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灰色の世界の天上の青
08.それでは理由にならない
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「た……」
助けて、というヴィエナの声と同時に、いきなりヴィエナとトーレの間に大きな火柱が上がった。
「おっと」
ヴィエナを突き飛ばしひょいと炎を避けて、トーレはくすりと笑う。
「やっぱりだ」
台の上のものを巻き込んで、ガタガタと派手にものを落としながら呆然と座り込んだヴィエナは、トーレを見上げた。
「やっぱりって、何が……」
「悪魔憑きの魔女でしょう、君は」
「え……」
トーレはおもしろそうに「自覚ないんだ?」とまた笑う。
「今の炎、君がやったのに?」
「そんなの……知らない……」
「本当にわからない?」
笑んだまま目を眇め、トーレは座り込んだヴィエナの前に片膝をついた。ぐいと乱暴にヴィエナの鼻を摘んで上を向かせる。
「ねえ、本当にわからない?」
口元だけに笑みを浮かべたまま、トーレはまた首を傾げる。
「わ、わかんない……」
自分はどうなるんだろう。今の火が自分のせいだなんて、そんなの知らない。
ヴィエナはただ震えるだけだ。
「ヴィエナ、何が……トーレ、殿? 何を?」
ばたばたと足音がして、オーウェンの声が聞こえた。ヴィエナはぱっと振り向いて、「司祭様!」と声を上げる。
「ああ、時間切れだ。助かったね、悪魔憑きの魔女さん?」
トーレは立ち上がり、大股に歩いてくるオーウェンを避けるように一歩下がる。
じろりとトーレを睨み、座り込んだままのヴィエナを見て……オーウェンは手早く自分の上着を脱ぐとヴィエナに被せた。
「ヴィエナ、何があった?」
ヴィエナはぱくぱくと喘ぐように口を動かすだけで、説明しようにもうまく言葉が浮かばない。じわりと滲んでいた涙がかさを増し、溢れだしてしまう。
とたんに、ヴィエナの堪えていたものが崩れ、堰を切ったようにわあわあと泣き出してしまった。
「トーレ殿、いったいヴィエナに何を?
……まさか、愛の女神の教えでは無理強いすることも善しとされている、などと言い出すつもりではあるまいな」
上着に包み、オーウェンはヴィエナを抱き上げた。
「そんな馬鹿な。女神が肯定しているのは、愛のある営みだけだよ」
相変わらず笑みを浮かべたまま、トーレは肩を竦める。
「では、あなたはヴィエナに何をしたのだ」
「ダーリン、何があったの?」
オーウェンがいきり立ち、トーレを問い質そうとしたところへ、イレイェンがゆっくりと入ってきた。甘えるような気の抜けた声でトーレを呼び、首を傾げる。
「その前に口直しをさせて、ハニー」
トーレはすぐに満面の笑みを浮かべると、イレイェンを抱き上げ唇を重ねる。
「ああ、やっぱり君が最高だ」
トーレはじっくり舌を絡ませる。ひとしきり味わって満足したのか、最後に唇をもう一度啄ばんでから、イレイェンの髪に鼻を埋めてうっとりと息を吸い、頭にもキスを落とす。
「ああ、君の匂いはいつも芳しいね」
オーウェンはこれ以上ない渋面でふたりを眺める。トーレはそんなオーウェンにちらりと目をやってから、「上に戻ろうか」と歩き出した。
まるでどこ吹く風のような態度のトーレに溜息を吐いて、オーウェンは未だにひくひくとしゃくりあげるヴィエナの背を軽く慰めるように叩く。
「大丈夫か? ……いや、大丈夫ではないな。目を離してすまなかった」
小さく首を振るヴィエナを頭まで覆って、「しばらくこうしているといい」としっかり抱き締める。
「司祭様は、その子をどうするつもり?」
上の部屋で長椅子に座るなり、トーレはにっこりと笑顔でオーウェンに尋ねた。イレイェンはトーレの膝の上に抱えられたままだ。
「その子危険よね、ダーリン」
「そうだね、ハニー」
イレイェンがくすりと笑ってオーウェンに抱えられたままのヴィエナを見る。
