5 / 27
05
何も考えず、思考回路を麻痺させて単調な作業をひたすら繰り返した。鼻先を寄せると石鹸の匂いがして、自分もシャワーを借りたかったなと暢気なことを思う。まだそこまでしてもらえるとは限らないのに、ずいぶん気の早い話だった。
息を吐きかけ、くちの外に出した舌に丸みを帯びた先っちょをぺとっと押しあてる。そのまま、れろれろ押し付けて染み出てきた唾液を塗り込めるようにして舐めていく。入谷がどこを見ているかは、あえて追わないでいた。
(変なの)
完璧が服を着ているような人だと思っていた。仕事は言うまでもなく人並み以上に出来てなのにちっとも偉ぶらない、ひけらかさない。上司からの信頼は厚く同期や部下からは頼られ慕われる。女子社員とは均等に距離を置く。必要最小限の会話しかしない、丁寧な口調は礼儀正しさと、容易には踏み込めない分厚い壁を感じさせて。
そんな入谷の急所を今、自分は手にしてあまつさえ舐めしゃぶっている。かれの最も人間らしい部分を掴んでいる。辛うじてキスはしてくれたけれど手をつなぐより抱き合うより先にこんなことをして、しかも誰かを裏切らせて、きっと自分には天罰が下る。
神様が見ている。
「高頭さん」
呼ばれて、顔を上げると入谷は顰め面だった。
「もういい」
「……でもまだ」
「泣きながらされて勃つかよ」
「え……」
慌てて頬をさわろうとして「待て」阻まれる。腕を伸ばしてボックスティッシュを取った入谷が、数枚抜いて拭いてくれた。
「ごめんなさい、もっかい」
「もういいっつってんだろ」
厳しく吐き捨て入谷は着衣を整えた。ボタンまでは留めずに、ジッパーだけ引き上げると「手ェ洗ってこい」と顎で洗面所らしき方向を指し示す。逆らう勇気は唯織になかった。
置いてあるハンドソープで手を洗い、口をゆすいで、鏡の中のくたびれた女をじっとみつめる。すぐ横の棚に歯ブラシが二本、プラスチックのカップに刺さっているのを見つけてまたちょっと泣いた。うちに帰りたい。からっぽのアパートじゃない、実家だ。優しい姉に思いっきり泣きつきたかった。
とぼとぼと出てきた唯織を、煙草を燻らせながら入谷が見ている。最悪だ。夕食だけで終わればよかった、キスまででも、もう充分じゃないか。欲をかくからこういうことになる。
「帰ります……」
実は今こそ土下座のタイミングではないかと思えてきた。やろうかどうか、迷っていると手招きに呼ばれる。
ぶたれるくらいは、正直覚悟していた。あんなことを強いてただで帰してもらえる筈はない。何なら等価かと思考を走らせ、お詫びに「勝負パンツ見ます?」と言おうとして、それはなしかもと理性に止められたので、やめる。
ムードだ何だとロマンティックな展開とは縁のない人生を歩んできた唯織だった。ナンパや合コンで出会い、そこからひと月以内には初めてのセックスをして、あとは会えばするの即物的な日々。プレゼントをもらったこともなければ電話やメッセージすら、用件のみで。
結構不幸なのかもしれない。とにかく、入谷とは徹底的に相性が悪いとわかってももう、悲しいと感じる元気すらなかった。歯ブラシにとどめを刺された。
「彼女には言わないでください。こんなの恥ずすぎて知られたくない……」
「……アホらしくて誰に言う気にもなれないから」
「ごめんなさい。そしてごめんなさい」
平謝りで、くしゃくしゃのスーツでいいだけ惨めで、やっぱり自分にはあの田舎と見合い結婚が分相応なんだと唯織は痛感した。背伸びして捻挫して、馬鹿みたいだ。
反省会に忙しくてお留守になっていたところを腰からたぐられて入谷の膝に乗り上げる格好になってしまった。
「……あ、あの?」
「してやるから、俺の好きにさせろ」
唯織が何か返すより早く入谷の手が、スカートの後ろの丸みをふっくらとなぞって持ち上げる。
「あの痴漢、警察突き出してやりゃよかったな」
「え?」
「さっき。帰ってくるとき」
電車で、まで言われてそんなことがあったのかとやっと合点が行った。場所を代わってくれたのはそういう意図だったのだ。いつも乗る電車は、唯織の住んでいる方面はあまり混まないのでああいう目には遭わない。と付け加えると呆れ顔をされてしまった。
上から三つくらい、中途半端にシャツのボタンを緩めて中で入谷の手が下着越しに胸を揉んでいる。もそもそ不自然にうごめく様はやけに淫靡で、刺激自体はまだごく弱いのにじんわりと濡れてきたのがわかって頬がカッと熱を帯びた。早い、ような気がする。
