寿命が来るまでお元気で

ゆれ

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(さて)

 人に非ざるもののしわざじゃないことは判明したが、人でなしの所業にどう罰を与えるべきだろうか。否それはこの村の人々に委ねるにしてもまずは犯人の特定と捕縛が最優先だ。それと他の娘達にも確認を取り、同一人物なのか同時多発なのかを見極めなければならない。紅琴のように勇気を持って告白してくれればいいのだが、繊細な問題なので慎重に扱わなければ。

「軽蔑なさったでしょう」
「……いえ、あなたが悪いとは私には思えません」

 こう言ってはなんだが来良も似たような経験をしている。身体を陥落させられるつらさはもういいというくらい味わっている。裏に意図があろうが知らされてなければただ搾取されているだけとしか思えない。来良を生かすためだったと今は理解しているけれど、当時はやはり恨みもしたし憎んでいた気がする。
 朱炎のやわらかい銀髪を指の腹で撫ぜ、長い睫毛に縁取られたうすい瞼をくすぐる。接触を重ねることで不本意にも生じてしまう情動があることも、来良は身をもって知っている。引き離すなら早いうちがいいに決まっていた。紅琴の縁談に支障が出るまえに、悪縁は断ち切っておくべきだ。

「その男に何か身体的な特徴はなかったですか。痣やほくろがあるとか、どこか不自由な箇所があるとか、変わった匂いがするとか何でもいいんです」
「ええと……」
「ゆっくりでいいです。思い出せたら教えてください」

 紅琴は泣き濡れた双眸を隠すように両手をあてがう。どうしても記憶の反芻という苦痛な作業を強いてしまうため、申し訳なくも気長に待った。しばらくそうしていて、ふっと彼女が顔を上げる。

「そういえば、肩というか腕の付け根のあたりに、八角のような彫り物がありました」
「というと、植物の?」
「はい」

 念のため筆と紙を渡して絵を描いてもらって、このことを村長に何とかうまく事情をでっち上げて話す。そして該当しそうな村の男全員を調べる。ゆきずりの旅人だろうが徹底的に無条件に検める。次々にやることが出来て急に忙しくなった。朝早くから動けていたのは結果的に功を奏したと言えるだろう。
 一番早いのは紅琴の逢引にこっそり同行するか、彼女に現行犯を捕らえてもらうことだが如何せん危険だし、やることがことなので承諾されるとも思えない。いざの時のために秘策としてとっておく。結局そこまでは話さずに「元気出してくださいね」とだけ励まして朱炎を起こし、ふたりは別の娘の家へ向かった。







 寝静まって空っぽの通りを痩せた猫がニャアンと鳴き鳴き横切っていく。友人の顔が不意に脳裏を過って来良は頬を緩めた。きっと彼のことなので留守番の弟達の様子も気に掛けて見にいってくれているに違いない。帰りながらうまい酒でもさがして土産に買って帰ろうと予定を立てる。まずは目のまえの問題を片付けてからだが。

 あのあと、他の娘達も訪ねて宥め賺して証言を得た。犯人は同一人物で八角に似た彫り物を入れている男だった。そこで村長と青年団の長にだけ、あとで詳細は説明することを被害者らの許可もあらかじめ得たうえで約束し、今は何も訊かずに村の男連中を集めて身体に彫り物がないか調べてもらった。表向きは隣の村で男性に移りやすい発疹を伴う風邪の患者が出たため、現時点で感染がないか確認すると言ってある。
 大凡の背丈だけ合致すればその他は年齢も敢えてかんがみず、寝たきりで動けないなどの場合を除いたかなりの人数の男を一斉に身体検査したのだが、そのような者は見つからなかった。洗って落とせる紋様なのかとも思ったけれど、交合して汗を掻いたり女の爪が掠めたりしても崩れないとなるとその可能性は低い。てっきりこれで判明すると考えていたため、報せを耳にして来良は大層がっかりした。

 しかし朱炎がまたもこんなことを言った。まだひとりだけ調べてない男がいるだろう。なるほどその通りだ。というわけで来良はすっかり寝る支度まで済ませていたのに彼と連れ立ち、こうして夜の中をこそこそと若い娘の尻を追いかけている。

「もしかして毎晩なのか?」

 いつから脱け出しているのかは知らないがさすがに村長もあやしまないだろうか。幸芽の足取りに迷いはなく、まっすぐにあの橋を目指している。彼女の友人も含めて多くの若い娘達が理不尽な目に遭っているというのに、警戒心が欠けすぎてやしないだろうか?

「無人!」

 ちいさく呼ぶと、優しげな笑みを浮かべた男に駆け寄る。かいなに飛び込む。どこからどう見ても仲睦まじい想い合う男女の逢瀬だ。来良も好きで水を差したいわけじゃないけれど、紅琴の涙に突き動かされて物陰で息をひそめる。幸せは選ばれた者にのみ与えられるべきものではないと思うのだ。

 すべてを諦めざるを得なかった自分が、予言でも定められなかった未来をまぐれで手に入れたように。来良のまえでじっと男女に目を注いでいる銀髪の少年の肩に触れる。やわらかく撫でさすると不思議そうに仰のいた。朱い眸に映っている自分が思ったよりずっと優しい表情をしていて苦笑が洩れる。
 もうとっくにかけがえのない存在なのだ。素直に認めると、思い悩んでいたのが馬鹿馬鹿しくなるくらい楽になった。
 
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