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37.ドワーフ族のアーロンとティラミス
あまりのバカでかい声に、耳の中がキーーーーーンと反響している。
鼓膜が破けたんじゃないかと当然の心配をしていた最中、騒ぎに気付いたらしいクローディアがラテを抱えながらやってきた。
「なんや、聞き覚えのある大声やなと思ってたら、アーロンやんか。久しぶりやなあ」
「お知り合いですか?」
「せやせや、ドワーフ族のアーロンいうねん」
再び視線をずんぐりとした男性に向ける。なるほど、言われてみれば確かにドワーフ特有の外見的特徴があるなと思っていた矢先、アーロンは腰を直角に折り曲げ、うやうやしく挨拶をするのだった。
「初めてお目にかかる。それがし、薬剤師を生業としておるアーロンと申す」
「あ、これはご丁寧にどうも。俺は白雪透、このカフェの店長をしています。そこの女神に抱えられている猫がラテです」
「にゃあ」
「ふむ、ラテ殿とおっしゃるか。初めてお目にかかる。それがしは薬剤師を生業としているアーロンと申す」
そうしてラテに対しても、直角に腰を折り曲げて挨拶をするアーロン。……礼儀正しい人なのだろうか?
「ところで」
頭を上げたアーロンは覗き込むように店内を見やり、それからたくわえられた顎髭をなでるようにして続けるのだった。
「しばらく見ないうちにずいぶんと様変わりしたようだが……。その、先ほどおっしゃっていた、かふぇ? とやらが関係しているのだろうか?」
ああ、そうか。クローディアも久しぶりっていっていたし、この店ができた経緯をしらないのか。
とりあえず、立ち話もなんだしと、事情を説明するためアーロンを店内へと案内することに。このドワーフ族が店を訪ねてきた理由も知りたいからな。
***
「……なるほど。しばらく訪問していなかった間にそのようなことが」
これまでの経緯を説明すると、アーロンは腕組みしたまま、うなり声をあげている。なにかまずいことでもあるのだろうか? 疑問に思いながらも紅茶を差し出す俺を見やって、アーロンは口を開いた。
「すると、店とそれに付随する物の所有権は貴殿にあると、そういうことになるわけだな?」
「……? まあ、そういう話になりますか」
「んで? アーロンはなんでここにやってきたん?」
行儀悪く、ズズズと音を立てながら紅茶をすするクローディアが尋ねると、ドワーフ族のアーロンは、ふむと、頷いてから口を開いた。
「クローディア殿もご存じだろうが、それがし、薬剤師であろう?」
「せやな」
「不足した薬の素材を補うために、ここへ足を運んできたのだが……」
「薬の素材、ですか?」
「その通り、キキ殿をはじめとする妖精たちが食べる果実の種なのだ。いつもであれば、乾燥させたものを詰め込んだ麻袋が家の前に積まれていたのだが……」
それが今回に限ってはどうにも見当たらない。しかも家の中には見知らぬ男がいる。不審に思ったアーロンは、開口一番声を張り上げて様子をうかがおうと、そう思ったらしい。
気持ちはわからなくないけど、張り上げるにしても限度があるだろう? 逆にびびって出てこなかったらどうするつもりだったんだ?
