最終的には球体になる

ゆれ

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 何も考えず、思考回路を麻痺させて単調な作業をひたすら繰り返した。鼻先を寄せると石鹸の匂いがして、自分もシャワーを借りたかったなと暢気なことを思う。まだそこまでしてもらえるとは限らないのに、ずいぶん気の早い話だった。
 息を吐きかけ、くちの外に出した舌に丸みを帯びた先っちょをぺとっと押しあてる。そのまま、れろれろ押し付けて染み出てきた唾液を塗り込めるようにして舐めていく。入谷がどこを見ているかは、あえて追わないでいた。

(変なの)

 完璧が服を着ているような人だと思っていた。仕事は言うまでもなく人並み以上に出来てなのにちっとも偉ぶらない、ひけらかさない。上司からの信頼は厚く同期や部下からは頼られ慕われる。女子社員とは均等に距離を置く。必要最小限の会話しかしない、丁寧な口調は礼儀正しさと、容易には踏み込めない分厚い壁を感じさせて。

 そんな入谷の急所を今、自分は手にしてあまつさえ舐めしゃぶっている。かれの最も人間らしい部分を掴んでいる。辛うじてキスはしてくれたけれど手をつなぐより抱き合うより先にこんなことをして、しかも誰かを裏切らせて、きっと自分には天罰が下る。

 神様が見ている。

「高頭さん」

 呼ばれて、顔を上げると入谷は顰め面だった。

「もういい」
「……でもまだ」
「泣きながらされて勃つかよ」
「え……」

 慌てて頬をさわろうとして「待て」阻まれる。腕を伸ばしてボックスティッシュを取った入谷が、数枚抜いて拭いてくれた。

「ごめんなさい、もっかい」
「もういいっつってんだろ」

 厳しく吐き捨て入谷は着衣を整えた。ボタンまでは留めずに、ジッパーだけ引き上げると「手ェ洗ってこい」と顎で洗面所らしき方向を指し示す。逆らう勇気は唯織になかった。
 置いてあるハンドソープで手を洗い、口をゆすいで、鏡の中のくたびれた女をじっとみつめる。すぐ横の棚に歯ブラシが二本、プラスチックのカップに刺さっているのを見つけてまたちょっと泣いた。うちに帰りたい。からっぽのアパートじゃない、実家だ。優しい姉に思いっきり泣きつきたかった。

 とぼとぼと出てきた唯織を、煙草を燻らせながら入谷が見ている。最悪だ。夕食だけで終わればよかった、キスまででも、もう充分じゃないか。欲をかくからこういうことになる。

「帰ります……」

 実は今こそ土下座のタイミングではないかと思えてきた。やろうかどうか、迷っていると手招きに呼ばれる。
 ぶたれるくらいは、正直覚悟していた。あんなことを強いてただで帰してもらえる筈はない。何なら等価かと思考を走らせ、お詫びに「勝負パンツ見ます?」と言おうとして、それはなしかもと理性に止められたので、やめる。

 ムードだ何だとロマンティックな展開とは縁のない人生を歩んできた唯織だった。ナンパや合コンで出会い、そこからひと月以内には初めてのセックスをして、あとは会えばするの即物的な日々。プレゼントをもらったこともなければ電話やメッセージすら、用件のみで。
 結構不幸なのかもしれない。とにかく、入谷とは徹底的に相性が悪いとわかってももう、悲しいと感じる元気すらなかった。歯ブラシにとどめを刺された。

「彼女には言わないでください。こんなの恥ずすぎて知られたくない……」
「……アホらしくて誰に言う気にもなれないから」
「ごめんなさい。そしてごめんなさい」

 平謝りで、くしゃくしゃのスーツでいいだけ惨めで、やっぱり自分にはあの田舎と見合い結婚が分相応なんだと唯織は痛感した。背伸びして捻挫して、馬鹿みたいだ。
 反省会に忙しくてお留守になっていたところを腰からたぐられて入谷の膝に乗り上げる格好になってしまった。

「……あ、あの?」
してやる・・・・から、俺の好きにさせろ」

 唯織が何か返すより早く入谷の手が、スカートの後ろの丸みをふっくらとなぞって持ち上げる。

「あの痴漢、警察突き出してやりゃよかったな」
「え?」
「さっき。帰ってくるとき」

 電車で、まで言われてそんなことがあったのかとやっと合点が行った。場所を代わってくれたのはそういう意図だったのだ。いつも乗る電車は、唯織の住んでいる方面はあまり混まないのでああいう目には遭わない。と付け加えると呆れ顔をされてしまった。
 上から三つくらい、中途半端にシャツのボタンを緩めて中で入谷の手が下着越しに胸を揉んでいる。もそもそ不自然にうごめく様はやけに淫靡で、刺激自体はまだごく弱いのにじんわりと濡れてきたのがわかって頬がカッと熱を帯びた。早い、ような気がする。

「ぁっ……」

 ワイヤーの無いやわらかなカップをたくしあげ、終にじかにさわられて、尖った先端をいじめられる。執拗とも言えるほど熱心な手付きに翻弄されつつ、気持ち悪がられているのではないかと内心唯織は不安に思った。
 自分で、シャツの合わせ目から谷間を眺めおろしていると入谷が、スカートの中に手を入れてニヤリと人の悪い笑みを浮かべた。

「……濡れてんな」
「し、ってま、す……ぅんっ」
 
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