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1章
第10話 白いエターナルフラワーと現れた魔物
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地下書庫の中へ入ると私はまっすぐに目当ての書庫へと向かった。
できればひとりで行きたかったが、私の後には当然のようにファリスがついてくる。ティボルス王子とマキューシャについては、ティボルス王子とふたりきりになりたいマキューシャがティボルス王子を強引に別のところへ引っ張っていってくれたのが今回は助かった。
「ジュリエッタお姉さま、随分奥までいかれますのね」
ファリスが不安げに袖を引っ張る。地下書庫の入り口付近は地上の図書室とさほど変わらない雰囲気だが、奥に行くにつれだんだんおどろおどろしくなる。滅多に訪れる者もいないため本が傷まないよう照明は最低限。頼りになるのは入り口近くの柱にぶらさがっていたのを勝手に持ってきた手持ちのランプだけだが、歩くたびに揺れる光がなんともいえない不気味さを醸し出す。背表紙に古代文字が使われていたり無記名であったりする古い本がずらりと並び、合間合間に突然なにかの標本のようなものやよくわからない彫刻みたいなものが、陰影深く鎮座している。
「戻ってもいいのよ、ファリス。入り口のあたりなら明るいから怖くないでしょう」
「い、いえ、大丈夫ですっ! がんばりますっ! お姉さまのためですもの!」
ひとりのほうが楽ではあるのだけど、健気さにほっこりする。
私もはじめてここへきた時は随分怖かった。あのときはロミリオ様が一緒で「何があっても大丈夫、僕が守ります」なんて言ってくれたものだけど……結局、天井から降りてきた大きな蜘蛛を見て、腰を抜かしてしまったっけ。もちろん私はそれには気づかないふりをしたけど。
そんなことを思いながら歩いているうちに、色褪せたミズガルドの国章がついた小さな書棚まで着いた。書棚の端を強く押すと、音もなく書棚が奥に押し込まれ、ただの壁だと思っていた奥に小さな部屋があるのが見えた。
「まあ! 隠し扉になっていましたのね! ジュリエッタお姉さま、どうしてわかったのです?」
あ。
しまった、前に何度もやっていたからつい癖で。普通はわからないわよね、こんなの。私たちも偶然見つけたのだ。
「そ、その……実は噂で聞いたことがあったの。ミズラル学院の地下書庫にこういう隠し扉があるって。それで」
「まあ、そんな噂が……!」
私の下手な嘘を、ファリスはあっさり鵜呑みにした。この子こんなんで大丈夫かしらと騙しているこっちのほうまで不安になる素直さだ。
小部屋の中に入り、手持ちのランプを掲げる。書棚から引き出された書物があちこちに散乱しており、いっぽう書棚はガラ空きだ。
積み上げられた本の上に置かれた白い花が、まるで陶器のごとくランプの光を反射した。
「まあ、綺麗なお花……どうしてこんなところに?」
ファリスが声を上げる。ずっと時が止まっているような色褪せた空間のなかで、その白い花だけが異質だった。その花弁も、茎も、まるでたった今咲いたばかりのように輝いている。
かつての私が「お花育て」で咲かせた魔法の花。エターナルフラワーだ。育てるのはひどく難しいが、一度花を咲かせるとその育てた主が死ぬまで枯れることがない。どんなに距離が離れていても、魔法の障壁ごしでも有効。
生贄の聖女がまだ生きているかどうかを確認するために使われるものだとは、実際に生贄にされるまでは知らなかったけれど。
……ロミリオ王子は、結局私が見つけた手がかりには気づかなかったようだ。
それどころか、最後に私がここから出てから、誰もここに足を踏み入れていない。多分、おそらく、確実に。
私は青い花を横にどけ、その下の本を持ち上げた。
「ジュリエッタお姉さま、危ない!」
その声と同時に、私はファリスに突き飛ばされた。
「ファリス?!」
ファリスの声からして、なにか尋常ならざる事態が起こっている。
床に倒れた体を起こしファリスの声がしたほうを見ると、ファリスの前に、黒い大きなものが立ち塞がっていた。
黒い影の背はこの小さい部屋の天井に届くほどで、横幅は私たちのゆうに三倍。暗闇に左右三対、合計六つの赤い瞳を光らせ、今にも飛びかかろうとしている。
――――魔物だ。
「ファリス!」
「じゅ、ジュリエッタお姉さま……逃げて……」