「その時は、扉を蹴破ってでも正体を突き止めるつもりであった」
「物騒やなあ」
「……ん? ちょっと待ってください。乾燥した種って言ってましたよね? 麻袋に詰め込んだやつ」
もしかしなくても、それって確実にコーヒー豆のことだよな? いやあ……、そうかあ、コーヒー豆かあ。
確かに、以前、クローディアから「ドワーフが薬の材料に使う」とか聞かされていたけれど、あまり量を使わないとも聞かされていたから、大量に焙煎しちゃったんだよなあ……。
慣れない焙煎で焦がしちゃったやつもあるし、生豆として残っているのはほんのわずかといいますか……。
それでもないよりあったほうがいいだろうと、一キロにも満たない焙煎前のコーヒー豆を差し出す俺に、アーロンは明らかに落胆の色を浮かべ、
「そうか……。残りはこれだけか……」
と、がっくりと肩を落とすのだった。……胸が痛い。
「なんや、めっちゃ使こうてるやないの、透。残っているの、少しだけやんか」
「いやいや、そもそもアナタ、捨ててもいいって言ってましたよね?」
「忘れた」
「……女神じゃなかったらぶっ飛ばしてるところですよ?」
「いや~ん。いけずやなあ、透。冗談やんかあ」
頭痛くなってきた……。おっと、いけないいけない。アーロンを放置している場合じゃなかった。
「これじゃあ、足りませんよねえ……?」
「……いや、問題ない。ここは貴殿の物なのだからな。ここにあるものを貴殿がどう使おうと、それがしの出る幕ではないのだ。むしろご配慮いただき感謝したいところ」
キレられるよりも丁重に礼を述べられるほうが、心にくるものがあるよなあ? せめてなにか代わりになるような物があればと思うんだけど。
焙煎したコーヒーは意外と好評で結構出ているし、渡すのは店の営業的に厳しい。なにか、なにかないかなあと頭を悩ませていると、ラテが存在を主張するように足元で鳴き始めた。
「にゃ、にゃにゃにゃあ」
「……? どうしたラテ。なにかあったのか?」
「にゃ~」
こちらへ着いてこいと言わんばかりに保管庫へと足を進めるラテ。その後をついていくと、やがてラテは大きな瓶詰めの前で立ち止まるのだった。
「にゃっ!」
「これは……」
それは作ってからしばらく存在を忘れていた一品で、梅酒の影に隠れて長らく放置されていた“コーヒー酒”が漬け込まれた瓶詰めだった。
***
クローディアの醸成魔法により熟成の進んだコーヒー酒は、深い琥珀色となって芳醇な香りを放っている。
「こ、これは……」
わなわなと声を震わせながら、アーロンはコーヒー酒の入った瓶に鼻を近づけた。
「この香りは間違いなく魔力が染み出ている証拠っ! ひ、一口飲ませて貰えないだろうか?」
言われるまでもなく、すでに小さなコップを用意した俺は琥珀色の液体を注ぎ、アーロンへと手渡した。
ぐびり、と、勢いよくコーヒー酒を喉に流し込んだアーロンは、身体を震わせながら、先ほどの礼儀正しい雰囲気はどこへやら、不気味な笑い声を立て始めるのだった。
「むほっ、むほほほほほっ!!!」
「…………?」
「これだ! これこそ、それがしが求めていた滋養っ! それがこの液体に染み出ているっ!!! 身体中を駆け巡る栄養ぅっ!!! まさにまさにぃぃぃぃ五臓六腑に染みわたるぅぅぅぅっっ!!!」
……いきなりの豹変ぶりに困惑しっぱなしなのですが、これはいったい?
「ああ、気にせんでええよ。気に入った薬が見つかると、いつもこんな調子やねん」
安心せえやと言わんばかりにコーヒー酒を口にするクローディア。いや、こんなに変貌を遂げられると安心できるものも安心できないんですが。
「にゃにゃあ!」
騒動には目もくれず、自分の功績を誇るかのようにラテは鳴き声を上げている。そうだな、こうなってしまった現状、お手柄といえるかどうかはわからないけれど、お前のおかげで問題は解決しそうだよ。……別の問題が発生しているけど。
「……ふむ、失礼した」
いきなり我に返ったドワーフは、何事もなかったかのようにこほんと咳払いして、コーヒー酒の入った瓶を指し示すと、それがいかに素晴らしい薬となるか熱弁を振るい、それからこんなことを言い出した。
「貴重な物とは承知しているのだが……、よろしければ、これを譲ってはいただけないだろうか?」
「ええ、もちろん。店に置いてあってもさほど使わないでしょうし、持って行ってください」