「なぜ」
「立ったままでいられると首が痛くなるわ。話をするなら座って」
片手を振るイレイェンに、オーウェンは眉を寄せたまま、渋々と腰を下ろした。ヴィエナはやはり抱えたままだ。
「なぜも何も、訓練されてない魔法使いはそもそもそういう危険なもののはずよ」
座ったオーウェンにふっと笑って、イレイェンは話しだした。
「あなたも食料庫の爆発跡を見たでしょう? 居合わせたのがダーリンだから、ちょっと散らかっただけで済んだわ。けれど、あれが町の中で起こっていたらおおごとになってたの、わかるわよね?」
抱き締めるトーレの手を愛しげに撫でて、頬を撫でて、イレイェンは目を細める。
「それに、悪魔の印を持ってるのよね? そんなものを連れて歩くなんて、正気の沙汰じゃないわ」
ふん、と鼻で笑ったイレイェンは、トーレの指先にキスをする。
「悪魔から、あなたひとりでどうやって護ろうっていうのかしら」
「……だから、ここへは悪魔の真名を暴く方法を、訊きに来たのだ」
オーウェンの言葉に、トーレとイレイェンは思わず顔を見合わせた。
「そんなことを尋ねたいなんて、悪魔の特定はできてるってこと?」
「いや、まだだ」
オーウェンの答えにイレイェンとトーレはまた顔を見合わせる。
「──それじゃ話にならないわね。
悪魔の二つ名でも特徴でも、何かしらの材料を集めて、それをもとに文献や伝承をあたり、ヒントを地道に探すのが悪魔の真名暴きだもの。
どんな悪魔かすら知れてないなら、およそこの世界中のすべての文献と伝承を当たったところで、暴ける保証はないわ」
「まったくの皆無というわけではない。
ヴィエナに憑いている悪魔は“契約”ではなく“賭け”という言葉を使った。私が知る限り、“定命のもの”と“賭け”などしようという悪魔の話など聞いたことがない。これは悪魔の手掛かりになるはずだ」
「“賭け”、ねえ」
は、とイレイェンが吐息を漏らす。
「ねえ、ダーリンは聞いたことがある?」
イレイェンの問い掛けに、トーレは肩を竦めるだけだ。
「まあ、そんなことをしそうな悪魔が知りたいというなら、幾つかはあげられるかもしれないけどね」
「では……」
「でもねえ……もう一度質問するわ。司祭様は、その子をどうするつもりかしら。悪魔憑きの魔女を」
「もちろん、救うつもりだ」
「どうして?」
「ヴィエナが私に助けを求めたからだ」
ふ、とひとつ息を吐いて、イレイェンはトーレを見上げてまた肩を竦める。
「それじゃ話にならないわ」
「どういう意味だ」
思わず訊き返すオーウェンに、イレイェンもトーレも笑うだけだ。
「そんなことで、私たち危険を冒したくないもの。ねえダーリン?」
「ああ、そうだねハニー。そんなものじゃ、私とハニーが悪魔に目をつけられるほどの危険を冒す理由にはならない」
トーレはイレイェンの唇を啄むようにキスをする。
「ああ」
それから、ふと上を仰ぐように何かを思い付いたのか、にっこりとオーウェンに笑いかける。
「けど、君の連れてるそれから、印を剥がしてあげるくらいはいいよ」
「それは? どういう?」
「力尽くで、べりっと剥がしてあげてもいい。ただ、ずいぶん根深いから、無理にやったらその子も壊れるだろうね」
「な……」
オーウェンは思わずヴィエナを抱く手に力をこめた。上着に包まれたままのヴィエナがびくりと震える。
「深く広く根を張る雑草を無理に抜くと、地面に大きな穴ができるだろう? それと同じ。無理矢理抜けば、その子を作ってるいろんなものを巻き込むことになる。後に残るのは大きな穴さ」
トーレは楽しそうにくすくすと笑いながら、イレイェンの髪を指で梳く。
「それでもいいなら、剥がしてあげるよ。
十天国界に連れてって聖水の海に浸しながら、これでもかっていうくらい退魔と浄化をしてやれば、印は取れるだろうしね」
目を細めて、口の端をくっと吊り上げて、トーレは首を傾げた。
「まあ、その場合、さっきも言ったとおり、大きな穴が空いて抜け殻になったお嬢さんだけが残ることになるけれど」
