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護森
歌姫と悪魔
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エルヴィラはミーケルとシェイファラルをきょろきょろと見比べる。
ミーケルがせっせと写す横から、ちらちらと読み取った内容を思い出す。
「あ、あの、歌姫の手記には、あなたが赤竜と戦ったって書いてあったんだが……」
「ああ、たしかにその通りだ」
「じゃ、じゃあ、もしかして、今、伝説で神の使いって伝わってる神竜とはあなたのことなのか!?」
勢い込んで尋ねるエルヴィラに、くっくっと笑ってシェイファラルは頷いた。
「何故かは知らないが、今はそういうことになっているようだな」
「すごい。生きた伝説というやつなんだな、あなたは。じゃあ、聖騎士っていうのは? ほんとうに神の使いだったのか?」
神竜とともに現れた聖騎士というのは、それでは創作だったのだろうかと考えながら、エルヴィラはさらに尋ねる。
「彼は神託を受けて町へとやってきた冒険者だったんだ。ヒューマノイドを率いる邪竜神の司祭を討ったのは、確かに彼だよ。
私はその間、町が持ちこたえられるようにと戦いを手伝っただけだ。赤竜を討てたのも、エイシャの歌があったことはもちろんだが、やつがまだ若く、自分一頭のみで十分だと先走って町を襲いに来るような、傲慢で思慮の浅い竜だったことも大きい」
アライトなら自慢げに笑うところを、シェイファラルは思慮深げに伏し目がちに淡々と語るのみだ。エルヴィラはこれがすごい竜とすごくない竜の差か、と恐れ入る。
次にアライトに会ったときには、絶対あいつの修行不足を指摘してやろう。
「そうだ、ひとつ訊きたかったんだ。
歌姫が歌姫だったのはほんの数年だけだったって聞いたんだ。すぐにやめなきゃいけなくなったのは、どうしてなんだろうか?」
ここへ来る前、ミーケルから聞いた歌姫の話を思い出す。
ほんの数年。それだけの短い期間で名を残すほどの詩人だったのに、どうしてやめてしまったのだろう。そんなにすごい詩人が詩人であることをやめなければならなかったという事情は、どんなものだったのか。
「ああ……」
シェイファラルは少し懐かしげに。遠くを見るような表情を浮かべる。
「歌姫エイシャは、昔、“大災害”以前に存在した、“嵐の国”の王女でもあった。
少々不遇な王女だったのだが、“嵐の国”から遠方へと嫁ぐ旅で賊に襲われ死んだものとなったのをいいことに、国を出奔することにしたのだ。
エイシャの話では、当時の王宮というのは、毎日のように命を狙われるような相当に物騒なところだったらしい」
「なん、だと?」
たしかに、有力で力のある貴族ほど敵は多く、命の危険も増していくものだが……そんな若い娘が毎日命を狙われるなんて、王族とはそこまで大変なものなのか。王宮とは、そこまで危険な場所なのか。
十大貴族の合議で治められている“深淵の都”に王はいない。だから、王族にそんな危険があるなんて、エルヴィラは想像したこともなかった。
「私とエイシャが出会ったのはその時だ。当時は私もまだ若くて……幼い頃にしでかしたことの罰を受けている最中だったのだよ」
「罰? 竜でも罰せられることなどあるのか!?」
くっくっと笑いながらシェイファラルが頷く。
「卵から孵ってからずっと、落ち着きもなく好奇心の塊だった私は、ついいたずらで長の宝珠を割ってしまってね……お前には少し反省と学びが必要だと叱られて、皇竜神の神殿の一室に閉じ込められたのだ」
こんなに落ち着いた立派な竜なのに、子竜時代にはそんなことをやらかしてしまう竜だったのかと、エルヴィラはまた目を丸くする。
とても信じられない。
「そうやって閉じ込められた部屋で、ここを訪れた最初の善きものに仕えよと言われてじっと待っていたところに現れたのが、エイシャだ」
じゃあ、ミーケルが言ってた“家系の始まった場所”っていうのは、その神殿のことだったのか。
エルヴィラは続きを促すように頷いた。
賊に襲われて、普通なら震え上がって動けなくなるものなのに、歌姫はずいぶんとたくましいお姫様だったんだな、なんてことも考えながら。
「深窓の姫君だったはずなのに、好奇心が強くて歌と物語が大好きで、最初に着いた町で出会った老詩人ヨエルに、迷わず弟子入りしてしまうくらいだったな。
挙げ句、詩人として名を挙げ、“歌姫”として知られるようにもなってしまった」
エルヴィラはこくこくと頷きながら耳を傾けた。ミーケルに聞いた話どおりだ。
思わずミーケルを振り返ってにこっと笑う。
“歌姫”と呼ばれるようになったエイシャは、その美しさもあり、いろいろな町で領主や貴族からわざわざ招かれるほどになる。
そして、彼らから次々と求婚を受けるようにもなるのだ。
あれ、でも確かその時、ミーケルはエイシャの生涯の相手は傍らに立つ護衛騎士だと語っていたのではないか……と思い出す。
「シェイファラル。もしかして、あなたはエイシャの護衛騎士でもあったのか?」
「いかにも」
首を傾げるエルヴィラに、また笑むように目を細め、竜はゆっくりと頷く。
「そうか、いいな」
エルヴィラもつられて笑顔になる。
歌姫エイシャとシェイファラルって、ミーケルと自分みたいじゃないか。詩人と護衛騎士という立場で、思いが通じ合ってるところまでそっくりだ。
