魔女が不老不死だなんて誰が言い出したんですか?

卯月ましろ@低浮上

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第3章 瘦せウサギの奮闘

3 命の授業2

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 じっと黙って手の平を眺めていると、またセラスさんが「よく見てごらん」って言った。

「傷口から出ているのは、血だけじゃないのよ。こっちは、血よりも透明な液が出ているでしょう」
「うん、なんか変な汁みたいなのが出てる」
「これは滲出しんしゅつ液と言ってね、細胞――傷を治すための成分がたくさん入っているんですって。この液だけじゃなくて、血に含まれている血小板っていう成分も、傷を塞ぐために必要なの」
「えぇ! じゃあこの汁も血も、薬みたいなもの? 僕の身体から、傷を治す液が勝手に出ているの?」
「薬……とはまたちょっと違うけど、でもそうね。アルの身体が、痛いのを治そうと頑張っているってこと」
「へええ、それはすごいなあ――」

 自分の手の平を目の前まで近づけて、じっと見た。どの傷口からも血が出ているけど、よく見れば確かに、透明っぽい汁が出ている場所もある。
 僕の知らないうちに、僕の体は生きようと必死に頑張っていたんだ。命が零れて行かないように、何度も塞いでくれていたんだな――セラスさんの言う通り、人間の身体って不思議で面白い。

「ケガをした時は、流水でよく洗ってから傷口を拭いて、患部を乾かさないように隠すの」
「隠す……布を巻いて?」
「布だけじゃあ、かえって乾燥するわ。だってホラ、せっかく傷口を早く治す液が出ているのに――」

 セラスさんは言いながら、小さい火ばさみで挟んだ布を僕の手の平にちょんちょん当てた。すると、液はあっという間に布に吸い込まれてなくなってしまう。少し経つとまた傷口から液が出たけど、セラスさんがちょんちょんする度になくなる。

 ――ああ、僕の〝薬〟が! 僕の身体が一生懸頑張っているのに、全部布にもっていかれる!

「ね? 液が全部吸い込まれて、なくなってしまうわ」
「大変だ……じゃあもしかして、掃除の邪魔でも水でビタビタに濡らしておくのが正解だった?」
「それは不衛生で論外」
「ロンガイ」
「汚れた水を傷口にかけるなんてダメよ。いえ、例えキレイでも、水に濡れっ放しはダメ。細菌っていう痛くなるもとが増えちゃうし……傷が治るどころか悪化するの。ケガした時は、とにかく清潔にしなくちゃ」
「そっかー、だから魔女キツネはあんなに怒ってたのか~」

 魔女キツネは僕のケガを見るなり「傷口を洗いもせずに放置して手当てが下手すぎる」って言っていた。いくら僕の身体が傷を治そうと頑張っても、傷口が汚れたままだとキレイに治らずに悪くなるんだ。
 何回洗っても、何回布で拭いても次から次へ血が出てくるからって――なんだか、面倒くさがってごめんねって気持ちになった。

「さあアル、まずは軟膏を塗るわよ。この軟膏は傷の消毒が目的じゃなくて、治すのを助けてくれる成分が入っているの」
「ふんふん」
「軟膏を塗ったら、油紙で傷口が乾かないように塞いで、その上に包帯を巻くからね」
油紙ユシ?」
「表面に薄く油を塗った紙のこと。水を弾いて破れにくいから上に包帯を巻いても軟膏が沁みないし、アルの浸出液も吸い取らないわ」
「すごい……でもその油紙が水を弾くってことは、乾かないけど傷口が濡れたままになって、結局よくないんじゃないの?」

 僕が思ったまま質問すれば、セラスさんは得意げに胸を反らして笑った。「これが「湿潤しつじゅん療法」よ」って。


 ◆


 セラスさんは茶色いベトベトの軟膏が入ったビンの蓋を開けると、小さい火ばさみ――ピンセットっていうんだって――で布を挟んでビンに入れて、軟膏でベトベトになるまで浸した。

 素手じゃなくてわざわざピンセットを使うのは、汚いものを触っているからじゃなくて〝素手〟が汚いから、らしい。目には見えないけど、傷口に入ると痛くなる素が人の肌にたくさんついているみたい。
 そう言えば昨日、魔女が僕の身体に薬をペタペタした時だって、素手じゃなくてハケを使っていたっけ。

 軟膏でベトベトになった布をピンセットで挟んで、それを手の平全体にトントンされる。手の平はどんどん茶色くなって、ちょっとチクチクひりひりした。でも、昨日魔女に塗られた薬と比べれば痛くない。

 両手に塗り終わると、セラスさんはピンセットで器用に油紙を挟んで、僕の手の平に載せた。紙だからカサカサするのかと思ったけど意外と柔らかくて、ちょっとぐらいなら手を動かしてもよれないかも。
 セラスさんは僕の指1本1本まで丁寧に油紙を巻き付けて、最後に包帯を巻いてくれた。しかも指を動かすのに邪魔にならないよう、わざわざ包帯を切ってそれぞれの指に巻いてくれたんだ。

 これなら、ホウキぐらい握っても――なんて思っていると、セラスさんが軟膏や布を箱にしまいながら言う。

「湿潤療法は、いかに浸出液を乾かさないまま傷口の清潔さを保てるかがカギなの。もし膿が出たとか血がいっぱい出たとか、他にも熱くなったような気がするとか……おかしなことがあったらすぐに教えてね? さっきも言ったけど、人の体って結構細菌だらけでいたみやすいのよ。面倒でもキレイに洗って、また軟膏と包帯をやり直すしかないわ」
「そうなんだ――ただ乾かさないように濡らしてれば良い訳じゃないって、シツジュンは大変なんだね。キレイにしてくれてありがとう、セラスさん」

 包帯で真っ白になった両手をフリフリしてお礼を言ったら、セラスさんはニッコリ笑った。でもすぐに「あっ」て何か思い出したように口を開くと、人差し指を立てて僕の顔の前に突き出した。

「一番大事なことを言い忘れていたけど、ケガを早く治したいなら絶対安静よ。傷がよくなるまで、掃除は禁止。私がお願いする簡単なお手伝い以外は、やっちゃいけません」
「えぇー!? 僕お金も何もないのに、掃除までできなくなったら居る意味ないよ!」
「ケガが治ってから掃除してくれれば良いわよ。それに、子供――私の息子なら、居る意味なんて考える必要がないわ。小さい子供が母親の傍に居るのは、当然のことじゃない」
「……それって、ジェフリーと母さんみたいなこと?」

 元々ちょっぴり体が弱くて熱を出しやすいジェフリーは、滅多に家の手伝いをすることがなかった。
 バターを作ると、かすり鉢で食べ物をゴリゴリするとかはしていたけど――水汲みも薪割りも、森へ売り物を探しに行っているところだって、見たことがない。
 母さんはいつもジェフリーに「危ないことをさせたくない。子供のうちは家に居るか、友達と遊んでいれば良い」って言っていた。
 僕にそんなことを言ってくれることは一度もなかったけど、まあ、僕はお兄ちゃんだし呪われていたし、体も弱くなかったからね。

 セラスさんは箱を持ったまま立ち上がって、僕に背を向けた。
 そのまま「ジェフリーくんは存じ上げないけど――私はただ、私の息子が傍で元気に生きてくれれば、それで良いだけ」って言いながら扉の奥へ消えていく。

 セラスさんの顔は見えなかったけど、ちょっとだけ見えた耳は真っ赤になっていて、なんだかおかしくて、あと嬉しかった。
 ――早くケガを治して、セラス母さんのお手伝いができるようにならなくちゃいけないね。
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