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兄
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「ねえねえ。まだー?」
「ちょっと待てよ」
「ねえねえねえ。ねえったらー。まだー?」
「うるせえよ!ったく、なんなんだよ。先に戻ってろよ」
「なんなんだよって、別になんの意図もないよ。今日さ、泊まらせてくれると思う?」
「いや、もう泊まるだろ。帰るのめんどくせえよ」
「だよねー」
「だよねー。じゃねえよ! そこどけって! 出れねえだろ」
「はいはいー」
トイレのドアに寄りかかっていた灯花は移動すると同時に廊下に寝転んでしまった。どうやらいつもならもう寝ている時間らしく、灯花は限界を迎えていた。
「寝るなら部屋で寝ろって」
「連れてって下さいませー」
「お前は、本当に」
灯花はこうなってしまうと梃子でも動かない。そしてこうなったら灯花の事を運ぶのは李凛とっては日常茶飯事であった。李凛は灯花の左足を掴むとそのまま引きずって部屋まで向かった。
「ご迷惑おかけしますー」と、抵抗せずに引きずられる灯花。
「ういー」と、引きずる事に抵抗の無い李凛。
「考えてみたんだけどさ、あの部屋で三人は寝れないよねー」
「寝れるだろ。床で雑魚寝でいいじゃねえか」
「いやだ。ベットがいい」
「あ?」
「ベットがいい!」と灯花は駄々をこねてその場から動かなくなってしまった。
李凛がいくら引っ張っても全く動く様子は無い。それこそ魔法でも使っているかのように。実際、灯花は魔力を背中に集中させ吸盤のように床にくっついていた。
「お前さ、変なところで魔法使ってんじゃねえよ」
灯花の魔法は、その魔力を液状のものに変化させる魔法。水のようにも出来るし、ゼリー状にも出来る。今は背中に集中させた魔力をボンドのように変化させ床にくっつけていた。
「私はベッドで寝れないくらいなら、ここで床となって一生を終えるよ。コバンザメのようにこのまま床と一体化するんだ」
「はいはい。どうぞご勝手に」
「……泣くよ」
「分かったよ! ほら、莉々に頼んでやるから」
「ああ、やっぱり持つべきは李凛のような親友だよー」
「はあ」と溜息混じりに灯花を引きずり始める李凛。ふと、目に入った莉々の兄の部屋の前で立ち止まる。
「……ここ、貸してくれねえかな」
「空き部屋なの?」
「莉々の兄貴の部屋だとよ」
「そんな! 殿方のベッドで眠るなんて、出来ないよ!」
「お前、完全に目覚めてるだろ」
「まさかまさかー。はよ寝かせてー」
眠気で謎のテンションになっている灯花の目は半分以上閉じていた。
「神経質、とか言ってたけどな」
「え? 一緒に寝るの? 流石に気まずいよ」
「んな訳あるか。気配しないだろ」
「……まあ、確かに。でも勝手に入ったら流石の、ほんわかフワフワ莉々ちゃんも怒るんじゃない?」
「なんだその表現は。とりあえず開けてみる?」
「どっちでもー」と答える灯花。その答えを聞く前に李凛はお構いなしに莉々の兄の部屋を開けた。
もちろんそこは誰もいない部屋、のはずだった。
李凛と灯花は目を凝らして部屋の中を覗く。全く中の様子が伺えない為、電気をつけようとしても部屋の明かりはつかない。
暗闇の中、微かに見えるのは机に座っている、人の後ろ姿。電気もつけず、テレビもつけず、携帯の画面の明かりもラジオの音だって聞こえない。
ただ机に向かって暗闇の部屋の中で、背筋を伸ばして静かに座っている。
「びっ、くりしたー」と半分以上閉じていた灯花の目が見開く。李凛は意外にもホラーが苦手な為、体が硬直し、声も出なくなっていた。
灯花は目が覚めたのか、ゆっくりと立ち上がり、暗闇に一人佇む莉々の兄に声をかける。
「もしもーし。こんばんはー」
「やめとけよ、灯花。やっぱり神経質な人なんだって。こっち系だと思わなかったよ」
李凛は小声で灯花を引き止める。こっち系とはどっち系なのかは李凛のみが知るところだが、莉々の兄は灯花の声に全く反応を示さない。
「はろー。ぼんじゅーる」
「日本語が通じないわけじゃねぇだろ。病んでんだよ、やめとけって」
「はろぉう。ぼぉんじゅうーる」
「発音の問題でもねえよ。そもそも発音も良くねえよ」
「もう、なんなのさっきから小声でピーチク、パーチクと! 小鳥かなんかなの!? 放鳥されたくなかったら黙ってて!」
「キレどころもよく分かんねえよ。あ、おい! やめとけって」
灯花は返事のない莉々の兄に痺れを切らし、部屋の中に足を踏み込む。一歩、二歩。その時だった。
「李凛ちゃん、灯花ちゃん?」
「ぐわあー!! びっくりしたー!」
「私はその声でびっくりだよ! 凛は怖がりすぎなんだよ! 全く!」
「あー、だめだよ。勝手に入っちゃ。お兄ちゃんの部屋って言ったでしょ?」
「悪い、悪い。灯花がどうしてもベッドで寝たいって言うからさ」
「なんだ、私のベッド使っていいのに」
「ああ、なんて優しい莉々ちゃん!」
灯花は莉々に飛びつきコアラのようにしがみつく。そして灯花を抱えたまま兄に向かって語りかけた。
「お兄ちゃん、ごめんね。騒がしくしちゃって」
「すいませんでしたー」と李凛と灯花も声を合わせ謝罪する。が、相変わらず灯花の兄から返事は無い。
「そうなの、珍しいでしょ。今日出来た友達なの。李凛ちゃんと灯花ちゃん」
「何言ってるの。いい歳して人見知りしないで。ちゃんと挨拶してよ」
「ふふふ、もうお兄ちゃんってば」
返事の無い兄に向かって一人で会話を進める莉々。その目には光は無く、ただ一点を見つめている。
咄嗟に部屋から莉々を引っ張り出す李凛。灯花が抱きついていた為バランスを崩して、三人で廊下に倒れ込む。
「灯花! 部屋を封印しろ!」
「分かってる!」
灯花はすぐさま立ち上がると、詠唱を開始する。そして魔力を絵の具のように変化させ、部屋のドアに魔法陣を描く。
さっきまで半分寝ていたとは思えない速度で封印式を完成させると、灯花は李凛と同時に魔力を込め始めた。
「霊魔封印・縛!」
幼い頃から互いに互いを研鑽しあい、訓練を重ねてきた高速の封印術。二人はあっという間に部屋を封印した。
「おい! 莉々、しっかりしろ!」
莉々は目を見開いたまま、なんの反応も示さない。まるで死んでしまったかのように。
「ここから離れた方がいい! 抱えて連れて行くよ!」
二人は莉々を抱えると、急いで外へと向かう。しかしドアが一向にに開かない。
「閉じ込められた? 凛、一発でいいから撃てない!?」
「言われなくても、今やるよ!」
李凛は右拳に全魔力を集中させ、扉を思い切りブン殴る。鈍い音が家中に響き渡るも、ドアを破壊するのには一歩及ばない。
「足りないか!?」
「十分!」
灯花は後ろから思いっきり助走をつけてドアを殴った李凛を飛び越える。そしてその勢いのままドアを両足で蹴飛ばした。ドアはその衝撃により思いっきり吹き飛ぶ。
「よっしゃ、出るぞ!」
再び莉々を抱えると二人は転げるように外へと飛び出した。
「おいおい。ここマジで莉々の家か!?」
「莉々ちゃん。大丈夫? 体調悪くない?」
「あ、あれ? ……私」
「莉里、アンタの兄貴。あれなんなんだよ」
「え? 兄貴って、お兄ちゃん?」
「そうそう。お兄さん」
「……えっと」莉々はしばらく考え込む。
何故なら、二人の言っている事がイマイチよく理解出来なかったから。
ほんの少しだけ意識を飛ばしていた事が原因では無く、朦朧としていた事が要因でも無く、単純に二人が話している意味が分からなかった。
だって——。
「私に、お兄ちゃんなんていないよ」
莉々には、兄なんていないのだから。
「ちょっと待てよ」
「ねえねえねえ。ねえったらー。まだー?」
「うるせえよ!ったく、なんなんだよ。先に戻ってろよ」
「なんなんだよって、別になんの意図もないよ。今日さ、泊まらせてくれると思う?」
「いや、もう泊まるだろ。帰るのめんどくせえよ」
「だよねー」
「だよねー。じゃねえよ! そこどけって! 出れねえだろ」
「はいはいー」
トイレのドアに寄りかかっていた灯花は移動すると同時に廊下に寝転んでしまった。どうやらいつもならもう寝ている時間らしく、灯花は限界を迎えていた。
「寝るなら部屋で寝ろって」
「連れてって下さいませー」
「お前は、本当に」
灯花はこうなってしまうと梃子でも動かない。そしてこうなったら灯花の事を運ぶのは李凛とっては日常茶飯事であった。李凛は灯花の左足を掴むとそのまま引きずって部屋まで向かった。
「ご迷惑おかけしますー」と、抵抗せずに引きずられる灯花。
「ういー」と、引きずる事に抵抗の無い李凛。
「考えてみたんだけどさ、あの部屋で三人は寝れないよねー」
「寝れるだろ。床で雑魚寝でいいじゃねえか」
「いやだ。ベットがいい」
「あ?」
「ベットがいい!」と灯花は駄々をこねてその場から動かなくなってしまった。
李凛がいくら引っ張っても全く動く様子は無い。それこそ魔法でも使っているかのように。実際、灯花は魔力を背中に集中させ吸盤のように床にくっついていた。
「お前さ、変なところで魔法使ってんじゃねえよ」
灯花の魔法は、その魔力を液状のものに変化させる魔法。水のようにも出来るし、ゼリー状にも出来る。今は背中に集中させた魔力をボンドのように変化させ床にくっつけていた。
「私はベッドで寝れないくらいなら、ここで床となって一生を終えるよ。コバンザメのようにこのまま床と一体化するんだ」
「はいはい。どうぞご勝手に」
「……泣くよ」
「分かったよ! ほら、莉々に頼んでやるから」
「ああ、やっぱり持つべきは李凛のような親友だよー」
「はあ」と溜息混じりに灯花を引きずり始める李凛。ふと、目に入った莉々の兄の部屋の前で立ち止まる。
「……ここ、貸してくれねえかな」
「空き部屋なの?」
「莉々の兄貴の部屋だとよ」
「そんな! 殿方のベッドで眠るなんて、出来ないよ!」
「お前、完全に目覚めてるだろ」
「まさかまさかー。はよ寝かせてー」
眠気で謎のテンションになっている灯花の目は半分以上閉じていた。
「神経質、とか言ってたけどな」
「え? 一緒に寝るの? 流石に気まずいよ」
「んな訳あるか。気配しないだろ」
「……まあ、確かに。でも勝手に入ったら流石の、ほんわかフワフワ莉々ちゃんも怒るんじゃない?」
「なんだその表現は。とりあえず開けてみる?」
「どっちでもー」と答える灯花。その答えを聞く前に李凛はお構いなしに莉々の兄の部屋を開けた。
もちろんそこは誰もいない部屋、のはずだった。
李凛と灯花は目を凝らして部屋の中を覗く。全く中の様子が伺えない為、電気をつけようとしても部屋の明かりはつかない。
暗闇の中、微かに見えるのは机に座っている、人の後ろ姿。電気もつけず、テレビもつけず、携帯の画面の明かりもラジオの音だって聞こえない。
ただ机に向かって暗闇の部屋の中で、背筋を伸ばして静かに座っている。
「びっ、くりしたー」と半分以上閉じていた灯花の目が見開く。李凛は意外にもホラーが苦手な為、体が硬直し、声も出なくなっていた。
灯花は目が覚めたのか、ゆっくりと立ち上がり、暗闇に一人佇む莉々の兄に声をかける。
「もしもーし。こんばんはー」
「やめとけよ、灯花。やっぱり神経質な人なんだって。こっち系だと思わなかったよ」
李凛は小声で灯花を引き止める。こっち系とはどっち系なのかは李凛のみが知るところだが、莉々の兄は灯花の声に全く反応を示さない。
「はろー。ぼんじゅーる」
「日本語が通じないわけじゃねぇだろ。病んでんだよ、やめとけって」
「はろぉう。ぼぉんじゅうーる」
「発音の問題でもねえよ。そもそも発音も良くねえよ」
「もう、なんなのさっきから小声でピーチク、パーチクと! 小鳥かなんかなの!? 放鳥されたくなかったら黙ってて!」
「キレどころもよく分かんねえよ。あ、おい! やめとけって」
灯花は返事のない莉々の兄に痺れを切らし、部屋の中に足を踏み込む。一歩、二歩。その時だった。
「李凛ちゃん、灯花ちゃん?」
「ぐわあー!! びっくりしたー!」
「私はその声でびっくりだよ! 凛は怖がりすぎなんだよ! 全く!」
「あー、だめだよ。勝手に入っちゃ。お兄ちゃんの部屋って言ったでしょ?」
「悪い、悪い。灯花がどうしてもベッドで寝たいって言うからさ」
「なんだ、私のベッド使っていいのに」
「ああ、なんて優しい莉々ちゃん!」
灯花は莉々に飛びつきコアラのようにしがみつく。そして灯花を抱えたまま兄に向かって語りかけた。
「お兄ちゃん、ごめんね。騒がしくしちゃって」
「すいませんでしたー」と李凛と灯花も声を合わせ謝罪する。が、相変わらず灯花の兄から返事は無い。
「そうなの、珍しいでしょ。今日出来た友達なの。李凛ちゃんと灯花ちゃん」
「何言ってるの。いい歳して人見知りしないで。ちゃんと挨拶してよ」
「ふふふ、もうお兄ちゃんってば」
返事の無い兄に向かって一人で会話を進める莉々。その目には光は無く、ただ一点を見つめている。
咄嗟に部屋から莉々を引っ張り出す李凛。灯花が抱きついていた為バランスを崩して、三人で廊下に倒れ込む。
「灯花! 部屋を封印しろ!」
「分かってる!」
灯花はすぐさま立ち上がると、詠唱を開始する。そして魔力を絵の具のように変化させ、部屋のドアに魔法陣を描く。
さっきまで半分寝ていたとは思えない速度で封印式を完成させると、灯花は李凛と同時に魔力を込め始めた。
「霊魔封印・縛!」
幼い頃から互いに互いを研鑽しあい、訓練を重ねてきた高速の封印術。二人はあっという間に部屋を封印した。
「おい! 莉々、しっかりしろ!」
莉々は目を見開いたまま、なんの反応も示さない。まるで死んでしまったかのように。
「ここから離れた方がいい! 抱えて連れて行くよ!」
二人は莉々を抱えると、急いで外へと向かう。しかしドアが一向にに開かない。
「閉じ込められた? 凛、一発でいいから撃てない!?」
「言われなくても、今やるよ!」
李凛は右拳に全魔力を集中させ、扉を思い切りブン殴る。鈍い音が家中に響き渡るも、ドアを破壊するのには一歩及ばない。
「足りないか!?」
「十分!」
灯花は後ろから思いっきり助走をつけてドアを殴った李凛を飛び越える。そしてその勢いのままドアを両足で蹴飛ばした。ドアはその衝撃により思いっきり吹き飛ぶ。
「よっしゃ、出るぞ!」
再び莉々を抱えると二人は転げるように外へと飛び出した。
「おいおい。ここマジで莉々の家か!?」
「莉々ちゃん。大丈夫? 体調悪くない?」
「あ、あれ? ……私」
「莉里、アンタの兄貴。あれなんなんだよ」
「え? 兄貴って、お兄ちゃん?」
「そうそう。お兄さん」
「……えっと」莉々はしばらく考え込む。
何故なら、二人の言っている事がイマイチよく理解出来なかったから。
ほんの少しだけ意識を飛ばしていた事が原因では無く、朦朧としていた事が要因でも無く、単純に二人が話している意味が分からなかった。
だって——。
「私に、お兄ちゃんなんていないよ」
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