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2.逃亡者
女神と王子
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憲兵を避けながら、どうにか町を抜けた。
百年も前は首都全体が城壁に囲まれていたというけれど、その城壁は、今では元王城があった地区の、ごく狭い範囲だけを囲むものになっている。
大きな街道には憲兵が立ち、通る者を皆確認していた。北へ向かう道ほどその検問は厳しい。南方には東西に長い山脈が長々と横たわっているし、汽車に乗れない以上、西に向かって“緩衝地帯”へ抜けるのも無理がある。
一度、南東の湿地帯を抜け、そこから北上して東方森林国タルトゥ経由でケゼルスベールへ向かうしかないだろう。
うんざりするほどの遠回りだ。
「三日くらい歩けば、駅馬車の停まる町があるはずよ」
「うまく乗れるかな」
軍には伝令用の早馬も魔術通信もあるはずだ。
主要都市間のみに配置されているとはいっても、それを使った通達は、既に発信されてるのではないか。
そんな心配をしながら、森の際や作物のよく育った畑の間を歩く。宿屋に泊まることもしない。まだ首都に近すぎて、見つかる危険は大きいからだ。
木々の影に隠れるように小さな焚き火を起こして、今日も野宿だ。寒い季節じゃないと言っても、夜、冷えないわけではない。
「あっちに池があったよ。水もきれいだったから、身体を拭いておいでよ」
「うん」
あまり汚れた格好をしていても、悪目立ちしてしまう。
着替えとタオルを手に池へ向かうオージェの背を見送って、ヴィトは小さく溜息を吐いた。
このままずっと本気で付いてくるつもりなのか。
ヴィトが本当に落とし胤なのかの確証もなく、ケゼルスベールでどう扱われるのかもわからないのに、ついてきても大丈夫だと思っているのか。
途中の農家で譲ってもらった、小さな古びた鍋を火にかけて水を沸かす。塩とすこしの香辛料と干し肉に、野菜を足して簡単なスープにする。
乾燥して少し固くなったパンも、これに浸して食べれば大丈夫だろう。
「ヴィト、おまたせ」
スープができあがる頃、オージェが戻ってきた。ポタポタと髪から雫が垂れているところを見ると、池に浸かったのだろうか。
「風邪を引くよ。早く火のそばに」
空けた場所にオージェが座り込み、洗ったシャツとタオルを広げる。
「はい。スープ飲んで。冷えただろう?」
「ありがと。でも、思ったより寒くないから大丈夫よ。ヴィトも、先に水浴びしたほうがいいんじゃない?」
それもそうか、とヴィトは頷いて立ち上がる。
「じゃあ、後を頼んでいいかな」
「うん、任せて」
ヴィトも池へと向かう。
池の水はさほど冷たく感じなかった。これなら、たしかに髪も洗ってしまおうと思うのも納得できる。
下着とシャツを持って水に浸かりながら、ヴィトは簡単に洗濯を済ませた。
それから、岸に上がって石鹸で身体を擦り、もう一度頭まで水の中に潜る。周りの濁った水がそれほど時をおかずに澄んだ水に変わったところを見ると、緩やかな流れでもあるのだろう。
ざば、と顔を出して、髪の水を絞る。
ヴィトの灰金の髪はこの辺りではあまり見かけない色で、とても目立つ。どこかで染め粉の調達も考えなきゃいけないんじゃないのか。
「――うまく、国境まで行けるのかな」
洗った服をぎゅっと絞りながら、独りごちる。
ここから一番近い南西の国境まで、何日もかかる。絶対見つからない方法なんて思いつかない。やっぱり、オージェは早々に帰すべきなんじゃないのか。
「おかえり。はい、スープ飲んで。冷えたでしょ?」
「ありがとう」
洗ったものを火に当たるように広げ、腰を下ろしてカップを受け取った。ひと口啜るととても温かくて、思ったより身体は冷えていたんだなと自覚する。