「……それでは意味がない」
「じゃあ、残念だ」
今度こそもう話すことはないという態度のトーレとイレイェンに、オーウェンは溜息を吐いて暇を告げる。
ヴィエナを抱えたまま部屋を出ようとするオーウェンの背中に向かって、不意にトーレが声をかけた。
「でも、魔女のお嬢さん、ここへ来たくなったらいつでもおいで」
オーウェンは目を眇めてちらりと振り返り、さっさと塔を後にした。
「ねえダーリン。あの小さな魔女を気に入ったの?」
「まさか。でも、興味はあるよ、ハニー」
ちゅ、と頭にキスを落とすトーレに、イレイェンは「あら、ダーリンは私に飽きちゃったのかしら?」とくすりと笑った。
「それこそまさかだ。君は今もこの先も最高だよ。私はハニーに夢中だ」
「なら、朝の続きをして」
「もちろん、お望みのままに。私の愛しい人」
トーレは深く深くキスをして、イレイェンを抱えたまま立ち上がる。喉元にもキスを降らせ、はあ、と吐息を漏らすと奥の部屋へと消えていった。
「ヴィエナ、あまり役に立てなかった。それどころか、お前を酷い目に合わせてしまって、すまない」
山道を下りながら、オーウェンは抱えたヴィエナに囁く。その声がどうも少し落ち込んでいるように感じて、ヴィエナはなんだか慌ててしまう。
「だ、大丈夫、です。司祭様。それと、もう、自分で歩けます」
「本当に? 無理はするな」
「大丈夫、です。だから、下ろしてください」
もぞもぞと動き出したヴィエナを地面に立たせると、すぐに被っていたオーウェンの上着を返そうとして……。
「う……司祭様、すみません。上着、汚れてどろどろになっちゃった……」
「ああ、構わない」
そのまま受け取ろうとするオーウェンから、慌てて上着を引っ込める。
「戻ったら、すぐ洗います」
「そうか?」
こくんと頷くヴィエナの頭をぽんと叩いて、縺れた金髪が目に入った。
「……くしゃくしゃになってしまったな」
「あ、えと、あとで直します」
「そうか」
もう一度ぽんと頭を叩かれて、それから来た時のようにオーウェンに手を引かれて、ヴィエナは山を降りた。
助けて、というヴィエナの声と同時に、いきなりヴィエナとトーレの間に大きな火柱が上がった。
「おっと」
ヴィエナを突き飛ばしひょいと炎を避けて、トーレはくすりと笑う。
「やっぱりだ」
台の上のものを巻き込んで、ガタガタと派手にものを落としながら呆然と座り込んだヴィエナは、トーレを見上げた。
「やっぱりって、何が……」
「悪魔憑きの魔女でしょう、君は」
「え……」
トーレはおもしろそうに「自覚ないんだ?」とまた笑う。
「今の炎、君がやったのに?」
「そんなの……知らない……」
「本当にわからない?」
笑んだまま目を眇め、トーレは座り込んだヴィエナの前に片膝をついた。ぐいと乱暴にヴィエナの鼻を摘んで上を向かせる。
「ねえ、本当にわからない?」
口元だけに笑みを浮かべたまま、トーレはまた首を傾げる。
「わ、わかんない……」
自分はどうなるんだろう。今の火が自分のせいだなんて、そんなの知らない。
ヴィエナはただ震えるだけだ。
「ヴィエナ、何が……トーレ、殿? 何を?」
ばたばたと足音がして、オーウェンの声が聞こえた。ヴィエナはぱっと振り向いて、「司祭様!」と声を上げる。
「ああ、時間切れだ。助かったね、悪魔憑きの魔女さん?」
トーレは立ち上がり、大股に歩いてくるオーウェンを避けるように一歩下がる。
じろりとトーレを睨み、座り込んだままのヴィエナを見て……オーウェンは手早く自分の上着を脱ぐとヴィエナに被せた。
「ヴィエナ、何があった?」
ヴィエナはぱくぱくと喘ぐように口を動かすだけで、説明しようにもうまく言葉が浮かばない。じわりと滲んでいた涙がかさを増し、溢れだしてしまう。
とたんに、ヴィエナの堪えていたものが崩れ、堰を切ったようにわあわあと泣き出してしまった。
「トーレ殿、いったいヴィエナに何を?
