冷める言葉

卯月ましろ@低浮上

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冷める言葉

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 今朝は早くから、遠くの方で救急車と数台のパトカーが走る音を聞いた。彼らがどこを目指して出動したのかは知らないが、きっとどこかで事故でもあったのだろう。

「――朝っぱらから? 物々しいな、安眠妨害だし」

 足元の悪いのぼり坂の山道。俺の前を歩く男、昌也まさやが軽い口調で言った。

 確かに今朝はアラームが鳴るよりも先にサイレンの音で目覚めたが、冗談でもそんなことを口にするのは不謹慎だ。
 どこかの誰かが生死を彷徨って、見も知らぬ隊員が必死の延命処置をしていたに違いないのだから。

 昌也は「堅物め」と肩を竦める。「よく知らない誰かのために心を砕けるな」とも。

 彼とは小学校からの付き合いで、幼馴染だ。態度は軽薄だが、そこそこ良いヤツなのは知っている。
 互いに二十歳を越えているし、来年あたり上手く行けば大学を卒業できる……はずだ。レポートの出来に懸かっている。

 そんな卒業単位ギリギリの2人が日曜の昼間にどこを目指しているのかと言えば、肝試し。そう、真っ昼間から肝試しだ。
 色々とバカすぎる。お前ら、帰ってレポートを書けと大声で言いたい。

 しかし、昌也が「昨夜の真相を確かめる」と言って聞かないのだ。
 こんなことになるなら、息抜きでカフェなんて行くんじゃなかった。そこでコーヒーをすする昌也を見かけたとしても、声をかけるべきじゃなかった。

 ロケ地はとある厄除け神社。
 全国的に有名な場所で、何かの総本社だとか、一派を統轄する寺だとか――よく分からないが、とにかくラーメン屋で言う「元祖」みたいなものだと思っている。

 昌也は昨夜、大学OBの先輩に誘われて神社へ行ったらしい。そこで起きた『怪異』を解明しなければ、不安で夜しか眠れないのだと胸を張った。

「――で、どんな怪談?」
「おふだだらけの、不気味な注連縄しめなわがかかった鳥居を探せ!」
「怪談じゃなくて最早オリエンテーションだろ、それ」
「いわゆる『糸』の形をした、真っ白いヒラヒラ波々のお札じゃないぞ。悪霊退散! って感じの、やばいお札だった」

 昌也は興奮した様子で「映画『陰陽師』に出てきそうな四角いヤツ! それかキョンシーの顔に張り付いていそうな!」なんて適当を言っている。
 どっちもぼんやりとしか思い出せない。そもそも陰陽師なら人形ひとがたしろでは? まあとにかく、長方形の紙だと思えば良いだろう。

 さて、それを無事に探し当てた昌也たちはどうなったのか。問題の核心に迫れば、よくぞ聞いてくれたと言わんばかりに黒い瞳が煌めいた。

「何もなかった!」
「……は?」
「正確に言えば、その鳥居を見つけたことがもう事件だ。普段はどれだけ探してもないらしいし、『呪われた鳥居』を見てしまったら最後、誰も生きて帰れないっていう怪談」
「うわぁ、出たよ「それを見て生きて帰った者は居ないらしい」ってオチ……俺これ聞くたびに冷めるわ、信じられねえ」

 普段はないものが昨夜は見つかった――怪談よりも、流行りの『異世界』と繋がったと言われた方がまだ納得できる。
 しかし現実に、そんなことが起きるはずない。
 肝試しをしたメンバー全員で俺を騙そうとしているか……ホラー耐性が低く、集団ヒステリーを起こして幻覚でも見たか。

 そもそも彼らの思い違いで、常に鳥居が存在している可能性だってある。

「――ああ、だから、ソレを確認しようって訳か?」
「確認? あ、でも、帰りの車の中で変なことが起きてさ……面白いから、お前の家族や友達にも広めてくれよ。車内で「何もありませんでしたね~」なんて話しながら帰って……結構盛り上がってて騒がしかったのに、そのだけはよく聞こえた」
「音?」
「車に乗っていた5人全員の足元から「ブツン」って、かなり鮮明に。俺たちはまるで誘われるように、それぞれ自分の足元を見た――すると!」
「……はいはい、すると?」
「じゃーん! 全員の靴がこの状態だった、やばくね?」

 昌也は背中のリュックの中から靴を1足取り出した。
 夜中に神社を歩いた泥汚れだろうか? 何やら、赤茶けた汚れに塗れている。
 ただ辛うじて見えた企業ロゴから、彼が愛用しているブランドのスニーカーだと分かった。

 本来、規則正しくバツ印にクロスして結ばれていたはずの靴紐。
 しかしそれは何故か、上から下までちょうどバツ印のド真ん中を縦に切られていた。穴に頼りなく引っかかるだけの短い紐たちが、酷く憐れだ。

 鋭い刃物でやったのかと思うくらいに美しい切り口で、人の手で引き千切ろうとしてもこうはならないし、超自然的な切れ方かと言えばそれも違う。
 意図的にハサミを入れたとしか思えない。

「肝試しで空振りして、ビビらせたいのは分かるけど……さすがにやり過ぎだろ? 俺を騙すためだけに切ったのか? もっとモノを大事にしろよ」
「なんだよ、信頼ないなあ、俺――ああ、あったぞ、あの鳥居だ」

 不意に足を止める昌也。彼が指差す先を見やれば、朱色が変色してどす黒い鳥居があった。
 それは注連縄が飾られていて、よく分からない漢字だか梵字だかが書かれた不気味なお札が、何枚も垂れ下がっている。

「いやいや、だから普通にあったらダメなんだって、怪談として成立してないじゃないか」
「成立してないと言われても」
「そもそも、昌也さっきなんて言った? 「この呪われた鳥居を見たら生きて帰れない」? じゃあ俺にこの怪談話をしているお前は? 一緒に帰ったOBの先輩は? 全員生き証人だろ……とにかく、これで安心して夜以外も眠れるな」

 怪談の結末は単なる勘違いで、「なんだか気味の悪い鳥居があるんです」というだけの話。呪いなんてないし、鳥居が消えることもない。

「うーん……腹が減った時、お前ならどうする?」
「はあ? 今度はいきなりなんの話だよ……飯屋かコンビニに行けば良いだろ」
「どうしても家から出られないとしたら?」
「体調不良ってことか? 自炊するか――家に何もなければ、お前になんか買ってきてもらうよ」

「何がそういうことだよ、意味が分からねえ」

 昌也は俺のリアクションが気に入らないのか、1人で鳥居の方へ歩いて行ってしまった。俺は「さっさと帰ろう」と言いかけたが、スマホが鳴ったのでズボンのポケットを探る。
 山の中でも電波が通っていて助かった。待ち受けに表示されていたのは、昌也と共に中学時代世話になった先輩の名前だ。

 昌也に「先輩からだ」と声を掛けて電話を受ける。

『――翔太しょうた? 何度も電話したのに! 今どこに居るんだ?』
「え? すみません、今まで全然気付きませんでした。ええと、怪談の真相を確かめるために、地元の厄除け神社まで肝試しに来てて――」
『はあ!? 不謹慎だろ! 昨日そこで何人死んだと思って――通夜つやや葬式の連絡、誰からも来てないのか!?』
「死んだ? 葬式? それって、誰の……」

 電話から聞こえてきた涙混じりの怒声は「昌也たちのだよ! お前、頭大丈夫か!?」だった。

 パッと鳥居を見ると昌也の姿はない。昌也が、大口を開けて笑いながら駆けてくる。
 口は耳どころか側頭部まで裂けて広がり涎が垂れて、血走った目は眼孔から零れ落ちそうなほど飛び出て震えている。肌の色も青紫に変色していて、爪も伸び放題。一目見て「化け物だ」と分かった。

 先輩からの電話と俺の意識が途切れる直前に聞き取れた言葉は、「腹減った」だったか、「いただきます」だったか――。




 ――前の晩、靴紐が切れて足元に気を取られたのは5人全員。そこには運転手も含まれている。
 昌也たちを乗せた車は山の上から道を外れて真っ逆さまだ。車はフロントガラスから鋭利な木に突き刺さり、後部座席に乗っていた者まで串刺しの即死。

 赤茶けて汚れた靴は、昌也の血で染まったものだった。明け方に走って行ったパトカーと救急車は、彼らのためのもの。
 見事呪われた昌也たちは生きて帰れず、そして鳥居を離れられない地縛霊のため、食糧となる生きた人間を狩りに出かけた。そういう呪いというか、暗示だったのだろう。
 翔太もその、狩られた内の1人ということだ。

 やはり呪われた鳥居を見た者は生きて帰れない。怪談は正しかったという話で……うん?
 今話しているのは誰? どうして詳細を把握しているのかって?

 つまり、だよ。さあ、呪いが本物かどうか、鳥居まで確かめに行こうか――。
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