愛してしまうと思うんだ

ゆれ

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メフィストの娘

01

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 恥ずかしそうに視線を伏せ、わらっているような、居心地悪さを噛みしめているような曖昧な表情でこちらを振り向いて「内緒だよ」と一二三どれみがちいさく言う。ゆるく波打つ肩よりやや上に毛先のある黒髪が揺れる。いつも見ている友人の顔より一歩踏み込んだ、明らか特別な相貌は、もしとおるがそこらを歩いているような男だったら恋に落ちていてもおかしくなかった。

 ――ということもない。

「えええ……待って、ちょっと、待て、情報量が多すぎる……」
「あーハラいてえ、何だこれマジやべえ、ぶはははは!!!」
「にゃ~」
「ウワにゃーっつった! ねえ! オイ聞いたか龍!!」
「聞いた聞いた……つうかうっせえあゆみ

 まさに今、内緒と言われたばかりだというのに景気よくゲラゲラ笑い転げているもうひとりの友人のかたく締まった腹をガスッと踏みつけてから、龍は改めて目の前の不思議な生き物をまじまじ見つめる。
 バーコード頭のてっぺんにどう生えているのか謎な黒くふさふさした三角の耳。視線をおろすと顔の両脇にも龍とおなじ形の耳。つまり総合すると四つの耳がこの生き物にはついていることになる。そして丸みを帯びた輪郭の肩、そこからなだらかにくだって太い指。先端は深爪。身体の前面にはやわらかそうな曲線を描く胸とさらにもっと豊かに張り出した腹がでーんと主張している。つまり生まれたままのお姿でいらっしゃる。

 耳とお揃いの毛に覆われたハンサムなしっぽをするんするんと振り回して濁声がふたたび「にゃうん」とやるものだから、せっかくおさまってきたのに歩がまたも笑いの発作に巻かれて死にそうになっている。もしこのままぽっくり逝った場合、死因は何と診断されるのだろうか。呼吸困難? 事実にそぐわない気がする。
 とにかく、ケージに入ったミックス犬のもみちゃんが大声に怖がっているので、その原因をつくった一二三に龍は「あの、もういいです」と遠回しに何とかしてくれと告げる。すると彼女はかるく肩を聳やかせてから先程とおなじように、しかし恐らく異なる言葉を知らない言語で呟いた。

 トフン、と小ぶりの煙幕とともにネコミミおっさんは消え、入れ代わりに現れた真っ黒い幼猫がみゃあんとか細く鳴いている。こんなに愛らしい姿をあのように無残に変えてしまうとは。こういうのを日本語で魔改造と呼ぶのではなかろうか。やらかした本人曰く、魔法らしいが。

「…………すげえな」

 他に表しようがないのでそう吐いたが決していい意味ばかりでもない、とは一二三に通じてしまったようで、すうっと目を細めている。やっと笑いがおさまって今度はゼーゼー苦しげに呼吸している歩を虫を視るような眼で見やりつつ、龍は取り敢えず気になった点を問い質してみる。

「なんで耳よっつあんの?」
「そこ?!」
「人間の耳は人間の言葉を聞くためについてるの。それ以外の音声は猫の耳」
「あ、わりと細かい設定あった」
「なるほどな」

 頷いて、よちよちと寄ってきた黒猫を掬いあげると元いたケージに戻してやる。一緒に保護されたきょうだい猫がもう二匹、家族にしてくれる人を待っていた。もみちゃんは飼い主一家が引っ越し作業中のため終わるまで預かっている。代表は飼育放棄して逃げないよう念書まで作成して彼女の新天地での幸せな生活を守った。そのようなつもりなど毛頭無い依頼者は初め率直にいやな顔をしていたが、悲しい前例の話を聞かせると、打って変わって協力的になったらしい。

 彼らの命はいつだって軽んじられる。龍など子どもの頃から犬が大好きで、しかし環境ゆえに飼育が叶わず羨んでばかりだというのに。新居へ連れていってもらえなかったその子は結局職員のひとりが引き取って今は幸せにご近所のアイドルになっている。そうでなかった未来もあったのだと思うと、代表が厳しく言うのも道理だ。

 こんなアルバイトをしていると人間不信になるのも時間の問題だな。ふっと嘆息して、龍は掃除の続きに戻った。

「つまり、あれなの? たまちゃんは魔法使い?」
「そう」
「へ~すっげえわマジで。俺二十年生きてきて初めて出会ったし」
「隠してただけかもよ」
「うわーマジか。そういうのある?」

 のせられて心当たりをさぐる歩を一二三はニヤニヤ見ている。こりゃおちょくられてんな。でも面白いので言わないでおく。

「まあ、女の子は秘密多いからね」
「そうはならんやろ」

 あのレベルの行為を秘密の二文字で片付けられてしまったらこの世は秘密だらけになる。まあたまにこれぞ魔法では?と思いたくなるようなビフォーアフターの化粧などに行き当たったりもするようだが、今の一文で歩はさらりと流してきたのだろう。色男ならではの余裕に龍はチッと舌を打つ。

「でもたまちゃん箒乗れなそう」
「なんで知ってるの?」

 もしかしてあなたも?という頭の痛くなるような空気になってきたのに耐えられず、龍はさっさと作業に戻った。ペットボトルの水飲み器を取り外し、洗って中身をきれいなものに入れ替える。汚れたペットシーツを取り換え、専用のシートで身体をきれいに拭いて、目やになどが出てないかチェックして日誌につけた。みんな健康で何より。
 
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