愛してしまうと思うんだ

ゆれ

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メフィストの娘

06

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 ややもせず一応の理由らしき事実は掴んだのだけれど、それが本当の魂胆なのかどうか、見極めができていない。こればっかりは他の誰かに意見を求めるわけにいかないので龍は折に触れひとりで悶々と悩む羽目になっている。
 よもや俺がこうして罪悪感に苛まれる有り様を特等席で見ていたいだけなどと言うのではあるまいな。歩に性悪の印象はないし実際優しいが、何を考えているかはあまりわからないタイプなので、取り敢えず学科までおなじことだし龍のほうでは無難に友人として接して様子を見ている。

 最早言い訳にしかならないが、龍だってどこも痛まずに別れを決めたわけではなかった。これでもちゃんと歩が好きだったし、共にキャンパスライフを送れるよう無理をして合格を勝ち取ったのだ。こんな筈じゃなかったと思った。思ったけれど、止められなかったからこの今があるのだ。

 これから先もきっとこういう分岐点は何度だってやって来るだろう。普通はそれも生涯の伴侶を得るまでの期限付きなのだろうが龍はもしかすると一生ものなのかもしれない。憂鬱ではあれど自力ではどうにもできない。急に性愛の対象を変えることができるくらいなら、誰もひとりで苦しんだり悩んだりしないだろう。どうしてそうなったかが判明していてさえ、歪みを戻すことはできないのだから。

「須恵くんたちもうあがり?」

 とことこと寄ってきた宇賀神に訊かれ、時計を見あげる。もうすこし遅くなってもよかったがすることがなければ帰る。歩も似たような考えらしい。「宇宙人は?」と質問で返すと、龍の傍に立っていた童顔が、いきなり鼻先にいやなものを押しつけられた犬みたいに、うにゅっと顰め面になる。ただ事じゃない様子に龍も歩も目を見開いた。

「どうした?」
「いや……何でもない」

 平らに言って、会話も終わってないのにすいーっと離れていく。このあとの誘いでもあるのかと思っていたけれど勘違いだったようだ。顔を見合わせていると近くのデスクで電話が鳴って、素早く受話器を持ち上げた歩が「はい、こちらNPO法人もっふぁ~です」と若干余所行きの声でなめらかに応対する。
 依頼ではなく取引先の企業関連だったようですぐに調に交代した。その隙を突いてというわけでもないのだろうが馨子が勢いよく立ち上がって離席する。

「黒部さん?」
「――ダメ、もふ切れ」
「えっ」

 そんなこと言っても、あんたは止められてるのに。残っていた職員とアルバイト全員がきっとおなじことを思った。脇目もふらず子ども部屋へ行くと馨子はドアを開け、その途端、派手なくしゃみを連発する。
 構わずにケージを覗き、まずは起きていたもみちゃんをわさわさと撫でまわして、やわらかい毛皮に頬ずりする。「かわいいねえ、おりこうだねえ」を繰り返して一頻り感触を堪能し、次は向かいのケージでひとかたまりになっている三匹の子猫に接近する。ところがこちらは一筋縄ではいかなかった。

「っくしゅ、っくしゅんッッ」
「黒部さんマスクしたほうがいいっすよ」
「ティッシュティッシュ!」
「わーハナ垂れてるぅ」
「どうでも良いのよそんなことは~」

「いや猫が汚れます」と冷静に指摘すると歩に刺すような眼でにらまれた。馨子はまるで気にせず、涙も鼻水もべしょべしょにして生きて動くかわいいに夢中になって絡んでいる。いつものことではあるが、いつもひどいなあと感心する。ティッシュとマスク、目薬を宇賀神が持ってきてくれた。他にも手の空いていた職員がついでだからと子猫にミルクを差し出したため、代表はしぶしぶすこしだけ離れて愛らしい食事風景を見守った。

 動物保護のNPO法人代表がアレルギー持ちなんて冗談みたいだ。馨子自身はペットを飼った経験は犬しかなく、しかも子ども時代で、猫に接する機会がなかったため因子があるのに気づかなかったらしい。だが持ち込まれるのは犬より猫のほうが圧倒的に多いので、最早頓着せずあるがままに反応しながら、強行突破で触れ合っているというわけだった。
 せっかく一から手配して開催する譲渡会にも、当の本人は会場入りせず後方支援。寂しいしもっと売り込んであげたいのにといつも悔しそうにしている。他にも何かアレルギーがあるのかと何の気なしに訊くが、特に心当たりはないらしい。

「あーでも噎せてくしゃみする家族がいたから、粘膜弱いのは家系かも?」
「花粉症は平気なんすか?」
「今のところ」
「じゃあそっち系のNPOだったらよかったっすね」

 歩が適当を言う。そんなNPOがあるのか。まるで想像がつかない。どうせ適当なので考えても無駄だ。肩を聳やかせると、あまり遅くても心配されるため龍はそろそろ帰ることにする。駅まで一緒だったのは結局歩だけで、宇賀神は事務所に残っていた。



 
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