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灰色の世界の天上の青
09.百三十年という期限
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ぱちりと目を覚まし、今がいつでここがどこなのか、把握できるまでに少しの間が空いた。小さく息を吐いて起き上がり、袖を引かれる感覚にハッとなる。
「ん」
寝ぼけた声が聞こえて、袖を引かれたのではなく、握られたままだった袖を自分が引いたのだと気づいて、もう一度息を吐いた。
今は夜。まだ夜明けには早い。
闇を怖がるヴィエナのために光を灯し、護りの結界を張ってある。
いつものように。
オーウェンはもう一度深く息を吐く。
では、あれは夢なのか。
それにしては真に迫っていて、まるで幻覚にかけられているようだった。
身体の中を暴れまわる魔力の感覚だとか、あの、悪魔から吹き付ける禍々しい気配とか、あれがすべて夢でしかないなんて、にわかには信じられない。
順当に考えて、ヴィエナに関わる何かが自分に見せたのだろう。
なら……あの悪魔が、ヴィエナに印を刻んだもので、間違いない。
──百三十年か。
「……司祭様?」
「起こしてしまったか。すまないな」
起き上がったままのオーウェンの気配で目を覚ましてしまったのか、ヴィエナがもぞもぞと身体を起こす。
「私、また何かしたの?」
「いや、違う。私の夢見が悪かっただけだ」
少し不安げな顔で見上げるヴィエナに、オーウェンは笑ってみせた。目を伏せるヴィエナの頭をぽんと叩く。
これだけ立て続けにいろいろなことが起こっているのだ、ヴィエナ自身も少しまいっているのかもしれない。
「ヴィエナ、そういえば、お前自身のことはほとんど聞いていなかったな」
「私自身のこと?」
「そう。母親のことは少し聞いたが、それきりだ。父親のことは覚えていないのか? 親族は?」
ヴィエナは少し困ったように目を泳がせる。
「ええと……父さまのことは、知らない。母さまは、二年くらい前に、病気で……だから、親族とかも、いない」
ぽつぽつとつっかえながら、ヴィエナは話しだす。
母親とふたりきり、各地を転々としながら生きてきたこと。母親が魔法を少し使えたから、それで食いつないでいたこと。自分には魔法の素質が出てこなかったから、魔法使いじゃないんだと思ってたこと。
「では、母親が亡くなってからはひとりで過ごしてきたというのか。二年前というと……十三の時からか。父親が何者かもわからないと?」
ヴィエナはおずおずと首肯した。オーウェンは、そんな子供がよくぞひとりで無事に過ごせたものだと呆れてしまう。
「この町までは、母さんの遺してくれたものがあったから、なんとかなったの。でも、物盗りにあって、全部無くしちゃって……夜の御守りも、無くなっちゃって……」
「そうか……では、母方の親族は?」
ヴィエナは困ったように首を振る。
「母さんの母さんも、私と同じくらいの歳の時に病気で亡くなったって聞いてる。母さんの父さんはわからない」
「……お前の祖母上も、もしや、同じような境遇なのか」
「よくわからない。けど、母さんがそんなことを言ってたと思う。うちは、長生きできない家系なんだっていうし」
「長生き、できない……」
悪魔の印のせいなのか、それとも悪魔自身の働きかけによるものなのか。悪魔が“賭け”に勝つために、ギリギリの手出しをしているようにも感じる。
「ええと、母さんもそうだったし、母さんの母さんもそうだったって。皆、子供がなんとか独り立ちできるくらいになると死んでしまうんだって。だから、母さんが病気になるのも仕方ないって」
やはり、悪魔が関わっていそうだなとオーウェンは考え込む。
やはり、期日までに悪魔をどうにかしなければ……。
「お前が一人前の大人になるまでは、私と戦神教会がお前の後見となろう。必要なら、私の養子とすればお前の将来にも有用だ」
「養子?」
「ああ、我がカーリス家は都で少しは名が知れている騎士と司祭の家系だ。十分、お前の後ろ盾となれる」
ヴィエナはぽかんとオーウェンを見上げる。
「司祭様……」
「うん?」
「どうして、司祭様はそんなによくしてくれるの」
「お前に関わると決めたのは私だ。なら、私には、お前が本当に独り立ちできるようになるまでを見届ける責任がある」
「せきにん……」
どうしてここまで関わろうと思えるのか。自分は、魔女とか悪魔とか、厄介なものばかり抱えている人間なのに。
けれど、責任感でそこまでできるのが、オーウェンなんだろう。
……だから、そうかと、ヴィエナは無理やり納得する。
少なくとも、これまで会ったひとからここまで世話を焼かれることは、一度もなかった。むしろ、淡い白金の髪に紫の目という自分や母の容姿を見て、利用しようとしたり捕まえようと考えたりする輩のほうが多かったのだ。
母に、そういう人間からの用心の仕方や逃げ方を教わっていなければ、あっという間にひと買いに捕まってどこかに売られていたに違いない。
「でも、私、悪魔憑きで魔女なのに……」
「お前は魔女ではなく、単に魔法使いの素質があるだけだ。
母親も魔法が使えたというのなら、なおさらだろう。それに、お前は悪魔(デヴィル)と契約した覚えなどないと言ったではないか。
悪魔については……どうにか解決しよう」
半ば呆然としたまま、ヴィエナはこくりと頷いた。
まだ問題はたくさん残っている。
だがオーウェンを信用してもいいなら、少なくとも、これからしばらく明日のことを心配しなくてもいいのではないか。
「……できればすぐにでも、魔法使いの師を見つけなければならないな」
魔術師ならともかく、魔法使いは少し難しいかと、オーウェンはしかつめらしくまだ考え込んでいた。
ヴィエナはやっぱり呆然とオーウェンを見上げたままだった。まだ15年しか生きていないけれど、母以外からこんな風に優しくしてもらえたのは初めてかもしれない。
「司祭様……」
「なんだ?」
ヴィエナは小さく首を振る。
「私、どうしたらいい?」
「何がだ」
オーウェンは軽く目を瞠る。
「だって、こんなにいろいろしてもらっても、私、何も返せないのに……」
「なんだ、そんなことか」
目を伏せるヴィエナにオーウェンは破顔した。
「お前が悪魔や血筋に負けず、前を向いて生きればいいだけのことだ」
「前?」
「そう。だから、まずはそうやっておどおどとせず、顔を上げなさい」
オーウェンはヴィエナの背をひとつ叩くと、上を向かせた。
「よー、司祭の兄さん」
昼を過ぎた頃、客が来ていると呼び出されて出てみると、手を振っていたのは“竜屋敷”の主人である青銅竜アライトだった。
竜とはいっても、人型である今は単なる長身の戦士風の男にしか見えない。もし知らなければ、彼は竜なのだと言われてもなかなか信じられないだろう。
「アライト殿、何かあったか?」
「いや、これ持ってきたんだ。魔女の嬢ちゃんのじゃないかと思ってさ」
そう言ってアライトがぶらぶらさせたのは、革紐に結ばれた――
「これ、私の御守り!」
「月と、これは……フクロウか。夜と死者の女神の聖印だな」
“夜の護り手”あるいは“眠れるものたちの守護者”と呼ばれる女神は、生者の眠りも死者の眠りも等しく守護するものだ。夜の闇を見張り、安眠を護ってくれるため、その聖印を悪夢避けとして枕元に吊るす者は多い。
「市場で見つけたんだよ。たぶん盗品売買をやってる商人だと思うんだ。だが、知らないで買い取ったんだと言い張られたんで、俺もそれ以上は追求できなかった。
ま、嬢ちゃんの匂いがしたから持ってきてみたけど、当たりで良かった」
「戻ってくるなんて思わなかった。ありがとう」
「恩に着る、アライト殿。ヴィエナが親から受け継いだものらしくてな。盗られて無くしたと言っていたところだったので、助かった」
ヴィエナはすぐに御守りを首にかけた。磨り減ってはいても、月とフクロウとすぐにわかる意匠を彫り込んだそれは、よく磨かれて黒く艶めいていた。
「石というより、象牙でも彫ったもののようだな」
「だな。黒竜の角かなとも思ったんだけど、竜の角はもうちょっと硬いから、たぶん違う生き物の角だ」
「角?」
「ああ、牙ならこんなに黒くないだろ?」
なるほど黒い角か、とオーウェンは考える。
