エデルフェーン王立学園物語 〜聖なる薔薇の乙女と守護者たち〜

ぎんげつ

文字の大きさ
1 / 11

はじまりのはじまり

しおりを挟む
 幼い頃から繰り返し見る夢があった。
 その夢がかつての自分に本当に起きたことで、この世界は“乙女ゲーム”の中で、自分には“前世”というものの記憶があるらしいと気づいたのは、十歳になった頃――父が亡くなったことがきっかけだった。

 父を亡くしてひとりになって、途方に暮れていた僕を、父の兄、つまり伯父が迎えに現れた。
 伯父の身なりは見たこともないほど立派で、“父の実家”だという屋敷も想像を絶するほどに大きかった。そして、そこではじめて聞くはずの“ハルセラール”という家名とはじめて顔を合わせたはずの従姉のことを、僕は知っていた。いや、そればかりでなく、屋敷の景観や内装にまでなぜか見覚えがあったのだ。

 ――だって、幼いころ何度も繰り返し見た夢の中で、今より少しだけ成長した僕は、ハルセラール公爵家の一員として生きていたのだから。

 片田舎で生まれ育った平民である僕が、こんな、王家にすら繋がる大貴族の一員であるはずがない。
 そもそも、「ハルセラール公爵」が実在することだって知らなかった。
 だから、夢なんてしょせんただの夢でしかない。
 そう思っていたのに。

 “前世の出来事”なんておぼろげすぎる記憶だ。
 しかも自分ではなく、かつての妹だか姉だか友達だかが遊んでいるのを横で見ていた程度だ。ゲームのシナリオなんてものだってあやふやだ。
 それでも記憶どおりの諸々に、僕はすっかり混乱していた。
 もしかして、僕はこのまま記憶の中のゲームどおり、この家で日陰者として生きるのだろうか。記憶の中で、僕は「性格の悪い悪役」である従姉にいじめられていたのだから。


 * * *


 伯父の話では、僕の父は当時この屋敷で下働きをしていた母と恋に落ち、反対を振り切って駆け落ちしてしまったのだという。
 父の父、つまり祖父は怒り心頭で父を探すことも援助することも許さないと言っていて……祖父が亡くなって伯父が家を継いでようやく父を探し始められたし、だから、僕を迎えに来るのが遅くなってしまったのだという。

「――エスト兄さま、トーニャ姉様、あの、よろしくおねがいします」

 伯父の家族や屋敷の使用人達に紹介され、これからは僕も実子同様に扱うと宣言された。
 今までの暮らしとはあまりにも違い過ぎて、僕は戸惑うばかりだ。
 それでも、伯父の実子、つまり従兄と従姉に乞われて、弟として呼びかける。

「これから、よろしくね」

 伯父も伯母も、僕を微笑ましそうに、柔らかい目で見つめている。
 にっこりと笑って手を差し出したエスト兄さまは、伯父に似た黒髪に深い青い目だ。顔立ちは伯母に似て優しげだと思う。
 トーニャ姉さまは、目をいっぱいに見開いて僕を凝視していた。たしかに、いきなり今日から弟ができたと言われても、気持ちが追いつかないだろう。しかも、僕は平民育ちだ。格好こそ整えられたところで、作法のさの字もわからないのだ。

「――む」
「む?」

 トーニャ姉さまは、なぜか震えながら絞り出すように声を発した。
 いったいなんだろうと、僕は首を傾げる。

「無理よ、こんなの無理ィィィィィ! ヴェルは無理矢理この家に連れて来られたうえ、わたくしにいじめ倒されてお父様に冷たくされて、誰も信用できなくなっちゃうのよ。人間不信になってしまうのよ、わたくしたちのせいで! その挙げ句、わたくしやお父様を恨んで復讐を誓って、この家の後ろ暗いところを全部明らかにして、自分を酷い目に遭わせたわたくしたちに復讐を果たすのよォォォォォ!
 わたくしもお父様も平民の血が混じった子供なんてって、ヴェルをいじめ倒すはずなのよ! そんなの無理に決まってるじゃない!
 っていうかどうしてこんな子をいじめられるっていうの!? わたくしって本当に血も涙もない悪人なんだわ! お父様は冷血公爵って呼ばれるくらい血も涙もないんだもの、その娘のわたくしなんて然もありなんよ。こんな子を人間不信になるくらいいじめていじめていじめ抜くなんて、なんて、なんて……わたくしはやっぱり骨の髄まで悪人なのよォォォォ!」

 トーニャ姉さまが絶叫とともにくずおれて、いきなり号泣し始めた。
 僕をいじめ抜くとかなんとか叫ぶけれど、たった今顔を合わせたばかりでいったい何を言っているのか。僕はぽかんと口を開けて伯父と伯母、それからエスト兄さまを順番に見る。
 伯父は片手を顔に当てて天を仰ぎ、伯母はこめかみをピクピクさせながら扇を握りしめ、エスト兄さまはやれやれと肩を竦めていた。
 トーニャ姉さまは、くずおれて蹲ったまま号泣し続けている。

「あ、あの……僕、まだいじめられたりしてませんよね?」
「うん……トーニャの発作みたいなものなんだ。だから気にしないでくれ。トーニャはちょっと思い込みが激しいというか、妄想癖があるというか、皆、君のことは歓迎しているから、大丈……」
「いやァァァァ! どう考えても無理ィィィィィィィィ!」

 天を仰いだままの伯父が片手を振り……再びの絶叫とともにいきなり立ち上がったトーニャ姉さまは、凄い勢いで部屋を飛び出して行ったのだった。


 * * *


 けれど、「性格の悪い悪役」であるはずの従姉、エルトゥーニアはとても気が弱かった。おまけに人見知りが激しいとあって、ほぼほぼ引きこもり生活を送っていた。何しろ、僕との顔合わせの場から泣き叫んで逃げだした挙げ句、自室に引きこもったまま十日も出てこなかったくらいなのだ。

 そんなエルトゥーニアが高慢でキツい性格だなんてあり得ない。
 きっと、たまたま、偶然、夢に見ただけだったんだろう。
 きっと、物心つかない頃、幼かった僕が、父が何かの弾みで口にした家名や伯父のことを、自分の妄想も交えて夢に見ていただけなのだ。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

神様の手違いで、おまけの転生?!お詫びにチートと無口な騎士団長もらっちゃいました?!

カヨワイさつき
恋愛
最初は、日本人で受験の日に何かにぶつかり死亡。次は、何かの討伐中に、死亡。次に目覚めたら、見知らぬ聖女のそばに、ポツンとおまけの召喚?あまりにも、不細工な為にその場から追い出されてしまった。 前世の記憶はあるものの、どれをとっても短命、不幸な出来事ばかりだった。 全てはドジで少し変なナルシストの神様の手違いだっ。おまけの転生?お詫びにチートと無口で不器用な騎士団長もらっちゃいました。今度こそ、幸せになるかもしれません?!

ざまぁに失敗したけど辺境伯に溺愛されています

木漏れ日
恋愛
天才魔術師セディが自分の番である『異界渡りの姫』を召喚したとき、16歳の少女奈緒はそれに巻き込まれて、壁外という身分を持たない人々が住む場所に落ちました。 少女は自分を異世界トリップに巻き込んだ『異界渡り姫』に復讐しようとして失敗。なぜかロビン辺境伯は少女も『異界渡りの姫』だと言って溺愛するのですが…… 陰陽の姫シリーズ『図書館の幽霊って私のことですか?』と連動しています。 どちらからお読み頂いても話は通じます。

完結 辺境伯様に嫁いで半年、完全に忘れられているようです   

ヴァンドール
恋愛
実家でも忘れられた存在で 嫁いだ辺境伯様にも離れに追いやられ、それすら 忘れ去られて早、半年が過ぎました。

ゲーム未登場の性格最悪な悪役令嬢に転生したら推しの妻だったので、人生の恩人である推しには離婚して私以外と結婚してもらいます!

クナリ
ファンタジー
江藤樹里は、かつて画家になることを夢見ていた二十七歳の女性。 ある日気がつくと、彼女は大好きな乙女ゲームであるハイグランド・シンフォニーの世界へ転生していた。 しかし彼女が転生したのは、ヘビーユーザーであるはずの自分さえ知らない、ユーフィニアという女性。 ユーフィニアがどこの誰なのかが分からないまま戸惑う樹里の前に、ユーフィニアに仕えているメイドや、樹里がゲーム内で最も推しているキャラであり、どん底にいたときの自分の心を救ってくれたリルベオラスらが現れる。 そして樹里は、絶世の美貌を持ちながらもハイグラの世界では稀代の悪女とされているユーフィニアの実情を知っていく。 国政にまで影響をもたらすほどの悪名を持つユーフィニアを、最愛の恩人であるリルベオラスの妻でいさせるわけにはいかない。 樹里は、ゲーム未登場ながら圧倒的なアクの強さを持つユーフィニアをリルベオラスから引き離すべく、離婚を目指して動き始めた。

私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。

MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。

悪役令嬢の心変わり

ナナスケ
恋愛
不慮の事故によって20代で命を落としてしまった雨月 夕は乙女ゲーム[聖女の涙]の悪役令嬢に転生してしまっていた。 7歳の誕生日10日前に前世の記憶を取り戻した夕は悪役令嬢、ダリア・クロウリーとして最悪の結末 処刑エンドを回避すべく手始めに婚約者の第2王子との婚約を破棄。 そして、処刑エンドに繋がりそうなルートを回避すべく奮闘する勘違いラブロマンス! カッコイイ系主人公が男社会と自分に仇なす者たちを斬るっ!

美男美女の同僚のおまけとして異世界召喚された私、ゴミ無能扱いされ王城から叩き出されるも、才能を見出してくれた隣国の王子様とスローライフ 

さら
恋愛
 会社では地味で目立たない、ただの事務員だった私。  ある日突然、美男美女の同僚二人のおまけとして、異世界に召喚されてしまった。  けれど、測定された“能力値”は最低。  「無能」「お荷物」「役立たず」と王たちに笑われ、王城を追い出されて――私は一人、行くあてもなく途方に暮れていた。  そんな私を拾ってくれたのは、隣国の第二王子・レオン。  優しく、誠実で、誰よりも人の心を見てくれる人だった。  彼に導かれ、私は“癒しの力”を持つことを知る。  人の心を穏やかにし、傷を癒す――それは“無能”と呼ばれた私だけが持っていた奇跡だった。  やがて、王子と共に過ごす穏やかな日々の中で芽生える、恋の予感。  不器用だけど優しい彼の言葉に、心が少しずつ満たされていく。

天然だと思ったギルド仲間が、実は策士で独占欲強めでした

星乃和花
恋愛
⭐︎完結済ー本編8話+後日談7話⭐︎ ギルドで働くおっとり回復役リィナは、 自分と似た雰囲気の“天然仲間”カイと出会い、ほっとする。 ……が、彼は実は 天然を演じる策士だった!? 「転ばないで」 「可愛いって言うのは僕の役目」 「固定回復役だから。僕の」 優しいのに過保護。 仲間のはずなのに距離が近い。 しかも噂はいつの間にか——「軍師(彼)が恋してる説」に。 鈍感で頑張り屋なリィナと、 策を捨てるほど恋に負けていくカイの、 コメディ強めの甘々ギルド恋愛、開幕! 「遅いままでいい――置いていかないから。」

処理中です...