愛してしまうと思うんだ

ゆれ

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一生一緒にいてあげよう

01

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 新居はまえ入り浸っていたマンションとは方向から違って閑静な住宅地にあり海がよく見えた。セキュリティがしっかりしているのは変わらない。駐車場から部屋へあがって、だいぶ高層階でエレベーターが停まる。
 鏡のように磨かれた床を踏み拉いて、突き当たりのドアで八色が立ち止まる。戸建のように門扉がありすぐには家に入れないようになっていた。宅配ボックスが設置されているので荷物なども直接受け取らなくていい。彼はともかく、他の部屋の住民はどういう職種なのか漠然と興味がわいた。ごく普通の会社勤めでもこのシステムを必要とするのだろうか。かなりの防犯意識だ。

「龍」
「……ん」

 何ぼさっとしてんだ、と言いたげな呆れ顔に続いて中へ入ると三和土にヒール靴があるのにまず一撃浴び、顔を上げて、パンツスーツの妙齢の女性が出てきたのにもう一撃くらう。

「えっ……」

 どなただろう。血の気が引いていく。造作は似てないので家族じゃなさそうだ。だったら、誰。

「あ、あの」
「今度から事務所に入ることにしたんだわ俺。まえから誘いはいくつか受けてたんだが、イマイチ気乗りしなくてよ」

 しかし今回のストーカー騒ぎがあって考えが変わった。ちゃんと護ってもらえるよう、安心して仕事ができるよう環境を整えることに重きを置いて決断したと八色は言った。ここのまえの仮住まいも経緯を把握した事務所が用意してくれた社宅のマンションだったらしい。

「で、彼女がマネージャーの近森」
「初めまして、近森です」
「この子は俺の彼氏だからいろいろ協力よろしく」
「な、」
「須恵龍さんですね。……私どもとしては本当は住む世界も違うんだし、これを機に別れていただくのが一番いいんですが」
「オイ。」
「とりあえずヤシキはしばらく多忙になるかと思いますので何卒ご理解のほどよろしくお願いいたします。くれぐれも軽率な行動は控えるよう、あなたからもお口添えいただけると助かります」
「……」

 最早どこからツッコんでいいかわからず唖然とする龍の手を一方的にギュッと握り込み、爪まで清潔に磨き上げられた指で名刺を渡されて、ぼんやりとそれを見つめる。「用は済んだろ。帰れ帰れ」と追い払われて近森がぶうぶう文句をしながらもさっきのヒールを履いてドアハンドルに手を掛ける。随分くだけているがこんなものなのだろうか。出るまえにもう一度振り返って「じゃあまた明日、お迎えにあがります」と八色に告げ、龍にも頭を下げて帰っていった。

 何もかも謎だったけれど、最たるものは近森が龍の性別をまったく気にしてなかったところだ。間違っても女子とは思えない直線的な体型も、顔も、ばっちり見たうえで挨拶された。自己紹介をする暇もない面会だったので八色から前以て聞かされていたのだろう。

「ちょっと仕事の幅広げようと思ってよ。管理が面倒くせえから」
「いえ……」

 そんなことよりも家の中に女性がいたことのほうがうんと心臓に悪かった。御蔭で怒るのも失念していた。近森はマネージャーだ。万が一何かあった時のために合鍵も預かるのだろう。表面的には柔和だったが、商品タレントにとって龍のような存在は頑固な汚れ以外のなにものでもない。

 あの言いまわしを、映画やドラマではなく現実で耳にするなんて夢にも思わなかった。

「龍?」

 先に中へ入っていった八色が、焦れて呼びにきた。慌てて名刺をポケットに押し込み後退りする。三和土すら広くて大人数が押しかけようと対応できそうだ。独りにしてはとても贅沢な部屋が、知らない匂いが、龍をどんどん追い詰めて遠くへ追いやる。

「何してんだ早くあがれ」
「や、俺みたいなものはここでいいっす」
「はあ?」
「あの、ほんとにちょっと話があるだけなんで。すぐ帰るか、ら、」
「何いってんだ?」

 言い分を無視してぐんっと強く腕を引っぱられ、まだ靴を脱いでなかった龍は低い上がり框につまずいてよろけて、まえに立っていた八色に思いっきり抱きつく羽目になった。若干鼻をぶつけた所為か涙が出る。地味に痛い。ということはぶつかられたほうも痛かったのではとあわあわする。

「ごっごめん香」
「……あー、久々。つかお前また痩せてねぇ? ンな細かったっけか」
「ヒッ!」

 あたたかい八色の手が、つんのめった所為で持ち上がっていたアウターの裾をくぐりデニムの穿き口からじかに腰と尻の境目をなぞってくる。下着のウエストをずり下げようとする動きが不穏だった。

「なとこ、さわんなって……ンッ」

 最初から唇を割る不埒なキスにブランクのある身体はこわばり、どくどくと鼓動を逸らせる。舌を吸い出されては噛みついて逃れることもできず、くぐもった声を落としてただ翻弄された。視界の端にかかる白金の髪と薄くやわらかな唇、龍の弱いところばかりを的確に責めるいじわるな舌。煙草の苦い味まで、求めてやまなかったものを与えてもらっているのに、喜ぶどころか悲しみばかりが胸に広がっていくのは皮肉だった。

 取り敢えず腕はだいぶ治っているようだ。龍を絡め取り、自分に押しつける力は強くしなやかだった。短く息を吐いて一旦離れるとまだいつでも再開できる距離から眸を覗き込まれて、ただでさえ熱くなっていた首から上がもっと取り返しのつかなくなる。
 
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