12 / 64
第12話
しおりを挟む
化粧を覚えてから少し経つと、商会長夫人――ゴードンの母親が新しい制服を用意してくれた。デザイン自体は他と変わらない地味なものだけれど、私の体形に合うよう仕立てられたフルオーダーメイドだ。
化粧のお陰でいくらか父に似て、少しは見られる顔になった。野暮ったい制服も体に合って、「堂々としろ」という言葉通りに背筋を伸ばして働いた。
人の見た目というのは、本当に重要なものらしい。今まで私のことを垢抜けない子供として扱っていた商会の客も、ほんの少し見目を整えただけで鼻の下を伸ばすようになったのだ。接し方だって、遠慮のないものからやや優しくなったと思う。
ただ、あれだけ「セラスは化粧で化ける」なんて薦めてくれていたはずの先輩方の反応は、あまり芳しくなかった。
素の私がどんな顔をしているのかよく理解しているし、いきなり堂々とし始めたのも、私の制服だけ既製品ではないことも鼻についたのだろう。
――とは言え、なんとなくこうなるのではないかと予測ができていたので、あまり驚きはしなかった。
女性にありがちなことだけれど、同性に向かって「可愛い」「こうすればもっと可愛くなる」と言う場合、全く本心ではないことが多いらしい。
子供や異性、愛玩動物には本気で言えるものの、ある程度年齢を重ねた女性が相手では話が変わってくる。心の底から可愛いと思っている時には、口にしづらいのだ。
なぜなら、それを口に出すと精神的に屈服してしまうことになるから。そして周囲の人間にも、公的に白旗を挙げたと判断されてしまうからだ。
心にもない「可愛い」を口にする時、本音では相手を嘲笑って見下していることが多い。誰だって自分が一番可愛いのだから、他人に可愛いなんて言葉は送りたくないだろう。
これは間違いなく自分以下だと確信している相手にしか言わない。自分より上だと負けを認める言葉は、己の心中だけでひっそりと呟けば良い。
つまりこの言葉は悲しいかな、相手の優位に立つためのマウント取りに使われるものだ。
もちろん、心の清らかな女性はここまで捻くれていないし、決して全ての女性に当てはまる訳ではない。ただ、私は大多数がそうではないかと思っている。
私の心根が汚れていることもあるし、本音と建前を使い分けて稼ぐ商人を見て育ったこともあるし……血の繋がった両親でさえ、表の顔と裏の顔を巧妙に使い分けていたのだ。
言葉は時に、ナイフよりも鋭い切れ味をもつ。美しい言葉や態度で醜さを取り繕って他人を騙す人間は、笑顔でじわじわと人の心を嬲り殺す殺人鬼になりかねない。
誰彼構わず馬鹿正直に信じていたら足元を掬われる。優しい言葉を吐きながらも、虎視眈々と誰かを引きずり降ろそうと画策する人間だって居る。
言葉の裏の裏、そのまた裏の裏まで予測して、推理して、察しなければ。そのくらい慎重で疑り深くなければ、商会では生き残れないのだ。
だから、商会の先輩方が「可愛い」と口にしなくなったとしても、「ちょっと化粧が派手すぎるんじゃない?」なんて笑顔で茶化してきても、「皆と同じ形の制服の方が良いんじゃない?」なんて、暗に胸を強調するなと言われても全く問題ない。
皆してこれだけ足を引っ張りたがるということは、私がそれだけ垢抜けたという証明に他ならないのだから。
――それに、母から「ずっとそうしていなさい」と言われたからには、今更もう野暮ったい姿には戻れない。
先輩方に何を言われても気にせず頑なに態度を改めなかったのは、もしかすると母に対する意地のようなものがあったのかも知れない。
父に似なかったことがそんなにも辛いなら、言われた通りにしてやろうじゃないか。母の気が済むまで付き合うから、二度と私に黙って不満を募らせないで欲しい。あわよくば愛して欲しい――と。
