セカンドクライ

ゆれ

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 一緒に住んでいるけれど、別に明治が杏里を養っているわけじゃなく彼は自分の仕事をしている。だからこういう時は必ず杏里がしなければならない理由も特にないのに、世話を焼いてくれるのが愛情からだとわかっているのでにやけてしまう。きもちいいことが好きで、見栄えが良くて、遊ぶにはもってこいの物分かりのいい男。そう思っていたが共に過ごす時間が増えた今は、最後がやきもち焼きなかわいい彼氏に書き換わり、続きに世話焼きという新しい項目が加わっていた。
 若い時分からひとり暮らしをしているため恋人ができると共に暮らしてきた。それでもある切っ掛けからは、ぱたりとやめてしまっていたしまず交際まで漕ぎつける相手がいなかった。適温よりやや低めに調整した温水を浴びながら明治は掌で自分の身体を撫で洗う。いつもいい匂いがすると言うと杏里が持ち込んでくれたボディソープを手に取るが、もちろん柑橘の爽やかな香りは間違いないのだが、やはり彼から漂うそれとはちょっと違うように感じられた。

 夏になり、汗をする季節ゆえかあまりベタベタしてくれなくなったのは普通に淋しい。明治はまったく気にしないと言ってあるにもかかわらず杏里のほうが一方的に避ける。俺が不潔なのかと落ち込みかけたが、本人曰く「自分のにおいが気になるからで七緒の所為ではまったくない」らしいのでほっとした。でも納得はしていない。
 出会って、付き合って半年が経つのか。懐かしく振り返るほど長くもないのかもしれないが明治にとっては嬉しい事実だ。同棲してからは三ヶ月。自分で言うのもなんだが絶好調で、こんなにうまくいっていいのかしらと折に触れ思う程度には浮かれている。

「杏里はどうする?」
「あー、いいや。服着たし。朝にする」

 セックスのまえにも準備がてら一度入浴しているので省略するようだ。ならばと洗い場の乾燥機をオンにしてから、明治はコンソメの香り漂うキッチンに入りダイニングテーブルに着く。すぐに出されたボウルにはくたくたに煮た野菜と焼き目を付けたウインナー、そしてもち麦の入ったスープがなみなみとつがれていた。表面に散らされたパセリとおろしたチーズのコントラストも楽しい。

「いただきます」
「どうぞ。物足りなかったらバターロールもあるよ」
「杏里の朝飯だろ」

 最寄駅の中にあるパン屋は彼のお気に入りで、大体いつも何かしら買って帰ってくる。バゲットだったりクロワッサンだったり、大抵具のないものを選んでいろいろ挟んで食べるのが杏里の流儀らしい。デニッシュ生地の食パンをそのままいただくのが明治は好きで自分でも買っていたのだが、杏里がそれをかるく焼いてベーコンとレタスとチーズのサンドイッチにしてくれてからはその食べ方にハマっている。スパイスの加減が絶妙で美味しいのだ。生野菜にはレモスコが合う。
 食の好みも合致するのは嬉しい発見だったし大切なことだと思っている。奇跡的に休みの重なる夜は酒を嗜んだりもするのだが、杏里は習慣がないからかとても弱くて、ひとくちでもふにゃふにゃになってしまうので襲ったり襲われたりして結局毎回そんなに量を飲めないのは、身体にも経済的にもいいのかもしれなかった。

 もくもくと食べ進める明治を見守りつつ、杏里が顔を背けてふわあと欠伸をする。色疲れして眠たいだろうに先にやすまず食事まで準備してくれる。有り難いことだった。頬杖をつく手も指先までハンサムで、自分とほぼ同サイズなので大っぴらに言うのは憚られるがスタイルも抜群、こんな店員が働いていれば服屋にとっては一番の宣伝になるだろう。現に着用している商品は色違いまでどれも大体よく売れると言っていた。

「そんな腹減ってたんだな。言ってくれればよかったのに」
「いや杏里は最優先だから」
 飯より抜くのが耐えられない。真剣に言っているのにケラケラ笑ってちっとも取り合わないので、明治まで笑ってしまった。
「また今だいぶ忙しいんだ、七緒。セックスしたの久々だわ」
「そう、だっけか?」

 楽しい時間であることには変わりないのだが、そう言われると記憶があやしい。本番が近づいている所為で現地へ飛んでそのまま帰らない日が増えているのは事実なので、ごめんの代わりにポンポンと杏里の肩を叩いてからになった食器を片付けた。

 明治はイベント会社を経営している。初めは大学時代からの友人である舞洲まいしまと設立したごくちいさな、サークルの延長みたいなものだったががむしゃらに働いているうちにいつしか軌道に乗り、今はそこそこ多くの社員をかかえていた。テレビ局やラジオ局とも繋がりがあったり、テーマパークの期間イベントを任されたりと、本社を飛びだして社長自ら現場入りすることはしょっちゅうだ。むしろそれがやりたくて事業を立ち上げた。
 杏里と出会ったのはまったく関係ない場所でなのだが、彼はそのテーマパークでの仕事に当時アルバイトとして参加していたらしく、社名を識ってくれていたのには驚いた。企画の立案や演出はしても人員の確保や統括はテーマパーク側がやるため、顔を合わせる機会がなかったというわけなのだけれど。意外なニアミスは運命をこじつけるのに大変都合が好かった。
 
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