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しおりを挟むスマホを出して七緒のSNSを確認するとたしかに尋史とふたりで若干肩を寄せるポーズで画面におさまり、笑顔を向けている画像がアップされている。昨日の夕方の日付と時刻で『いい旅だった』との過去形の文が添えられているのだが、この短時間で特定して追っ手が来るなんてマジで恐ろしい。因みに尋史の名札は写ってなかった。
「――いませんでした!」
別の男性従業員が未だ肩で息をしながら報告する。男に促されて寮まで呼びにいってきたようだ。電話にも出ない様子。
この記事にあのチンピラ、正規の宿代、そして消えた尋史。それらが結びつかないほど杏里は馬鹿ではない。
あいつは自分の弱みとひきかえに杏里達への脅迫を取り下げさせたのだ。
「オイ、てめえらまさか匿ってんじゃねーだろうなァ!!」
「滅相もございません」
「じゃあいねえってどういうことだよ! 隠してねえってんならここに連れてこいやアァ?!」
恐ろしい剣幕にさしもの番頭も青くなっている。もう通報してみてはどうかと思うが、どこから出動するのか、ここまで来るのにいくらか時間はかかってしまいそうだった。即戦力でなければ意味がない。
杏里はスマートフォンの画面を消して、ふと気づく。連中がここへ追ってきたのは写真を見たからだ。それには七緒も写っている……。
血走った目がスローモーションのような動きでこちらを振り向き、カッと見開かれるさまは夢に見そうなほど不吉だった。
「てめえ、写真の優男か……? オイ、ちょっとこっち来い!!!」
「あっ」
すごい速さで寄ってきて七緒の胸倉を掴むと、チンピラは長身をものともせず表へ引きずっていく。無駄に顔面偏差値が高いと記憶に残ってしまうのだ。急いで追いかけると見送りに出ていた仲居さん達が悲鳴をあげて戻ってくるのにぶつかって手間取った。
駐車場の空いたスペースで七緒を揺さぶり、何とかのひとつ覚えのように「酒匂はどこだ」と詰問するチンピラを止めるすべが杏里にはすぐに思い浮かばない。ただハラハラしながら突っ立っているしか出来なかった。こんな時、腕におぼえがあればと悔やまれてならない。舞洲さんがいてほしかった。具体的に喧嘩する場面は見たことないけど。
それにしても、見守っていて気が付いたが七緒にはこれっぽっちも怯えの色が感じられない。どこまでも冷静にチンピラの挙動を観察している。習い性というやつだろうか。御蔭で杏里も徐々に、動揺を心の外へ追い払うことができた。しかし依然として刃物でいきなりグサッの可能性も捨てきれないので、油断は禁物。
「俺も知らない」
「本当かァ? 仲良さそうに写真撮ってやがったじゃねえか」
「従業員が客に愛想悪くするわけがないでしょうに」
正論を突きつけられてチンピラが言葉に詰まる。会話をぶった切るのは悪手だと思うのだが、七緒はかまわず「放してくれ、時間の無駄だ」と相手を焚きつける。無意識かもしれないがそういう言動になってしまっている。
案の定八つ当たりのぶつけ先を求めるチンピラがぐっと拳をかためる。見てしまった杏里は、脊髄反射で男の腕に取りついていた。
「やめろ!」
「ッ杏里?! 危ねえからさがってろ、」
「くっ……放せ、この、ッ!!!」
攻撃の矛先がこちらへ向けられて、自分でやっておきながらもうだめだと目をつぶったけれど、身をかたくしていくら待っても、杏里に痛みは訪れない。
おそるおそる瞼を上げる。鳩尾を狙っていた右足の爪先は、別の男の丁寧に磨かれた靴によって踏みつけにされていた。
「……カタギさんにご迷惑お掛けしてんじゃねえよこのタコ助がァ」
「ア、アニキ」
即座に手を離すとチンピラはアスファルトに正座をし、額を擦りつけるようにして男に謝る。その後頭部を踏んで、さらにぐりぐり踏み躙りながら、アニキと呼ばれた男は七緒と杏里に「どうもすいませんねェ」と笑顔を向ける。
「自分、最近までオツトメだったもんで躾が間に合わなかったみてぇで。お怪我はありませんか?」
「いえ……」
ということはこれがくだんの彼氏。すぐ傍に停めてある高級車から降りてきたようだ。もうひとり舎弟が背後に控えている。
上背はふたりよりやや低いが、本職とあって圧が強く逆に見おろされている気分になった。一重瞼の鋭い眼光に似合わず口元はうっすら笑みを湛えていて、なんだか底の知れない感じがある。感情があまり外に出ないタイプなのかもしれない。
咄嗟に相槌を打った杏里をまず一瞥し、次に七緒に視線を移した瞬間、男が予想を大きく裏切ってさっと表情を変えた。
「もしかしてナオさん?!」
「えっ」
「俺です俺!」
突然幼い口調になり、本格的に笑顔を浮かべるので杏里は思わずガン見してしまった。地べたとキスをしていたチンピラもだ。顔面のあちこちから出血してえらいことになっている。
「……あ、お前、参?」
「そうっすそうっす! うわーすげえお久し振りっす!!」
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