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アリアの追想
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悲劇は何の前触れもなく訪れた。
四年前、家族で魔法界のホテルに泊まった日。アリアが疲れてベッドに潜り込んだあと、両親は夜のデートに出かけたという。
それっきりだった。
翌朝には、アリアは哀れっぽい目をした大人に取り囲まれていた。
両親の姿はなく、ただアリアは、現世への特別トラブルチケットを持たされた。
泣きはらした目をした叔母が、大急ぎで現世からやってきた。
「パパとママはどこ……?」
何が起こったのか、わからなかった。
わからないまま、叔母の家で生活するようになり、強制カウンセリングを受けさせられる運びになった。
カウンセリングは、上手くいかなかった。
がらりと環境が変わったストレスで、アリアは泣いたり怒りっぽくなったり、逆にハイになったりした。
イライラしていると、臨床心理士と名乗る女性がやってきた。
「アリアちゃん、催眠誘導を試してみようか」
「さいみん術?」
「ううん、催眠」
臨床心理士がアリアに優しく語りかける。
「アリアちゃん、ここにいたくないよね。私のこと、むかつくよね」
「うん、嫌い! あっちいって!」
「そうだね、よくわかる。だけどね、そんなふうだと心の治療ができないんだ。だから、ちょっとだけ私に付き合ってね」
「私、変になったの?」
「違うよ。催眠はね、気持ちを落ち着かせて、お話を聞きやすい状態に持っていくだけ。アリアちゃんが落ち着いたら、パパとママのお話をしようね」
催眠は、とても不思議な体験だった。何日もかけてその人と話し、奇妙な指示を受けるうちに、気持ちが落ち着いていくのを確かに感じた。
あとから、催眠について調べたことがある。何でも、言葉の暗示によって理性を鈍らせ、無意識を優先させる療法なのだそうだ。
本来持ち合わせている、本能の領域を突出させる。
アリアの場合は『誰の言うことも聞きたくない』という反発心を押さえ込むためのものだった。
落ち着いてくると、アリアは死という概念を教えられた。
だが、当時のアリアは五歳。
死を理解するのは難しく、「パパとママは天国に行ったんだよ」と言われても、「いつ帰ってくるの?」ときょとんとしていた。
これだけは、理解に時間がかかった。
随分あとに、叔母に訊いてわかったことだが、両親の死因は心臓への一突きだったらしい。死体は、特に隠された様子はなかったという。
異世界に監視の目はないが、人の目はある。
異世界で住み込みで働いている人のなかには、義侠心で夜の見回りや、自警団らしき活動をしている人もいる。
だいたいは、迷子や落とし物の捜索が主だが、当時はアリアのためにと、随分動いてくれたらしい。
彼らは仕事が終わると、AI仕掛けの幻獣や植物、妖精に聞き込みを行ってくれた。
両親の葬式を終えて少しすると、叔母はアリアを連れて、一度彼らにお礼を言いにうかがった。捜査の進捗状況の報告も兼ねていたのだろう。
魔法使いの恰好をした彼らは、ひどく落ち込んでいた。自分の無力さを恥じているようでもあった。
「駄目だ。犯人の野郎、異世界に慣れてやがる……。驚くほど、手応えがねえんだ。妖精がいないタイミングや、死角を知ってたに違いない」
「用意周到なタイプだ。じっと機を窺えるような……」
そう言った誰かが、アリアの頭を労るように撫でた。
夜の酒場だった。アリアは疲れて横になっていたが、眠っているふりをしているだけで、ばっちり聞き耳を立てていた。
「本職なら……何とかしてくれるかもしれないが」
その言葉に、叔母が不思議そうに問いかけた。
「本職とは何です?」
「守護天使だ」
「え、天使?」
「ああ。観光客は都市伝説だと思ってるようだが、守護天使はいる。ここに住んでる奴らなら、誰だって知ってるさ。知らないふりをしているだけだ」
「何故ですか……?」
「場合によっちゃ、奴ら、殺しもいとわないからだ」
叔母が息を呑む気配がした。
「妙なかたちで事故や自殺が起きると、近辺を賑わせていたクソみてえな事件がピタッと止まる。……実際、そういうケースがあるんだ」
「馬鹿をやりすぎた奴は、必ず守護天使に粛清される。俺たちは天使に守られてるのさ」
「まさか、現代にそんなのが……」
「仕方ねえさ。異世界じゃ犯罪を抑止できない。犯罪が起こってから取り締まる。昔は、それが普通だったらしいぜ」
「でも、何も殺さなくてもいいんじゃ」
