愛してしまうと思うんだ

ゆれ

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彼岸にて

04

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(ダメだ)

 わかっている、龍が真っ直ぐに生きられないのと八色とは何の因果関係もない。正真正銘ただの八つ当たりだ。しかし巡りあわせが悪すぎた。将来のことでは歩と一二三に置いていかれたような気分になり、自分では満足のいっていた行動を否定され、それでも「今度から気を付ける」と返せるほど龍は寛容じゃない。大人でもない。具体的な解決策だって見あたらなかった。

「大学も行かせてもらったけど何になるでもねえ、突出した長所もねえ、夢なんて生まれてこのかたあったこともないし才能はもっとだ。近い将来やりたいことすらなくて、家族もいなくて、……俺は、ひとりで生きて死ぬんだろうなぁ」

 その未来図だけはいつだって鮮明に描くことができた。描いて、眺めて、内心安堵していた。誰かが傍にいたらその誰かを本当に信じていいのか疑って心が疲れる。長く居たいと思えば思うほど、肉体的にはどうでも精神的には深入りされたくなくてつい、はぐらかしてしまう。

 子は親を選べない。自分だけを見て、自分だけに無償の愛をくれる親は龍にはいなかったのかもしれない。父だってきっと余所に愛すべき子どもがいるのだろう。つまずいて派手に転んでも、ちゃんと自力で立ち上がって生きる道を見つけた八色と、いつまでも突っ伏して起き上がれない龍の差はそこにあったのだろうか。さすがに尋常じゃないと知ってか八色が青褪めて寄ってくるが龍は距離を保って後退りした。

 優しくされたくない。許されちゃいけない。自分が悪いことは理解している。だから、ちゃんと謝らなければ。

「その……学校で何かあったのか」

 縁起でもない想像をされているような気がして、そんな場合でもないのにちょっと笑ってしまう。こうして八色が寛大な対応をしてくれるたび自分の未熟さを思い知って嫌になる。美しいものをまえにするとただでさえ己が汚れて感じる。実際そうなのだからもっとだ。

「焦って無理に決めることじゃねえと思うが、料理とかは?」
「……香さんに作るのは好きだけど、それ自体は好きじゃねえ。金もらえるほどのもんでもないと思うし」

 自炊の切っ掛けが最低すぎていいイメージがないのだ。食に興味があるでもなし、龍自身は可食性に問題がなければ何でもかまわない大雑把ぶりで。職にするには苦痛が勝つ。アルバイトも避けているくらいだ。あの母の子だと言われるのが恐ろしい。

「ごめん、全部ウソだから」

 いまさら人に言ったところでどうなるものでもないのに。救けを欲するのなら、もっと早くに声をあげるべきだったのだ。こんな個人的な愚痴を八色にしてしまうなんて、衝動に駆られたとはいえ軽率すぎるし気を許しすぎだ。信じられない。しかも彼のプライベートにまで不用意に踏み込んでしまって、せっかく話してくれていたのに失望されたかもしれないと思うと消え入りたかった。

 このひとに見せたいのはこんな自分じゃない。ゆっくりと本性を分厚い壁で覆い隠していく。

「今のナシ。マジでごめん。……俺、疲れたから先に寝るな。おやすみなさい」
「龍」
「迎えありがと」
「待て、すこし話が、――」

 八色を振り切り、寝室へ逃げて、ひとつしかないのでベッドのすれすれ端っこに龍は横たわった。さすがに今から家へ帰りたいと言うのは我儘だ。体力を回復させて学校へいく。しばらくはここへは来ないようにしようと秘かに決める。

 居心地がよすぎて考えるのをやめてしまうのはいけないことだ。結局自分しか頼れないのだから、自分で何とかするしかない。喧嘩しても真夏であってもくっついて眠るのだが今日だけはちょっと無理で、パンダに抱きついて離れて寝る。頭に血がのぼってか、逆に不安症で血の気が引いてか、身体はくたくたなのになかなか眠りに落ちることができなかった。

「俺は結婚してお前はひとり? ……どういう事だよ」

 夢うつつの状態でそんな声を聞いた気がしたけれど、起きたら忘れていた。



 
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