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はじまりのはじまり
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幼い頃から繰り返し見る夢があった。
その夢がかつての自分に本当に起きたことで、この世界は“乙女ゲーム”の中で、自分には“前世”というものの記憶があるらしいと気づいたのは、十歳になった頃――父が亡くなったことがきっかけだった。
父を亡くしてひとりになって、途方に暮れていた僕を、父の兄、つまり伯父が迎えに現れた。
伯父の身なりは見たこともないほど立派で、“父の実家”だという屋敷も想像を絶するほどに大きかった。そして、そこではじめて聞くはずの“ハルセラール”という家名とはじめて顔を合わせたはずの従姉のことを、僕は知っていた。いや、そればかりでなく、屋敷の景観や内装にまでなぜか見覚えがあったのだ。
――だって、幼いころ何度も繰り返し見た夢の中で、今より少しだけ成長した僕は、ハルセラール公爵家の一員として生きていたのだから。
片田舎で生まれ育った平民である僕が、こんな、王家にすら繋がる大貴族の一員であるはずがない。
そもそも、「ハルセラール公爵」が実在することだって知らなかった。
だから、夢なんてしょせんただの夢でしかない。
そう思っていたのに。
“前世の出来事”なんておぼろげすぎる記憶だ。
しかも自分ではなく、かつての妹だか姉だか友達だかが遊んでいるのを横で見ていた程度だ。ゲームのシナリオなんてものだってあやふやだ。
それでも記憶どおりの諸々に、僕はすっかり混乱していた。
もしかして、僕はこのまま記憶の中のゲームどおり、この家で日陰者として生きるのだろうか。記憶の中で、僕は「性格の悪い悪役」である従姉にいじめられていたのだから。
* * *
伯父の話では、僕の父は当時この屋敷で下働きをしていた母と恋に落ち、反対を振り切って駆け落ちしてしまったのだという。
父の父、つまり祖父は怒り心頭で父を探すことも援助することも許さないと言っていて……祖父が亡くなって伯父が家を継いでようやく父を探し始められたし、だから、僕を迎えに来るのが遅くなってしまったのだという。
「――エスト兄さま、トーニャ姉様、あの、よろしくおねがいします」
伯父の家族や屋敷の使用人達に紹介され、これからは僕も実子同様に扱うと宣言された。
今までの暮らしとはあまりにも違い過ぎて、僕は戸惑うばかりだ。
それでも、伯父の実子、つまり従兄と従姉に乞われて、弟として呼びかける。
「これから、よろしくね」
伯父も伯母も、僕を微笑ましそうに、柔らかい目で見つめている。
にっこりと笑って手を差し出したエスト兄さまは、伯父に似た黒髪に深い青い目だ。顔立ちは伯母に似て優しげだと思う。
トーニャ姉さまは、目をいっぱいに見開いて僕を凝視していた。たしかに、いきなり今日から弟ができたと言われても、気持ちが追いつかないだろう。しかも、僕は平民育ちだ。格好こそ整えられたところで、作法のさの字もわからないのだ。
「――む」
「む?」
トーニャ姉さまは、なぜか震えながら絞り出すように声を発した。
いったいなんだろうと、僕は首を傾げる。
「無理よ、こんなの無理ィィィィィ! ヴェルは無理矢理この家に連れて来られたうえ、わたくしにいじめ倒されてお父様に冷たくされて、誰も信用できなくなっちゃうのよ。人間不信になってしまうのよ、わたくしたちのせいで! その挙げ句、わたくしやお父様を恨んで復讐を誓って、この家の後ろ暗いところを全部明らかにして、自分を酷い目に遭わせたわたくしたちに復讐を果たすのよォォォォォ!
わたくしもお父様も平民の血が混じった子供なんてって、ヴェルをいじめ倒すはずなのよ! そんなの無理に決まってるじゃない!
