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3.朝市とさくらんぼのタルト
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下町の朝は早い。
早朝五時には人々の話し声が窓越しに聞こえるぐらいで、それはそれは活気に満ちているのだ。おかげで異世界に来てからというもの、早寝早起きの習慣が身体に染みついてしまった。
自宅とカフェを兼ねた『妖精の止まり木』から距離にして歩いて六、七分。大通りに面して、ずらりと露天商がたち並ぶ。
いわゆる朝市である。
野菜に果物、小麦やライ麦などの穀物に川魚の燻製や香辛料、中には卵どころかニワトリそのものを扱ってる商人もいる。
こちらの世界では自分の店を構えるほうが珍しいみたいで、衣服や家具なども朝市で手に入れることができる。店舗を持つのは高級品をあつかう大商人ぐらいだ。
朝市は六時から十時まで催され、昼食前にはほとんどの露天商が帰宅してしまう。つまるところ、うっかり二度寝なんぞしようものなら、料理の材料を買い逃してしまうこともあり得るわけで。
いままで二度ほどそんな経験をしてきた身としては、それはもう恐怖でしかない。仕入れができないカフェなど休業しているのと変わりないのだ。
……まあ、三十日間連続で来客ゼロだったいままでが、休業しているようなもんだったといわれたらそれまでなんだけどさ。
ともあれ、心機一転、頑張るぞと決めたからには、しっかりしなければっ!
ベッドから起き上がった俺は着替えを済ませると、愛猫であるラテを呼び寄せ、朝市へと出かけるのだった。
***
さて、これはここだけの話になるのだが、朝の六時から朝市へ来たのはこれが二回目になる。
それ以外は露天商が店をたたむ間際、九時半ぐらいに足を運んでいたのだ。あまり熱心に仕入れ作業を行っていなかった、というダメダメな理由もあるのだが、そのほかにも大きな理由が一つあって。
「人が多いっ!!!」
そうなのだ。とにかく人出が凄いのである。
大通りを埋め尽くすほどの人人人……。多種多様な種族の人たちが集い、そして自由に買い物を楽しむ。朝市の醍醐味と言えばそれまでなんだろうけど。
「ラテ。はぐれないよう、肩に乗って……」
「にゃ」
言い終えるよりも早く、ぴょんと背中へよじ登ったラテは右肩へ前足を掛けると、器用にバランスを取ってみせる。
それから、ふんす、と、軽く鼻息を鳴らし、オッドアイの黒猫は存在を主張するのだった。
「にゃあ!」
「ちゃんと掴まってるんだぞ? こんな人混みじゃなにが起きても不思議じゃないし」
……と、一歩前に踏み出そうとしたその時である。
「スリだー!! 捕まえてくれー!!」
遠くのほうから声がするかと思いきや、人混みを押しのけるように突進する若い男が視界に入ったのだ。
「どけっ! ジャマだ、お前ら!!」
事情を飲み込めない通行人を押し倒し、スリはどんどんとこちらに近づいてくる。距離にして二メートル弱だろうか、スリを止めるべく俺が手を伸ばしかけた、まさにその瞬間。
一直線に飛んできた木箱が、スリの頭に直撃したのだ。しかも角である。痛い、これは痛いぞ!?