「そんなわけにはいかないでしょ!」
薄暗かったからといって、こんな巨大な魔物がいることにちっとも気づかなかったなんて――
私は魔物を睨みつけながら、後ろ手に手探りでランプを探す。
突き飛ばされて転んだ拍子に、手にしていたランプは随分遠くに転がってしまっている。
今にも襲いかかってきそうな魔物は、どうやらファリスが前に突き出した両手から展開されている障壁魔法のせいで、それ以上こちらに近づくことができないようだ。
あんな大きな魔物を退ける魔法を使えるとは、さすが聖女候補ということか。少なくとも私がファリスくらいの頃はできなかったけど。
とはいえ、人間の身では魔力に限りがある。自分より大きな魔物を防ぐ障壁などいつまでも保っていられるものじゃない。実際、魔物がぐいぐいと頭を押し込むようにしているところから、少しずつ小さなひびが入っているのが見える。ファリスはがんばってはいるものの、破られるのも時間の問題だ。
私のほうの魔法で応戦しようにも、ここで攻撃魔法など使えば周囲の本をめちゃくちゃにしてしまう。それに、どのみちいつかは魔力が切れてしまうのは私も一緒だ。
「ブモオオオオおおおお!!」
魔物――どうやら獣タイプのようだが――が苛立ったように咆哮し、周囲の本を二つに引き裂いて、バリアの上の隙間を狙い天井に向かって投げた。蝋で固めた表紙が天井から跳ね返って降り注ぎ、古い本のページが周囲を舞う。
「きゃあっ!」
どうやら投げられた本のひとつがファリスにあたったようだ。障壁がぐにゃりと揺れて、そのまま消滅する。
魔物が歓喜の雄叫びをあげてファリスに襲いかかる。私は右手に持っていた分厚い表紙の本を魔物に向かって思いきり投げつけた。
「ブアアっ!」
本は魔物の顎にクリーンヒット。魔物はその本をとると、怒りにまかせ本を両手のするどい爪であっという間に散り散りに引き裂いた。
その間に、手近な本をもう一冊投げつける。お腹にクリーンヒット。さらに一冊投げつけると今度は額のあたりにヒット。後ずさりに私のところまでやってきたファリスも私に習って手近な本を投げる。魔物はあまり深く考えられない性格なのか、本を投げている私たちよりも、投げられた本に対し怒りをぶつけている。私はさらに手近にあった本を手にとる。
「――逃げるわよ!」
魔物の注意がこちらから完全にそれていると見て、ファリスの腕を引っ張り、私たちは小部屋から飛び出した。
できればひとりで行きたかったが、私の後には当然のようにファリスがついてくる。ティボルス王子とマキューシャについては、ティボルス王子とふたりきりになりたいマキューシャがティボルス王子を強引に別のところへ引っ張っていってくれたのが今回は助かった。
「ジュリエッタお姉さま、随分奥までいかれますのね」
ファリスが不安げに袖を引っ張る。地下書庫の入り口付近は地上の図書室とさほど変わらない雰囲気だが、奥に行くにつれだんだんおどろおどろしくなる。滅多に訪れる者もいないため本が傷まないよう照明は最低限。頼りになるのは入り口近くの柱にぶらさがっていたのを勝手に持ってきた手持ちのランプだけだが、歩くたびに揺れる光がなんともいえない不気味さを醸し出す。背表紙に古代文字が使われていたり無記名であったりする古い本がずらりと並び、合間合間に突然なにかの標本のようなものやよくわからない彫刻みたいなものが、陰影深く鎮座している。
「戻ってもいいのよ、ファリス。入り口のあたりなら明るいから怖くないでしょう」
「い、いえ、大丈夫ですっ! がんばりますっ! お姉さまのためですもの!」
ひとりのほうが楽ではあるのだけど、健気さにほっこりする。
私もはじめてここへきた時は随分怖かった。あのときはロミリオ様が一緒で「何があっても大丈夫、僕が守ります」なんて言ってくれたものだけど……結局、天井から降りてきた大きな蜘蛛を見て、腰を抜かしてしまったっけ。もちろん私はそれには気づかないふりをしたけど。
そんなことを思いながら歩いているうちに、色褪せたミズガルドの国章がついた小さな書棚まで着いた。書棚の端を強く押すと、音もなく書棚が奥に押し込まれ、ただの壁だと思っていた奥に小さな部屋があるのが見えた。
「まあ! 隠し扉になっていましたのね! ジュリエッタお姉さま、どうしてわかったのです?」
あ。
しまった、前に何度もやっていたからつい癖で。普通はわからないわよね、こんなの。私たちも偶然見つけたのだ。
「そ、その……実は噂で聞いたことがあったの。ミズラル学院の地下書庫にこういう隠し扉があるって。それで」
「まあ、そんな噂が……!」
私の下手な嘘を、ファリスはあっさり鵜呑みにした。この子こんなんで大丈夫かしらと騙しているこっちのほうまで不安になる素直さだ。
小部屋の中に入り、手持ちのランプを掲げる。書棚から引き出された書物があちこちに散乱しており、いっぽう書棚はガラ空きだ。
積み上げられた本の上に置かれた白い花が、まるで陶器のごとくランプの光を反射した。
「まあ、綺麗なお花……どうしてこんなところに?」
ファリスが声を上げる。ずっと時が止まっているような色褪せた空間のなかで、その白い花だけが異質だった。その花弁も、茎も、まるでたった今咲いたばかりのように輝いている。
かつての私が「お花育て」で咲かせた魔法の花。エターナルフラワーだ。育てるのはひどく難しいが、一度花を咲かせるとその育てた主が死ぬまで枯れることがない。どんなに距離が離れていても、魔法の障壁ごしでも有効。
生贄の聖女がまだ生きているかどうかを確認するために使われるものだとは、実際に生贄にされるまでは知らなかったけれど。
……ロミリオ王子は、結局私が見つけた手がかりには気づかなかったようだ。
それどころか、最後に私がここから出てから、誰もここに足を踏み入れていない。多分、おそらく、確実に。
私は青い花を横にどけ、その下の本を持ち上げた。
「ジュリエッタお姉さま、危ない!」
その声と同時に、私はファリスに突き飛ばされた。
「ファリス?!」
ファリスの声からして、なにか尋常ならざる事態が起こっている。
床に倒れた体を起こしファリスの声がしたほうを見ると、ファリスの前に、黒い大きなものが立ち塞がっていた。
黒い影の背はこの小さい部屋の天井に届くほどで、横幅は私たちのゆうに三倍。暗闇に左右三対、合計六つの赤い瞳を光らせ、今にも飛びかかろうとしている。
――――魔物だ。
「ファリス!」
「じゅ、ジュリエッタお姉さま……逃げて……」
「そんなわけにはいかないでしょ!」
薄暗かったからといって、こんな巨大な魔物がいることにちっとも気づかなかったなんて――
私は魔物を睨みつけながら、後ろ手に手探りでランプを探す。
突き飛ばされて転んだ拍子に、手にしていたランプは随分遠くに転がってしまっている。
今にも襲いかかってきそうな魔物は、どうやらファリスが前に突き出した両手から展開されている障壁魔法のせいで、それ以上こちらに近づくことができないようだ。
あんな大きな魔物を退ける魔法を使えるとは、さすが聖女候補ということか。少なくとも私がファリスくらいの頃はできなかったけど。
とはいえ、人間の身では魔力に限りがある。自分より大きな魔物を防ぐ障壁などいつまでも保っていられるものじゃない。実際、魔物がぐいぐいと頭を押し込むようにしているところから、少しずつ小さなひびが入っているのが見える。ファリスはがんばってはいるものの、破られるのも時間の問題だ。
私のほうの魔法で応戦しようにも、ここで攻撃魔法など使えば周囲の本をめちゃくちゃにしてしまう。それに、どのみちいつかは魔力が切れてしまうのは私も一緒だ。
「ブモオオオオおおおお!!」
魔物――どうやら獣タイプのようだが――が苛立ったように咆哮し、周囲の本を二つに引き裂いて、バリアの上の隙間を狙い天井に向かって投げた。蝋で固めた表紙が天井から跳ね返って降り注ぎ、古い本のページが周囲を舞う。
「きゃあっ!」
どうやら投げられた本のひとつがファリスにあたったようだ。障壁がぐにゃりと揺れて、そのまま消滅する。
魔物が歓喜の雄叫びをあげてファリスに襲いかかる。私は右手に持っていた分厚い表紙の本を魔物に向かって思いきり投げつけた。
「ブアアっ!」
本は魔物の顎にクリーンヒット。魔物はその本をとると、怒りにまかせ本を両手のするどい爪であっという間に散り散りに引き裂いた。
その間に、手近な本をもう一冊投げつける。お腹にクリーンヒット。さらに一冊投げつけると今度は額のあたりにヒット。後ずさりに私のところまでやってきたファリスも私に習って手近な本を投げる。魔物はあまり深く考えられない性格なのか、本を投げている私たちよりも、投げられた本に対し怒りをぶつけている。私はさらに手近にあった本を手にとる。
「――逃げるわよ!」
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