【完結】インキュバスな彼

小波0073

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第二章 バレた後

18.

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 ため息まじりに言葉を続ける。

「本当にもったいないわよね。あんなに真面目にお稽古やってて、すごく楽しそうだったのに」

 みのりはむすっと唇を結んだ。どん底の今の状況は決して自分のせいではないが、母親がつぶやいたその内容には同意だったのでうつむく。

 昔、まだみのり達が小学生だった頃、雄基が華道をしていることがなぜか周囲の話題になって、馬鹿な男子にからかわれた雄基が「やめる」と言ったことがある。
「男のくせに花なんてキモい」「男女のくせに似合わねえ」などとよけいなことを言ってくれた男子をみのりはその場でフルボッコにし、家へ帰ってしまった雄基に再び会いに行ったのだ。

 半分無理やり習わされていた自分などより楽しげで、その頃から才能が見えていた彼を、みのりは複雑な思いで見ていた。素直に花に向き合える彼が正直うらやましかったのだ。そんなみのりの気持ちも知らず、周囲の言葉にまどわされた彼にいくぶん腹も立てていた。

 雄基の母親の助けを借りて無理やり家へ乗り込んだみのりは、雄基の腕をつかんでそのまま店まで強引に連れて帰った。
 無言でお稽古を始めた二人にかつみは吹き出しそうになりながら、いつも通りに指導してくれた。それから雄基は休まずに教室に通うようになった。

──あんなにお花が好きだったくせに、私のせいで止めちゃうなんて。それだけは絶対に許せない!

 顔を上げ、強く拳を固める。告白はいったん脇にどかして、これは真面目に華道を学ぶ同志としての熱い思いだ。とにかくもう一度彼と会い、華道のことも自分達のこともきちんと話をしなければならない。
 しかし、今のこの状態ではそう簡単に会ってくれないだろう。現に「もう一度よく話し合おう」と昨夜遅くに送ったラインは、既読の印さえつかなかった。行きづまったこの状況を何とか打破する方法は……。

「悩んでるところ悪いんだけど、そのオアシスのアレンジをちょっと手伝ってくれない? あと二つ予約が入ってて」

 店主の顔になったかつみが台に置かれたかごを示す。
 すでに準備がされている花かご用のオアシスを見て、みのりはふいに思いついた。

──プレゼント。そうだ、雄基君ともう一人、あの夢のことを知ってる人がいる!

 みのりはぱっと顔を上げ、手元のかごを引きよせた。ミニひまわりやガーベラ、ユリなど思いつくままに生けていく。

「えっちょっと、あんたそんな高いもの……予算は三千円くらいって話で──あっ、それ注文の花‼」
「──ちょっとこれ持って行って来る。アレンジの値段、おこづかいから引いといて!」

 あわを食っているかつみに告げると、みのりは制服姿のままで花かごを抱えて飛び出した。
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