ほ、とひとつ吐息を漏らして、もうひと口飲み込んだ。カップから伝わる熱にじっと集中して、それから、「オージェ」と呼ぶ。
「なに?」
「やっぱり、オージェは次の町で戻ったほうがいい」
「無理」
にべもなく即答するオージェに、ヴィトは言葉を詰まらせる。
「どうして……」
「軍だってエーバーマン監督官だって馬鹿じゃないわ。わたしが自分からついてったってことくらい、とっくの昔にバレてるわよ」
今になってまだそんなこと言うのかと、オージェは少し呆れ顔だ。
「じゃ……」
「それに、もしバレてないにしろ、今さらのこのこ戻ったところで拘束されて、あなたのこと洗いざらい喋らされるに決まってるわ」
「クラエスさんは、大丈夫かな」
オージェの言うとおりだとしたら、残ったクラエスだって危ないのではないか。そう、表情を曇らせるヴィトに、オージェは肩を竦めてみせる。
「クラエスさんなら、あれで結構要領はいいし、軍の高官に知己も多いから大丈夫よ。それに、腕のいい魔導技師だもの。せいぜい……そうね、断ってた軍属になる話を呑むくらいで勘弁してもらえるんじゃないかしら」
本当に? と訝しむヴィトに、オージェはにっこり笑ってみせる。
「ここだけの話、クラエスさんてあれでいろいろと手広く、それこそ高位の貴族たちとも付き合いがあるのよ。
さすがに無条件にとはいかなくても、クラエスさんが軍に拘束されれば困るって貴族もそれなりにいるの。だからきっと、うまくやってるわ」
スープの最後のひと口を飲み込んで、ヴィトは小さく嘆息した。
オージェの言うとおりなら、たしかにクラエスは無事かもしれない。けれど、だからといってそれがヴィトを庇う理由になんてなるものだろうか。
「――オージェは、どうしてそんなに僕を助けてくれるんだ」
「それは……」
途端に口ごもって、オージェはすっと目を逸らした。
いったい何がと首を傾げるヴィトをちらりと見遣って、しばし逡巡して……俯き加減に顔を背けてぼそりと呟いた。
「ヴィトが、王子様だから」
「え?」
まさか、ヴィトがケゼルスベールの王子だと知ったから?
たちまち強張るヴィトの表情に気づいて、オージェは慌てて首を振る。
「違う、違うの!」
「なら、どうして」
不審の色を浮かべるヴィトに、オージェはなんて答えればいいのかと落ち着かなく視線を泳がせるばかりだ。
ぐるぐると周りを見て、どんなに探しても何もいい考えは浮かばず……結局、全部を話すことにしてしまう。
「あ……呆れないで聞いてね?」
ヴィトはゆっくりと頷いた。オージェの顔が紅潮する。
いい歳して大人になったくせに……なんて言われたらきっと立ち直れない。そんなことを考えて、オージェは消え入りそうな声で話し始めた。
「最初に見つけた時から、その、ヴィトって王子様みたいだなって思ってて、だから、なんだか放っておけなくて」
「王子様?」
「うん、王子様」
やっぱり、ヴィトのことを知ってて謀っていたんじゃないか。
もやもやとやり切れない気持ちが湧き上がって、ヴィトは唇を噛む。
けれど、表情の険しくなっていくヴィトに、オージェはどことなく言い訳がましく、ぽそぽそと言葉を繋いでいく。
「――子供の頃、大好きだった絵本に出てくる王子様が、いつかわたしのことを迎えに来てくれるんだって信じてたことがあるの」
恥ずかしそうに声を落として、オージェはちらりとヴィトを伺う。
「その頃は、たぶん母さんが一緒で……寝るときに母さんに読み聞かせてもらうのが、毎日の楽しみだったんだと思うわ。
その王子様に、ヴィトが似てるなって思ってて」
「そう……絵本の王子様、か」
ヴィトの肩の力が抜ける。
ぐるぐると視線を彷徨わせるオージェの表情も、ほんのり赤くなった顔も、恥ずかしさに潤んだ瞳も、じわりと浮かんだ汗も、忙しなく鼓動を打つ心臓も、嘘を吐いていないと示している。
