7 / 67
1
02
しおりを挟む一緒に住んでいるけれど、別に明治が杏里を養っているわけじゃなく彼は自分の仕事をしている。だからこういう時は必ず杏里がしなければならない理由も特にないのに、世話を焼いてくれるのが愛情からだとわかっているのでにやけてしまう。きもちいいことが好きで、見栄えが良くて、遊ぶにはもってこいの物分かりのいい男。そう思っていたが共に過ごす時間が増えた今は、最後がやきもち焼きなかわいい彼氏に書き換わり、続きに世話焼きという新しい項目が加わっていた。
若い時分からひとり暮らしをしているため恋人ができると共に暮らしてきた。それでもある切っ掛けからは、ぱたりとやめてしまっていたしまず交際まで漕ぎつける相手がいなかった。適温よりやや低めに調整した温水を浴びながら明治は掌で自分の身体を撫で洗う。いつもいい匂いがすると言うと杏里が持ち込んでくれたボディソープを手に取るが、もちろん柑橘の爽やかな香りは間違いないのだが、やはり彼から漂うそれとはちょっと違うように感じられた。
夏になり、汗をする季節ゆえかあまりベタベタしてくれなくなったのは普通に淋しい。明治はまったく気にしないと言ってあるにもかかわらず杏里のほうが一方的に避ける。俺が不潔なのかと落ち込みかけたが、本人曰く「自分のにおいが気になるからで七緒の所為ではまったくない」らしいのでほっとした。でも納得はしていない。
出会って、付き合って半年が経つのか。懐かしく振り返るほど長くもないのかもしれないが明治にとっては嬉しい事実だ。同棲してからは三ヶ月。自分で言うのもなんだが絶好調で、こんなにうまくいっていいのかしらと折に触れ思う程度には浮かれている。
「杏里はどうする?」
「あー、いいや。服着たし。朝にする」
セックスのまえにも準備がてら一度入浴しているので省略するようだ。ならばと洗い場の乾燥機をオンにしてから、明治はコンソメの香り漂うキッチンに入りダイニングテーブルに着く。すぐに出されたボウルにはくたくたに煮た野菜と焼き目を付けたウインナー、そしてもち麦の入ったスープがなみなみとつがれていた。表面に散らされたパセリとおろしたチーズのコントラストも楽しい。
「いただきます」
「どうぞ。物足りなかったらバターロールもあるよ」
「杏里の朝飯だろ」
最寄駅の中にあるパン屋は彼のお気に入りで、大体いつも何かしら買って帰ってくる。バゲットだったりクロワッサンだったり、大抵具のないものを選んでいろいろ挟んで食べるのが杏里の流儀らしい。デニッシュ生地の食パンをそのままいただくのが明治は好きで自分でも買っていたのだが、杏里がそれをかるく焼いてベーコンとレタスとチーズのサンドイッチにしてくれてからはその食べ方にハマっている。スパイスの加減が絶妙で美味しいのだ。生野菜にはレモスコが合う。
食の好みも合致するのは嬉しい発見だったし大切なことだと思っている。奇跡的に休みの重なる夜は酒を嗜んだりもするのだが、杏里は習慣がないからかとても弱くて、ひとくちでもふにゃふにゃになってしまうので襲ったり襲われたりして結局毎回そんなに量を飲めないのは、身体にも経済的にもいいのかもしれなかった。
もくもくと食べ進める明治を見守りつつ、杏里が顔を背けてふわあと欠伸をする。色疲れして眠たいだろうに先にやすまず食事まで準備してくれる。有り難いことだった。頬杖をつく手も指先までハンサムで、自分とほぼ同サイズなので大っぴらに言うのは憚られるがスタイルも抜群、こんな店員が働いていれば服屋にとっては一番の宣伝になるだろう。現に着用している商品は色違いまでどれも大体よく売れると言っていた。
「そんな腹減ってたんだな。言ってくれればよかったのに」
「いや杏里は最優先だから」
飯より抜くのが耐えられない。真剣に言っているのにケラケラ笑ってちっとも取り合わないので、明治まで笑ってしまった。
「また今だいぶ忙しいんだ、七緒。セックスしたの久々だわ」
「そう、だっけか?」
楽しい時間であることには変わりないのだが、そう言われると記憶があやしい。本番が近づいている所為で現地へ飛んでそのまま帰らない日が増えているのは事実なので、ごめんの代わりにポンポンと杏里の肩を叩いてからになった食器を片付けた。
明治はイベント会社を経営している。初めは大学時代からの友人である舞洲と設立したごくちいさな、サークルの延長みたいなものだったががむしゃらに働いているうちにいつしか軌道に乗り、今はそこそこ多くの社員をかかえていた。テレビ局やラジオ局とも繋がりがあったり、テーマパークの期間イベントを任されたりと、本社を飛びだして社長自ら現場入りすることはしょっちゅうだ。むしろそれがやりたくて事業を立ち上げた。
杏里と出会ったのはまったく関係ない場所でなのだが、彼はそのテーマパークでの仕事に当時アルバイトとして参加していたらしく、社名を識ってくれていたのには驚いた。企画の立案や演出はしても人員の確保や統括はテーマパーク側がやるため、顔を合わせる機会がなかったというわけなのだけれど。意外なニアミスは運命をこじつけるのに大変都合が好かった。
5
あなたにおすすめの小説
オッサン課長のくせに、無自覚に色気がありすぎる~ヨレヨレ上司とエリート部下、恋は仕事の延長ですか?