もしくは、単にこの顔で母に褒められたという成功体験が忘れられなかっただけなのかも知れない。
なんにしても、他でもないゴードンが誇らしげな顔で「ほら、やっぱり俺の言った通りだった」なんて言って鼻を高くするから、私はそれだけで十分息がしやすかった。
相変わらず商会長は目を掛けてくれたし、夫人も可愛がってくれた。だから先輩方も表立っては動けなかったのだ。
――もちろん、裏ではかなりの陰口を叩かれていただろうと思うけれど。
この頃の私は、商会こそが全てだった。だから、商会長より直々に「まだ早いけど、セラスさえ良ければゴードンと婚約を結ばないか?」と持ち掛けられた時には、飛び上がるほど喜んだ。
そして、私とゴードンの婚約話が持ち上がったのとほぼ同時期に、待望の妹――カガリが生まれたのだった。
化粧のお陰でいくらか父に似て、少しは見られる顔になった。野暮ったい制服も体に合って、「堂々としろ」という言葉通りに背筋を伸ばして働いた。
人の見た目というのは、本当に重要なものらしい。今まで私のことを垢抜けない子供として扱っていた商会の客も、ほんの少し見目を整えただけで鼻の下を伸ばすようになったのだ。接し方だって、遠慮のないものからやや優しくなったと思う。
ただ、あれだけ「セラスは化粧で化ける」なんて薦めてくれていたはずの先輩方の反応は、あまり芳しくなかった。
素の私がどんな顔をしているのかよく理解しているし、いきなり堂々とし始めたのも、私の制服だけ既製品ではないことも鼻についたのだろう。
――とは言え、なんとなくこうなるのではないかと予測ができていたので、あまり驚きはしなかった。
女性にありがちなことだけれど、同性に向かって「可愛い」「こうすればもっと可愛くなる」と言う場合、全く本心ではないことが多いらしい。
子供や異性、愛玩動物には本気で言えるものの、ある程度年齢を重ねた女性が相手では話が変わってくる。心の底から可愛いと思っている時には、口にしづらいのだ。
なぜなら、それを口に出すと精神的に屈服してしまうことになるから。そして周囲の人間にも、公的に白旗を挙げたと判断されてしまうからだ。
心にもない「可愛い」を口にする時、本音では相手を嘲笑って見下していることが多い。誰だって自分が一番可愛いのだから、他人に可愛いなんて言葉は送りたくないだろう。
これは間違いなく自分以下だと確信している相手にしか言わない。自分より上だと負けを認める言葉は、己の心中だけでひっそりと呟けば良い。
つまりこの言葉は悲しいかな、相手の優位に立つためのマウント取りに使われるものだ。
もちろん、心の清らかな女性はここまで捻くれていないし、決して全ての女性に当てはまる訳ではない。ただ、私は大多数がそうではないかと思っている。
私の心根が汚れていることもあるし、本音と建前を使い分けて稼ぐ商人を見て育ったこともあるし……血の繋がった両親でさえ、表の顔と裏の顔を巧妙に使い分けていたのだ。
言葉は時に、ナイフよりも鋭い切れ味をもつ。美しい言葉や態度で醜さを取り繕って他人を騙す人間は、笑顔でじわじわと人の心を嬲り殺す殺人鬼になりかねない。
誰彼構わず馬鹿正直に信じていたら足元を掬われる。優しい言葉を吐きながらも、虎視眈々と誰かを引きずり降ろそうと画策する人間だって居る。
言葉の裏の裏、そのまた裏の裏まで予測して、推理して、察しなければ。そのくらい慎重で疑り深くなければ、商会では生き残れないのだ。
だから、商会の先輩方が「可愛い」と口にしなくなったとしても、「ちょっと化粧が派手すぎるんじゃない?」なんて笑顔で茶化してきても、「皆と同じ形の制服の方が良いんじゃない?」なんて、暗に胸を強調するなと言われても全く問題ない。