……まさか、愛の女神の教えでは無理強いすることも善しとされている、などと言い出すつもりではあるまいな」
上着に包み、オーウェンはヴィエナを抱き上げた。
「そんな馬鹿な。女神が肯定しているのは、愛のある営みだけだよ」
相変わらず笑みを浮かべたまま、トーレは肩を竦める。
「では、あなたはヴィエナに何をしたのだ」
「ダーリン、何があったの?」
オーウェンがいきり立ち、トーレを問い質そうとしたところへ、イレイェンがゆっくりと入ってきた。甘えるような気の抜けた声でトーレを呼び、首を傾げる。
「その前に口直しをさせて、ハニー」
トーレはすぐに満面の笑みを浮かべると、イレイェンを抱き上げ唇を重ねる。
「ああ、やっぱり君が最高だ」
トーレはじっくり舌を絡ませる。ひとしきり味わって満足したのか、最後に唇をもう一度啄ばんでから、イレイェンの髪に鼻を埋めてうっとりと息を吸い、頭にもキスを落とす。
「ああ、君の匂いはいつも芳しいね」
オーウェンはこれ以上ない渋面でふたりを眺める。トーレはそんなオーウェンにちらりと目をやってから、「上に戻ろうか」と歩き出した。
まるでどこ吹く風のような態度のトーレに溜息を吐いて、オーウェンは未だにひくひくとしゃくりあげるヴィエナの背を軽く慰めるように叩く。
「大丈夫か? ……いや、大丈夫ではないな。目を離してすまなかった」
小さく首を振るヴィエナを頭まで覆って、「しばらくこうしているといい」としっかり抱き締める。
「司祭様は、その子をどうするつもり?」
上の部屋で長椅子に座るなり、トーレはにっこりと笑顔でオーウェンに尋ねた。イレイェンはトーレの膝の上に抱えられたままだ。
「その子危険よね、ダーリン」
「そうだね、ハニー」
イレイェンがくすりと笑ってオーウェンに抱えられたままのヴィエナを見る。
「なぜ」
「立ったままでいられると首が痛くなるわ。話をするなら座って」
片手を振るイレイェンに、オーウェンは眉を寄せたまま、渋々と腰を下ろした。ヴィエナはやはり抱えたままだ。
「なぜも何も、訓練されてない魔法使いはそもそもそういう危険なもののはずよ」
座ったオーウェンにふっと笑って、イレイェンは話しだした。
「あなたも食料庫の爆発跡を見たでしょう? 居合わせたのがダーリンだから、ちょっと散らかっただけで済んだわ。けれど、あれが町の中で起こっていたらおおごとになってたの、わかるわよね?」
抱き締めるトーレの手を愛しげに撫でて、頬を撫でて、イレイェンは目を細める。
「それに、悪魔の印を持ってるのよね? そんなものを連れて歩くなんて、正気の沙汰じゃないわ」
ふん、と鼻で笑ったイレイェンは、トーレの指先にキスをする。
「悪魔から、あなたひとりでどうやって護ろうっていうのかしら」
「……だから、ここへは悪魔の真名を暴く方法を、訊きに来たのだ」
オーウェンの言葉に、トーレとイレイェンは思わず顔を見合わせた。
「そんなことを尋ねたいなんて、悪魔の特定はできてるってこと?」
「いや、まだだ」
オーウェンの答えにイレイェンとトーレはまた顔を見合わせる。
「──それじゃ話にならないわね。
悪魔の二つ名でも特徴でも、何かしらの材料を集めて、それをもとに文献や伝承をあたり、ヒントを地道に探すのが悪魔の真名暴きだもの。
どんな悪魔かすら知れてないなら、およそこの世界中のすべての文献と伝承を当たったところで、暴ける保証はないわ」
「まったくの皆無というわけではない。
ヴィエナに憑いている悪魔は“契約”ではなく“賭け”という言葉を使った。私が知る限り、“定命のもの”と“賭け”などしようという悪魔の話など聞いたことがない。これは悪魔の手掛かりになるはずだ」
「“賭け”、ねえ」
は、とイレイェンが吐息を漏らす。
「ねえ、ダーリンは聞いたことがある?」
イレイェンの問い掛けに、トーレは肩を竦めるだけだ。
「まあ、そんなことをしそうな悪魔が知りたいというなら、幾つかはあげられるかもしれないけどね」
「では……」