「ええ~~~! ウチが飲むのにぃ……」
「梅酒があるでしょ? 我慢しなさい」
「ぶう、透のケチぃ……」
「……そんなわけなので、こちらのことはお気になさらず」
「ありがたい。礼というわけではないのだが、村に伝わる秘伝の薬をお譲りしよう」
そんなお礼なんていいのにと思いながらも、俺はアーロンが差し出した小袋をありがたく受け取った。ドワーフ族秘伝の薬に興味が沸いたというのもある。
はてさてどのような効能があるのだろうか? わくわくしながら小袋を開けたものの、中に入っていたのが真っ黒な色をした粉とわかった瞬間、思わず俺はアーロンの顔を見やるのだった。
「……黒いですけど。これが薬ですか?」
「左様。滋養強壮の効果があるのだ。お湯に溶かして飲むとよろしい。苦くて飲みにくいのであれば、ミルクに溶かすのもありだ」
苦い……? 溶かす……? まったく意味がわからない……。
正体がわからないことには怖くて使えないなと、とりあえず黒い粉を指につけて舐めとってみる。
おそるおそるといった具合で口に運んだわけなんだけれど……。ここで驚くべき事実が判明したのだった。
「……チョコレートだ」
「なにか?」
「チョコレートですよね!? これ!?」
「ちょこれーと……?」
なにを言っているのか、まったく理解できないといった表情を見せるアーロンとクローディアを気にも留めず、俺は興奮を抑えきれないと言った感じで息を荒くさせた。
「いやあ、間違いなくチョコレートだよ、これ! カカオ分が高いから苦いけど、正真正銘、チョコレートだ!!! うわー、超嬉しい!! まさかチョコレートが手に入るなんてなあ!!!」
「……クローディア殿? 透殿はいったいどうなされたのだ?」
「気にせんでええよ。気に入った食材見つかると、いつもこんな調子やねん」
二人がなにを話しているかなんて些細な話だ。経緯はどうであれ、チョコレートが手に入った喜びは非常に大きい。
……待てよ? コーヒー酒にチョコレートがあれば、あのお菓子が作れるんじゃないか?
思い立った俺は颯爽とキッチンに戻り、それを作るための準備を始めるのだった。
***
まずはビスケットを用意して、コーヒー酒に浸しておく。普通はコーヒーに浸すのだけれど、ビターな感じに仕上げたいので、香りの強いコーヒー酒を使うことにした。
生クリームと砂糖をボウルで泡立てたら、マスカルポーネチーズを加えて、さらにしっかりと混ぜ合わせる。
コーヒー酒に浸したビスケットとチーズを交互に重ねたら、仕上げにチョコレートの粉を振りかけよう。
これで少し大人の味わいがするティラミスの完成だ!
***
「ふぅぅぅぅむ!!!! 薬かと思いきやお菓子にもなり、お菓子かと思いきや薬にもなる! なんと魅惑的な食べ物だろうかっ!!」
コーヒー酒とチョコレートを使ったティラミスはアーロンに好評だったのだが、どうにもアーロンは味よりも薬学的な意味合いでティラミスを評価してくれているらしく、素直に喜んでいいのかどうか微妙なところだ。
「いやいや、透。メッチャ美味いで、コレ。なめらかなのにコクっちゅうの? ほろ苦い味のあとにチーズの甘みが広がって……。クセになるわあ」
「それは良かった」
「白ワインがあったら、なおさら合うと思うんやけどね」
「合うかなあ……? まあ、用意しますけど」
「やった! せやから透好きやねん、愛しとるで!」
「はいはい」
これといってやる気もなく応じ返していると、いつの間にかティラミスを平らげたアーロンは、感心したように顎髭に手をやってみせた。
「いやはや、感服した。まさかこのような薬の使い方があったとは……。可能であれば作り方を伝授いただけないだろうか? 村の者たちにも振る舞いたいのだ」
「もちろん、かまいませんよ。簡単に作れますので試してみてください。……それと、俺からもお願いがあるのですが」
「なんだろう?」
「もしよろしければ、定期的にチョコレート……じゃなかった。この薬を持ってきていただけませんか? お代は支払いますので」
「ふむ、買い取っていただけるのであれば、それがしとしても問題ない。これから足を運ぶとしよう」
……こうしてコーヒー酒とティラミスのレシピと引き換えに、俺はチョコレートを入手することに成功したのだった。いやあ、マジで嬉しい!!
一方、コーヒー酒とティラミスを持ち帰ったアーロンはどうなったかといえば、薬剤師のかたわら、ティラミスの販売を始めたようで、その評判は遠く甘味好きが集うエルフの町まで届くことになる。
とはいえ、それはまた遠い未来のお話……。
鼓膜が破けたんじゃないかと当然の心配をしていた最中、騒ぎに気付いたらしいクローディアがラテを抱えながらやってきた。
「なんや、聞き覚えのある大声やなと思ってたら、アーロンやんか。久しぶりやなあ」
「お知り合いですか?」
「せやせや、ドワーフ族のアーロンいうねん」
再び視線をずんぐりとした男性に向ける。なるほど、言われてみれば確かにドワーフ特有の外見的特徴があるなと思っていた矢先、アーロンは腰を直角に折り曲げ、うやうやしく挨拶をするのだった。
「初めてお目にかかる。それがし、薬剤師を生業としておるアーロンと申す」
「あ、これはご丁寧にどうも。俺は白雪透、このカフェの店長をしています。そこの女神に抱えられている猫がラテです」
「にゃあ」
「ふむ、ラテ殿とおっしゃるか。初めてお目にかかる。それがしは薬剤師を生業としているアーロンと申す」
そうしてラテに対しても、直角に腰を折り曲げて挨拶をするアーロン。……礼儀正しい人なのだろうか?
「ところで」
頭を上げたアーロンは覗き込むように店内を見やり、それからたくわえられた顎髭をなでるようにして続けるのだった。
「しばらく見ないうちにずいぶんと様変わりしたようだが……。その、先ほどおっしゃっていた、かふぇ? とやらが関係しているのだろうか?」
ああ、そうか。クローディアも久しぶりっていっていたし、この店ができた経緯をしらないのか。
とりあえず、立ち話もなんだしと、事情を説明するためアーロンを店内へと案内することに。このドワーフ族が店を訪ねてきた理由も知りたいからな。
***
「……なるほど。しばらく訪問していなかった間にそのようなことが」
これまでの経緯を説明すると、アーロンは腕組みしたまま、うなり声をあげている。なにかまずいことでもあるのだろうか? 疑問に思いながらも紅茶を差し出す俺を見やって、アーロンは口を開いた。
「すると、店とそれに付随する物の所有権は貴殿にあると、そういうことになるわけだな?」
「……? まあ、そういう話になりますか」
「んで? アーロンはなんでここにやってきたん?」
行儀悪く、ズズズと音を立てながら紅茶をすするクローディアが尋ねると、ドワーフ族のアーロンは、ふむと、頷いてから口を開いた。
「クローディア殿もご存じだろうが、それがし、薬剤師であろう?」
「せやな」
「不足した薬の素材を補うために、ここへ足を運んできたのだが……」
「薬の素材、ですか?」
「その通り、キキ殿をはじめとする妖精たちが食べる果実の種なのだ。いつもであれば、乾燥させたものを詰め込んだ麻袋が家の前に積まれていたのだが……」
それが今回に限ってはどうにも見当たらない。しかも家の中には見知らぬ男がいる。不審に思ったアーロンは、開口一番声を張り上げて様子をうかがおうと、そう思ったらしい。
気持ちはわからなくないけど、張り上げるにしても限度があるだろう? 逆にびびって出てこなかったらどうするつもりだったんだ?
「その時は、扉を蹴破ってでも正体を突き止めるつもりであった」
「物騒やなあ」
「……ん? ちょっと待ってください。乾燥した種って言ってましたよね? 麻袋に詰め込んだやつ」
もしかしなくても、それって確実にコーヒー豆のことだよな? いやあ……、そうかあ、コーヒー豆かあ。
確かに、以前、クローディアから「ドワーフが薬の材料に使う」とか聞かされていたけれど、あまり量を使わないとも聞かされていたから、大量に焙煎しちゃったんだよなあ……。
慣れない焙煎で焦がしちゃったやつもあるし、生豆として残っているのはほんのわずかといいますか……。
それでもないよりあったほうがいいだろうと、一キロにも満たない焙煎前のコーヒー豆を差し出す俺に、アーロンは明らかに落胆の色を浮かべ、
「そうか……。残りはこれだけか……」
と、がっくりと肩を落とすのだった。……胸が痛い。
「なんや、めっちゃ使こうてるやないの、透。残っているの、少しだけやんか」
「いやいや、そもそもアナタ、捨ててもいいって言ってましたよね?」
「忘れた」
「……女神じゃなかったらぶっ飛ばしてるところですよ?」
「いや~ん。いけずやなあ、透。冗談やんかあ」
頭痛くなってきた……。おっと、いけないいけない。アーロンを放置している場合じゃなかった。
「これじゃあ、足りませんよねえ……?」
「……いや、問題ない。ここは貴殿の物なのだからな。ここにあるものを貴殿がどう使おうと、それがしの出る幕ではないのだ。むしろご配慮いただき感謝したいところ」
キレられるよりも丁重に礼を述べられるほうが、心にくるものがあるよなあ? せめてなにか代わりになるような物があればと思うんだけど。
焙煎したコーヒーは意外と好評で結構出ているし、渡すのは店の営業的に厳しい。なにか、なにかないかなあと頭を悩ませていると、ラテが存在を主張するように足元で鳴き始めた。
「にゃ、にゃにゃにゃあ」
「……? どうしたラテ。なにかあったのか?」
「にゃ~」
こちらへ着いてこいと言わんばかりに保管庫へと足を進めるラテ。その後をついていくと、やがてラテは大きな瓶詰めの前で立ち止まるのだった。
「にゃっ!」
「これは……」
それは作ってからしばらく存在を忘れていた一品で、梅酒の影に隠れて長らく放置されていた“コーヒー酒”が漬け込まれた瓶詰めだった。
***
クローディアの醸成魔法により熟成の進んだコーヒー酒は、深い琥珀色となって芳醇な香りを放っている。
「こ、これは……」
わなわなと声を震わせながら、アーロンはコーヒー酒の入った瓶に鼻を近づけた。
「この香りは間違いなく魔力が染み出ている証拠っ! ひ、一口飲ませて貰えないだろうか?」
言われるまでもなく、すでに小さなコップを用意した俺は琥珀色の液体を注ぎ、アーロンへと手渡した。
ぐびり、と、勢いよくコーヒー酒を喉に流し込んだアーロンは、身体を震わせながら、先ほどの礼儀正しい雰囲気はどこへやら、不気味な笑い声を立て始めるのだった。
「むほっ、むほほほほほっ!!!」
「…………?」
「これだ! これこそ、それがしが求めていた滋養っ! それがこの液体に染み出ているっ!!! 身体中を駆け巡る栄養ぅっ!!! まさにまさにぃぃぃぃ五臓六腑に染みわたるぅぅぅぅっっ!!!」
……いきなりの豹変ぶりに困惑しっぱなしなのですが、これはいったい?
「ああ、気にせんでええよ。気に入った薬が見つかると、いつもこんな調子やねん」
安心せえやと言わんばかりにコーヒー酒を口にするクローディア。いや、こんなに変貌を遂げられると安心できるものも安心できないんですが。
「にゃにゃあ!」
騒動には目もくれず、自分の功績を誇るかのようにラテは鳴き声を上げている。そうだな、こうなってしまった現状、お手柄といえるかどうかはわからないけれど、お前のおかげで問題は解決しそうだよ。……別の問題が発生しているけど。
「……ふむ、失礼した」
いきなり我に返ったドワーフは、何事もなかったかのようにこほんと咳払いして、コーヒー酒の入った瓶を指し示すと、それがいかに素晴らしい薬となるか熱弁を振るい、それからこんなことを言い出した。
「貴重な物とは承知しているのだが……、よろしければ、これを譲ってはいただけないだろうか?」
「ええ、もちろん。店に置いてあってもさほど使わないでしょうし、持って行ってください」
「ええ~~~! ウチが飲むのにぃ……」
「梅酒があるでしょ? 我慢しなさい」
「ぶう、透のケチぃ……」
「……そんなわけなので、こちらのことはお気になさらず」
「ありがたい。礼というわけではないのだが、村に伝わる秘伝の薬をお譲りしよう」
そんなお礼なんていいのにと思いながらも、俺はアーロンが差し出した小袋をありがたく受け取った。ドワーフ族秘伝の薬に興味が沸いたというのもある。
はてさてどのような効能があるのだろうか? わくわくしながら小袋を開けたものの、中に入っていたのが真っ黒な色をした粉とわかった瞬間、思わず俺はアーロンの顔を見やるのだった。
「……黒いですけど。これが薬ですか?」
「左様。滋養強壮の効果があるのだ。お湯に溶かして飲むとよろしい。苦くて飲みにくいのであれば、ミルクに溶かすのもありだ」
苦い……? 溶かす……? まったく意味がわからない……。
正体がわからないことには怖くて使えないなと、とりあえず黒い粉を指につけて舐めとってみる。
おそるおそるといった具合で口に運んだわけなんだけれど……。ここで驚くべき事実が判明したのだった。
「……チョコレートだ」
「なにか?」
「チョコレートですよね!? これ!?」
「ちょこれーと……?」
なにを言っているのか、まったく理解できないといった表情を見せるアーロンとクローディアを気にも留めず、俺は興奮を抑えきれないと言った感じで息を荒くさせた。
「いやあ、間違いなくチョコレートだよ、これ! カカオ分が高いから苦いけど、正真正銘、チョコレートだ!!! うわー、超嬉しい!! まさかチョコレートが手に入るなんてなあ!!!」
「……クローディア殿? 透殿はいったいどうなされたのだ?」
「気にせんでええよ。気に入った食材見つかると、いつもこんな調子やねん」
二人がなにを話しているかなんて些細な話だ。経緯はどうであれ、チョコレートが手に入った喜びは非常に大きい。
……待てよ? コーヒー酒にチョコレートがあれば、あのお菓子が作れるんじゃないか?
思い立った俺は颯爽とキッチンに戻り、それを作るための準備を始めるのだった。
***
まずはビスケットを用意して、コーヒー酒に浸しておく。普通はコーヒーに浸すのだけれど、ビターな感じに仕上げたいので、香りの強いコーヒー酒を使うことにした。
生クリームと砂糖をボウルで泡立てたら、マスカルポーネチーズを加えて、さらにしっかりと混ぜ合わせる。
コーヒー酒に浸したビスケットとチーズを交互に重ねたら、仕上げにチョコレートの粉を振りかけよう。
これで少し大人の味わいがするティラミスの完成だ!
***
「ふぅぅぅぅむ!!!! 薬かと思いきやお菓子にもなり、お菓子かと思いきや薬にもなる! なんと魅惑的な食べ物だろうかっ!!」
コーヒー酒とチョコレートを使ったティラミスはアーロンに好評だったのだが、どうにもアーロンは味よりも薬学的な意味合いでティラミスを評価してくれているらしく、素直に喜んでいいのかどうか微妙なところだ。
「いやいや、透。メッチャ美味いで、コレ。なめらかなのにコクっちゅうの? ほろ苦い味のあとにチーズの甘みが広がって……。クセになるわあ」
「それは良かった」
「白ワインがあったら、なおさら合うと思うんやけどね」
「合うかなあ……? まあ、用意しますけど」
「やった! せやから透好きやねん、愛しとるで!」
「はいはい」
これといってやる気もなく応じ返していると、いつの間にかティラミスを平らげたアーロンは、感心したように顎髭に手をやってみせた。
「いやはや、感服した。まさかこのような薬の使い方があったとは……。可能であれば作り方を伝授いただけないだろうか? 村の者たちにも振る舞いたいのだ」
「もちろん、かまいませんよ。簡単に作れますので試してみてください。……それと、俺からもお願いがあるのですが」
「なんだろう?」
「もしよろしければ、定期的にチョコレート……じゃなかった。この薬を持ってきていただけませんか? お代は支払いますので」
「ふむ、買い取っていただけるのであれば、それがしとしても問題ない。これから足を運ぶとしよう」
……こうしてコーヒー酒とティラミスのレシピと引き換えに、俺はチョコレートを入手することに成功したのだった。いやあ、マジで嬉しい!!
一方、コーヒー酒とティラミスを持ち帰ったアーロンはどうなったかといえば、薬剤師のかたわら、ティラミスの販売を始めたようで、その評判は遠く甘味好きが集うエルフの町まで届くことになる。
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