皆してこれだけ足を引っ張りたがるということは、私がそれだけ垢抜けたという証明に他ならないのだから。
――それに、母から「ずっとそうしていなさい」と言われたからには、今更もう野暮ったい姿には戻れない。
先輩方に何を言われても気にせず頑なに態度を改めなかったのは、もしかすると母に対する意地のようなものがあったのかも知れない。
父に似なかったことがそんなにも辛いなら、言われた通りにしてやろうじゃないか。母の気が済むまで付き合うから、二度と私に黙って不満を募らせないで欲しい。あわよくば愛して欲しい――と。
もしくは、単にこの顔で母に褒められたという成功体験が忘れられなかっただけなのかも知れない。
なんにしても、他でもないゴードンが誇らしげな顔で「ほら、やっぱり俺の言った通りだった」なんて言って鼻を高くするから、私はそれだけで十分息がしやすかった。
相変わらず商会長は目を掛けてくれたし、夫人も可愛がってくれた。だから先輩方も表立っては動けなかったのだ。
――もちろん、裏ではかなりの陰口を叩かれていただろうと思うけれど。
この頃の私は、商会こそが全てだった。だから、商会長より直々に「まだ早いけど、セラスさえ良ければゴードンと婚約を結ばないか?」と持ち掛けられた時には、飛び上がるほど喜んだ。
そして、私とゴードンの婚約話が持ち上がったのとほぼ同時期に、待望の妹――カガリが生まれたのだった。
0
あなたにおすすめの小説
思い出さなければ良かったのに
田沢みん
恋愛
「お前の29歳の誕生日には絶対に帰って来るから」そう言い残して3年後、彼は私の誕生日に帰って来た。
大事なことを忘れたまま。
*本編完結済。不定期で番外編を更新中です。
里帰りをしていたら離婚届が送られてきたので今から様子を見に行ってきます
結城芙由奈@コミカライズ連載中
恋愛
<離婚届?納得いかないので今から内密に帰ります>
政略結婚で2年もの間「白い結婚」を続ける最中、妹の出産祝いで里帰りしていると突然届いた離婚届。あまりに理不尽で到底受け入れられないので内緒で帰ってみた結果・・・?
※「カクヨム」「小説家になろう」にも投稿しています
『婚約破棄された悪役令嬢ですが、嫁ぎ先で“連れ子三人”の母になりました ~三人の「ママ」が聞けるまで、私は絶対に逃げません~』
放浪人
恋愛
「母はいりません」と拒絶された悪役令嬢が、最強の“ママ”になるまでの物語。
「君のような可愛げのない女は、王妃にふさわしくない」
身に覚えのない罪で婚約破棄され、“悪役令嬢”の汚名を着せられたクラリス。 彼女が新たに嫁いだのは、北方の辺境を守る「氷の公爵」ことレオンハルト・フォン・グレイフだった。
冷え切った屋敷で彼女を待っていたのは、無表情な夫と、心に傷を負った三人の連れ子たち。 「僕たちに、母はいりません」 初対面で突きつけられた三つの拒絶。しかし、クラリスは諦めなかった。
「称号はいりません。私が欲しいのは――あなたたち三人の『ママ』になれる日だけです」
得意の生活魔法『灯(ともしび)』で凍えた部屋を温め、『鎮(しずめ)』の歌で夜泣きを癒やし、家政手腕で荒れた食卓を立て直す。 クラリスの献身的な愛情は、頑なだった子供たちの心を解きほぐし、やがて不器用な夫の氷の心さえも熱く溶かしていく。
これは、不遇な悪役令嬢が「最強の母」となり、家族を脅かす元婚約者や魔獣たちを華麗に撃退し、最愛の家族から「ママ」と呼ばれるその日までを綴った物語。
これって政略結婚じゃないんですか? ー彼が指輪をしている理由ー
小田恒子
恋愛
この度、幼馴染とお見合いを経て政略結婚する事になりました。
でも、その彼の左手薬指には、指輪が輝いてます。
もしかして、これは本当に形だけの結婚でしょうか……?