あまりの激痛にその場へ倒れ込むスリを、露天商らが取り囲んで捕まえている。あっという間の光景に呆然としていると、木箱を投げた張本人であろう、恰幅の良い中年女性が腕をまくり上げた。
「フン! アタシらのシマでね! ケチな真似なんてするんじゃないよ! 憲兵に突き出しておやり!」
「そうだそうだ!」
「いいぞ! さすがはミーナだ!」
青果類の露天商を営むミーナは朝市の名物的存在である。俺がカフェを開業するにあたってお世話になった、とてもいい人なのだが。
唯一にして致命的な欠点がひとつだけあって、俺を見かけるなり、決まっていう台詞があるのだ。
「おお、トオルじゃないか! なんだよ、アンタ、こんな朝早くからくるのは珍しいじゃないの」
それとなく挨拶を済ませて、別の露天商に行こうとするよりも早く、俺の左肩をむんずと掴んだミーナは、
「まあまあ、いいからウチの商品見ていきな!」
と、強引にみずからの店に招き入れるのだった。お馴染みの台詞が飛び出すのはここからである。
「で? あのカフェとかいう奇っ怪な店はいつ畳むんだい?」
ほら来た! 断っておくが、これでこの人、悪気はゼロなのだ。むしろ、心の底から俺を気遣って言ってくれているらしい。
「アンタももういい年齢なんだから、早いとこ定職について嫁さん見つけないと! クロだってそのほうがいいって言ってるわよ、ねえ、クロ?」
「にゃあ……」
ちなみに、クロというのはラテのことである。ミーナいわく、黒猫だからクロでいいじゃないということで、呼ばれる側としては抗議の鳴き声を上げていたものだが、最近は諦めの境地なのか、流すように返事をするだけになってしまった。
しかしまあ、なんというか……。
どこの世界も共通して下町の人々というのはお節介焼きが多いのだなと実感するね。義理人情はまだヨシとしよう。ただまあ、度の過ぎたお節介ほどタチの悪いものはない。
「閉店はしませんよ。お客さんだって来ているんですから」
その一言に、恰幅の良い女主人は目を丸くしている。
「へ? お客? アンタの店にかい?」
「ええ」
「冗談はおよしよ! 誰が好き好んでアンタの店に行くもんか!」
「いやいや、ミーナさん。本当の本当にお客さんが来たんですって」
「本当にかい?」
「本当ですよ」
「……そいつは良かったじゃないの! アンタ! なんだいなんだい、いつも辛気くさい顔でさぁ、アタシはハラハラして仕方なかったって言うのに、そうかい! お客さんが来たのかい!?」
アッハッハと豪快な笑い声を立てながら、ミーナは俺の背中をバシバシ叩くと、あまりの衝撃に落ちそうになったラテを抱きかかえては頬にキスをした。黒猫のうんざりとした鳴き声がこだまする。
「なぁぁぁぁぁぁ……」
「いやいや、クロも良かったわねえ。餌もロクにもらえてなかったんじゃないかと心配してたのよ!」
ラテを押し戻すように俺へと預けたミーナは、なにかをひらめいた表情で、後ろの方をごそごそとあさりだし、声に出しては「ちょっと待ってな」と呟くのだった。
ようやく振り返ったミーナが手にしていたのは、木のかごに盛られた赤色の小さな果実で、それをこちらへ差し出すと、
「お祝いだ。お代はいらないよ」
と、強引に、俺の手にかごを掴ませるのだった。
「ええ!? いいですよ、こんなにたくさん。悪いですって!」
「いいんだよ! せっかくだから持っておいき! カフェがなにかはアタシにはよくわからないけど、材料の足しにぐらいにゃなるでしょう?」
「でも……」
「ああもう、じれったい子だね。こういう時は素直にありがとうと受け取っておけばいいのさ!」
満面の笑みを浮かべる女店主に、俺はどういう表情をしていいのかわからず、うつむき加減にお礼を伝えるのがやっとだった。
「よかったらミーナさんもお店に来てください。ご馳走しますから」
営業活動を兼ねてそう伝えると、ミーナは再び豪快に笑い、遠慮しておくよと前置きした上で、こう付け加えた。
「悪いけど、お茶を飲むつもりはないんだ。仕事終わりは酒場で一杯って決めているんでね!」
***
「なるほど……。こんなにたくさんのさくらんぼがあるのはどうしてかしらと思っていたのですが、そういう事情があったのですね?」
カウンター席に腰を下ろし、赤い木の実をまじまじと見つめているのは、いまやすっかりと常連客になったシスターのマリーである。
「マリーさん、よかったら、持って行かれませんか?」
「え? 透さんがいただいたのではないのですか?」
「ご覧の通り、家には俺とラテしかいませんし、こんなに食べきれないんですよ。よろしかったら教会の皆さんで召し上がってください」
「でも……」
「どうか、遠慮なさらずに。それに、これをふんだんに使ったお菓子をこれから作ろうと思っていたので」
そう言うと、俺はキッチンの片隅に置かれていたタルト生地をマリーの目の前へと運ぶのだった。
***
タルト生地は簡単に作れる。常温に戻したバターへ砂糖と塩、卵黄と小麦粉を混ぜあわせたら、型にしっかりとはめ込んで重しを乗せて焼けばいい。
焼き上がった生地の粗熱を取っている間にカスタードクリームを作ろう。
卵黄に砂糖を加え、泡立て器で空気を含ませるように混ぜ合わせたら、少しずつふるった小麦粉を加えていく。全体が白っぽく、角が立つのが目安だ。
次に鍋へミルクを注ぎ、沸騰しないよう火に掛ける。先ほど混ぜたものを少しずつ加えて、バターを投入、クリーム状になるまでひたすらに混ぜ続ける。これでもかっていうぐらいに混ぜ続けたら、カスタードクリームのできあがりである。
あとは、粗熱を取ったタルト生地へカスタードクリームを流し込み、冷めるまで待つ。
最後にカスタードクリームが見えなくなるぐらい、さくらんぼを一面に盛り付けたら完成だ!
***
「お待たせしました! さくらんぼのタルトです!」
意気揚々とさくらんぼのタルトを差し出すと、その見た目の美しさにエリーはため息を漏らした。
「綺麗……、宝石箱みたい」
恍惚とした呟きを耳にしながら、俺はタルトを切り分けて皿へと盛り付ける。
つややかな赤色の果実はまさにエリーの言う通り、宝石が輝いているようにも見えた。期待の眼差しでタルトを一口分に切り分けたエリーは、興奮を抑えるようにフォークを口へ運ぶのだった。
「ん……!!」
「ど、どうですか?」
「美味しいです! とっても!」
文字通り、ほっぺたが落ちそうになるのを手で押さえながら、エリーはうっとりと続けてみせる。
「さくらんぼの酸味とクリームの甘さが絶妙で……! 口いっぱいにおいしさが広がって……!」
感想を尋ねたのは、無粋だったかもしれない。エリーの表情こそ、その美味しさを雄弁に語っているじゃないか。
やれやれ、今日もどうにかお気に召していただけたようだと胸をなで下ろし、俺も試食しようかなとさくらんぼのタルトへ手を伸ばしかけた、まさにその時。
「にゃっ」
普段とは異なる警戒するような鳴き声を上げたかと思いきや、威嚇の体勢で店の扉を睨みつけるラテの姿を視界に捉えた。
いったいどうしたのだろうか?
俺が疑問に思うのとほぼ同時に、破壊されるぐらいの勢いで扉が乱暴に開かれた。ばぁんという重い音が店内にこだましたかと思いきや、今度はやかましい足音が店内へと響き渡る。
お客さんではないことだけは理解できたのだが。……とにかく、武装した兵士たちが店に踏み込んできたのである。
早朝五時には人々の話し声が窓越しに聞こえるぐらいで、それはそれは活気に満ちているのだ。おかげで異世界に来てからというもの、早寝早起きの習慣が身体に染みついてしまった。
自宅とカフェを兼ねた『妖精の止まり木』から距離にして歩いて六、七分。大通りに面して、ずらりと露天商がたち並ぶ。
いわゆる朝市である。
野菜に果物、小麦やライ麦などの穀物に川魚の燻製や香辛料、中には卵どころかニワトリそのものを扱ってる商人もいる。
こちらの世界では自分の店を構えるほうが珍しいみたいで、衣服や家具なども朝市で手に入れることができる。店舗を持つのは高級品をあつかう大商人ぐらいだ。
朝市は六時から十時まで催され、昼食前にはほとんどの露天商が帰宅してしまう。つまるところ、うっかり二度寝なんぞしようものなら、料理の材料を買い逃してしまうこともあり得るわけで。
いままで二度ほどそんな経験をしてきた身としては、それはもう恐怖でしかない。仕入れができないカフェなど休業しているのと変わりないのだ。
……まあ、三十日間連続で来客ゼロだったいままでが、休業しているようなもんだったといわれたらそれまでなんだけどさ。
ともあれ、心機一転、頑張るぞと決めたからには、しっかりしなければっ!