中岡 始
BL
「新しい営業課長は、超敏腕らしい」
そんな噂を聞いて、期待していた橘陽翔(28)。
しかし、本社に異動してきた榊圭吾(42)は――
ヨレヨレのスーツ、だるそうな関西弁、ネクタイはゆるゆる。
(……いやいや、これがウワサの敏腕課長⁉ 絶対ハズレ上司だろ)
ところが、初めての商談でその評価は一変する。
榊は巧みな話術と冷静な判断で、取引先をあっさり落としにかかる。
(仕事できる……! でも、普段がズボラすぎるんだよな)
ネクタイを締め直したり、書類のコーヒー染みを指摘したり――
なぜか陽翔は、榊の世話を焼くようになっていく。
そして気づく。
「この人、仕事中はめちゃくちゃデキるのに……なんでこんなに色気ダダ漏れなんだ?」
煙草をくゆらせる仕草。
ネクタイを緩める無防備な姿。
そのたびに、陽翔の理性は削られていく。
「俺、もう待てないんで……」
ついに陽翔は榊を追い詰めるが――
「……お前、ほんまに俺のこと好きなんか?」
攻めるエリート部下 × 無自覚な色気ダダ漏れのオッサン上司。
じわじわ迫る恋の攻防戦、始まります。
【最新話:主任補佐のくせに、年下部下に見透かされている(気がする)ー関西弁とミルクティーと、春のすこし前に恋が始まった話】
主任補佐として、ちゃんとせなあかん──
そう思っていたのに、君はなぜか、俺の“弱いとこ”ばっかり見抜いてくる。
春のすこし手前、まだ肌寒い季節。
新卒配属された年下部下・瀬戸 悠貴は、無表情で口数も少ないけれど、妙に人の感情に鋭い。
風邪気味で声がかすれた朝、佐倉 奏太は、彼にそっと差し出された「ミルクティー」に言葉を失う。
何も言わないのに、なぜか伝わってしまう。
拒むでも、求めるでもなく、ただそばにいようとするその距離感に──佐倉の心は少しずつ、ほどけていく。
年上なのに、守られるみたいで、悔しいけどうれしい。
これはまだ、恋になる“少し前”の物語。
関西弁とミルクティーに包まれた、ふたりだけの静かな始まり。
(5月14日より連載開始)
完結|好きから一番遠いはずだった
七角@書籍化進行中!
BL
大学生の石田陽は、石ころみたいな自分に自信がない。酒の力を借りて恋愛のきっかけをつかもうと意気込む。
しかしサークル歴代最高イケメン・星川叶斗が邪魔してくる。恋愛なんて簡単そうなこの後輩、ずるいし、好きじゃない。
なのにあれこれ世話を焼かれる。いや利用されてるだけだ。恋愛相手として最も遠い後輩に、勘違いしない。
…はずだった。
イケメン後輩のスマホを拾ったらロック画が俺でした
天埜鳩愛
BL
☆本編番外編 完結済✨ 感想嬉しいです!
