34 / 69
理屈じゃないの
02
しおりを挟む外に出ていた職員達が戻ってきて、電話番から解放される。今日は殆ど掛かってこなかったのでこういう時の隙間仕事用に取ってあるコピー待ちの書面や、書き損じの裏が白い紙でのメモ帳作成、順番が前後しているファイルの整理などを平行してやっていたのだ。今朝最後の子猫の引き取り手が見つかり、代表自らが面会に行って飼育環境を確認してから引き渡してきたらしく、一緒に行った職員も「よさそうな方で本当によかった」と達成感をにじませ胸を撫で下ろしていた。
譲渡してもやっぱりうまくいかなかったり状況が変わって飼えなくなったりする場合はまた連絡がくる。油断はできないけれど、当面の幸せはあの子猫にも訪れたようで龍もほっとした。
何回か縁を繋げなかった現場に居合わせたこともあった。いつもうまく行くとはかぎらない。それはそうに決まっているがきれいにしておめかしまでして待っていたのに、電話一本で断りを入れられた時は龍も陰で泣いてしまった。その犬は今は別の家族と幸せに暮らしているけれど、その人達が迎えにきた日は嫌がっておめかししないままだった。きっと悲しい記憶が残ってしまったのだろう。
もっふぁ~では動物を譲渡した家族に、彼らが元気にしているかどうか年に一回不定期に連絡をする。それも契約書面にきちんと盛り込まれている。開催イベントなどに参加してくれた場合はそれで代えるのだが、それだけでも結構迷う人は多いので、ふるいにかける役割は果たされているようだ。
一時の熱で命をやり取りしてはいけない。飼うなら看取るまでだ。龍も、いつの日かひとり暮らしを始められるようになったら念願の犬を飼いたいと思っているのだが、ちゃんと職種を選ばなければ寂しくさせてしまうので悩ましい。毎日散歩に行けるか、うるさくないか、部屋を傷めないか、など暇な時は手引書を読んでいるので参考になった。
自分がいなければ生きていけない存在は可愛いし、生きる意味をこちらにも与えてくれる。だが本当にいつの日か、目処が立ってないので、今はいいなあと人様の可愛い犬を羨ましく眺めるばかりだった。
「そろそろあがりだな」
掛け時計に目をやって歩が嬉しそうに呟いたその時だ。窓の外から、キャーッと甲高い悲鳴がして、事務所が水を打ったように静まり返る。
「……な、何?」
「下?」
「黒部さん!」
同行した職員が逸早く飛び出し、龍達もあとを追って階段を駆け下りた。喫煙所か? すると覗き込もうとするより早く影が路地から飛びだしてきて、五十がらみの男がこちらに向かって腕を突き出した。手にはサバイバルナイフが握られており、刃があかく濡れている。
「うわやべ、警察!!」
「こっち来んなああ!!!」
「誰かっ……救急車お願い!」
奥から馨子の切羽詰まった声がする。路地のはいり口に不審者が仁王立ちしているので状況確認にも行けない。さらに悪いことに、歩が素早くスマホを耳にあてたのを見て男が襲い掛かってきた。
まえに立つ職員が龍と歩を庇うように腕を広げ、男を見据えてぐっと足を踏ん張る。掴まれているわけでもない、すり抜けてさらにまえへ出ることだってできる筈なのに、情けないことに足が動かない。こんな非常事態に行動できるようにするには特殊な訓練が必要なのだと改めて思い知った。
元気くんを救けた時とはわけが違う。しかしあの不吉な汚れが血液だとしたら、既に誰か傷ついていることになる。明らかに理不尽な攻撃によって。チリッと腹の底で怒りがくすぶり始める。
(せめて何か、投げる物……!)
盾になる物は見つかりそうにない。立て看板でもあればよかったのだが昼あたりから注意報が発令されるほどの強風に見舞われたため片付けてしまっている。とにかく何か持ってなかったかとポケットを素早くまさぐって、丸い物体の手触りがある。どうして。取り出して余計疑念が深まったが今は気にしていられない。顔だと当たらなかった時が怖いので暴漢の喉元あたりまでターゲットを広くして、龍は思いっきりそれをぶん投げた。
「……うわあっ何だこれ!! ウワッ」
「あ、当たった!」
「てい」
丸い物の正体はちょっとやわらかいトマトだった。結局男の胸元でべしゃっと潰れ、恐らく痛みはなかっただろうが赤い色と濡れた感触にびっくりして怯んだ隙に、誰かがするするっと龍達の脇から躍り出て男の腕を捻り上げ、ナイフを落とさせて、地面に伏せさせて事なきを得る。
気の抜けた掛け声にまさかと思ったが、やっぱりだ。見た目にも四角くてごつい感じの暴漢が少年のような宇賀神に完璧に押さえ込まれているのは違和感が強い。女子だから事務所で待機を命じられているのか、一二三が窓から「救急車もう来ます!」と教えてくれる。彼女の顔を見て、先程のトマトが魔法だと龍は何となくわかった。親指を立てておく。
0
あなたにおすすめの小説
【完結】取り柄は顔が良い事だけです
pino
BL
昔から顔だけは良い夏川伊吹は、高級デートクラブでバイトをするフリーター。25歳で美しい顔だけを頼りに様々な女性と仕事でデートを繰り返して何とか生計を立てている伊吹はたまに同性からもデートを申し込まれていた。お小遣い欲しさにいつも年上だけを相手にしていたけど、たまには若い子と触れ合って、ターゲット層を広げようと20歳の大学生とデートをする事に。
そこで出会った男に気に入られ、高額なプレゼントをされていい気になる伊吹だったが、相手は年下だしまだ学生だしと罪悪感を抱く。
そんな中もう一人の20歳の大学生の男からもデートを申し込まれ、更に同業でただの同僚だと思っていた23歳の男からも言い寄られて?