表紙はぱくたそ様のフリー素材、フォントは簡単表紙メーカー様のものを使用しております。
全年齢作品です。
ベリーズカフェ公開日 2022/09/21
アルファポリス公開日 2025/06/19
作品の無断転載はご遠慮ください。
復讐のための五つの方法
炭田おと
恋愛
皇后として皇帝カエキリウスのもとに嫁いだイネスは、カエキリウスに愛人ルジェナがいることを知った。皇宮ではルジェナが権威を誇示していて、イネスは肩身が狭い思いをすることになる。
それでも耐えていたイネスだったが、父親に反逆の罪を着せられ、家族も、彼女自身も、処断されることが決まった。
グレゴリウス卿の手を借りて、一人生き残ったイネスは復讐を誓う。
72話で完結です。
王子を身籠りました
青の雀
恋愛
婚約者である王太子から、毒を盛って殺そうとした冤罪をかけられ収監されるが、その時すでに王太子の子供を身籠っていたセレンティー。
王太子に黙って、出産するも子供の容姿が王家特有の金髪金眼だった。
再び、王太子が毒を盛られ、死にかけた時、我が子と対面するが…というお話。
優しい雨が降る夜は
葉月 まい
恋愛
浮世離れした地味子 × 外資系ITコンサルのエリートイケメン
無自覚にモテる地味子に
余裕もなく翻弄されるイケメン
二人の恋は一筋縄ではいかなくて……
雨降る夜に心に届いた
優しい恋の物語
⟡☾·̩͙⋆☔┈┈┈ 登場人物 ┈┈┈ ☔⋆·̩͙☽⟡
風間 美月(24歳)……コミュニティセンター勤務・地味でお堅い性格
雨宮 優吾(28歳)……外資系ITコンサルティング会社勤務のエリートイケメン
ハズレ嫁は最強の天才公爵様と再婚しました。
光子
恋愛
ーーー両親の愛情は、全て、可愛い妹の物だった。
昔から、私のモノは、妹が欲しがれば、全て妹のモノになった。お菓子も、玩具も、友人も、恋人も、何もかも。
逆らえば、頬を叩かれ、食事を取り上げられ、何日も部屋に閉じ込められる。
でも、私は不幸じゃなかった。
私には、幼馴染である、カインがいたから。同じ伯爵爵位を持つ、私の大好きな幼馴染、《カイン=マルクス》。彼だけは、いつも私の傍にいてくれた。
彼からのプロポーズを受けた時は、本当に嬉しかった。私を、あの家から救い出してくれたと思った。
私は貴方と結婚出来て、本当に幸せだったーーー
例え、私に子供が出来ず、義母からハズレ嫁と罵られようとも、義父から、マルクス伯爵家の事業全般を丸投げされようとも、私は、貴方さえいてくれれば、それで幸せだったのにーーー。
「《ルエル》お姉様、ごめんなさぁい。私、カイン様との子供を授かったんです」
「すまない、ルエル。君の事は愛しているんだ……でも、僕はマルクス伯爵家の跡取りとして、どうしても世継ぎが必要なんだ!だから、君と離婚し、僕の子供を宿してくれた《エレノア》と、再婚する!」
夫と妹から告げられたのは、地獄に叩き落とされるような、残酷な言葉だった。
カインも結局、私を裏切るのね。
エレノアは、結局、私から全てを奪うのね。
それなら、もういいわ。全部、要らない。
絶対に許さないわ。
私が味わった苦しみを、悲しみを、怒りを、全部返さないと気がすまないーー!
覚悟していてね?
私は、絶対に貴方達を許さないから。
「私、貴方と離婚出来て、幸せよ。
私、あんな男の子供を産まなくて、幸せよ。
ざまぁみろ」
不定期更新。
この世界は私の考えた世界の話です。設定ゆるゆるです。よろしくお願いします。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる