魔法少女・マジカルリリィ(仮)

uma

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秘密

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 薺は次々と襲い掛かる首無し死体の攻撃を躱すと、魔力を込めたステッキで思いっきり薙ぎ払う。

 そして薙ぎ払い、薙ぎ払う。
 
 薺は施設での成績は優秀だったし、対魔獣の作戦を練るのだってお手のものだった。その魔力の高さと運動神経、反応速度と、どれをとっても優等生だったのだが、いざ魔法少女になってみると、その可憐な見た目とは裏腹に身体強化しか扱えない事に気づく。

 シェイムリルファのように派手な魔法を使う事も出来ないし、落ちこぼれの劣等生だった莉々が放った目を疑う威力の衝撃波を放つ事も出来ない。もちろん空を飛ぶ事だって出来ない。
 初めての依頼で出会った魔法少女は魔力により形成された両腕で魔獣を叩き潰し、殴り倒した。それは恐らく身体強化だけでは繰り出す事の出来ない破壊力だった。

 莉々が自分の命を省みずに、ビルから飛び降りたのも薺には衝撃だった。薺にとっては馬鹿げた行動だし、あり得ない行動。
 しかし李凛はその行動を褒め称えた。魔法少女としての信念に基づく行動だと。
 恐らく、自分は莉々と同じ事が出来ない。落下する人間が誰であっても。それが大切な友達、例えば莉々であろうとも。
 自分は魔法少女として失格なのでは?落ちこぼれて で手のかかる莉々の方が魔法少女として大成するのでは?
 心の奥で感じてしまう。嫉妬や妬みに似た感情を。そんな事は思いたくもないのに。感じたくもないのに。

 薺は焦っていた。

 将来を期待され、自らもまた期待していた。シェイムリルファの様に、シェイムリルファを超える魔法少女になりたかった。
 訓練生として優等生だっただけで、劣等生だった莉々の方が実は才能があったのではと、初めての劣等感に襲われる。それは褒め称えられ期待され続けた薺にとって、大袈裟かも知れないが、初めての挫折と言ってもいいのかもしれない。
 だからこそ、ここで実績や成果を残したかった。言う事なす事気に食わない、口の悪い魔法少女の言う事なんて聞きたくなかった。

 薺は鬱憤を晴らすかの様に力いっぱいに、動く死体へと変貌した元教官を殴る。教鞭をとっていた教官に対して、同情や憐れみの心を持つ事無く、まるで鬱憤や憂さを晴らすように攻撃する。
 しかし灯花の言っていた通り、動く死体には薺の放つ攻撃はまるで応えていない様に感じた。
 ただ肉の塊を殴っているだけ。そんな感覚に襲われる。

 そして勢いを増す元教官達の執拗な攻撃。攻撃手段も少ない、経験も少ない、焦りから意固地になっている薺が追い込まれるのに、そう時間はかからなかった。
 次々と襲い掛かる元教官達に体を拘束され、薺は身動きが取れなくなる。
 もうダメだ。魔法少女になるなんて、シェイムリルファを超えるなんて、甘くて馬鹿げた考えだったのだと痛感する。

 だが元教官達は薺を取り押さえてはいるものの、その動きを止めていた。正確には動こうとはしているのだがまるで何かに動きを封じられた様に動けなくなっていた。

 暗闇に包まれる廊下から、カツン、カツンと足音が聞こえて来る。

「そのタイプはね、一気に吹き飛ばす、もしくは一瞬で消し飛ばすのがいいんだ」まるで薺が置かれている状況がとるに足りない些細な事の様に、シェイムリルファがゆっくりと、まるで散歩の途中かのように現れた。

「苦戦しているみたいだね。薺ちゃん」
「シェイムリルファ、さん?」
「さん付けなんて余所余所しいじゃない。呼び捨てで構わないよ」
「……」
「莉々ちゃんだったら、苦戦しなかったかもね」
「……っ!」
「劣っていたはずの莉々ちゃんの不釣り合いの力に嫉妬してしまったかな?」
「そんな事! ……ないです」
「薺ちゃんはね、無垢すぎるんだよ。夢一杯、希望一杯の、無垢で無知な女の子」

 シェイムリルファは薺を助けるでも無く、拘束されている薺の前にちょこんとしゃがみ込む。そして淡々と語り続ける。

「魔獣は人の負の感情から産まれる、のはご存知のとおりだね。何故なら、それはとても大きな力だからだ。コントロールし難い力。怒りや、嫉妬。他にも沢山あるけれど、どれもがとても強い力だ」

 薺はシェイムリルファを見つめ、ただその言葉に耳を傾ける。

「でもね、無垢で無知な薺ちゃんを私はとても気に入ってるんだ。それは、とてもすごい才能なんだよ」
「才能?」
「そう、才能。『泡沫の依代』が示す通り、薺ちゃんは、とても白くて真っ白だ。だから何者にもなれないし、何者にでもなれる」
「何者にでも?」
「だから君を『引き抜いた』んだ。感じてるんじゃない? 嫉妬、妬み。焦りや怒りを」
「……」
「分かるよ、分かる。だって私もそうだったから」
「シェイムリルファも?」
「そりゃあそうだよ。私も魔法少女になる前は無垢で無知な少女だったからね」

 薺はまるで自分が拘束されている事を忘れているかのようにシェイムリルファに食い入っている。それはまるで神を信仰する信者のように。そして堰を切ったように話しだす。

「……莉々はあなたのステッキを使ったから、あんなデタラメな力を?」
「そうだね」
「空を飛べるのも?」
「そうだね」
「私、自分が莉々より劣っているかと」
「とんでもない」
「依頼先のビルで魔法少女に会ったんです」
「へえ、そんな事が」
「莉々はその子を助ける為にビルから飛び降りました」
「それは無謀だね。生きているのが不思議なくらいだ」
「魔法少女はその行動を信念、と言っていました。私は莉々と同じ事は出来ない」
「自らの命を軽く扱う事は信念とは言わないよ」
「私は何も出来ません。ただ変身してステッキを振るうだけ」

「言ったろう。何にでもなれると」シェイムリルファが元教官達を指で突くと、まるで糸が切れた人形のようにその場に崩れ落ちた。

「感情を受け入れて、力に変えるんだ。きっとその先に薺ちゃんが描いてた姿があるはずだよ」
「力に、変える」
「そう。あとね、君には自分で気づいていない才能がある」
「気づいていない、才能?」
「そうだよ。『泡沫の依代』が白を示す魔法少女は、幻惑や誘惑に耐性があるんだ。魔法、というより魔術に強い耐性が色なんだよ」

 シェイムリルファは薺の手を取ると、勢い良く引き起こす。そしてその勢いのまま薺を優しく抱きしめた。思いもよらぬその行動に、薺の頬は赤く染まる。

「自分の感情を大切にね。無垢で無知な薺ちゃんが感じる感情は、どれもが君に力を与えてくれるんだから」
「分かりました」
「あ、それと。私がここにいた事は二人だけの秘密にしようね」
「なんでですか?」
「薺ちゃんは私にとって特別だから。だからここに話をしに来たんだよ。莉々ちゃんにだって話さない、二人だけの秘密」
「……はい、分かりました」

 遠くから薺を呼ぶ声が聞こえる。その声に反応して薺が振り向く。

 もう一度振り返えると、既にシェイムリルファの姿はどこにも見当たらなかった。

 
 
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