この“御守り”も、“彼”の角も、墨を流したように黒い。
──だから、これはヴィエナのところへ戻ってきたのだろうか。
それから、ふと、竜ならばもしかしてとオーウェンは考える。
「アライト殿、魔法使いに心当たりはないだろうか。ヴィエナを少し訓練しなくてはいけないのだが、あいにく私に心当たりがないものでな」
「魔法の? じゃ、嬢ちゃんもやっぱり魔法使いだったのか」
「ああ」
アライトに視線を向けられて、ヴィエナはぺこりと頭をさげる。
「そうだな……初歩の初歩だけなら俺が教えられるぞ。魔法使いの魔法ってのは竜の魔法だからな。それと、あの詩人の兄さんもなんとかできるはずだ。詩人の魔法と魔法使いの魔法に大きな差はないんだ」
「ほう……」
たしかに、魔法使いの素質を持つものは大なり小なり竜の血が混じっているものが多い。年経た竜がすべからく魔法を使うのだから、竜であるアライトも、既に何らかの訓練を済ませているのだろう。
「ではアライト殿、すまないのだが、ヴィエナの魔法の訓練を頼む」
「ああ、構わねえよ。
もっとも、俺が教えられるのは魔力の扱い方くらいだけどな」
「十分だ」
オーウェンはほっとしたように息を吐いて、ヴィエナの背を叩く。
これで、ヴィエナの魔力暴発は防げるだろう。
それと、もうひとつ。
「ヴィエナ、私の部屋に行って、机の上から巻物を持ってきてくれないか」
「はい、司祭様」
ヴィエナはすぐに奥の宿舎へと小走りに向かった。
オーウェンは、その背が扉の向こうに消えるのを待って、また口を開く。
「アライト殿、義弟に伝言を頼む。タイムリミットは“大災害”が起こったその日から、きっかり百三十年のようだ」
「百三十年……というと」
「義弟から話は聞いているな?」
「ああ、さわりはな」
「今年は新暦百二十五年。だが、新暦に変わったのは“大災害”後四年経ってからだ。つまり、すでに百二十九年過ぎている。“賭け”の期日まで、もう半年ほどしか残されていない」
さすがの青銅竜も息を呑む。
「今夜、そちらに話をしに行くと伝えて欲しい。少し情報が入ったのだ。我が義弟に、詩人としての意見を聞きたい」
「わかった。伝えておく」
頷くアライトに、オーウェンは「面倒に巻き込んでしまって、すまないな」と苦笑を浮かべた。
「ん」
寝ぼけた声が聞こえて、袖を引かれたのではなく、握られたままだった袖を自分が引いたのだと気づいて、もう一度息を吐いた。
今は夜。まだ夜明けには早い。
闇を怖がるヴィエナのために光を灯し、護りの結界を張ってある。
いつものように。
オーウェンはもう一度深く息を吐く。
では、あれは夢なのか。
それにしては真に迫っていて、まるで幻覚にかけられているようだった。
身体の中を暴れまわる魔力の感覚だとか、あの、悪魔から吹き付ける禍々しい気配とか、あれがすべて夢でしかないなんて、にわかには信じられない。
順当に考えて、ヴィエナに関わる何かが自分に見せたのだろう。
なら……あの悪魔が、ヴィエナに印を刻んだもので、間違いない。
──百三十年か。
「……司祭様?」
「起こしてしまったか。すまないな」
起き上がったままのオーウェンの気配で目を覚ましてしまったのか、ヴィエナがもぞもぞと身体を起こす。
「私、また何かしたの?」
「いや、違う。私の夢見が悪かっただけだ」
少し不安げな顔で見上げるヴィエナに、オーウェンは笑ってみせた。目を伏せるヴィエナの頭をぽんと叩く。
これだけ立て続けにいろいろなことが起こっているのだ、ヴィエナ自身も少しまいっているのかもしれない。
「ヴィエナ、そういえば、お前自身のことはほとんど聞いていなかったな」
「私自身のこと?」
「そう。母親のことは少し聞いたが、それきりだ。父親のことは覚えていないのか? 親族は?」
ヴィエナは少し困ったように目を泳がせる。
「ええと……父さまのことは、知らない。母さまは、二年くらい前に、病気で……だから、親族とかも、いない」
ぽつぽつとつっかえながら、ヴィエナは話しだす。
母親とふたりきり、各地を転々としながら生きてきたこと。母親が魔法を少し使えたから、それで食いつないでいたこと。自分には魔法の素質が出てこなかったから、魔法使いじゃないんだと思ってたこと。
