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エレファントジュース
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しおりを挟む気になるかならないかと言えば龍だって気になっている。だが訊き方というものがあるだろう。そんなアホの子みたいにまっすぐ向かっていってどうする。現に宇賀神は彫像の如くかたまってしまっている。
どう軌道修正したものか頭を悩ませていると視線を感じ、龍は顔を上げた。宇賀神の色素の薄い、青みを帯びたグレーの瞳がこちらをひたと見据えて、大丈夫だよとでもいうようにふわっとほほ笑む。
「塞くんが僕らの生態に興味を持ってくれるなんて嬉しいな。僕らはね、すべてビッグファーザーとグレートマザーの交配によって卵で生まれてくるんだ」
「え?」
「だから通常個体は生殖器官を持ってない。必要がないから性欲が無いんだ」
「そっそうなの?!」
でもそれじゃあファーザーとマザーが死んだら絶滅するんじゃ、と眉根を寄せる歩の順応力には目を見張るものがある。生物学にも造詣が深いのか一二三までちょっと身を乗り出し気味に話を聞いている。なんだろうこのトンチキ空間、と思っているのはなんと龍だけらしかった。
「ビッグファーザーとグレートマザーの寿命が近づくと生殖器官を有したジュニアとドーターと呼ばれる特別な子どもが数体ずつ生まれるんだ。一番相性のいいペアが成立した時点で他のスペアは器官が無効化する。役目を終えたビッグファーザーとグレートマザーは『舟』に乗って終の棲家となる星へ泳ぎだすんだよ」
「え、母星で最期を迎えるんじゃないんだ??」
「そう。遺体にはさまざまの情報が残るからね。万が一侵略を受けたら生命と文明が危機に晒される。できるだけ遠く遠く旅をしてから、まるで別の言語や文化を持つ生命体のいる星で余生を過ごすんだ。そこに生息する生命体に擬態してね」
ほうっと熱っぽい息を吐いた歩はもはや科学少年の顔をしていた。もとよりそういう素養はあったのだろう、恐竜とおなじレベルに謎で現実味がない話だ。一二三は食事を終え、食器を片付けて緑茶のボトルを掌であたためながら先程よりは興味を失った様子で耳だけ寄せている。付き合いがいい。
視界の端っこで宇賀神がテーブルの上で両手を組むのが見える。なんだか普通の人より小指が長い。いわゆる童顔と分類される年齢をぼかす造作は、失礼かもしれないが肌の色も相俟って温度を感じさせない。身長も龍より10センチ低いのだが、こう見えて力持ちで、以前預かった30キロある大型犬を二頭ひょいと抱えて運んだのはびっくりした。はめ込み画像のような違和感があった。
「じゃあ地球にもいるかもしんないってことか。夢あるわ~」
「母星はここに似てるからね」
とても美しい星だよ、と宇賀神が目を細める。夢があるも何も、彼の話が事実として、今現在ここにいるのだから彼はビッグファーザーということにはならないのだろうか。彼らの生きている時間とここでの時間の密度がおなじかどうかわからないので何とも言えないが、余生とやらが地球人の一生分くらいあるかもしれないし、擬態だったらなおさら外見はあてにならない。
俺がもうちょっと頭よくて科学に強かったらなあと悔やみながら、滅多になくキリッとしている歩を見るともなく見やる。宇賀神がいるとあくまで黒い色が好きで熱っぽく見つめられるため、彼のほうを向きたくても向けないのだ。龍はテーブルの上のごみをざっと寄せ、頬杖をして、さらに歩の肩越しに女子のグループが話し込んでいるのを眺める。
シルエットの曖昧なゆったりとした、しかし要所で可愛いとか変わったデザイン性を含んだ流行らしき服装を見ていて、この間宇賀神が連れていた女性を思い出した。もうだいぶ記憶の正確性があやしいが今思うと匂坂に似ていたような。服装や髪型が違うのでその時は美人で終わらせていたけれど、あの彼女にスーツと白衣を着せ、髪をまとめさせて、ちょっとリップの色を濃くしたらだいぶ近い、気がする。このレベルなら魔改造ではあるまい。
(いやでも)
女性と殆ど接点のない龍の考えることだ。審美眼にとりわけ自信があるでなし、滅多なことは言わないでおくにかぎる。宇賀神だってもし彼女かもしれなかったら、そんな相手が教授に似ているなどと言われたくないだろう。況してや八色に似ているなんて言語道断だ。本当にあれは腹に据えかねた。思い出し怒りに眉宇を寄せていると、宇賀神が「どうしたの」と訊いてくれる。大丈夫。
「じゃあさじゃあさ、その辿りついた星の生命体と恋が芽生えたりとかは?」
「……ふふ」
器官が役目を終えているのなら、たとえ恋に落ちたとしても恐ろしいキメラが生まれることはなさそうでよかった。余計なお世話の心配だがすくなくとも龍の恋心はそういう面も多分に含んでいるため、そちらの方向へ想像が行く。宇賀神はちょっと遠い目をしてから、これまで見せたことのなかった大人びた笑みを湛えてこう繋げる。
「そういう運命もあるなら、逆らわずに落ちてもいいかもしれないね」
「……ヒュ~!」
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