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三首竜の町
引き際が肝心だからな
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それから、この町の教会の偉い神官たちと面会していくつも神術をかけられて調べられた。
変わってしまったのは身体だけだが、今後どう転ぶかがわからない。
それが、教会の見解だった。
このまましばらく、教会に留まるようにとも言い渡された。
「――“変容”を起こすほどの“邪悪の真髄”に触れた者って、少ないんだよ」
「そうなのか?」
小さな部屋の中で、ミーケルと話をする。
「伝説の中に語られているのも数えるほどだ。しかも、そのどれもが皆“悪堕ち”してる。君みたいに踏みとどまってる例がない。
神官たちは、だから判断しかねているんだろうね」
肩を竦めるミーケルに、「そっか」とだけ呟く。この嗄れてしまった声も、“変容”させられた結果なのだという。
じゃあ、いろいろちゃんと考えないといけないな、とエルヴィラはまたひとつ溜息を吐いた。考えることは苦手だけど、そうも言っていられない。
この姿じゃ家名を名乗るのも憚られてしまうし、ミーケルの話じゃ今後の自分がどうなるかなんて、ほんとうにわからない。
あーあ、あっという間だったなと、エルヴィラはさらにひとつ溜息を吐いた。
闇の中、こっそりと起き上がってきょろきょろと周りを見回す。今夜はちょっと考えたいからと、ミーケルとは別の部屋にしてもらったのだ。
部屋の中に誰もいないことを確認して、自分の荷物をいれた袋を手に取った。部屋着のうえに外套を羽織りブーツを履いただけで、部屋の窓から外へと出る。
このくらいの高さなら、降りるのだって問題ない。エルヴィラは落としたロープを使って、するすると降りていく。
「こんなことだと思った」
「ミケ」
とん、と地面に着いたところで声がかかった。
誰にも見つかってないと思ったのに、待ち伏せられていた。
「君の考えそうなことが僕にわからないわけないだろう? 見縊らないでくれる? それで、どこへ行くつもりなんだよ」
「――決めてない」
呆れた吐息を漏らして、「あのねえ」とミーケルは呟いた。
「無計画にひとりで出て行って、君みたいな箱入りが生きていけるの?」
「う……なんとか、なるし」
「なんとかって、どうなんとかなるのさ」
顔を顰めて迫ってくるミーケルに、エルヴィラはぐっと唇を噛んだ。
そんなのわからない。だけど。
「なんとかならなくても、なんとかする。だから、ミケとはここでさようならだ」
「君、何を――」
エルヴィラがすっと目を細めて一歩踏み出し、ミーケルの鳩尾目掛けて拳を繰り出した。
咄嗟に腹を締めて抵抗したのに、エルヴィラの拳はとんでもない衝撃で、正確に急所を突いてくる。
「馬鹿、力……君、どうして、そんなに、馬鹿なん、だよ」
げほ、と咳き込んでミーケルが倒れる。
エルヴィラは昏倒したミーケルを抱き上げて建物に寄りかからせた。ぐっと抱き締めて、いっぱいにミーケルの匂いを吸い込む。
教会の宿舎のほうも、少し騒がしくなっているようだ。このままでは見つかってしまう。エルヴィラは踵を返して、町の外へ向かって走り出そうとして――
「なあ、おい!」
肩に、とん、と栗鼠が乗った。
「なんだ? 止めるなら、今度こそお前の首を折るぞ」
「止めねえよ! 誰がそんな無謀なことするかよ!」
目を眇めて睨みつけるエルヴィラに、アライトは思わずぶるっと震える。
「そうじゃなくて……く、首に触らないって約束するなら、俺の背中に乗せてってやってもいい」
エルヴィラは思わず目を瞠る。
いったいどういう風の吹き回しだろう。
けど、ここから離れるのには、とてもありがたい申し出だ。それに、竜ならべつに評判なんて気にする必要もないんじゃないか。
「――やった! わかった、触らない!」
安堵にほっと息を吐いて、肩を降りたアライトは竜の姿に変わった。
その背に、エルヴィラは嬉々としてよじ登る。首の根元に跨ると手近な棘に掴まって、「飛んでもいいぞ」と声をかける。
アライトは空を仰ぎ、それから未だ気を失っているミーケルをちらりと見やる。
「で、あんたはどこに向かうか決めてるのか?」
「荒れ地のほうに行こうと思ってたんだ。辺境ならいろんな種族がいるっていうし、あんまり目立たないんじゃないかって」
「へえ。じゃ、荒れ地だな」
「ああ」
アライトは頷いて、ばさりばさりと羽ばたき始めた。軽く助走を付けて地を蹴り、空高く舞い上がる。
ぐんぐんと遠くなる町を眼下にして、エルヴィラは祈るように目を閉じた。
ミーケルと一緒にあちこち行って美味しいものを食べて歩く旅はすごく楽しかった。ずっと続けたかった。こうなってしまったのは、ちょっと残念だ。
――いや、ものすごく残念だ。
もっといちゃいちゃもしたかったし。
でも、こうなってしまったなら仕方ない。猛き戦いの神の輝ける剣にかけて、エルヴィラ・カーリスは引き際を間違えたりなどしないのだ。
大きく深呼吸をして、エルヴィラはしっかりと前を見据えた。
* * *
ミーケルがハッと気づいた時には、エルヴィラもアライトも既に空高く舞い上がった後だった。
すぐに身体を起こそうとして力が入らず、ミーケルは小さく舌打ちをした。それからすぐに急いで小回復の魔法を使う。
「――吟遊詩人ミーケル!」
建物を回り込んできたルイス高神官が現れたのは、ミーケルがどうにか立ち上がるのとほぼ同時だった。
変わってしまったのは身体だけだが、今後どう転ぶかがわからない。
それが、教会の見解だった。
このまましばらく、教会に留まるようにとも言い渡された。
「――“変容”を起こすほどの“邪悪の真髄”に触れた者って、少ないんだよ」
「そうなのか?」
小さな部屋の中で、ミーケルと話をする。
「伝説の中に語られているのも数えるほどだ。しかも、そのどれもが皆“悪堕ち”してる。君みたいに踏みとどまってる例がない。
神官たちは、だから判断しかねているんだろうね」
肩を竦めるミーケルに、「そっか」とだけ呟く。この嗄れてしまった声も、“変容”させられた結果なのだという。
じゃあ、いろいろちゃんと考えないといけないな、とエルヴィラはまたひとつ溜息を吐いた。考えることは苦手だけど、そうも言っていられない。
この姿じゃ家名を名乗るのも憚られてしまうし、ミーケルの話じゃ今後の自分がどうなるかなんて、ほんとうにわからない。
あーあ、あっという間だったなと、エルヴィラはさらにひとつ溜息を吐いた。
闇の中、こっそりと起き上がってきょろきょろと周りを見回す。今夜はちょっと考えたいからと、ミーケルとは別の部屋にしてもらったのだ。
部屋の中に誰もいないことを確認して、自分の荷物をいれた袋を手に取った。部屋着のうえに外套を羽織りブーツを履いただけで、部屋の窓から外へと出る。
このくらいの高さなら、降りるのだって問題ない。エルヴィラは落としたロープを使って、するすると降りていく。
「こんなことだと思った」
「ミケ」
とん、と地面に着いたところで声がかかった。
誰にも見つかってないと思ったのに、待ち伏せられていた。
「君の考えそうなことが僕にわからないわけないだろう? 見縊らないでくれる? それで、どこへ行くつもりなんだよ」
「――決めてない」
呆れた吐息を漏らして、「あのねえ」とミーケルは呟いた。
「無計画にひとりで出て行って、君みたいな箱入りが生きていけるの?」
「う……なんとか、なるし」
「なんとかって、どうなんとかなるのさ」
顔を顰めて迫ってくるミーケルに、エルヴィラはぐっと唇を噛んだ。
そんなのわからない。だけど。
「なんとかならなくても、なんとかする。だから、ミケとはここでさようならだ」
「君、何を――」
エルヴィラがすっと目を細めて一歩踏み出し、ミーケルの鳩尾目掛けて拳を繰り出した。
咄嗟に腹を締めて抵抗したのに、エルヴィラの拳はとんでもない衝撃で、正確に急所を突いてくる。
「馬鹿、力……君、どうして、そんなに、馬鹿なん、だよ」
げほ、と咳き込んでミーケルが倒れる。
エルヴィラは昏倒したミーケルを抱き上げて建物に寄りかからせた。ぐっと抱き締めて、いっぱいにミーケルの匂いを吸い込む。
教会の宿舎のほうも、少し騒がしくなっているようだ。このままでは見つかってしまう。エルヴィラは踵を返して、町の外へ向かって走り出そうとして――
「なあ、おい!」
肩に、とん、と栗鼠が乗った。
「なんだ? 止めるなら、今度こそお前の首を折るぞ」
「止めねえよ! 誰がそんな無謀なことするかよ!」
目を眇めて睨みつけるエルヴィラに、アライトは思わずぶるっと震える。
「そうじゃなくて……く、首に触らないって約束するなら、俺の背中に乗せてってやってもいい」
エルヴィラは思わず目を瞠る。
いったいどういう風の吹き回しだろう。
けど、ここから離れるのには、とてもありがたい申し出だ。それに、竜ならべつに評判なんて気にする必要もないんじゃないか。
「――やった! わかった、触らない!」
安堵にほっと息を吐いて、肩を降りたアライトは竜の姿に変わった。
その背に、エルヴィラは嬉々としてよじ登る。首の根元に跨ると手近な棘に掴まって、「飛んでもいいぞ」と声をかける。
アライトは空を仰ぎ、それから未だ気を失っているミーケルをちらりと見やる。
「で、あんたはどこに向かうか決めてるのか?」
「荒れ地のほうに行こうと思ってたんだ。辺境ならいろんな種族がいるっていうし、あんまり目立たないんじゃないかって」
「へえ。じゃ、荒れ地だな」
「ああ」
アライトは頷いて、ばさりばさりと羽ばたき始めた。軽く助走を付けて地を蹴り、空高く舞い上がる。
ぐんぐんと遠くなる町を眼下にして、エルヴィラは祈るように目を閉じた。
ミーケルと一緒にあちこち行って美味しいものを食べて歩く旅はすごく楽しかった。ずっと続けたかった。こうなってしまったのは、ちょっと残念だ。
――いや、ものすごく残念だ。
もっといちゃいちゃもしたかったし。
でも、こうなってしまったなら仕方ない。猛き戦いの神の輝ける剣にかけて、エルヴィラ・カーリスは引き際を間違えたりなどしないのだ。
大きく深呼吸をして、エルヴィラはしっかりと前を見据えた。
* * *
ミーケルがハッと気づいた時には、エルヴィラもアライトも既に空高く舞い上がった後だった。
すぐに身体を起こそうとして力が入らず、ミーケルは小さく舌打ちをした。それからすぐに急いで小回復の魔法を使う。
「――吟遊詩人ミーケル!」
建物を回り込んできたルイス高神官が現れたのは、ミーケルがどうにか立ち上がるのとほぼ同時だった。
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