セカンドクライ

ゆれ

文字の大きさ
29 / 67
3

05

しおりを挟む
 
「でも俺も七緒のこと信じられてなかったんだよな」
「……そうなのか?」
「所詮半年って感じか。別れて当然だわこんなの」

 何が彼を失望させたのかわからないのが歯がゆいけれど、そんなふうに言わないでほしかった。ゆるく首を振る明治に杏里はどこかばつ悪そうな顔をして、やわらかく続ける。

「付き合って三ヶ月経ったら同棲しようって話で、それはクリアしたけどちょっと俺が渋ってたら『社会に出てるのにいつまでも実家に寄生してるのもな』って七緒が言ったんだ。だから……まだちょいちょい帰ってるって言いづらくて」
「は? 俺そんなこと言ったのか? うわ……何様だよ」

 自分が一緒に住みたいからといってだいぶ無神経だ。明治自身は両親が早くに他界した所為もあり、家が好きという感覚が遠いのもあるけれど、だからといって酷い。お前はそういうのもひっくるめて杏里を愛した筈じゃなかったのかと問いたかった。
 そして明治のほうから退路も潰しておいて、いざ始めたら勝手に安心して仕事に没頭。彼の性格からしてかまってほしいなんて言えなかったろうに、不満を溜め込んで爆発させたのだろうか。猛省することしきりだった。慣れていると言われたが、どこが?と思ってしまう。恋は駆け引きだけを愉しむものじゃない。

 手を握りたい。視界の隅っこにゆるく丸まった杏里のそれが見えて、触れたくてうずうずしていた。それですべてが通じるわけでもないのに。そうだったらいいのに。言葉にするのが下手すぎて、すべてにおいてその所為でこの今が出来上がった気がする。

「仕事は……一時はほんとに生きる支えみたいなもんだったんだけど、働くのが好きっつうか続きが気になるような感じなんだ。俺の仕事ってちょっと特殊だし、たとえアレなんだけどゲームとかそういう感覚だから、一旦着手すると結構のめり込んで」
「うん、疲れてても七緒楽しそうだったよ」

 やっぱ俺ガキなのかな、と、杏里がそっと目を伏せる。

「うち弟がふたりいて賑やかだから、特に夜にひとりでいると淋しくて無理だった。一緒住むってなった時は、おなじ家に帰れるし毎日顔みられるしセックスもできるし、夢みてえだと思ったんだけどな」

 そこで急に思いついたらしく「ケーキありがと」とわらってくれる。弟達が喜んだというくだりは微妙に明治の狙いとは外れていたわけだが、贈られた本人がひとくちも食べてないとは考えづらいので素直にこちらも喜んでおく。

 誘った時はきっと深くは考えておらず、実家住みの相手だと諸々やりにくいとでも思っただけなのだろう。人様の息子を誑かしておいて厚かましいにも程があるし自分が甚く汚れて感じる。どんなに大人びていようが杏里は六つも年下の男の子なのだ。家族が好きだって別に子どもっぽいわけじゃない。そういう環境に育ったから当然だ。とても好ましい性質だと思う。
 夢が現実になったような同棲生活にしてやれずただただ申し訳ない気持ちと、こんな自分にはたぶん杏里は勿体ないという落胆に苛まれて明治は緘黙する。それでも自分は恐らく同意を引き出せた時点でもう満足していたと推測されるのがまた居た堪れなかった。かたちだけ満たして放ったらかして、最低だ。杏里は一生懸命歩み寄り、何とか立て直してくれようとしたのだろうに、明治ときたら自分をどこも曲げずに強引に彼を巻き込んだだけだった。

 ちゃんと杏里を待ってあげるべきだったのだ。そして自分の準備も、きっちりできてから誘うべきだった。暮らしを共にしてなくてもフラフラ遊んでちっとも信用できない子じゃない。今の明治から見る彼は、すくなくともそんな軽薄でも無頓着でも不真面目でもなかった。今夜はたまたま見かけなかったけれど、ハッテン場でうまく引っ掛けたとして、実際ついていったのかどうかもあやしい。
 仕事に打ち込むあなたが好き、なんて古ぼけた男の幻想だ。自分に酔って気色悪い。況してや杏里とは職場で出会ったわけでもない。そういう背景を敢えて隠し、解き放たれた場所で出会ったのに、暮らそうとまで言いだして何も打ち明けなかったのだろうか。三ヶ月で応じてくれたのもだいぶ奇跡だろう。

「許してほしい。自分が見限られて当然の男だとよくわかった。鴫宮くんは何も悪くない。こんな俺は、君に相応しくないって我ながら思ったよ」
「……そう」
「だから努力する。善処する。お願いだ、もう一回だけチャンスをくれ。何でもするから」

 願望も入っているかもしれないが、終わりの気配にやや沈んでいた杏里が目を丸くする。図々しいのは百も承知だ。憶えてないのに善処もへったくれもあるかと言われれば、反論はできないけれど。

「七緒、俺が自分に都合のいいように話してるとは思わねえの?」
「思わねえよ」

 もしそうならもっと盛ってもいいくらいだ。疑われたのなら疑われるようなことをした明治が悪い。
 杏里がふむと腕を組む。考え事をするしぐさなのだろうか。ふっくらとした下唇に指先を沈めると、ふにふに揉み始めた。そそられて仕方ない。ガン見する明治に見せつけているのだろうか、キスねだられてないかこれ? ごくりと喉が鳴るが端整な双眸は知らんふりでぼんやりと中空を見つめている。猫のようだ。
 
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

オッサン課長のくせに、無自覚に色気がありすぎる~ヨレヨレ上司とエリート部下、恋は仕事の延長ですか?

中岡 始
BL
「新しい営業課長は、超敏腕らしい」 そんな噂を聞いて、期待していた橘陽翔(28)。 しかし、本社に異動してきた榊圭吾(42)は―― ヨレヨレのスーツ、だるそうな関西弁、ネクタイはゆるゆる。 (……いやいや、これがウワサの敏腕課長⁉ 絶対ハズレ上司だろ) ところが、初めての商談でその評価は一変する。 榊は巧みな話術と冷静な判断で、取引先をあっさり落としにかかる。 (仕事できる……! でも、普段がズボラすぎるんだよな) ネクタイを締め直したり、書類のコーヒー染みを指摘したり―― なぜか陽翔は、榊の世話を焼くようになっていく。 そして気づく。 「この人、仕事中はめちゃくちゃデキるのに……なんでこんなに色気ダダ漏れなんだ?」 煙草をくゆらせる仕草。 ネクタイを緩める無防備な姿。 そのたびに、陽翔の理性は削られていく。 「俺、もう待てないんで……」 ついに陽翔は榊を追い詰めるが―― 「……お前、ほんまに俺のこと好きなんか?」 攻めるエリート部下 × 無自覚な色気ダダ漏れのオッサン上司。 じわじわ迫る恋の攻防戦、始まります。 【最新話:主任補佐のくせに、年下部下に見透かされている(気がする)ー関西弁とミルクティーと、春のすこし前に恋が始まった話】 主任補佐として、ちゃんとせなあかん── そう思っていたのに、君はなぜか、俺の“弱いとこ”ばっかり見抜いてくる。 春のすこし手前、まだ肌寒い季節。 新卒配属された年下部下・瀬戸 悠貴は、無表情で口数も少ないけれど、妙に人の感情に鋭い。 風邪気味で声がかすれた朝、佐倉 奏太は、彼にそっと差し出された「ミルクティー」に言葉を失う。 何も言わないのに、なぜか伝わってしまう。 拒むでも、求めるでもなく、ただそばにいようとするその距離感に──佐倉の心は少しずつ、ほどけていく。 年上なのに、守られるみたいで、悔しいけどうれしい。 これはまだ、恋になる“少し前”の物語。 関西弁とミルクティーに包まれた、ふたりだけの静かな始まり。 (5月14日より連載開始)

完結|好きから一番遠いはずだった

七角@書籍化進行中!
BL
大学生の石田陽は、石ころみたいな自分に自信がない。酒の力を借りて恋愛のきっかけをつかもうと意気込む。 しかしサークル歴代最高イケメン・星川叶斗が邪魔してくる。恋愛なんて簡単そうなこの後輩、ずるいし、好きじゃない。 なのにあれこれ世話を焼かれる。いや利用されてるだけだ。恋愛相手として最も遠い後輩に、勘違いしない。 …はずだった。

イケメン後輩のスマホを拾ったらロック画が俺でした

天埜鳩愛
BL
☆本編番外編 完結済✨ 感想嬉しいです! 元バスケ部の俺が拾ったスマホのロック画は、ユニフォーム姿の“俺”。 持ち主は、顔面国宝の一年生。 なんで俺の写真? なんでロック画? 問い詰める間もなく「この人が最優先なんで」って宣言されて、女子の悲鳴の中、肩を掴まれて連行された。……俺、ただスマホ届けに来ただけなんだけど。 頼られたら嫌とは言えない南澤燈真は高校二年生。クールなイケメン後輩、北門唯が置き忘れたスマホを手に取ってみると、ロック画が何故か中学時代の燈真だった! 北門はモテ男ゆえに女子からしつこくされ、燈真が助けることに。その日から学年を越え急激に仲良くなる二人。燈真は誰にも言えなかった悩みを北門にだけ打ち明けて……。一途なメロ後輩 × 絆され男前先輩の、救いすくわれ・持ちつ持たれつラブ! ☆ノベマ!の青春BLコンテスト最終選考作品に加筆&新エピソードを加えたアルファポリス版です。

イケメンモデルと新人マネージャーが結ばれるまでの話

タタミ
BL
新坂真澄…27歳。トップモデル。端正な顔立ちと抜群のスタイルでブレイク中。瀬戸のことが好きだが、隠している。 瀬戸幸人…24歳。マネージャー。最近新坂の担当になった社会人2年目。新坂に仲良くしてもらって懐いているが、好意には気付いていない。 笹川尚也…27歳。チーフマネージャー。新坂とは学生時代からの友人関係。新坂のことは大抵なんでも分かる。

【完結】ぎゅって抱っこして

かずえ
BL
「普通を探した彼の二年間の物語」 幼児教育学科の短大に通う村瀬一太。訳あって普通の高校に通えなかったため、働いて貯めたお金で二年間だけでもと大学に入学してみたが、学費と生活費を稼ぎつつ学校に通うのは、考えていたよりも厳しい……。 でも、頼れる者は誰もいない。 自分で頑張らなきゃ。 本気なら何でもできるはず。 でも、ある日、金持ちの坊っちゃんと心の中で呼んでいた松島晃に苦手なピアノの課題で助けてもらってから、どうにも自分の心がコントロールできなくなって……。

【完結】君を上手に振る方法

社菘
BL
「んー、じゃあ俺と付き合う?」 「………はいっ?」 ひょんなことから、入学して早々距離感バグな見知らぬ先輩にそう言われた。 スクールカーストの上位というより、もはや王座にいるような学園のアイドルは『告白を断る理由が面倒だから、付き合っている人がほしい』のだそう。 お互いに利害が一致していたので、付き合ってみたのだが―― 「……だめだ。僕、先輩のことを本気で……」 偽物の恋人から始まった不思議な関係。 デートはしたことないのに、キスだけが上手くなる。 この関係って、一体なに? 「……宇佐美くん。俺のこと、上手に振ってね」 年下うさぎ顔純粋男子(高1)×精神的優位美人男子(高3)の甘酸っぱくじれったい、少しだけ切ない恋の話。 ✧毎日2回更新中!ボーナスタイムに更新予定✧ ✧お気に入り登録・各話♡・エール📣作者大歓喜します✧

宵にまぎれて兎は回る

宇土為名
BL
高校3年の春、同級生の名取に告白した冬だったが名取にはあっさりと冗談だったことにされてしまう。それを否定することもなく卒業し手以来、冬は親友だった名取とは距離を置こうと一度も連絡を取らなかった。そして8年後、勤めている会社の取引先で転勤してきた名取と8年ぶりに再会を果たす。再会してすぐ名取は自身の結婚式に出席してくれと冬に頼んできた。はじめは断るつもりだった冬だが、名取の願いには弱く結局引き受けてしまう。そして式当日、幸せに溢れた雰囲気に疲れてしまった冬は式場の中庭で避難するように休憩した。いまだに思いを断ち切れていない自分の情けなさを反省していると、そこで別の式に出席している男と出会い…

Free City

七賀ごふん
BL
【彼が傍にいるなら、不自由はなんでもないこと。】 ───────────── 同性愛者と廃人が溢れる自由都市。 そこは愛する人と結ばれる代わりに、自由を手放す場所だった。 ※現代ファンタジー 表紙:七賀ごふん

処理中です...