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しおりを挟むだから縁談なんて世話されたんだし。自力で知り合えるなら、そんなまどろっこしいことしてない。合コンは二十歳ぐらいまでしか参加しなかった。教師になってからは職場でもないし、外からの誘いも断っている。仕事以外の容量がない所為もあるが何となく、教職に就く者として気が引けるので。
「今日も迫られてたじゃん」
「バッカお前生徒が対象になるか、よ……」
「……」
「……ええと、」
「飲み会で酔った女持って帰ったとか」
「いつの話だよ」
そんな覚え腐るほどあるわ、と思ったが大学時代までの話だ。よく考えなくても羽瀬川が識っているのはおかしい。ならば最近のことか、今の職場はどうだったか記憶をさかのぼってって、情報源が何となくわかって脱力した。
「あれは送り届けたっつうんだよ……方向かぶってたからタクシー同乗しただけ。先に降ろしたの」
木目にも冷やかされたが、あっちはわかっていてのわざとなのでどうでも良い。でもこっちは本気のようなので性質が悪かった。
というか一体今日はどうしたんだろう。こんな、女みたいな? 恋人めかした追及は初めてで、正直戸惑った。ポケットに手が伸びそうになるが生徒の前で喫煙というのも、罪が重いかもしれないと思ってやめる。
そもそも生徒の家にこうしてあがり込んでいること自体、どうかという話だ。でも逆はもっとやばいから、前に羽瀬川に行きたいとせがまれたのだが、強く断ってしまって、以来言わなくなった。
視界の端で、しろい手が握り拳をつくっている。テーブルに行儀よくならんだそれは細かな傷がついていて、辛うじて生きた人間のそれとわかるほど作り物めかしていた。指が細く骨っぽい。握力は強くて、体力テストの結果を見たが測り間違いじゃないかと疑うほどだったっけ。
見ろという意図だと察したので勇気を出してノートをめくってみる。すると、ページは右上がりの神経質な文字でびっしりと埋め尽くされていた。勿論思春期の葛藤を書きとめたポエムでも意外な才能を発揮した小説でもない、授業のノートでもない、その内容は、完全犯罪の方法についての考察だった。
「なっ……んじゃこりゃあああああ!!」
しかも対象者は俺だ。ご丁寧に幾つもの案と、想像だとは思うが試行錯誤の跡がみられ、なかなかに練り上げられている。こう見えて努力家なんだな、とは、ならない。ただただ恐ろしい。
「何故かこれを書き込んでると心が落ち着くんです」
「俺は落ち着かねーよやめろ。普通に泣きそうだわ……」
「えー」
心底残念そうに言うからぶん殴ってやりたかった。しかし生徒が教師を殴るのはともかく、教師が生徒を殴るのは駄目なのだ。恋人だとしてもDVになる。結局やり場のない怒りは、ため息にして吐き出すしかない。なんて理不尽な世界だよまったく。
じっと俺を見て、何か言いたそうに唇を戦慄かせる。羽瀬川はこういう表情をすることが多くなった気がした。言いたいことがあるなら言えばいいのに、察してほしいというのは無茶だと思う。まだ俺達は、そこまでの関係を築けてない。
すくなくても俺のほうは、隠し事をしている。
(でも)
それももう限界かもしれない。こうなったら正直にわけを話して、協力してもらったほうがいいのかもしれない。怒らせるかもしれないが、このまま交際(仮)を続けていくのも、いい影響があるとは思えなかった。こんなことして心の平穏を保つなんて尋常じゃない。
「――なあ羽瀬川」
ノートを元の位置に戻して、言葉を継ぐ。
「今度の休み俺の車でどっか行くか」
「……いいんですか?」
「まあ、地元でなきゃ大丈夫だろ」
はっきりとイエスを聞くまでもなく乗り気なのは見て取れた。ぱあっと背後に花でも咲かせそうに、かるく目をみひらき頬を紅潮させている。家が駄目なら外出ぐらいはとねだられ、ずっと俺は躱していたのだ。無理もない。
期末の成績をつけなければならないが、何か予定を入れたほうが捗るだろう。採点は終わっているし追試の問題は作成済み。一日ぐらいなら、なんとかなる。否する。「じゃあ約束な」と差し出した小指は、一瞬だけきゅっと結ばれて歌う間もなくすぐ離された。
たぶん初めてさわったと思う羽瀬川の手はひやりとしていた。
「よし、じゃあ今日は帰るわ」
「……先生、」
「ん?」
その先はやっぱり聞けないまま、俺は羽瀬川のアパートをあとにする。
歩いて3分ぐらいの大通りにあるコインパーキングを最初は利用していたのだがアパートのすぐ隣に空き地があって、短時間なのをいいことにそこを拝借している。車を出す前に煙草に火を点けて、待ちかねた有毒のけむりを肺いっぱい吸い込んだ。このために生きてる。
帰り際もう一度みた顔はどうもなさそうで、あれは一体何だったんだろう。胃が悪いのなら一回きちんと検査を受けさせたほうがいいんだろうか? 保健医に相談してもいいが担任だというぐらいで変に思われても困る。直接連れてったほうが早いだろうか。
「うーん……」
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