ノンケの伊吹と伊吹を落とそうと奮闘する三人の若者が巻き起こすラブコメディ!
BLです。
性的表現有り。
伊吹視点のお話になります。
題名に※が付いてるお話は他の登場人物の視点になります。
表紙は伊吹です。
学校一のイケメンとひとつ屋根の下
おもちDX
BL
高校二年生の瑞は、母親の再婚で連れ子の同級生と家族になるらしい。顔合わせの時、そこにいたのはボソボソと喋る陰気な男の子。しかしよくよく名前を聞いてみれば、学校一のイケメンと名高い逢坂だった!
学校との激しいギャップに驚きつつも距離を縮めようとする瑞だが、逢坂からの印象は最悪なようで……?
キラキライケメンなのに家ではジメジメ!?なギャップ男子 × 地味グループ所属の能天気な男の子
立場の全く違う二人が家族となり、やがて特別な感情が芽生えるラブストーリー。
全年齢
刺されて始まる恋もある
神山おが屑
BL
ストーカーに困るイケメン大学生城田雪人に恋人のフリを頼まれた大学生黒川月兎、そんな雪人とデートの振りして食事に行っていたらストーカーに刺されて病院送り罪悪感からか毎日お見舞いに来る雪人、罪悪感からか毎日大学でも心配してくる雪人、罪悪感からかやたら世話をしてくる雪人、まるで本当の恋人のような距離感に戸惑う月兎そんなふたりの刺されて始まる恋の話。
僕たち、結婚することになりました
リリーブルー
BL
俺は、なぜか知らないが、会社の後輩(♂)と結婚することになった!
後輩はモテモテな25歳。
俺は37歳。
笑えるBL。ラブコメディ💛
fujossyの結婚テーマコンテスト応募作です。
BL小説家ですが、ライバル視している私小説家に迫られています
二三@冷酷公爵発売中
BL
BL小説家である私は、小説の稼ぎだけでは食っていけないために、パン屋でバイトをしている。そのバイト先に、ライバル視している私小説家、穂積が新人バイトとしてやってきた。本当は私小説家志望である私は、BL小説家であることを隠し、嫉妬を覚えながら穂積と一緒に働く。そんな私の心中も知らず、穂積は私に好きだのタイプだのと、積極的にアプローチしてくる。ある日、私がBL小説家であることが穂積にばれてしまい…?
※タイトルを変更しました。(旧題 BL小説家と私小説家がパン屋でバイトしたらこうなった)2025.5.21
エリート上司に完全に落とされるまで
琴音
BL
大手食品会社営業の楠木 智也(26)はある日会社の上司一ノ瀬 和樹(34)に告白されて付き合うことになった。
彼は会社ではよくわかんない、掴みどころのない不思議な人だった。スペックは申し分なく有能。いつもニコニコしててチームの空気はいい。俺はそんな彼が分からなくて距離を置いていたんだ。まあ、俺は問題児と会社では思われてるから、変にみんなと仲良くなりたいとも思ってはいなかった。その事情は一ノ瀬は知っている。なのに告白してくるとはいい度胸だと思う。
そんな彼と俺は上手くやれるのか不安の中スタート。俺は彼との付き合いの中で苦悩し、愛されて溺れていったんだ。
社会人同士の年の差カップルのお話です。智也は優柔不断で行き当たりばったり。自分の心すらよくわかってない。そんな智也を和樹は溺愛する。自分の男の本能をくすぐる智也が愛しくて堪らなくて、自分を知って欲しいが先行し過ぎていた。結果智也が不安に思っていることを見落とし、智也去ってしまう結果に。この後和樹は智也を取り戻せるのか。
死ぬほど嫌いな上司と付き合いました【完結】
三宅スズ
BL
社会人3年目の皆川涼介(みながわりょうすけ)25歳。
皆川涼介の上司、瀧本樹(たきもといつき)28歳。
涼介はとにかく樹のことが苦手だし、嫌いだし、話すのも嫌だし、絶対に自分とは釣り合わないと思っていたが‥‥
上司×部下BL
【完結】男の後輩に告白されたオレと、様子のおかしくなった幼なじみの話
須宮りんこ
BL
【あらすじ】
高校三年生の椿叶太には女子からモテまくりの幼なじみ・五十嵐青がいる。
二人は顔を合わせば絡む仲ではあるものの、叶太にとって青は生意気な幼なじみでしかない。
そんなある日、叶太は北村という一つ下の後輩・北村から告白される。
青いわく友達目線で見ても北村はいい奴らしい。しかも青とは違い、素直で礼儀正しい北村に叶太は好感を持つ。北村の希望もあって、まずは普通の先輩後輩として付き合いをはじめることに。
けれど叶太が北村に告白されたことを知った青の様子が、その日からおかしくなって――?
※本編完結済み。後日談連載中。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる