閉める音が聞こえる。悟志はトイレの前にいた。
北校舎は実習室などがあるため、教室の校舎ではない。だからこの時間は特別人っ気がない。たまに実習で居残りになっている生徒がいる程度だが、今日はどこも暗いのでそういった生徒もいないようだ。
しばらくしたところで、トイレの中から声が聞こえた。
「誰かいますか?いないですか…⁉世見津君‼」
悟志は走って中に入った。
「なんだ、どうした?」
「今聞いたか⁉ノックされた‼誰も来てない⁉」
「まさか…。誰も来てないぞ。本当にノックされたのか。聞き間違いじゃ。」
「ドアのノックを聞き間違えるわけあるか⁉されたんだ‼本当に‼」
悟志はその五十嵐の様子に、これは本当に起きたなと思った。
「足音は?足音は聞こえたのか?」
悟志はドア越しに聞いた。五十嵐はドアの向こうで言った。
「聞こえた!ちゃんと足音も聞こえた!明らかに歩いて誰か来たんだ!」
悟志は訳が分からなかった。一つ仮説を立てるのであれば、もう一つ奥にある大便所の個室。そちらにだれか隠れていて、そいつがいたずらしているかだ。
悟志はそういえばと思った。最初に便所を確認しておくべきだったと。全て確認したうえで検証しなければいけなかった。そう後悔した。一つ奥の大便所にだれか隠れていたとしたら、以前五十嵐が一度トイレの前で見張っていた時にだれも入ってこなかったというのも頷ける。
悟志は横を見た。奥の大便所の戸は開いている。
悟志は言った。
「おい、五十嵐君。大便所に入る時、もう一つ奥の大便所は空いていたか?」
「ああ、空いてた。そうか!そこにだれか隠れているのか!中まで確認してなかった!」
「そういうことだ!」
その瞬間。バァン!と、隣の大便所が閉まった。
五十嵐はギャッと悲鳴のようなものを上げた。悟志も驚いたが、これで確定だ。そう思った。
「おい、もうわかってるぞ。さすがに今のは見苦しいな。潔く出て来いよ。」
悟志は奥の大便所の方へ行った。カギはかかっていなかった。それなのにしっかりと閉まっている。
「おい、カギ閉めずに手で押さえてるのか?もしかして。」
そう言いながら、悟志は力で押し切ろうと、戸を押したが、全く動かない。どれだけ力を入れて押してもびくともしないのだった。
「そうか、ならいくらでもやりようはある。上からのぞいてやるよ。」
と、悟志はトイレの個室の上のサッシ部分に手をかけ上って見せた。
そして中をのぞいた。
童子がいた。子供だ。こちらを見ている。ただじっと、上からのぞいた悟志の方を見ていた。何も言わず、表情一つ変えず、目を見開いて。
悟志は一瞬意味が分からなかった。なぜここに子供がいる。見た目は小学生よりも幼い。園児並みだ。男か女かもわからない。その瞬間。
「うおおおおおぉぉぉぉ!」
と、五十嵐の声がした。
悟志は驚いて、滑り落ちそうになった。その瞬間童子のいた個室の扉が開いて、悟志はバランスを崩しそのまま落ちた。
「んな!ばっちい!便所でしりもちついちゃったじゃないか!」
悟志は誰にというわけでなく怒った。痛みよりも汚さへの嫌悪感の方が勝った。
「いや、そんなことより、あの子供は⁉五十嵐君、いったいどうした⁉」
童子は個室にはいなかった。そして五十嵐は言った。
「腹が…!急に!めっちゃ下し始めた…‼なんで急に!世見津君、臭くなるぞぅ‼」
「なんだと⁉わかった!一回出る!」
「俺も出るぅぅ‼」
悟志は耳をふさいで排泄音を聞かないように急いで便所を出ようとした。ふと、手洗い場の鏡を見ると、悟志が通り過ぎるその後ろに童子が正面を見ながら立っていた。
悟志は驚くもさっと振り向いた。
童子はすぐ足元から悟志を見上げていた。
「おまえは何だ⁉何が目的だ⁉」
悟志は叫んだ。その問いが、悟志を理解させる。その童子が思っていること、自分が何者なのか、何が目的なのか。すべての回答が悟志にはわかる。それが悟志の「心をサトる」部分の能力、だからだ。
見えてくる、聞こえてくる、理解できる。
(私は去年からこの建物に迷い込んだ神である。私はきれい好きでどうしても汚れているものを見ると何もせずにはいられなくなる。しかし私自身には掃除するという概念そのものがないし、できない。その代わり清浄なものを維持することに力を使うことはできる。この厠は私がいるときに心を込めて掃除がされていなかった。だから私はどうにか人間の手でこの厠を、心を込めて掃除してもらいたいと願っていた。それを訴えていたのだ。だからこの厠を汚すような行為は許さない。君が個室の壁を登ったりするから彼には腹を下してもらった。そもそも彼が君を連れてきたのが悪いからだ。しかし彼は悪い人ではないことはわかっている。今日の掃除を見ていると、しっかりやっていた。少しでもきれいになるようにと心を込めて掃除をすれば、取れない汚れがあったとしてもきれいになるものだ。そうすれば私の力で清浄を保てるだろう。もう少し様子を見て大丈夫そうなら私はこの建物に清浄の力を残して去る。ただもし、掃除をおろそかにするようなら、今後もこの建物で監視し続ける。)
悟志はそれを瞬時に理解した。そしてその童子はすぐに便所の外へ駆け出して行った。
悟志は立ち尽くしていた。あれがトイレの神様というやつなのかと思った。
しばらくして、五十嵐が出てきた。
「おい…、腹は大丈夫か?」
悟志は少し申し訳なさそうに聞いた。自分が個室に上らなかったら起きなかったからだと理解したからだ。
「ああ、収まったよ。なんか腹ん中の物が全部出た気がするよ。逆にすっきりしたかも…。」
それを聞いて、悟志は少し納得した。なるほど、不浄を嫌う神は、人間の腹の中の汚いものもきれいにするのかと。しかし、悟志はすぐに自分で否定した。いやたぶん偶然だな、と。
その後、悟志は一応裏を取ろうと、五十嵐同伴でこの校舎の掃除を見回っている先生を見つけて、聞いてみた。去年のトイレ掃除の生徒はなにか悪いようなことがあったのかと。すると先生は、
「ああ、去年の二階のトイレ掃除担当の生徒はいつもさぼってたよ。毎回叱ったけど、全然改善しなかったなぁ。」
どうやら悟志が理解した童子の心の中と一致した。悟志の中ではこれでやっと話が進められると思っていた。
五十嵐は何のことやらわからない感じで、今日起きたこともまだ聞いていなかったため、結局何があったんだと悟志に問うた。
悟志は、一連の今日起きた現象と見たものを五十嵐に説明した。
五十嵐はそれを聞いて少し恐怖心を抱いた。その不気味な童子の様子や自分の健康状態までも影響するような、まるで祟りのような現象に当事者として恐ろしさを感じていたのだった。
ただ、トイレの神様的なその様子もしっかりと理解した様子だった。
しかし五十嵐は、なぜ悟志がその子供のことをそこまで知ることができたのか疑問に思った。
悟志は、
「見た目は不気味だけど、中身をそうでもなくて、トイレの外で少し話してくれたんだよ。」
といった。五十嵐はそういえば、悟志が「何者だ!」と怒鳴っていたなと思った。その時に返してくれていたのかと妙に納得した様子だった。当然悟志は能力のことは隠した。
五十嵐は妙なことも起きるものだと思いながらも、この件は話題になるだろうけど、誰かに話してそれで祟られたら嫌だしとも思った。悟志も今回の出来事はあまり人に話さない方がいいだろうと忠告した。
そして五十嵐は、悟志に聞いた「トイレを気持ちを込めて掃除すること」が大切だということも理解した。
それからというもの、五十嵐は北校舎二階のトイレの掃除をもう一人の人と心を込めてやるようになった。
五十嵐は相方にも、
「ここのトイレ掃除はちゃんとしないとダメだからな。一緒にちゃんとしような。」
と真剣なまなざしで訴えたので、相方も
「お、おう。」
と押されるような感じでそれを承諾し、二人でトイレ掃除を頑張った。
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