セカンドクライ

ゆれ

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 次々襲い来る快感の波をやり過ごすため杏里が自分で噛んだ中指の傷以外、何も残らない大きな手をひらりと中空で返してみる。腕も脚も、胸元も、若干乳首がふっくらしている以外はきれいなものだ。恋人同士のセックスじゃないのだから、あたりまえだと頭では理解できるけれど心は残念ながらそうもいかない。
 ものぐさをして横たわったまま腕を伸ばしティッシュで腹や脚のあわいを拭う。からのパッケージも一緒に捨てて、床に散らばっていた服を拾っていると七緒が新しいリネンを手に戻ってきた。「寝ててよかったのに」とがっかりして言うので笑ってしまう。

「風呂は?」
「んー……いいや、帰って入る」

 それより急に眠気が威力を増してきて、杏里は欠伸をかみ殺すのに苦心した。ベッドメイクが終わるのを待ちながら七緒が持ってきた水を勝手に飲む。さらに濡れタオルまで渡されて至れり尽くせりだ。肌に残っていたぱりぱりまで取り去ってすっきりする。

「杏里もしかして今日仕事?」
「うん」

 もしかしても何も繁忙期だ。つい最近まで残業して、福袋を詰めたり動線の混乱しないディスプレイを考えたり、運悪くこの時期に加入することになってしまった新人に必要最低限の教育を施したりと大変だった。しかも年始は初売りの取材にテレビカメラが来るとかなんとか言われて、今からすこし面倒に思っている。
 この口ぶりからするに七緒は休日なのだろう。仕事納めは月曜らしいが、毎週末きっちり休みかというとそうでもない。すべてシフト次第の杏里とおなじくらい不定期のように思う。イベント会社の社長というのが具体的にどういう仕事をしているのか今ひとつ想像がつかないけれど、すくなくとも服屋の店員よりは重い責任を伴う筈だ。

 まさかこの日のために空けた、なんてことはないな。ハイ解散。かるく頭を振ると、杏里は元通りに修復の終わったベッドにもそもそと乗りあげる。シャツと下着だけ身につけた姿で早速寝転がろうとして、七緒に待ったを掛けられた。

「何か忘れてないか?」
「……何かって」
「電話で言ったろ」
「あー……」

 憶えてらっしゃる。

 勿論杏里だってこの期に及んでしらばっくれるつもりはなかった。きちんと持ってきていたし、渡す気もある。ただし『行き場に困ったプレゼント』としてだ。一旦ベッドを降りてバッグを漁り、紙袋の中身だけを取りだす。そういえば誕生日がいつかなどは知らない。万が一冬生まれだったら、貰い慣れて迷惑かもしれないか。
 親切のつもりで開封するまえから内容について触れると七緒は大人げなくむっとした。まあ杏里がデリカシーを欠いたのも事実だが、そこまで拗ねなくてもいいのにと思う。青と紫、そしてグレーの中間のような不思議な色は目新しくて、白皙の美貌には予想通り似合っている。試しに巻いてくれたのを目を細めて見ていると彼もすこし機嫌がなおったのか「いい物だな」と言ってくれる。

「杏里のと色違いだろ」
「そう、なんだよ、だから二本はいいかなって」

 動揺して声が裏返ってしまった。気づくとは思わなくて、意外な目敏さに内心舌を巻く。口元が引き攣ってうまくわらえない。嘘なんて吐くもんじゃないなと嘆息した。
 セックスのあとはそうしているようなので煙草を勧めたが今夜は首を振られる。いい加減肩身が狭いし、健康のためにやめようかななどと嘯くのは何回か聞いたけれどストレスの多い仕事だから、ガス抜きは必要だと結局やめられないでいる。杏里は特に好きでも嫌いでもなかった。マナーさえ守っていれば個人の自由だ。

「ありがとう」
「ん」
「で、俺も杏里に何か贈りたかったんだけど」
「いいよそんなの」

 杏里が実家住みなのもあり、逢瀬はいつも七緒のタワマンだ。時には食事まで出てくる。駅まで車で送り届けてくれるし何なら迎えにもきてくれる。正直なところ負担らしい負担が杏里にはセックス以外ないのだ。それどころかいつも申し訳ないとさえ感じている。

「欲しい物も特にないし、あっても自分で買うし」

 いい子じゃないからサンタは来ないだろう。今度こそ横になって上掛けをかぶる杏里に、七緒は何故かひたと真剣な眸を向けてくる。天然で淡い色の髪が、湯上がりの今はさらりと目元にかかり物憂げな雰囲気を醸し出す。きれいな男だな、と改めて見蕩れる。
 口説くのに言葉など必要としなかったのではないだろうか。杏里もどちらかと言うと出会いには恵まれるたちだったけれど、本当に整った顔の人間をまえにするとただ目が大きくて全体的に無難なだけのように見えて恥ずかしい。居心地が悪くて視線をそむける。枕に懐く。うっすらと頬が熱い。

 ささやかな衣擦れの音とともに一瞬重心が狂って、七緒が隣に寝たのだとわかる。黒髪をかきわけて杏里の耳をさがしだすと唇でやわらかく食んだ。耳たぶをくちに含み、縁に歯を立てて、穴の中を舐って、やりたい放題だ。誰だってそうだと思うのだが弱いところを責められて首を縮める。んっと甘えるような声が鼻から抜けた。
 
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