ベッドから起き上がった俺は着替えを済ませると、愛猫であるラテを呼び寄せ、朝市へと出かけるのだった。
***
さて、これはここだけの話になるのだが、朝の六時から朝市へ来たのはこれが二回目になる。
それ以外は露天商が店をたたむ間際、九時半ぐらいに足を運んでいたのだ。あまり熱心に仕入れ作業を行っていなかった、というダメダメな理由もあるのだが、そのほかにも大きな理由が一つあって。
「人が多いっ!!!」
そうなのだ。とにかく人出が凄いのである。
大通りを埋め尽くすほどの人人人……。多種多様な種族の人たちが集い、そして自由に買い物を楽しむ。朝市の醍醐味と言えばそれまでなんだろうけど。
「ラテ。はぐれないよう、肩に乗って……」
「にゃ」
言い終えるよりも早く、ぴょんと背中へよじ登ったラテは右肩へ前足を掛けると、器用にバランスを取ってみせる。
それから、ふんす、と、軽く鼻息を鳴らし、オッドアイの黒猫は存在を主張するのだった。
「にゃあ!」
「ちゃんと掴まってるんだぞ? こんな人混みじゃなにが起きても不思議じゃないし」
……と、一歩前に踏み出そうとしたその時である。
「スリだー!! 捕まえてくれー!!」
遠くのほうから声がするかと思いきや、人混みを押しのけるように突進する若い男が視界に入ったのだ。
「どけっ! ジャマだ、お前ら!!」
事情を飲み込めない通行人を押し倒し、スリはどんどんとこちらに近づいてくる。距離にして二メートル弱だろうか、スリを止めるべく俺が手を伸ばしかけた、まさにその瞬間。
一直線に飛んできた木箱が、スリの頭に直撃したのだ。しかも角である。痛い、これは痛いぞ!?
あまりの激痛にその場へ倒れ込むスリを、露天商らが取り囲んで捕まえている。あっという間の光景に呆然としていると、木箱を投げた張本人であろう、恰幅の良い中年女性が腕をまくり上げた。
「フン! アタシらのシマでね! ケチな真似なんてするんじゃないよ! 憲兵に突き出しておやり!」
「そうだそうだ!」
「いいぞ! さすがはミーナだ!」
青果類の露天商を営むミーナは朝市の名物的存在である。俺がカフェを開業するにあたってお世話になった、とてもいい人なのだが。
唯一にして致命的な欠点がひとつだけあって、俺を見かけるなり、決まっていう台詞があるのだ。
「おお、トオルじゃないか! なんだよ、アンタ、こんな朝早くからくるのは珍しいじゃないの」
それとなく挨拶を済ませて、別の露天商に行こうとするよりも早く、俺の左肩をむんずと掴んだミーナは、
「まあまあ、いいからウチの商品見ていきな!」
と、強引にみずからの店に招き入れるのだった。お馴染みの台詞が飛び出すのはここからである。
「で? あのカフェとかいう奇っ怪な店はいつ畳むんだい?」
ほら来た! 断っておくが、これでこの人、悪気はゼロなのだ。むしろ、心の底から俺を気遣って言ってくれているらしい。
「アンタももういい年齢なんだから、早いとこ定職について嫁さん見つけないと! クロだってそのほうがいいって言ってるわよ、ねえ、クロ?」
「にゃあ……」
ちなみに、クロというのはラテのことである。ミーナいわく、黒猫だからクロでいいじゃないということで、呼ばれる側としては抗議の鳴き声を上げていたものだが、最近は諦めの境地なのか、流すように返事をするだけになってしまった。
しかしまあ、なんというか……。
どこの世界も共通して下町の人々というのはお節介焼きが多いのだなと実感するね。義理人情はまだヨシとしよう。ただまあ、度の過ぎたお節介ほどタチの悪いものはない。
「閉店はしませんよ。お客さんだって来ているんですから」
その一言に、恰幅の良い女主人は目を丸くしている。
「へ? お客? アンタの店にかい?」
「ええ」
「冗談はおよしよ! 誰が好き好んでアンタの店に行くもんか!」
「いやいや、ミーナさん。本当の本当にお客さんが来たんですって」
「本当にかい?」
「本当ですよ」
「……そいつは良かったじゃないの! アンタ! なんだいなんだい、いつも辛気くさい顔でさぁ、アタシはハラハラして仕方なかったって言うのに、そうかい! お客さんが来たのかい!?」
アッハッハと豪快な笑い声を立てながら、ミーナは俺の背中をバシバシ叩くと、あまりの衝撃に落ちそうになったラテを抱きかかえては頬にキスをした。黒猫のうんざりとした鳴き声がこだまする。
「なぁぁぁぁぁぁ……」
「いやいや、クロも良かったわねえ。餌もロクにもらえてなかったんじゃないかと心配してたのよ!」