ミーケルみたいな黒髪の美姫に寄り添う、人型のシェイファラル。
アライトの数倍は凛々しくて立派な騎士のはずだ。すごくお似合いじゃないか。
ミーケルがせっせと写す横から、ちらちらと読み取った内容を思い出す。
「あ、あの、歌姫の手記には、あなたが赤竜と戦ったって書いてあったんだが……」
「ああ、たしかにその通りだ」
「じゃ、じゃあ、もしかして、今、伝説で神の使いって伝わってる神竜とはあなたのことなのか!?」
勢い込んで尋ねるエルヴィラに、くっくっと笑ってシェイファラルは頷いた。
「何故かは知らないが、今はそういうことになっているようだな」
「すごい。生きた伝説というやつなんだな、あなたは。じゃあ、聖騎士っていうのは? ほんとうに神の使いだったのか?」
神竜とともに現れた聖騎士というのは、それでは創作だったのだろうかと考えながら、エルヴィラはさらに尋ねる。
「彼は神託を受けて町へとやってきた冒険者だったんだ。ヒューマノイドを率いる邪竜神の司祭を討ったのは、確かに彼だよ。
私はその間、町が持ちこたえられるようにと戦いを手伝っただけだ。赤竜を討てたのも、エイシャの歌があったことはもちろんだが、やつがまだ若く、自分一頭のみで十分だと先走って町を襲いに来るような、傲慢で思慮の浅い竜だったことも大きい」
アライトなら自慢げに笑うところを、シェイファラルは思慮深げに伏し目がちに淡々と語るのみだ。エルヴィラはこれがすごい竜とすごくない竜の差か、と恐れ入る。
次にアライトに会ったときには、絶対あいつの修行不足を指摘してやろう。
「そうだ、ひとつ訊きたかったんだ。
歌姫が歌姫だったのはほんの数年だけだったって聞いたんだ。すぐにやめなきゃいけなくなったのは、どうしてなんだろうか?」
ここへ来る前、ミーケルから聞いた歌姫の話を思い出す。
ほんの数年。それだけの短い期間で名を残すほどの詩人だったのに、どうしてやめてしまったのだろう。そんなにすごい詩人が詩人であることをやめなければならなかったという事情は、どんなものだったのか。
「ああ……」
シェイファラルは少し懐かしげに。遠くを見るような表情を浮かべる。
「歌姫エイシャは、昔、“大災害”以前に存在した、“嵐の国”の王女でもあった。
少々不遇な王女だったのだが、“嵐の国”から遠方へと嫁ぐ旅で賊に襲われ死んだものとなったのをいいことに、国を出奔することにしたのだ。
エイシャの話では、当時の王宮というのは、毎日のように命を狙われるような相当に物騒なところだったらしい」
「なん、だと?」
たしかに、有力で力のある貴族ほど敵は多く、命の危険も増していくものだが……そんな若い娘が毎日命を狙われるなんて、王族とはそこまで大変なものなのか。王宮とは、そこまで危険な場所なのか。
十大貴族の合議で治められている“深淵の都”に王はいない。だから、王族にそんな危険があるなんて、エルヴィラは想像したこともなかった。
「私とエイシャが出会ったのはその時だ。当時は私もまだ若くて……幼い頃にしでかしたことの罰を受けている最中だったのだよ」
「罰? 竜でも罰せられることなどあるのか!?」
くっくっと笑いながらシェイファラルが頷く。
「卵から孵ってからずっと、落ち着きもなく好奇心の塊だった私は、ついいたずらで長の宝珠を割ってしまってね……お前には少し反省と学びが必要だと叱られて、皇竜神の神殿の一室に閉じ込められたのだ」
こんなに落ち着いた立派な竜なのに、子竜時代にはそんなことをやらかしてしまう竜だったのかと、エルヴィラはまた目を丸くする。
とても信じられない。
「そうやって閉じ込められた部屋で、ここを訪れた最初の善きものに仕えよと言われてじっと待っていたところに現れたのが、エイシャだ」
じゃあ、ミーケルが言ってた“家系の始まった場所”っていうのは、その神殿のことだったのか。
エルヴィラは続きを促すように頷いた。
賊に襲われて、普通なら震え上がって動けなくなるものなのに、歌姫はずいぶんとたくましいお姫様だったんだな、なんてことも考えながら。
「深窓の姫君だったはずなのに、好奇心が強くて歌と物語が大好きで、最初に着いた町で出会った老詩人ヨエルに、迷わず弟子入りしてしまうくらいだったな。
挙げ句、詩人として名を挙げ、“歌姫”として知られるようにもなってしまった」
エルヴィラはこくこくと頷きながら耳を傾けた。ミーケルに聞いた話どおりだ。
思わずミーケルを振り返ってにこっと笑う。
“歌姫”と呼ばれるようになったエイシャは、その美しさもあり、いろいろな町で領主や貴族からわざわざ招かれるほどになる。
そして、彼らから次々と求婚を受けるようにもなるのだ。
あれ、でも確かその時、ミーケルはエイシャの生涯の相手は傍らに立つ護衛騎士だと語っていたのではないか……と思い出す。
「シェイファラル。もしかして、あなたはエイシャの護衛騎士でもあったのか?」
「いかにも」
首を傾げるエルヴィラに、また笑むように目を細め、竜はゆっくりと頷く。
「そうか、いいな」
エルヴィラもつられて笑顔になる。
歌姫エイシャとシェイファラルって、ミーケルと自分みたいじゃないか。詩人と護衛騎士という立場で、思いが通じ合ってるところまでそっくりだ。
ミーケルみたいな黒髪の美姫に寄り添う、人型のシェイファラル。
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