「でもねえ……もう一度質問するわ。司祭様は、その子をどうするつもりかしら。悪魔憑きの魔女を」
「もちろん、救うつもりだ」
「どうして?」
「ヴィエナが私に助けを求めたからだ」
ふ、とひとつ息を吐いて、イレイェンはトーレを見上げてまた肩を竦める。
「それじゃ話にならないわ」
「どういう意味だ」
思わず訊き返すオーウェンに、イレイェンもトーレも笑うだけだ。
「そんなことで、私たち危険を冒したくないもの。ねえダーリン?」
「ああ、そうだねハニー。そんなものじゃ、私とハニーが悪魔に目をつけられるほどの危険を冒す理由にはならない」
トーレはイレイェンの唇を啄むようにキスをする。
「ああ」
それから、ふと上を仰ぐように何かを思い付いたのか、にっこりとオーウェンに笑いかける。
「けど、君の連れてるそれから、印を剥がしてあげるくらいはいいよ」
「それは? どういう?」
「力尽くで、べりっと剥がしてあげてもいい。ただ、ずいぶん根深いから、無理にやったらその子も壊れるだろうね」
「な……」
オーウェンは思わずヴィエナを抱く手に力をこめた。上着に包まれたままのヴィエナがびくりと震える。
「深く広く根を張る雑草を無理に抜くと、地面に大きな穴ができるだろう? それと同じ。無理矢理抜けば、その子を作ってるいろんなものを巻き込むことになる。後に残るのは大きな穴さ」
トーレは楽しそうにくすくすと笑いながら、イレイェンの髪を指で梳く。
「それでもいいなら、剥がしてあげるよ。
十天国界に連れてって聖水の海に浸しながら、これでもかっていうくらい退魔と浄化をしてやれば、印は取れるだろうしね」
目を細めて、口の端をくっと吊り上げて、トーレは首を傾げた。
「まあ、その場合、さっきも言ったとおり、大きな穴が空いて抜け殻になったお嬢さんだけが残ることになるけれど」
「……それでは意味がない」
「じゃあ、残念だ」
今度こそもう話すことはないという態度のトーレとイレイェンに、オーウェンは溜息を吐いて暇を告げる。
ヴィエナを抱えたまま部屋を出ようとするオーウェンの背中に向かって、不意にトーレが声をかけた。
「でも、魔女のお嬢さん、ここへ来たくなったらいつでもおいで」
オーウェンは目を眇めてちらりと振り返り、さっさと塔を後にした。
「ねえダーリン。あの小さな魔女を気に入ったの?」
「まさか。でも、興味はあるよ、ハニー」
ちゅ、と頭にキスを落とすトーレに、イレイェンは「あら、ダーリンは私に飽きちゃったのかしら?」とくすりと笑った。
「それこそまさかだ。君は今もこの先も最高だよ。私はハニーに夢中だ」
「なら、朝の続きをして」
「もちろん、お望みのままに。私の愛しい人」
トーレは深く深くキスをして、イレイェンを抱えたまま立ち上がる。喉元にもキスを降らせ、はあ、と吐息を漏らすと奥の部屋へと消えていった。
「ヴィエナ、あまり役に立てなかった。それどころか、お前を酷い目に合わせてしまって、すまない」
山道を下りながら、オーウェンは抱えたヴィエナに囁く。その声がどうも少し落ち込んでいるように感じて、ヴィエナはなんだか慌ててしまう。
「だ、大丈夫、です。司祭様。それと、もう、自分で歩けます」
「本当に? 無理はするな」
「大丈夫、です。だから、下ろしてください」
もぞもぞと動き出したヴィエナを地面に立たせると、すぐに被っていたオーウェンの上着を返そうとして……。
「う……司祭様、すみません。上着、汚れてどろどろになっちゃった……」
「ああ、構わない」
そのまま受け取ろうとするオーウェンから、慌てて上着を引っ込める。
「戻ったら、すぐ洗います」
「そうか?」
こくんと頷くヴィエナの頭をぽんと叩いて、縺れた金髪が目に入った。
「……くしゃくしゃになってしまったな」
「あ、えと、あとで直します」
「そうか」
もう一度ぽんと頭を叩かれて、それから来た時のようにオーウェンに手を引かれて、ヴィエナは山を降りた。
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