ラテを押し戻すように俺へと預けたミーナは、なにかをひらめいた表情で、後ろの方をごそごそとあさりだし、声に出しては「ちょっと待ってな」と呟くのだった。
ようやく振り返ったミーナが手にしていたのは、木のかごに盛られた赤色の小さな果実で、それをこちらへ差し出すと、
「お祝いだ。お代はいらないよ」
と、強引に、俺の手にかごを掴ませるのだった。
「ええ!? いいですよ、こんなにたくさん。悪いですって!」
「いいんだよ! せっかくだから持っておいき! カフェがなにかはアタシにはよくわからないけど、材料の足しにぐらいにゃなるでしょう?」
「でも……」
「ああもう、じれったい子だね。こういう時は素直にありがとうと受け取っておけばいいのさ!」
満面の笑みを浮かべる女店主に、俺はどういう表情をしていいのかわからず、うつむき加減にお礼を伝えるのがやっとだった。
「よかったらミーナさんもお店に来てください。ご馳走しますから」
営業活動を兼ねてそう伝えると、ミーナは再び豪快に笑い、遠慮しておくよと前置きした上で、こう付け加えた。
「悪いけど、お茶を飲むつもりはないんだ。仕事終わりは酒場で一杯って決めているんでね!」
***
「なるほど……。こんなにたくさんのさくらんぼがあるのはどうしてかしらと思っていたのですが、そういう事情があったのですね?」
カウンター席に腰を下ろし、赤い木の実をまじまじと見つめているのは、いまやすっかりと常連客になったシスターのマリーである。
「マリーさん、よかったら、持って行かれませんか?」
「え? 透さんがいただいたのではないのですか?」
「ご覧の通り、家には俺とラテしかいませんし、こんなに食べきれないんですよ。よろしかったら教会の皆さんで召し上がってください」
「でも……」
「どうか、遠慮なさらずに。それに、これをふんだんに使ったお菓子をこれから作ろうと思っていたので」
そう言うと、俺はキッチンの片隅に置かれていたタルト生地をマリーの目の前へと運ぶのだった。
***
タルト生地は簡単に作れる。常温に戻したバターへ砂糖と塩、卵黄と小麦粉を混ぜあわせたら、型にしっかりとはめ込んで重しを乗せて焼けばいい。
焼き上がった生地の粗熱を取っている間にカスタードクリームを作ろう。
卵黄に砂糖を加え、泡立て器で空気を含ませるように混ぜ合わせたら、少しずつふるった小麦粉を加えていく。全体が白っぽく、角が立つのが目安だ。
次に鍋へミルクを注ぎ、沸騰しないよう火に掛ける。先ほど混ぜたものを少しずつ加えて、バターを投入、クリーム状になるまでひたすらに混ぜ続ける。これでもかっていうぐらいに混ぜ続けたら、カスタードクリームのできあがりである。
あとは、粗熱を取ったタルト生地へカスタードクリームを流し込み、冷めるまで待つ。
最後にカスタードクリームが見えなくなるぐらい、さくらんぼを一面に盛り付けたら完成だ!
***
「お待たせしました! さくらんぼのタルトです!」
意気揚々とさくらんぼのタルトを差し出すと、その見た目の美しさにエリーはため息を漏らした。
「綺麗……、宝石箱みたい」
恍惚とした呟きを耳にしながら、俺はタルトを切り分けて皿へと盛り付ける。
つややかな赤色の果実はまさにエリーの言う通り、宝石が輝いているようにも見えた。期待の眼差しでタルトを一口分に切り分けたエリーは、興奮を抑えるようにフォークを口へ運ぶのだった。
「ん……!!」
「ど、どうですか?」
「美味しいです! とっても!」
文字通り、ほっぺたが落ちそうになるのを手で押さえながら、エリーはうっとりと続けてみせる。
「さくらんぼの酸味とクリームの甘さが絶妙で……! 口いっぱいにおいしさが広がって……!」
感想を尋ねたのは、無粋だったかもしれない。エリーの表情こそ、その美味しさを雄弁に語っているじゃないか。
やれやれ、今日もどうにかお気に召していただけたようだと胸をなで下ろし、俺も試食しようかなとさくらんぼのタルトへ手を伸ばしかけた、まさにその時。
「にゃっ」
普段とは異なる警戒するような鳴き声を上げたかと思いきや、威嚇の体勢で店の扉を睨みつけるラテの姿を視界に捉えた。
いったいどうしたのだろうか?
俺が疑問に思うのとほぼ同時に、破壊されるぐらいの勢いで扉が乱暴に開かれた。ばぁんという重い音が店内にこだましたかと思いきや、今度はやかましい足音が店内へと響き渡る。
お客さんではないことだけは理解できたのだが。……とにかく、武装した兵士たちが店に踏み込んできたのである。
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