「では、母親が亡くなってからはひとりで過ごしてきたというのか。二年前というと……十三の時からか。父親が何者かもわからないと?」
ヴィエナはおずおずと首肯した。オーウェンは、そんな子供がよくぞひとりで無事に過ごせたものだと呆れてしまう。
「この町までは、母さんの遺してくれたものがあったから、なんとかなったの。でも、物盗りにあって、全部無くしちゃって……夜の御守りも、無くなっちゃって……」
「そうか……では、母方の親族は?」
ヴィエナは困ったように首を振る。
「母さんの母さんも、私と同じくらいの歳の時に病気で亡くなったって聞いてる。母さんの父さんはわからない」
「……お前の祖母上も、もしや、同じような境遇なのか」
「よくわからない。けど、母さんがそんなことを言ってたと思う。うちは、長生きできない家系なんだっていうし」
「長生き、できない……」
悪魔の印のせいなのか、それとも悪魔自身の働きかけによるものなのか。悪魔が“賭け”に勝つために、ギリギリの手出しをしているようにも感じる。
「ええと、母さんもそうだったし、母さんの母さんもそうだったって。皆、子供がなんとか独り立ちできるくらいになると死んでしまうんだって。だから、母さんが病気になるのも仕方ないって」
やはり、悪魔が関わっていそうだなとオーウェンは考え込む。
やはり、期日までに悪魔をどうにかしなければ……。
「お前が一人前の大人になるまでは、私と戦神教会がお前の後見となろう。必要なら、私の養子とすればお前の将来にも有用だ」
「養子?」
「ああ、我がカーリス家は都で少しは名が知れている騎士と司祭の家系だ。十分、お前の後ろ盾となれる」
ヴィエナはぽかんとオーウェンを見上げる。
「司祭様……」
「うん?」
「どうして、司祭様はそんなによくしてくれるの」
「お前に関わると決めたのは私だ。なら、私には、お前が本当に独り立ちできるようになるまでを見届ける責任がある」
「せきにん……」
どうしてここまで関わろうと思えるのか。自分は、魔女とか悪魔とか、厄介なものばかり抱えている人間なのに。
けれど、責任感でそこまでできるのが、オーウェンなんだろう。
……だから、そうかと、ヴィエナは無理やり納得する。
少なくとも、これまで会ったひとからここまで世話を焼かれることは、一度もなかった。むしろ、淡い白金の髪に紫の目という自分や母の容姿を見て、利用しようとしたり捕まえようと考えたりする輩のほうが多かったのだ。
母に、そういう人間からの用心の仕方や逃げ方を教わっていなければ、あっという間にひと買いに捕まってどこかに売られていたに違いない。
「でも、私、悪魔憑きで魔女なのに……」
「お前は魔女ではなく、単に魔法使いの素質があるだけだ。
母親も魔法が使えたというのなら、なおさらだろう。それに、お前は悪魔(デヴィル)と契約した覚えなどないと言ったではないか。
悪魔については……どうにか解決しよう」
半ば呆然としたまま、ヴィエナはこくりと頷いた。
まだ問題はたくさん残っている。
だがオーウェンを信用してもいいなら、少なくとも、これからしばらく明日のことを心配しなくてもいいのではないか。
「……できればすぐにでも、魔法使いの師を見つけなければならないな」
魔術師ならともかく、魔法使いは少し難しいかと、オーウェンはしかつめらしくまだ考え込んでいた。
ヴィエナはやっぱり呆然とオーウェンを見上げたままだった。まだ15年しか生きていないけれど、母以外からこんな風に優しくしてもらえたのは初めてかもしれない。
「司祭様……」
「なんだ?」
ヴィエナは小さく首を振る。
「私、どうしたらいい?」
「何がだ」
オーウェンは軽く目を瞠る。
「だって、こんなにいろいろしてもらっても、私、何も返せないのに……」
「なんだ、そんなことか」
目を伏せるヴィエナにオーウェンは破顔した。
「お前が悪魔や血筋に負けず、前を向いて生きればいいだけのことだ」
「前?」
「そう。だから、まずはそうやっておどおどとせず、顔を上げなさい」
オーウェンはヴィエナの背をひとつ叩くと、上を向かせた。
「よー、司祭の兄さん」
昼を過ぎた頃、客が来ていると呼び出されて出てみると、手を振っていたのは“竜屋敷”の主人である青銅竜アライトだった。
竜とはいっても、人型である今は単なる長身の戦士風の男にしか見えない。もし知らなければ、彼は竜なのだと言われてもなかなか信じられないだろう。
「アライト殿、何かあったか?」
「いや、これ持ってきたんだ。魔女の嬢ちゃんのじゃないかと思ってさ」
そう言ってアライトがぶらぶらさせたのは、革紐に結ばれた――
「これ、私の御守り!」
「月と、これは……フクロウか。夜と死者の女神の聖印だな」
“夜の護り手”あるいは“眠れるものたちの守護者”と呼ばれる女神は、生者の眠りも死者の眠りも等しく守護するものだ。夜の闇を見張り、安眠を護ってくれるため、その聖印を悪夢避けとして枕元に吊るす者は多い。
「市場で見つけたんだよ。たぶん盗品売買をやってる商人だと思うんだ。だが、知らないで買い取ったんだと言い張られたんで、俺もそれ以上は追求できなかった。
ま、嬢ちゃんの匂いがしたから持ってきてみたけど、当たりで良かった」
「戻ってくるなんて思わなかった。ありがとう」
「恩に着る、アライト殿。ヴィエナが親から受け継いだものらしくてな。盗られて無くしたと言っていたところだったので、助かった」
ヴィエナはすぐに御守りを首にかけた。磨り減ってはいても、月とフクロウとすぐにわかる意匠を彫り込んだそれは、よく磨かれて黒く艶めいていた。
「石というより、象牙でも彫ったもののようだな」
「だな。黒竜の角かなとも思ったんだけど、竜の角はもうちょっと硬いから、たぶん違う生き物の角だ」
「角?」
「ああ、牙ならこんなに黒くないだろ?」
なるほど黒い角か、とオーウェンは考える。
この“御守り”も、“彼”の角も、墨を流したように黒い。
──だから、これはヴィエナのところへ戻ってきたのだろうか。
それから、ふと、竜ならばもしかしてとオーウェンは考える。
「アライト殿、魔法使いに心当たりはないだろうか。ヴィエナを少し訓練しなくてはいけないのだが、あいにく私に心当たりがないものでな」
「魔法の? じゃ、嬢ちゃんもやっぱり魔法使いだったのか」
「ああ」
アライトに視線を向けられて、ヴィエナはぺこりと頭をさげる。
「そうだな……初歩の初歩だけなら俺が教えられるぞ。魔法使いの魔法ってのは竜の魔法だからな。それと、あの詩人の兄さんもなんとかできるはずだ。詩人の魔法と魔法使いの魔法に大きな差はないんだ」
「ほう……」
たしかに、魔法使いの素質を持つものは大なり小なり竜の血が混じっているものが多い。年経た竜がすべからく魔法を使うのだから、竜であるアライトも、既に何らかの訓練を済ませているのだろう。
「ではアライト殿、すまないのだが、ヴィエナの魔法の訓練を頼む」
「ああ、構わねえよ。
もっとも、俺が教えられるのは魔力の扱い方くらいだけどな」
「十分だ」
オーウェンはほっとしたように息を吐いて、ヴィエナの背を叩く。
これで、ヴィエナの魔力暴発は防げるだろう。
それと、もうひとつ。
「ヴィエナ、私の部屋に行って、机の上から巻物を持ってきてくれないか」
「はい、司祭様」
ヴィエナはすぐに奥の宿舎へと小走りに向かった。
オーウェンは、その背が扉の向こうに消えるのを待って、また口を開く。
「アライト殿、義弟に伝言を頼む。タイムリミットは“大災害”が起こったその日から、きっかり百三十年のようだ」
「百三十年……というと」
「義弟から話は聞いているな?」
「ああ、さわりはな」
「今年は新暦百二十五年。だが、新暦に変わったのは“大災害”後四年経ってからだ。つまり、すでに百二十九年過ぎている。“賭け”の期日まで、もう半年ほどしか残されていない」
さすがの青銅竜も息を呑む。
「今夜、そちらに話をしに行くと伝えて欲しい。少し情報が入ったのだ。我が義弟に、詩人としての意見を聞きたい」
「わかった。伝えておく」
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