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しおりを挟む話してないが見抜かれたのだ。今も、杏里の座る椅子の背に腕を掛けたり自然としていて、目敏いといえばそのような気がするのでもしや同類だろうかと疑う。
質問するだけで満足というように笑みを湛える酒匂は老獪なところがあり、一筋縄ではいかなそうな雰囲気を漂わせていた。正直杏里はそういうのが一切なく素直でかわいい。だからモテに差が出たのではと明治は推理する。クズというのは、それだけ経験を積んでいて物を知っているからこその狡猾さだと思う。ひょっとすると容姿の所為で、いろいろと理不尽な目にも遭ってきた人生なのかもなと勝手に帰結した。
まあ寝取りは普通にクズの所業だが。でもそこに明治には、頑是ない執着が隠されているように感じられたのだ。現にそんなことをされても尚、杏里は絶縁はしてない様子。
「お待たせいたしました」
杏里のまえにカフェオレとホットサンドのプレートが置かれ、ちょうどからになった酒匂のナポリタンの皿を回収していく。そのくらい食べるかと思って二人前頼んだので酒匂にも勧めておいた。こんがりと焼かれたトーストに、トマトソースとベーコンとチーズとレタス、明太子とポテトサラダのそれぞれ挟まった二種類のホットサンドがきれいに切り口も揃えて並べられている。これには食欲をそそられたので明治もひとつ手に取った。
「七緒さん家になかったっけ?」
はふはふ言いながら齧っていた杏里が、一旦飲み込んで訊いてくる。たしかに流行に乗ってホットサンドメーカーを買い、しばらく何でもかんでも挟んで食べていたが、熱が冷めたので仕舞い込んでそれきりだ。おなじ理由でたこ焼き器やらジューサーやら発掘すればいろいろ出てくるだろう。いい時間潰しになりそうだった。
「あれ米でやっても結構うまいんだよな」
「そうなんだ」
「焼肉とかコロッケとか、がっつりしたもん挟んでライスバーガーみたいにした。ソースは照り焼き」
「えー、今度やろ」
「じゃあ捜しとくわ」
すっかり置き去りにしてふたりで盛り上がってしまったが、酒匂は怒るでもなくやわらかい表情で見守っている。黙っていると本当に容赦ない顔面偏差値の高さで、別に明治はそこだけを重視しないため心も食指も動かされはしないけれど美術品を鑑賞するような気分で彼を盗み見ていた。
「高校の同級生なんだって?」
「うん……でも、卒業して会ったっけ? 話って何だよ」
「そうそう俺すげー困ってんの。助けて杏里」
「だから何が? 具体的に言えって。つうかよく俺の職場わかったな」
この感じでは連絡を取り合っていたのではなさそうだ。ならばどうやって、と思ったのだがいいタイミングで酒匂のほうから「年始のテレビ中継みてたら杏里がチラッと映ってたからさぁ」と教えてくれる。毎年やっている意図のよくわからない初売りのニュースだそうだ。もしかしてレコーダーの録画一覧にあった見慣れない夕方の報道番組はそれだろうか。杏里の店が出ると聞いて録ったのかもしれない。まだ見てなかったので今日にでも見てみよう。
当時を懐かしんで現れたわけじゃないのは本人の態度からも窺える。ずっと音信不通だった相手が突然会いにきたら、友達だろうと疑いたくなる杏里の気持ちのほうが明治にも理解できた。一緒に続く言葉を待っていると、横から彼が顔を寄せてひそひそ耳打ちしてくる。くっつかれてでれっとしてしまったが、その内容が内容だったため秒で顔がこわばった。
「こいつが“初めて”の男」
「えっ」
思わず見返すと、杏里は困ったようにわらう。隠しておくほうが不実と考えたのだろうがいきなりの爆撃に明治は真っ白になった。外でこれは困る。できれば部屋で聞きたかったと恨み言は呑んで「マジか」とだけ返すのが精一杯だった。
聞いたかぎりでは交際していたわけじゃなく本当にただの友達で、卒業式のあとに急に拝み倒されて仕様が無く事に至ったらしいがどこまでが妥協だったのだろう。これが過去の関係の中に含まれていても舞洲が気になるのか。レベチですけど?と言いたい。俺って愛されてんなあとでも思っていればいいのだろうか。
前々から気になっていたのだが杏里は美醜についての基準が謎だ。それとも容姿じゃなく、雰囲気があるか否かを直感的に判別して敵かそうでないかを振り分けているのだろうか? 造作の良し悪しは人間関係においてまあまあ重要な基準だと明治は思うのだが、好みの問題であるのも事実なので、そちらに全振りしているだけだろうか。
いずれにせよ過去が実体をともなって眼前に現れると如何に平穏を脅かされる気になるかは思い知った。そりゃあもう不愉快だ。やはり明治が間違っていた。舞洲は仕事の相棒でもあるため容易に遠ざけられないけれど、必要最小限の付き合いにとどめようと心に誓う。その昔に過ちを起こしているにもかかわらず、酒が入って泊めたり泊められたりも無造作にこれまでしていたが二度とやらない。やらなくても円滑な関係を保つのに支障はなかった。
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