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わらった顔が見たいから
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しおりを挟む街で目撃したあの夜も、顔を背けたのはばれるのが恥ずかしくて。あとで馨子がそう言ったらしいが宇賀神は龍達に気が付いてなかったようで、秘密にしたいという意図だけを汲んだ。一方でその態度が一二三には二股を隠そうとして見えたのだ。
「……そうなの……私、てっきり……」
今になって己のおかしかけた罪が実感を伴ったのか華奢な指が、見た目にもはっきりと震えだす。宇賀神はニコニコしたまま一二三の肩にポンと手を置いた。かるく振れたが嫌う様子はない。彼が敵ではないと認識したのだろう。
「誰にでも間違いはある」
「ごめんなさい、本当に……ごめんなさい!」
「地球の女の子も男の子も、やきもち焼きでかわいいね」
そう言った宇賀神は龍を見ていた。
手袋に付着していたのはリシンという毒物で、肌に触れて皮膚吸収するか経口摂取での中毒を一二三は狙っていた。トウゴマという植物の種子から抽出される猛毒らしい。時間はかかるが一応致死毒なので、殺意がなかったとは言えないだろう。彼女もそれは認めている。
本当は仮装をしたまま他の者に紛れて手でもさわるつもりだったと聞いて、歩が「ネっさんにやらせんのかと思った」と呟く。だよなと龍も同意する。なんせ今日は誰もが正体不詳だ。目撃証言なんてあてにならない。というか魔法の話を宇賀神のまえでして大丈夫かとそっちのほうに焦る。
「こんなことに使うわけないじゃない」
そう答えた一二三はすこし誇らしげだった。あくまで世の中をよくするため、悪しき何かからみんなを守るため、に魔法は存在するのだろうか。よくわからないがそれもまた彼女なりの保険だったのかもしれない。敢えて不確実な手段を選ぶことによって、運命を天の采配に委ねた。龍の緩慢な制止にも殆ど逆らわなかったのもそうだ。
もしも本当に二股をかけられていたとして、一二三はやはり同様に寸前で思いとどまったのではないかと今は考える。買いかぶっているだけだろうか。だがさっき間近で彼女を見て、瞳を覗き込んで、殺意というかそこまでの狂気を感じなかったのだ。もっと底知れない深淵のような色でなく、ただ理知的な、そして諦観に裏打ちされた静謐がそこにはあった。
本当に好きならしょうがない。そう思って身を引いたのではないだろうか。
「内緒って言ったのに」
「……だったわ」
そのあとの「許してにゃん」は許せなかったので歩をねこパンチに処しておいた。厚かましいにもほどがある。
「まえに性欲がないって言ってたでしょ。ここで話してたとき」
「うっ……ああ、宇宙人」
「そうだね」
「だから心配ないと思ったんだけど、運命の恋って聞いて、不安になったの」
わかるな、と龍はにがく笑む。自分と決定的に違う誰かが大好きな人に近づいていたら、接点ができてしまったら、もうどうやっても自分だけでは駄目になると思ってしまう。やはり男がいい、やはり女がいい、そう言われたら引き下がるしかない。だって自分には持ち合わせのない要素なのだ。だから惹かれるのだと言われてしまえばもうお終いだった。
歩の彼氏だった時もずっとそれを恐れてビクビクしていた。もし自分の知らないところで運命的な出会いを果たし、向こうにも好かれてしまったら、歩は女の子にひどいことなんて出来ないだろう。何の取り柄もない俺なんてすぐに捨ててしまうだろう。今は違っても、いつかその日が来るだろう。ずっとそう思っていた。
だからまさか龍のほうにその転機が来るとは微塵も考えておらず、備えもなく翻弄されてこのざまなのだけれど。そういう意味でもその不安は決して疑心暗鬼のいたずらじゃないと教えてあげたい。用心して、さらに仲を深めておくのが得策だ。
「たまちゃんも女の子なんだね~」
「言い方な」
言わんとするところはわかるし同意するが、それにしてもあんまりだった。流れから見てもおかしい。女子は不安になるとみんな毒を盛ろうとするわけじゃない。たまたま一二三の場合は環境と知識と動機が揃ってしまっただけだ。どう捌いていいか龍がひとりモヤモヤしていると、歩が「腹減った」と言い出す。すると宇賀神がトリートしてくれた。
「ねえ須恵、うちに来たとき両親の話したよね?」
「ああ……なれそめの話? 初めて会った時なんとなく特別な感じがしたっていう」
「私も須恵と初対面の時そう感じたから結婚相手かと思ったの」
「っ、」
「ええ?!」
視線があちこちから突き刺さった。俺よりでかいリアクションをするなと歩を睨む。宇賀神も目を丸くしている。
「でも周りの女の子たちが話してるの聞いて、グイグイこないっていうかいやらしくないっていうか……そういうのがちょっと変わってるんだって気づいて、そしたら塞と付き合ってるってわかって納得した」
「あー……」
それはあるあるのような気がする。美容師をしているゲイの知人は、客は圧倒的に女性が多いと言っていた。物腰がやわらかく丁寧で、下心がないのが知らず態度にも滲み出ているためか安心してくれるらしい。逆に男性客は見繕うつもりがなくてもつい癖でタッチが多くなってしまったり、髪とは関係ないところまで観察してしまって微妙に避けられたりするとかなんとか。
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