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泥沼編
可愛い可愛い馬鹿なあの子(前編)※先生視点
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僕の可愛い可愛いあの子は、賢いくせに頭が悪い。
卒業も進学もなにも心配する必要がないのをいいことに、あれから毎日のように一限ほど授業を休み、放課後は遅くなるまで保健室に居座る。もちろん僕のそばにいるためだ。
別にただそこにいるだけで構わないのにやたらと発情したふりをしてくる様は可哀想で愛おしかった。そばにいないと、触れ合っていないと不安で仕方ないというように、先生もっと、もっとくださいと強請る。体じゃない部分で欲してる。
今日も誰がいつ来るかもわからないというのに事務机につく僕の背中にくっついて、内緒話をするようにこしょこしょと耳元で話しかけてくる。
「今日もえっちな用事なんですけど」
温度の低い声でそんなことを言う。
見上げれば静かに僕を見下ろす君。
キーボードの上に置かれた僕の手をとったかと思えば、自分の頬に触れさせて。重ねた手と一緒に首筋まで滑らせる。
冷たい。
僕の元に来始めた時の出雲はいつも、心配になるほど熱を持っていた。柔らかなたれ目を細めて涙袋を浮かばせて、瞳を潤ませて。
つらいつらい、寂しい寂しい、ほしいほしいと泣いていた。
僕の右手を包むために、出雲は両方の手を重ねてる。出雲の首筋と両手に挟まれて、僕の手も出雲も次第に熱が高まっていく。それはどちらの熱からなるものなのか。
「年度末で、忙しいから。少しだけ……だよ?」
「はい……」
「おいで」
いつものようにその細く小さい身体(本人にこれを言うと一七五センチは小さくないとクレームがつく)を抱き上げて、窓からも廊下からも遠い真ん中のベッドまで運ぶ。落ちないようにぎゅっとしがみつかれるのが嬉しい。
そっとベッドへ下ろすとまだ手を伸ばすので、キスを落とした。落とすだけのつもりが、唇があまりにふわりと柔らかくて上下の唇に舌をべろりと這わす。
足りない。
唇を吸って舌を入れ、あまり積極的でない舌をすくいとり、ちゅるりと軽く吸う。もっと根元までと口付けを深くしようとすれば、出雲に胸板を押し退けられ唇を剥がされた。
「お忙しいんでしょう?」
「うん……そう」
穏やかな微笑みを向けられ、彼の上にはいかずにベッドに腰掛けた。
名残惜しくて僕を見上げる唇を親指で撫でる。
香りがしない。
出雲のつやつやとした若い肌から湧いてくる蒸気やその汗からはグレープフルーツのような香りがする。今日はその香りがしない。いや、正確には今日も、だ。
少し前までは保健室に足を踏み入れるその時には既にあの香りを纏っていたのに。
「先生、触ってください」
「どこ?」
唇を撫でていた手の甲を、ゆっくりと下ろしていく。顎へ、首筋へ、胸へ。シャツの上から敏感な部分を撫でると、ん、と声が漏れた。
「そこ、がいいです。今日はそこ、いっぱいしてください……」
「女の子で、イキたいの?」
「出すと冷めちゃうので……」
目を逸らしながら、上履きを脱いでベッドの上に膝立ちになった。そうして僕の目の前まできて、ジャケットを着たままネクタイを外してワイシャツのボタンを外し始める。下から二番目までは残して胸元を開く……ああ、やっと香り始めている。
その匂いに惹き付けられて、吸い寄せられるように桃色のそこに口づけた。薄く柔らかい皮膚がだんだんと口の中でかたく尖っていく。
「あ……せん、せ……」
頭を優しく抱かれ、後ろ髪を梳きながら撫でられる。ツンとした感触に興奮して、その小さな背中をきつく抱きしめて夢中で舌を上下に動かす。背中がぴくんと動くのが指に伝わる。
ちゅぱ、ちゅぱ、と音を鳴らして吸い、そこに少し歯を立てて……違う、このやり方じゃない。最初はゆっくり馴染ませていかないといけないのに。案の定、出雲は自分の指の第一関節を甘噛みしながら腰を揺らしていた。
「せんせい……最初からそんなに激しくしたら、おちんちん立っちゃいます……」
「やっぱり……こっちで、イク?」
ズボンの上からさすれば、あともう少しで完全に立ち上がりそうな男性器が存在を主張しようとしている。しかし出雲は首を横に振った。
「だめです……そこは、先生のお家で……」
「うん? うち……来るの?」
話しながらも我慢ならず、前を開いて性器を取り出してあげると、首をもたげてはいるが先っぽはちゃんと濡れている。乳首を舐め続けながら、握って添えた親指でぬるぬると亀頭に我慢汁を塗り付ける。
「あ、あ……せんせ、それぇ……きもちい……ん、あ、おうち……おじゃましちゃ、だめですか……?」
今度はうなじを撫でながら、首を傾げて聞いてくる。目線を合わせながらもピンと張った乳首を転がしてあげれば、何度も瞼が震えた。
その可愛さに屈服しそうになる。
しかしここは我慢しなければいけないところ。
「制服の君を……連れ込む気は、ないのだけど」
「せんせぇ……あと、片手で数えるくらいしか、制服着ないんです……来週から二月ですよ。ね、いいでしょう?」
「だめ。来るなら……一度、帰りな」
「やです」
これに関しては議論しても仕方ないと会話を終了して行為に専念しようとするが、出雲はまた僕の体を押し退ける。二回も剥がされるとさすがに悲しいのだけど。抗議するために不満だと顔を顰めれば、出雲はあまり気にせずふふ、と笑った。
「卒業式では生徒代表で挨拶させていただくんですよ」
少し赤らんだ頬をして、ジャケットの胸ポケットを探る。そしてポケットから抜かれた、細く綺麗に爪の切られた指には安全ピンを持っていた。
針を外すと、ゆっくりと自分の乳首のすぐ横に針を突き立てる。針の先が皮膚をぎゅっと食い込む様子に戸惑いながらも息を飲んだ。ん、と眉根を寄せて顔を歪ませると、ぷつりと赤い粒が浮かぶ。
「あ……先生……ほしいですか?」
少し刺しただけだ。それ以上の出血はない。ほんの少し。
しかし滑らかな肌に小さく小さく浮かぶ赤い点は綺麗で、あの日舐めた彼の鼻血を思い出して、喉を鳴らしてしまった。それに気がついて出雲はくすりと笑う。
「先生の匂いたくさんつけた制服で最後にみんなの前で挨拶するんです。ね、いい考えでしょう? 俺は先生のものだって見せつけましょう?」
つらいつらい、寂しい寂しい、ほしいほしいと泣いていた。
その頃から君を見ているといつもカラカラカラカラとずっと気が付かないほど後ろの方から音がしていた。
その音がだんだん近づいている。
毎日少しずつ。
カラカラカラカラ。
出雲が指先で血を掬うのを見て、思わずアッ、と声を漏らしてしまった。
ほしい。
僕がほしい。
けれど出雲は自分の唇に……その柔らかい下唇に、赤を塗った。
「それにそろそろ、先生を受け入れられる体にしてもらわないと困ります」
見下ろされ、額をくっつけて両手で頬を包まれる。息が荒くなる。もう煽らないでほしい。そう願うのに唇の赤から目が離せない。
「あんなに大きいの入れたら……どうなっちゃうんでしょう。もう絶対先生じゃなきゃダメになっちゃいますね?」
ギシィッと古いベッドのスプリングの音が耳障りに響く。気がつけば出雲の両手を押さえつけ、ベッドの上で組み敷いていた。
突然ひっくり返され驚きに目を見開いたあと、顔が強ばる。じっと僕を見上げ、ごくりと可愛い喉仏を上下させる。性器に押し上げられ苦しそうに気持ちよさそうにしていた喉仏。
小刻みな振動を感じる。
興奮した自分かと思ったが、震えているのは出雲の手首だった。
「なんで」
脅えて揺れる瞳に問いかける。
「僕が、嫌になってる。それなのに、君は……前より近くにいようと、必死になってる」
舌を出して、唇に乗る赤色を舐めとる。足りない。
カラカラカラカラと鳴る音が止まない。
僕が剥がれてく音。
ゆっくり君に壊れてく音。
下唇に歯を立てると、簡単にそこは出血した。何度も舐めて、吸う。ひっ、と小さな悲鳴が漏れる。その時に開いた口の中を見て、その舌も噛みたい衝動に駆られた。
ほしいほしいと強請っているのは君じゃなくて僕だ。
何度かまずいと思う瞬間があった。
君がこんなにも僕を受け入れるから。
呼吸が苦しくなり、顔を上げる。肩で息をする自分に、こんなに必死になることがあるのかと思った。
感情が揺さぶられる。
もうぐらぐらだ。
三十年以上生きてきて、びくりともしなかった。
震度一すらこなかった地域がいきなり震度八ほどの地震に襲われるようなもので、なんの備えもない。全て崩れて壊れる。
出雲はぐすりと鼻を鳴らして、自分の唇を撫でる。血のついた指を見て、それを僕の口に入れた。
「先生と離れたくないんです」
出雲の指先は鉄と汗の混じった味がした。指が震えてる。
「俺が逃げられないようにしてください。取り返しがつかないようにしてください。冷静にさせないでください。先生、好き、好きなんです。俺を一人にしないで」
泣き虫なくせして、震えているくせして、出雲は瞬きもせず強いまなざしを向け、凛とした声で言い切った。それでも細めた目には決して零さない涙がじわりと滲んでいる。
喉が渇く。
はぁ、と息をつきながら自分の額を押さえる。体温が上昇している。これでは今日は仕事にならない。
だんだんと情けなく下がっていく眉毛を見ながら、僕はその手で彼の目を覆った。そして耳元で掠れた声を聞かせる。
「そんなことを、言って……僕が、君の足を……切り落としたらどうするの?」
「あっ……や……」
「する予定は、ない……けれど」
可愛い耳のふちをなぞる。耳たぶの上のほくろが特に可愛い。そこばかり舐めるからいつか落ちてしまわないか心配な程に好きだ。
「ん、ん……せんせぇ……」
穴の中にも小さなほくろがある。いつもは中耳炎にでもなったらいけないので中まではあまり舐めないけれど、今日は舌が入るだけ差し込み、ぬぷっと音がするほど出し入れした。
「ひゃあぅっ……せんせぇ、あ、いつも、耳の中はだめって……あ、あ、せんせ……んん……」
「僕のだ……僕がしたい時に、する。ね?」
「あ、あ、先生……ぞくぞくします、だめ……」
「だめ? 悪い子……なの?」
「あ、ごめんなさっ……ごめんなさい……」
声を震わせながら生理現象として瞼を下ろし、睫毛が濡れる。そのまつ毛の一本一本まで全てほしい。
「駅前のロータリーで……いい子で、待てる?」
「あ、待ちます、あ、あ、待つ……いい子でっ、待ちます……」
「そう……いい子だね」
今、家になど入れない方がいい。自宅に帰した方がいい。
それなのに僕は出雲にそのまま微笑んでキスをした。まだ鉄の味がするその赤い唇に。
卒業も進学もなにも心配する必要がないのをいいことに、あれから毎日のように一限ほど授業を休み、放課後は遅くなるまで保健室に居座る。もちろん僕のそばにいるためだ。
別にただそこにいるだけで構わないのにやたらと発情したふりをしてくる様は可哀想で愛おしかった。そばにいないと、触れ合っていないと不安で仕方ないというように、先生もっと、もっとくださいと強請る。体じゃない部分で欲してる。
今日も誰がいつ来るかもわからないというのに事務机につく僕の背中にくっついて、内緒話をするようにこしょこしょと耳元で話しかけてくる。
「今日もえっちな用事なんですけど」
温度の低い声でそんなことを言う。
見上げれば静かに僕を見下ろす君。
キーボードの上に置かれた僕の手をとったかと思えば、自分の頬に触れさせて。重ねた手と一緒に首筋まで滑らせる。
冷たい。
僕の元に来始めた時の出雲はいつも、心配になるほど熱を持っていた。柔らかなたれ目を細めて涙袋を浮かばせて、瞳を潤ませて。
つらいつらい、寂しい寂しい、ほしいほしいと泣いていた。
僕の右手を包むために、出雲は両方の手を重ねてる。出雲の首筋と両手に挟まれて、僕の手も出雲も次第に熱が高まっていく。それはどちらの熱からなるものなのか。
「年度末で、忙しいから。少しだけ……だよ?」
「はい……」
「おいで」
いつものようにその細く小さい身体(本人にこれを言うと一七五センチは小さくないとクレームがつく)を抱き上げて、窓からも廊下からも遠い真ん中のベッドまで運ぶ。落ちないようにぎゅっとしがみつかれるのが嬉しい。
そっとベッドへ下ろすとまだ手を伸ばすので、キスを落とした。落とすだけのつもりが、唇があまりにふわりと柔らかくて上下の唇に舌をべろりと這わす。
足りない。
唇を吸って舌を入れ、あまり積極的でない舌をすくいとり、ちゅるりと軽く吸う。もっと根元までと口付けを深くしようとすれば、出雲に胸板を押し退けられ唇を剥がされた。
「お忙しいんでしょう?」
「うん……そう」
穏やかな微笑みを向けられ、彼の上にはいかずにベッドに腰掛けた。
名残惜しくて僕を見上げる唇を親指で撫でる。
香りがしない。
出雲のつやつやとした若い肌から湧いてくる蒸気やその汗からはグレープフルーツのような香りがする。今日はその香りがしない。いや、正確には今日も、だ。
少し前までは保健室に足を踏み入れるその時には既にあの香りを纏っていたのに。
「先生、触ってください」
「どこ?」
唇を撫でていた手の甲を、ゆっくりと下ろしていく。顎へ、首筋へ、胸へ。シャツの上から敏感な部分を撫でると、ん、と声が漏れた。
「そこ、がいいです。今日はそこ、いっぱいしてください……」
「女の子で、イキたいの?」
「出すと冷めちゃうので……」
目を逸らしながら、上履きを脱いでベッドの上に膝立ちになった。そうして僕の目の前まできて、ジャケットを着たままネクタイを外してワイシャツのボタンを外し始める。下から二番目までは残して胸元を開く……ああ、やっと香り始めている。
その匂いに惹き付けられて、吸い寄せられるように桃色のそこに口づけた。薄く柔らかい皮膚がだんだんと口の中でかたく尖っていく。
「あ……せん、せ……」
頭を優しく抱かれ、後ろ髪を梳きながら撫でられる。ツンとした感触に興奮して、その小さな背中をきつく抱きしめて夢中で舌を上下に動かす。背中がぴくんと動くのが指に伝わる。
ちゅぱ、ちゅぱ、と音を鳴らして吸い、そこに少し歯を立てて……違う、このやり方じゃない。最初はゆっくり馴染ませていかないといけないのに。案の定、出雲は自分の指の第一関節を甘噛みしながら腰を揺らしていた。
「せんせい……最初からそんなに激しくしたら、おちんちん立っちゃいます……」
「やっぱり……こっちで、イク?」
ズボンの上からさすれば、あともう少しで完全に立ち上がりそうな男性器が存在を主張しようとしている。しかし出雲は首を横に振った。
「だめです……そこは、先生のお家で……」
「うん? うち……来るの?」
話しながらも我慢ならず、前を開いて性器を取り出してあげると、首をもたげてはいるが先っぽはちゃんと濡れている。乳首を舐め続けながら、握って添えた親指でぬるぬると亀頭に我慢汁を塗り付ける。
「あ、あ……せんせ、それぇ……きもちい……ん、あ、おうち……おじゃましちゃ、だめですか……?」
今度はうなじを撫でながら、首を傾げて聞いてくる。目線を合わせながらもピンと張った乳首を転がしてあげれば、何度も瞼が震えた。
その可愛さに屈服しそうになる。
しかしここは我慢しなければいけないところ。
「制服の君を……連れ込む気は、ないのだけど」
「せんせぇ……あと、片手で数えるくらいしか、制服着ないんです……来週から二月ですよ。ね、いいでしょう?」
「だめ。来るなら……一度、帰りな」
「やです」
これに関しては議論しても仕方ないと会話を終了して行為に専念しようとするが、出雲はまた僕の体を押し退ける。二回も剥がされるとさすがに悲しいのだけど。抗議するために不満だと顔を顰めれば、出雲はあまり気にせずふふ、と笑った。
「卒業式では生徒代表で挨拶させていただくんですよ」
少し赤らんだ頬をして、ジャケットの胸ポケットを探る。そしてポケットから抜かれた、細く綺麗に爪の切られた指には安全ピンを持っていた。
針を外すと、ゆっくりと自分の乳首のすぐ横に針を突き立てる。針の先が皮膚をぎゅっと食い込む様子に戸惑いながらも息を飲んだ。ん、と眉根を寄せて顔を歪ませると、ぷつりと赤い粒が浮かぶ。
「あ……先生……ほしいですか?」
少し刺しただけだ。それ以上の出血はない。ほんの少し。
しかし滑らかな肌に小さく小さく浮かぶ赤い点は綺麗で、あの日舐めた彼の鼻血を思い出して、喉を鳴らしてしまった。それに気がついて出雲はくすりと笑う。
「先生の匂いたくさんつけた制服で最後にみんなの前で挨拶するんです。ね、いい考えでしょう? 俺は先生のものだって見せつけましょう?」
つらいつらい、寂しい寂しい、ほしいほしいと泣いていた。
その頃から君を見ているといつもカラカラカラカラとずっと気が付かないほど後ろの方から音がしていた。
その音がだんだん近づいている。
毎日少しずつ。
カラカラカラカラ。
出雲が指先で血を掬うのを見て、思わずアッ、と声を漏らしてしまった。
ほしい。
僕がほしい。
けれど出雲は自分の唇に……その柔らかい下唇に、赤を塗った。
「それにそろそろ、先生を受け入れられる体にしてもらわないと困ります」
見下ろされ、額をくっつけて両手で頬を包まれる。息が荒くなる。もう煽らないでほしい。そう願うのに唇の赤から目が離せない。
「あんなに大きいの入れたら……どうなっちゃうんでしょう。もう絶対先生じゃなきゃダメになっちゃいますね?」
ギシィッと古いベッドのスプリングの音が耳障りに響く。気がつけば出雲の両手を押さえつけ、ベッドの上で組み敷いていた。
突然ひっくり返され驚きに目を見開いたあと、顔が強ばる。じっと僕を見上げ、ごくりと可愛い喉仏を上下させる。性器に押し上げられ苦しそうに気持ちよさそうにしていた喉仏。
小刻みな振動を感じる。
興奮した自分かと思ったが、震えているのは出雲の手首だった。
「なんで」
脅えて揺れる瞳に問いかける。
「僕が、嫌になってる。それなのに、君は……前より近くにいようと、必死になってる」
舌を出して、唇に乗る赤色を舐めとる。足りない。
カラカラカラカラと鳴る音が止まない。
僕が剥がれてく音。
ゆっくり君に壊れてく音。
下唇に歯を立てると、簡単にそこは出血した。何度も舐めて、吸う。ひっ、と小さな悲鳴が漏れる。その時に開いた口の中を見て、その舌も噛みたい衝動に駆られた。
ほしいほしいと強請っているのは君じゃなくて僕だ。
何度かまずいと思う瞬間があった。
君がこんなにも僕を受け入れるから。
呼吸が苦しくなり、顔を上げる。肩で息をする自分に、こんなに必死になることがあるのかと思った。
感情が揺さぶられる。
もうぐらぐらだ。
三十年以上生きてきて、びくりともしなかった。
震度一すらこなかった地域がいきなり震度八ほどの地震に襲われるようなもので、なんの備えもない。全て崩れて壊れる。
出雲はぐすりと鼻を鳴らして、自分の唇を撫でる。血のついた指を見て、それを僕の口に入れた。
「先生と離れたくないんです」
出雲の指先は鉄と汗の混じった味がした。指が震えてる。
「俺が逃げられないようにしてください。取り返しがつかないようにしてください。冷静にさせないでください。先生、好き、好きなんです。俺を一人にしないで」
泣き虫なくせして、震えているくせして、出雲は瞬きもせず強いまなざしを向け、凛とした声で言い切った。それでも細めた目には決して零さない涙がじわりと滲んでいる。
喉が渇く。
はぁ、と息をつきながら自分の額を押さえる。体温が上昇している。これでは今日は仕事にならない。
だんだんと情けなく下がっていく眉毛を見ながら、僕はその手で彼の目を覆った。そして耳元で掠れた声を聞かせる。
「そんなことを、言って……僕が、君の足を……切り落としたらどうするの?」
「あっ……や……」
「する予定は、ない……けれど」
可愛い耳のふちをなぞる。耳たぶの上のほくろが特に可愛い。そこばかり舐めるからいつか落ちてしまわないか心配な程に好きだ。
「ん、ん……せんせぇ……」
穴の中にも小さなほくろがある。いつもは中耳炎にでもなったらいけないので中まではあまり舐めないけれど、今日は舌が入るだけ差し込み、ぬぷっと音がするほど出し入れした。
「ひゃあぅっ……せんせぇ、あ、いつも、耳の中はだめって……あ、あ、せんせ……んん……」
「僕のだ……僕がしたい時に、する。ね?」
「あ、あ、先生……ぞくぞくします、だめ……」
「だめ? 悪い子……なの?」
「あ、ごめんなさっ……ごめんなさい……」
声を震わせながら生理現象として瞼を下ろし、睫毛が濡れる。そのまつ毛の一本一本まで全てほしい。
「駅前のロータリーで……いい子で、待てる?」
「あ、待ちます、あ、あ、待つ……いい子でっ、待ちます……」
「そう……いい子だね」
今、家になど入れない方がいい。自宅に帰した方がいい。
それなのに僕は出雲にそのまま微笑んでキスをした。まだ鉄の味がするその赤い唇に。
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