わずかに息を吐いて、ふっと微笑んで、ヴィトは手を伸ばす。
オージェが、自分を騙しているのではなくてよかった。
伸ばした手で頬をするりと撫でると、もやもやが晴れていくのを感じる。ほっとしたのかオージェにも笑みが浮かぶ。
「信じるよ。それなら……うん、オージェは僕の女神じゃないかな」
「え? 女神?」
オージェの視線がパッと戻り、ヴィトをまともに見つめた。まん丸に目を見開いて、「誰が?」と瞬きをした。
「目が覚めて最初にオージェを見たとき、女神がいるって思ったんだ」
「え?」
「君が僕を王子様だと思ったように、僕は君のことを女神だと思ったよ」
「待ってよ……や、やだなあ、もう。そんなこと真っ正面から言われたって、どんな反応返していいか困るわ。
だいたい、わたし、美人でも何でもないのよ。ヴィトは目が悪いの?」
いっきに真っ赤になったオージェがわたわたと慌てだす。
そのさまが、ヴィトよりもずっと歳下の女の子のようで……つい、くすくすと笑ってしまう。
「オージェはきれいだよ。そんな謙遜、必要ないくらい」
「えっ、でも、その……」
「それに、僕を拾って助けてくれたじゃないか。やっぱり女神だ」
褒められ慣れていないのか、それとも単にひたすら照れ臭いのか、オージェは「もう」と頬を膨らませて口を尖らせた。
けれど、その顔はまだ赤いままだ。
「そんなこと言ってからかわないでよ。わたしは人として当然のことをしただけよ。女神とか何とか、ヴィトが大袈裟すぎるの」
「そんなことないよ」
ひとしきり笑って、ヴィトは深く息を吐いた。
「クラエスさんはもちろん、オージェにはすごく感謝してるよ。
オージェが助けてくれなかったら、そもそもの最初から、僕が僕自身のことを何もわからないうちに軍に捕まってたと思うんだ」
オージェがじっとヴィトを見つめている。
ゆっくりと引き寄せて、ヴィトはその肩に顔を伏せる。
「だから、オージェはただの女神じゃなくて、僕の恩人で女神なんだよ」
百年も前は首都全体が城壁に囲まれていたというけれど、その城壁は、今では元王城があった地区の、ごく狭い範囲だけを囲むものになっている。
大きな街道には憲兵が立ち、通る者を皆確認していた。北へ向かう道ほどその検問は厳しい。南方には東西に長い山脈が長々と横たわっているし、汽車に乗れない以上、西に向かって“緩衝地帯”へ抜けるのも無理がある。
一度、南東の湿地帯を抜け、そこから北上して東方森林国タルトゥ経由でケゼルスベールへ向かうしかないだろう。
うんざりするほどの遠回りだ。
「三日くらい歩けば、駅馬車の停まる町があるはずよ」
「うまく乗れるかな」
軍には伝令用の早馬も魔術通信もあるはずだ。
主要都市間のみに配置されているとはいっても、それを使った通達は、既に発信されてるのではないか。
そんな心配をしながら、森の際や作物のよく育った畑の間を歩く。宿屋に泊まることもしない。まだ首都に近すぎて、見つかる危険は大きいからだ。
木々の影に隠れるように小さな焚き火を起こして、今日も野宿だ。寒い季節じゃないと言っても、夜、冷えないわけではない。
「あっちに池があったよ。水もきれいだったから、身体を拭いておいでよ」
「うん」
あまり汚れた格好をしていても、悪目立ちしてしまう。
着替えとタオルを手に池へ向かうオージェの背を見送って、ヴィトは小さく溜息を吐いた。
このままずっと本気で付いてくるつもりなのか。
ヴィトが本当に落とし胤なのかの確証もなく、ケゼルスベールでどう扱われるのかもわからないのに、ついてきても大丈夫だと思っているのか。
途中の農家で譲ってもらった、小さな古びた鍋を火にかけて水を沸かす。塩とすこしの香辛料と干し肉に、野菜を足して簡単なスープにする。
乾燥して少し固くなったパンも、これに浸して食べれば大丈夫だろう。
「ヴィト、おまたせ」
スープができあがる頃、オージェが戻ってきた。ポタポタと髪から雫が垂れているところを見ると、池に浸かったのだろうか。
「風邪を引くよ。早く火のそばに」
空けた場所にオージェが座り込み、洗ったシャツとタオルを広げる。
「はい。スープ飲んで。冷えただろう?」
「ありがと。でも、思ったより寒くないから大丈夫よ。ヴィトも、先に水浴びしたほうがいいんじゃない?」
それもそうか、とヴィトは頷いて立ち上がる。
「じゃあ、後を頼んでいいかな」
「うん、任せて」
ヴィトも池へと向かう。
池の水はさほど冷たく感じなかった。これなら、たしかに髪も洗ってしまおうと思うのも納得できる。
下着とシャツを持って水に浸かりながら、ヴィトは簡単に洗濯を済ませた。
それから、岸に上がって石鹸で身体を擦り、もう一度頭まで水の中に潜る。周りの濁った水がそれほど時をおかずに澄んだ水に変わったところを見ると、緩やかな流れでもあるのだろう。
ざば、と顔を出して、髪の水を絞る。
ヴィトの灰金の髪はこの辺りではあまり見かけない色で、とても目立つ。どこかで染め粉の調達も考えなきゃいけないんじゃないのか。
「――うまく、国境まで行けるのかな」
洗った服をぎゅっと絞りながら、独りごちる。
ここから一番近い南西の国境まで、何日もかかる。絶対見つからない方法なんて思いつかない。やっぱり、オージェは早々に帰すべきなんじゃないのか。
「おかえり。はい、スープ飲んで。冷えたでしょ?」
「ありがとう」
洗ったものを火に当たるように広げ、腰を下ろしてカップを受け取った。ひと口啜るととても温かくて、思ったより身体は冷えていたんだなと自覚する。
ほ、とひとつ吐息を漏らして、もうひと口飲み込んだ。カップから伝わる熱にじっと集中して、それから、「オージェ」と呼ぶ。
「なに?」
「やっぱり、オージェは次の町で戻ったほうがいい」
「無理」
にべもなく即答するオージェに、ヴィトは言葉を詰まらせる。
「どうして……」
「軍だってエーバーマン監督官だって馬鹿じゃないわ。わたしが自分からついてったってことくらい、とっくの昔にバレてるわよ」
今になってまだそんなこと言うのかと、オージェは少し呆れ顔だ。
「じゃ……」
「それに、もしバレてないにしろ、今さらのこのこ戻ったところで拘束されて、あなたのこと洗いざらい喋らされるに決まってるわ」
「クラエスさんは、大丈夫かな」
オージェの言うとおりだとしたら、残ったクラエスだって危ないのではないか。そう、表情を曇らせるヴィトに、オージェは肩を竦めてみせる。
「クラエスさんなら、あれで結構要領はいいし、軍の高官に知己も多いから大丈夫よ。それに、腕のいい魔導技師だもの。せいぜい……そうね、断ってた軍属になる話を呑むくらいで勘弁してもらえるんじゃないかしら」
本当に? と訝しむヴィトに、オージェはにっこり笑ってみせる。
「ここだけの話、クラエスさんてあれでいろいろと手広く、それこそ高位の貴族たちとも付き合いがあるのよ。
さすがに無条件にとはいかなくても、クラエスさんが軍に拘束されれば困るって貴族もそれなりにいるの。だからきっと、うまくやってるわ」
スープの最後のひと口を飲み込んで、ヴィトは小さく嘆息した。
オージェの言うとおりなら、たしかにクラエスは無事かもしれない。けれど、だからといってそれがヴィトを庇う理由になんてなるものだろうか。
「――オージェは、どうしてそんなに僕を助けてくれるんだ」
「それは……」
途端に口ごもって、オージェはすっと目を逸らした。
いったい何がと首を傾げるヴィトをちらりと見遣って、しばし逡巡して……俯き加減に顔を背けてぼそりと呟いた。
「ヴィトが、王子様だから」
「え?」
まさか、ヴィトがケゼルスベールの王子だと知ったから?
たちまち強張るヴィトの表情に気づいて、オージェは慌てて首を振る。
「違う、違うの!」
「なら、どうして」
不審の色を浮かべるヴィトに、オージェはなんて答えればいいのかと落ち着かなく視線を泳がせるばかりだ。
ぐるぐると周りを見て、どんなに探しても何もいい考えは浮かばず……結局、全部を話すことにしてしまう。
「あ……呆れないで聞いてね?」
ヴィトはゆっくりと頷いた。オージェの顔が紅潮する。
いい歳して大人になったくせに……なんて言われたらきっと立ち直れない。そんなことを考えて、オージェは消え入りそうな声で話し始めた。
「最初に見つけた時から、その、ヴィトって王子様みたいだなって思ってて、だから、なんだか放っておけなくて」
「王子様?」
「うん、王子様」
やっぱり、ヴィトのことを知ってて謀っていたんじゃないか。
もやもやとやり切れない気持ちが湧き上がって、ヴィトは唇を噛む。
けれど、表情の険しくなっていくヴィトに、オージェはどことなく言い訳がましく、ぽそぽそと言葉を繋いでいく。
「――子供の頃、大好きだった絵本に出てくる王子様が、いつかわたしのことを迎えに来てくれるんだって信じてたことがあるの」
恥ずかしそうに声を落として、オージェはちらりとヴィトを伺う。
「その頃は、たぶん母さんが一緒で……寝るときに母さんに読み聞かせてもらうのが、毎日の楽しみだったんだと思うわ。
その王子様に、ヴィトが似てるなって思ってて」
「そう……絵本の王子様、か」
ヴィトの肩の力が抜ける。
ぐるぐると視線を彷徨わせるオージェの表情も、ほんのり赤くなった顔も、恥ずかしさに潤んだ瞳も、じわりと浮かんだ汗も、忙しなく鼓動を打つ心臓も、嘘を吐いていないと示している。
わずかに息を吐いて、ふっと微笑んで、ヴィトは手を伸ばす。
オージェが、自分を騙しているのではなくてよかった。
伸ばした手で頬をするりと撫でると、もやもやが晴れていくのを感じる。ほっとしたのかオージェにも笑みが浮かぶ。
「信じるよ。それなら……うん、オージェは僕の女神じゃないかな」
「え? 女神?」
オージェの視線がパッと戻り、ヴィトをまともに見つめた。まん丸に目を見開いて、「誰が?」と瞬きをした。
「目が覚めて最初にオージェを見たとき、女神がいるって思ったんだ」
「え?」
「君が僕を王子様だと思ったように、僕は君のことを女神だと思ったよ」
「待ってよ……や、やだなあ、もう。そんなこと真っ正面から言われたって、どんな反応返していいか困るわ。
だいたい、わたし、美人でも何でもないのよ。ヴィトは目が悪いの?」
いっきに真っ赤になったオージェがわたわたと慌てだす。
そのさまが、ヴィトよりもずっと歳下の女の子のようで……つい、くすくすと笑ってしまう。
「オージェはきれいだよ。そんな謙遜、必要ないくらい」
「えっ、でも、その……」
「それに、僕を拾って助けてくれたじゃないか。やっぱり女神だ」
褒められ慣れていないのか、それとも単にひたすら照れ臭いのか、オージェは「もう」と頬を膨らませて口を尖らせた。
けれど、その顔はまだ赤いままだ。
「そんなこと言ってからかわないでよ。わたしは人として当然のことをしただけよ。女神とか何とか、ヴィトが大袈裟すぎるの」
「そんなことないよ」
ひとしきり笑って、ヴィトは深く息を吐いた。
「クラエスさんはもちろん、オージェにはすごく感謝してるよ。
オージェが助けてくれなかったら、そもそもの最初から、僕が僕自身のことを何もわからないうちに軍に捕まってたと思うんだ」
オージェがじっとヴィトを見つめている。
ゆっくりと引き寄せて、ヴィトはその肩に顔を伏せる。
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