っていうかどうしてこんな子をいじめられるっていうの!? わたくしって本当に血も涙もない悪人なんだわ! お父様は冷血公爵って呼ばれるくらい血も涙もないんだもの、その娘のわたくしなんて然もありなんよ。こんな子を人間不信になるくらいいじめていじめていじめ抜くなんて、なんて、なんて……わたくしはやっぱり骨の髄まで悪人なのよォォォォ!」
トーニャ姉さまが絶叫とともにくずおれて、いきなり号泣し始めた。
僕をいじめ抜くとかなんとか叫ぶけれど、たった今顔を合わせたばかりでいったい何を言っているのか。僕はぽかんと口を開けて伯父と伯母、それからエスト兄さまを順番に見る。
伯父は片手を顔に当てて天を仰ぎ、伯母はこめかみをピクピクさせながら扇を握りしめ、エスト兄さまはやれやれと肩を竦めていた。
トーニャ姉さまは、くずおれて蹲ったまま号泣し続けている。
「あ、あの……僕、まだいじめられたりしてませんよね?」
「うん……トーニャの発作みたいなものなんだ。だから気にしないでくれ。トーニャはちょっと思い込みが激しいというか、妄想癖があるというか、皆、君のことは歓迎しているから、大丈……」
「いやァァァァ! どう考えても無理ィィィィィィィィ!」
天を仰いだままの伯父が片手を振り……再びの絶叫とともにいきなり立ち上がったトーニャ姉さまは、凄い勢いで部屋を飛び出して行ったのだった。
* * *
けれど、「性格の悪い悪役」であるはずの従姉、エルトゥーニアはとても気が弱かった。おまけに人見知りが激しいとあって、ほぼほぼ引きこもり生活を送っていた。何しろ、僕との顔合わせの場から泣き叫んで逃げだした挙げ句、自室に引きこもったまま十日も出てこなかったくらいなのだ。
そんなエルトゥーニアが高慢でキツい性格だなんてあり得ない。
きっと、たまたま、偶然、夢に見ただけだったんだろう。
きっと、物心つかない頃、幼かった僕が、父が何かの弾みで口にした家名や伯父のことを、自分の妄想も交えて夢に見ていただけなのだ。
その夢がかつての自分に本当に起きたことで、この世界は“乙女ゲーム”の中で、自分には“前世”というものの記憶があるらしいと気づいたのは、十歳になった頃――父が亡くなったことがきっかけだった。
父を亡くしてひとりになって、途方に暮れていた僕を、父の兄、つまり伯父が迎えに現れた。
伯父の身なりは見たこともないほど立派で、“父の実家”だという屋敷も想像を絶するほどに大きかった。そして、そこではじめて聞くはずの“ハルセラール”という家名とはじめて顔を合わせたはずの従姉のことを、僕は知っていた。いや、そればかりでなく、屋敷の景観や内装にまでなぜか見覚えがあったのだ。
――だって、幼いころ何度も繰り返し見た夢の中で、今より少しだけ成長した僕は、ハルセラール公爵家の一員として生きていたのだから。
片田舎で生まれ育った平民である僕が、こんな、王家にすら繋がる大貴族の一員であるはずがない。
そもそも、「ハルセラール公爵」が実在することだって知らなかった。
だから、夢なんてしょせんただの夢でしかない。
そう思っていたのに。
“前世の出来事”なんておぼろげすぎる記憶だ。
しかも自分ではなく、かつての妹だか姉だか友達だかが遊んでいるのを横で見ていた程度だ。ゲームのシナリオなんてものだってあやふやだ。
それでも記憶どおりの諸々に、僕はすっかり混乱していた。
もしかして、僕はこのまま記憶の中のゲームどおり、この家で日陰者として生きるのだろうか。記憶の中で、僕は「性格の悪い悪役」である従姉にいじめられていたのだから。
* * *
伯父の話では、僕の父は当時この屋敷で下働きをしていた母と恋に落ち、反対を振り切って駆け落ちしてしまったのだという。
父の父、つまり祖父は怒り心頭で父を探すことも援助することも許さないと言っていて……祖父が亡くなって伯父が家を継いでようやく父を探し始められたし、だから、僕を迎えに来るのが遅くなってしまったのだという。
「――エスト兄さま、トーニャ姉様、あの、よろしくおねがいします」
伯父の家族や屋敷の使用人達に紹介され、これからは僕も実子同様に扱うと宣言された。
今までの暮らしとはあまりにも違い過ぎて、僕は戸惑うばかりだ。
それでも、伯父の実子、つまり従兄と従姉に乞われて、弟として呼びかける。
「これから、よろしくね」
伯父も伯母も、僕を微笑ましそうに、柔らかい目で見つめている。
にっこりと笑って手を差し出したエスト兄さまは、伯父に似た黒髪に深い青い目だ。顔立ちは伯母に似て優しげだと思う。
トーニャ姉さまは、目をいっぱいに見開いて僕を凝視していた。たしかに、いきなり今日から弟ができたと言われても、気持ちが追いつかないだろう。しかも、僕は平民育ちだ。格好こそ整えられたところで、作法のさの字もわからないのだ。
「――む」
「む?」
トーニャ姉さまは、なぜか震えながら絞り出すように声を発した。
いったいなんだろうと、僕は首を傾げる。
「無理よ、こんなの無理ィィィィィ! ヴェルは無理矢理この家に連れて来られたうえ、わたくしにいじめ倒されてお父様に冷たくされて、誰も信用できなくなっちゃうのよ。人間不信になってしまうのよ、わたくしたちのせいで! その挙げ句、わたくしやお父様を恨んで復讐を誓って、この家の後ろ暗いところを全部明らかにして、自分を酷い目に遭わせたわたくしたちに復讐を果たすのよォォォォォ!
わたくしもお父様も平民の血が混じった子供なんてって、ヴェルをいじめ倒すはずなのよ! そんなの無理に決まってるじゃない!
っていうかどうしてこんな子をいじめられるっていうの!? わたくしって本当に血も涙もない悪人なんだわ! お父様は冷血公爵って呼ばれるくらい血も涙もないんだもの、その娘のわたくしなんて然もありなんよ。こんな子を人間不信になるくらいいじめていじめていじめ抜くなんて、なんて、なんて……わたくしはやっぱり骨の髄まで悪人なのよォォォォ!」
トーニャ姉さまが絶叫とともにくずおれて、いきなり号泣し始めた。
僕をいじめ抜くとかなんとか叫ぶけれど、たった今顔を合わせたばかりでいったい何を言っているのか。僕はぽかんと口を開けて伯父と伯母、それからエスト兄さまを順番に見る。
伯父は片手を顔に当てて天を仰ぎ、伯母はこめかみをピクピクさせながら扇を握りしめ、エスト兄さまはやれやれと肩を竦めていた。
トーニャ姉さまは、くずおれて蹲ったまま号泣し続けている。
「あ、あの……僕、まだいじめられたりしてませんよね?」
「うん……トーニャの発作みたいなものなんだ。だから気にしないでくれ。トーニャはちょっと思い込みが激しいというか、妄想癖があるというか、皆、君のことは歓迎しているから、大丈……」
「いやァァァァ! どう考えても無理ィィィィィィィィ!」
天を仰いだままの伯父が片手を振り……再びの絶叫とともにいきなり立ち上がったトーニャ姉さまは、凄い勢いで部屋を飛び出して行ったのだった。
* * *
けれど、「性格の悪い悪役」であるはずの従姉、エルトゥーニアはとても気が弱かった。おまけに人見知りが激しいとあって、ほぼほぼ引きこもり生活を送っていた。何しろ、僕との顔合わせの場から泣き叫んで逃げだした挙げ句、自室に引きこもったまま十日も出てこなかったくらいなのだ。
そんなエルトゥーニアが高慢でキツい性格だなんてあり得ない。
きっと、たまたま、偶然、夢に見ただけだったんだろう。
きっと、物心つかない頃、幼かった僕が、父が何かの弾みで口にした家名や伯父のことを、自分の妄想も交えて夢に見ていただけなのだ。
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