「ぁっ……」
ワイヤーの無いやわらかなカップをたくしあげ、終にじかにさわられて、尖った先端をいじめられる。執拗とも言えるほど熱心な手付きに翻弄されつつ、気持ち悪がられているのではないかと内心唯織は不安に思った。
自分で、シャツの合わせ目から谷間を眺めおろしていると入谷が、スカートの中に手を入れてニヤリと人の悪い笑みを浮かべた。
「……濡れてんな」
「し、ってま、す……ぅんっ」
あなたにおすすめの小説
課長と私のほのぼの婚
藤谷 郁
恋愛
冬美が結婚したのは十も離れた年上男性。
舘林陽一35歳。
仕事はできるが、ちょっと変わった人と噂される彼は他部署の課長さん。
ひょんなことから交際が始まり、5か月後の秋、気がつけば夫婦になっていた。
※他サイトにも投稿。
※一部写真は写真ACさまよりお借りしています。
触れられないはずの私が、ただ一人の彼にだけ心も体も許してしまいました
由香
恋愛
男性に触れられると体調を崩す令嬢リリア。
そんな彼女にとって唯一“触れられる”存在は――幼なじみの公爵令息レオンだけだった。
手を取られ、抱き寄せられ、当たり前のように触れられる日々。
それがどれほど特別なことなのか、彼女はまだ知らない。
やがて政略結婚の話が持ち上がり、“触れられない相手との結婚”か、“彼に触れられる人生”かを選ぶことに。
「お前に触れていいのは俺だけだ」
逃げ場のない独占と、甘すぎる溺愛。
これは、触れられないはずの少女が、ただ一人にだけすべてを許していく物語。
【完結】退職を伝えたら、無愛想な上司に囲われました〜逃げられると思ったのが間違いでした〜
来栖れいな
恋愛
逃げたかったのは、
疲れきった日々と、叶うはずのない憧れ――のはずだった。
無愛想で冷静な上司・東條崇雅。
その背中に、ただ静かに憧れを抱きながら、
仕事の重圧と、自分の想いの行き場に限界を感じて、私は退職を申し出た。
けれど――
そこから、彼の態度は変わり始めた。
苦手な仕事から外され、
負担を減らされ、
静かに、けれど確実に囲い込まれていく私。
「辞めるのは認めない」
そんな言葉すらないのに、
無言の圧力と、不器用な優しさが、私を縛りつけていく。
これは愛?
それともただの執着?
じれじれと、甘く、不器用に。
二人の距離は、静かに、でも確かに近づいていく――。
無愛想な上司に、心ごと囲い込まれる、じれじれ溺愛・執着オフィスラブ。
※この物語はフィクションです。
登場する人物・団体・名称・出来事などはすべて架空であり、実在のものとは一切関係ありません。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
義姉と押し入れに隠れたら、止まれなくなった
くろがねや
恋愛
父の再婚で、義姉ができた。
血は繋がっていない。でも——家族だ。そう言い聞かせながら、涼介はずっと沙耶から距離を取ってきた。
夏休み。田舎への帰省。甥っ子にせがまれて始まったかくれんぼ。急いで飛び込んだ押し入れの中に、先客がいた。
「……涼介くん」
薄い水色の浴衣。下ろした髪。橙色の光に染まった、沙耶の顔。
逃げ場のない暗闇の中で、二人分の体温が混ざり合う。
夜、来て。
その一言が——涼介の、全部を壊した。
甘くて、苦しくて、止まれない。
これは、ある夏の、秘密の話。
優しい雨が降る夜は
葉月 まい
恋愛
浮世離れした地味子 × 外資系ITコンサルのエリートイケメン
無自覚にモテる地味子に
余裕もなく翻弄されるイケメン
二人の恋は一筋縄ではいかなくて……
雨降る夜に心に届いた
優しい恋の物語
⟡☾·̩͙⋆☔┈┈┈ 登場人物 ┈┈┈ ☔⋆·̩͙☽⟡
風間 美月(24歳)……コミュニティセンター勤務・地味でお堅い性格
雨宮 優吾(28歳)……外資系ITコンサルティング会社勤務のエリートイケメン
ヤクザの若頭は、年の離れた婚約者が可愛くて仕方がない
絹乃
恋愛
ヤクザの若頭の花隈(はなくま)には、婚約者がいる。十七歳下の少女で組長の一人娘である月葉(つきは)だ。保護者代わりの花隈は月葉のことをとても可愛がっているが、もちろん恋ではない。強面ヤクザと年の離れたお嬢さまの、恋に発展する前の、もどかしくドキドキするお話。