「……裁判や警察、刑務所なんてのは過去の遺物だ。そんな古いもん、もう存在してない。捕まえたところで、どうする? 現世でカウンセリングでも受けさせるか? もちろん、なかにはそれが妥当な奴もいるだろうさ。でも、殺人ってのはそれが許されるレベルか? カウンセリングで、遺族の気持ちは休まるか? ……アリアが納得するか?」
男がぞっとするほど低い声で続ける。
「……死んじまえよ。人を殺してんだ。殺される覚悟ぐらい、持ってんだろ」
シン、と沈黙が下りてくる。別の男が、やりきれなさそうに口を開いた。
「……何故、自殺が起きない。守護天使は、まだこの事件に気付いてないのか」
「いや。これだけ大事になってるんだ。もう耳には入ってるだろう。きっと、難航しているんだ……」
アリアはむくりと起き上がった。
「パパも、天使はいるって言ってた」
その場にいた者がぎょっとしてアリアを見る。
「アリア、起きてたの?」
叔母がすぐさま魔法使いに頭を下げて、酒場を出ようとする。だが、アリアは構わず続けた。
「私、天使を探す。パパとママを助けてもらうの」
……当時のアリアは、死を理解できていなかった。
彼らの会話の調子から、アリアが推測できたことはたった一つ。
天使だけが、今のアリアを助けてくれる。
幸か不幸か、アリアは年間パスポートを持っていた。
本来なら、保護者の付き添いが必須だが、殺人事件の遺族であることや両親が亡くなったレアケースが重なり、パスポートの権限ロックにミスが生じていた。
それにより、アリア一人で異世界を行き来できてしまった。
叔母は良い人だが、兄の子どもの監督不行届を責められてまで、アリアを愛せるほど聖人ではない。
次第に、叔母はアリアを持て余すようになった。
そんな折、パパとママの仕事仲間だった人が、アリアを引き取りたいと申し出た。
その人は異世界に居住しており、経済状況も申し分なかった。
流れるように手続きは進み、アリアは異世界に移り住んだ。
それから、アリアはコンピューターに関する技術と知識を高めていき、天使の正体を知った。
天使とは、金持ちがつくり出した私兵集団のこと。さらにはCASという、似たような組織まで存在している。
そのくせ、情報を共有することもできていない。
……何で、と怒りを抱いた。
アリアはデータを盗んだ。馬鹿に正義の味方を名乗る資格はないと、知らしめるため。
そして、事件解決に向けてどこまで着手していたのか、調べるため。
そこまで思ってなお、アリアは天使に会いたい欲求を捨てきれなかった。
そうしてアリアは、わざと位置情報を残し、エディ城に足を運んだ。
四年前、家族で魔法界のホテルに泊まった日。アリアが疲れてベッドに潜り込んだあと、両親は夜のデートに出かけたという。
それっきりだった。
翌朝には、アリアは哀れっぽい目をした大人に取り囲まれていた。
両親の姿はなく、ただアリアは、現世への特別トラブルチケットを持たされた。
泣きはらした目をした叔母が、大急ぎで現世からやってきた。
「パパとママはどこ……?」
何が起こったのか、わからなかった。
わからないまま、叔母の家で生活するようになり、強制カウンセリングを受けさせられる運びになった。
カウンセリングは、上手くいかなかった。
がらりと環境が変わったストレスで、アリアは泣いたり怒りっぽくなったり、逆にハイになったりした。
イライラしていると、臨床心理士と名乗る女性がやってきた。
「アリアちゃん、催眠誘導を試してみようか」
「さいみん術?」
「ううん、催眠」
臨床心理士がアリアに優しく語りかける。
「アリアちゃん、ここにいたくないよね。私のこと、むかつくよね」
「うん、嫌い! あっちいって!」
「そうだね、よくわかる。だけどね、そんなふうだと心の治療ができないんだ。だから、ちょっとだけ私に付き合ってね」
「私、変になったの?」
「違うよ。催眠はね、気持ちを落ち着かせて、お話を聞きやすい状態に持っていくだけ。アリアちゃんが落ち着いたら、パパとママのお話をしようね」
催眠は、とても不思議な体験だった。何日もかけてその人と話し、奇妙な指示を受けるうちに、気持ちが落ち着いていくのを確かに感じた。
あとから、催眠について調べたことがある。何でも、言葉の暗示によって理性を鈍らせ、無意識を優先させる療法なのだそうだ。
本来持ち合わせている、本能の領域を突出させる。
アリアの場合は『誰の言うことも聞きたくない』という反発心を押さえ込むためのものだった。
落ち着いてくると、アリアは死という概念を教えられた。
だが、当時のアリアは五歳。
死を理解するのは難しく、「パパとママは天国に行ったんだよ」と言われても、「いつ帰ってくるの?」ときょとんとしていた。
これだけは、理解に時間がかかった。
随分あとに、叔母に訊いてわかったことだが、両親の死因は心臓への一突きだったらしい。死体は、特に隠された様子はなかったという。
異世界に監視の目はないが、人の目はある。
異世界で住み込みで働いている人のなかには、義侠心で夜の見回りや、自警団らしき活動をしている人もいる。
だいたいは、迷子や落とし物の捜索が主だが、当時はアリアのためにと、随分動いてくれたらしい。
彼らは仕事が終わると、AI仕掛けの幻獣や植物、妖精に聞き込みを行ってくれた。
両親の葬式を終えて少しすると、叔母はアリアを連れて、一度彼らにお礼を言いにうかがった。捜査の進捗状況の報告も兼ねていたのだろう。
魔法使いの恰好をした彼らは、ひどく落ち込んでいた。自分の無力さを恥じているようでもあった。
「駄目だ。犯人の野郎、異世界に慣れてやがる……。驚くほど、手応えがねえんだ。妖精がいないタイミングや、死角を知ってたに違いない」
「用意周到なタイプだ。じっと機を窺えるような……」
そう言った誰かが、アリアの頭を労るように撫でた。
夜の酒場だった。アリアは疲れて横になっていたが、眠っているふりをしているだけで、ばっちり聞き耳を立てていた。
「本職なら……何とかしてくれるかもしれないが」
その言葉に、叔母が不思議そうに問いかけた。
「本職とは何です?」
「守護天使だ」
「え、天使?」
「ああ。観光客は都市伝説だと思ってるようだが、守護天使はいる。ここに住んでる奴らなら、誰だって知ってるさ。知らないふりをしているだけだ」
「何故ですか……?」
「場合によっちゃ、奴ら、殺しもいとわないからだ」
叔母が息を呑む気配がした。
「妙なかたちで事故や自殺が起きると、近辺を賑わせていたクソみてえな事件がピタッと止まる。……実際、そういうケースがあるんだ」
「馬鹿をやりすぎた奴は、必ず守護天使に粛清される。俺たちは天使に守られてるのさ」
「まさか、現代にそんなのが……」
「仕方ねえさ。異世界じゃ犯罪を抑止できない。犯罪が起こってから取り締まる。昔は、それが普通だったらしいぜ」
「でも、何も殺さなくてもいいんじゃ」
「……裁判や警察、刑務所なんてのは過去の遺物だ。そんな古いもん、もう存在してない。捕まえたところで、どうする? 現世でカウンセリングでも受けさせるか? もちろん、なかにはそれが妥当な奴もいるだろうさ。でも、殺人ってのはそれが許されるレベルか? カウンセリングで、遺族の気持ちは休まるか? ……アリアが納得するか?」
男がぞっとするほど低い声で続ける。
「……死んじまえよ。人を殺してんだ。殺される覚悟ぐらい、持ってんだろ」
シン、と沈黙が下りてくる。別の男が、やりきれなさそうに口を開いた。
「……何故、自殺が起きない。守護天使は、まだこの事件に気付いてないのか」
「いや。これだけ大事になってるんだ。もう耳には入ってるだろう。きっと、難航しているんだ……」
アリアはむくりと起き上がった。
「パパも、天使はいるって言ってた」
その場にいた者がぎょっとしてアリアを見る。
「アリア、起きてたの?」
叔母がすぐさま魔法使いに頭を下げて、酒場を出ようとする。だが、アリアは構わず続けた。
「私、天使を探す。パパとママを助けてもらうの」
……当時のアリアは、死を理解できていなかった。
彼らの会話の調子から、アリアが推測できたことはたった一つ。
天使だけが、今のアリアを助けてくれる。
幸か不幸か、アリアは年間パスポートを持っていた。
本来なら、保護者の付き添いが必須だが、殺人事件の遺族であることや両親が亡くなったレアケースが重なり、パスポートの権限ロックにミスが生じていた。
それにより、アリア一人で異世界を行き来できてしまった。
叔母は良い人だが、兄の子どもの監督不行届を責められてまで、アリアを愛せるほど聖人ではない。
次第に、叔母はアリアを持て余すようになった。
そんな折、パパとママの仕事仲間だった人が、アリアを引き取りたいと申し出た。
その人は異世界に居住しており、経済状況も申し分なかった。
流れるように手続きは進み、アリアは異世界に移り住んだ。
それから、アリアはコンピューターに関する技術と知識を高めていき、天使の正体を知った。
天使とは、金持ちがつくり出した私兵集団のこと。さらにはCASという、似たような組織まで存在している。
そのくせ、情報を共有することもできていない。
……何で、と怒りを抱いた。
アリアはデータを盗んだ。馬鹿に正義の味方を名乗る資格はないと、知らしめるため。
そして、事件解決に向けてどこまで着手していたのか、調べるため。
そこまで思ってなお、アリアは天使に会いたい欲求を捨てきれなかった。
そうしてアリアは、わざと位置情報を残し、エディ城に足を運んだ。
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