元バスケ部の俺が拾ったスマホのロック画は、ユニフォーム姿の“俺”。
持ち主は、顔面国宝の一年生。
なんで俺の写真? なんでロック画?
問い詰める間もなく「この人が最優先なんで」って宣言されて、女子の悲鳴の中、肩を掴まれて連行された。……俺、ただスマホ届けに来ただけなんだけど。
頼られたら嫌とは言えない南澤燈真は高校二年生。クールなイケメン後輩、北門唯が置き忘れたスマホを手に取ってみると、ロック画が何故か中学時代の燈真だった! 北門はモテ男ゆえに女子からしつこくされ、燈真が助けることに。その日から学年を越え急激に仲良くなる二人。燈真は誰にも言えなかった悩みを北門にだけ打ち明けて……。一途なメロ後輩 × 絆され男前先輩の、救いすくわれ・持ちつ持たれつラブ!
☆ノベマ!の青春BLコンテスト最終選考作品に加筆&新エピソードを加えたアルファポリス版です。
イケメンモデルと新人マネージャーが結ばれるまでの話
タタミ
BL
新坂真澄…27歳。トップモデル。端正な顔立ちと抜群のスタイルでブレイク中。瀬戸のことが好きだが、隠している。
瀬戸幸人…24歳。マネージャー。最近新坂の担当になった社会人2年目。新坂に仲良くしてもらって懐いているが、好意には気付いていない。
笹川尚也…27歳。チーフマネージャー。新坂とは学生時代からの友人関係。新坂のことは大抵なんでも分かる。
【完結】ぎゅって抱っこして
かずえ
BL
「普通を探した彼の二年間の物語」
幼児教育学科の短大に通う村瀬一太。訳あって普通の高校に通えなかったため、働いて貯めたお金で二年間だけでもと大学に入学してみたが、学費と生活費を稼ぎつつ学校に通うのは、考えていたよりも厳しい……。
でも、頼れる者は誰もいない。
自分で頑張らなきゃ。
本気なら何でもできるはず。
でも、ある日、金持ちの坊っちゃんと心の中で呼んでいた松島晃に苦手なピアノの課題で助けてもらってから、どうにも自分の心がコントロールできなくなって……。
宵にまぎれて兎は回る
宇土為名
BL
高校3年の春、同級生の名取に告白した冬だったが名取にはあっさりと冗談だったことにされてしまう。それを否定することもなく卒業し手以来、冬は親友だった名取とは距離を置こうと一度も連絡を取らなかった。そして8年後、勤めている会社の取引先で転勤してきた名取と8年ぶりに再会を果たす。再会してすぐ名取は自身の結婚式に出席してくれと冬に頼んできた。はじめは断るつもりだった冬だが、名取の願いには弱く結局引き受けてしまう。そして式当日、幸せに溢れた雰囲気に疲れてしまった冬は式場の中庭で避難するように休憩した。いまだに思いを断ち切れていない自分の情けなさを反省していると、そこで別の式に出席している男と出会い…
【完結】君を上手に振る方法
社菘
BL
「んー、じゃあ俺と付き合う?」
「………はいっ?」
ひょんなことから、入学して早々距離感バグな見知らぬ先輩にそう言われた。
スクールカーストの上位というより、もはや王座にいるような学園のアイドルは『告白を断る理由が面倒だから、付き合っている人がほしい』のだそう。
お互いに利害が一致していたので、付き合ってみたのだが――
「……だめだ。僕、先輩のことを本気で……」
偽物の恋人から始まった不思議な関係。
デートはしたことないのに、キスだけが上手くなる。
この関係って、一体なに?
「……宇佐美くん。俺のこと、上手に振ってね」
年下うさぎ顔純粋男子(高1)×精神的優位美人男子(高3)の甘酸っぱくじれったい、少しだけ切ない恋の話。
✧毎日2回更新中!ボーナスタイムに更新予定✧
✧お気に入り登録・各話♡・エール📣作者大歓喜します✧
Free City
七賀ごふん
BL
【彼が傍にいるなら、不自由はなんでもないこと。】
─────────────
同性愛者と廃人が溢れる自由都市。
そこは愛する人と結ばれる代わりに、自由を手放す場所だった。
※現代ファンタジー
表紙:七賀ごふん
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる