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第7章 奈落の底で問題解決

33 処罰

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 問答無用で体の自由を奪われ、地面に転がされたチャラ男とむっつり。
 彼らはまず、茂みから現れた美少女――のような美少年右京の姿を目にすると、「なんだ、このガキ!?」と喚き散らした。

 しかし、チャラ男の方はアデュレリア領主の館で右京と面識があるのだ。彼はハッとすると、「綾那と陽香と一緒に居たガキだ」と唇を戦慄かせた。
 アデュレリア領に居た子供が、何故ここに――とでも言いたげな男の目は、驚愕に見開かれている。

 そもそもこの二人、ルシフェリアの言葉を信じるならば、森へ逃げ込む前は王都の街中に潜り込んでいたらしい。
 王都へ眷属を送りつける座標を調べるために、そしてアリスの姿を探すために直接街の様子を見ていただろうに――やはり、彼女以外は眼中になかったのだろうか。

 颯月の天幕付近でも右京とアリスは接触があったというのに、まるで今初めて彼がアイドクレースに居る事に気付いた、と言わんばかりの様子である。

「おい、ガキ! お前がここに居るって事は、綾那と陽香も居るんだろ! ――いや、下手したらアリスも居るんじゃねえのか? さっさと連れてこい、こうなったらアリスだけでも手に入れなきゃ、気が済まねえ!! 今すぐこの訳の分かんねえ魔法を解けよ!」

 右京の見た目が十歳児だから、戦う力はないと侮っているのだろうか。まさか、先ほど眷属にトドメを刺したのが彼だなんて露ほども思っていないらしいチャラ男は、地面を芋虫のように這いずりながら凄んだ。
 正直、そんな状態で凄まれたところで滑稽でしかないのだが――。

 右京はただ、喚く芋虫を冷たい眼差しで見下ろしている。

「――眷属だって、好きでああなった訳じゃあないんだよ。元は普通の生き物で、ただ悪魔に無理やり姿と性質を変えられただけ……だって言うのに、まるで死体蹴りみたいな真似をされると気分が悪いんだよね。命を奪う時には、最低限の敬意を払わなきゃ」
「はあ!? 何グダグダ言ってんだよ、俺の話聞いてんのか!? アリスを連れてこいっつってんだろうが!!」
「なあオイ、待て、落ち着けってバカ! このガキ、こっちの世界の人間なんだろ? そんで魔法も使えるんだろ? ――俺らもう「転移」できねえんだぞ、まずいって……!!」
「あァ!? ガキ相手に何ビビってんだよ腰抜け! テメーとはもうやってられねえ、アリス捕まえたって、テメーには髪の毛一本やらねえからな!!」
「そ、そもそもお前のモンでもねえだろうがよ! 俺ら「表」で幹事に集められた時、決めたよな!? アリスは全員で輪姦まわすって!!」
「うるせー、アリスは俺の女なんだ! ――全員で? 冗談じゃねえ、俺一人で楽しむに決まってんだろうがよ!!」

 右京を無視して仲違いを始めた男達。
 反省して許しをうどころか、アリスを視界に入れる前から自発的にアウトな発言を続ける男達に、右京はやれやれと肩を竦めた。そうして体を半身はんみずらすと、後ろを振り返った。
 そこには、明臣に手を引かれるアリスが――更にその後ろには、綾那と陽香が颯瑛の背に庇われるようにして立っている。

 男達の口から散々おぞましい言葉を聞かされたアリスは、これでもかと眉根を寄せているようだ。
 彼らは初め、黒髪のウィッグを被るアリスに気付かなかった。ところが慌てたように彼女を二度見すると、ぴたりと言い争いをやめて、顔いっぱいに喜色きしょくを浮かべる。

 既に「偶像アイドル」を失っているのに、彼らの頬は瞬く間に赤く染まった。まるで、憧れの女性にようやく会えて感動と興奮が抑えられない、というような表情だ。
 しかしそれも、アリスが明臣に――どこの馬の骨だか分からない『男』に手を引かれている事に気付くと、喜色満面の顔は絶望と憎悪に染まった。

「――アリス……アリス、アリス、アリスッ!! 誰だよソイツ!? 何、気安く触らせてんだよ!?!? ……ふざけんじゃねえよ、アリスは皆のモンだろうが、何一人だけ特別扱いしてんだ! ぶっ殺すぞ!!」

 声を荒らげたのはチャラ男ではなく、意外な事にむっつりの方だった。チャラ男は怒りよりも絶望の色が濃いようで、呆然自失といった表情でアリスと明臣を見上げている。

 真正面から怒声を浴びせられたアリスは、びくりと肩を揺らすと、明臣の背に隠れるように移動した。彼女は生まれた時から「偶像」もちで、異性に怒鳴られるなど、今まで一度も経験してこなかったのだ。こういった事にはとんと免疫がなく、怯えるのは至極当然である。

 ――だからこそ、天邪鬼明臣に「クソげろドブス」と罵られる度に大泣きするのだ。

 明臣は、男達の目からアリスの姿を隠すように立った。そして彼らから視線を外さぬまま、背後に控える颯瑛へ問いかける。

「陛下、これだけ証言があれば立件は十分でしょうか?」
「ああ、問題ない――と言うか、早々に鎮圧せねば、これ以上は彼女が可哀相だ。これほど元気で浅はかなら、恐らく拘留所で余罪を追及している内に更に重い罪を科せられるだろうから」
「承知しました。――右京くん」
「うん。じゃあどうしよう、僕が「睡眠スリプル」で眠らせようか? そのあと「空中浮揚レビテーション」で王都まで運べば――」

 いまだ喚く男を無視して、右京が彼らの処遇を提案する。しかし明臣はキラキラしい笑顔を浮かべたまま、首を横に振った。

「いや、このまま絞め落とすから、右京くんが「空中浮揚」で運んでくれると助かるな」
「……絞め――?」

 右京が怪訝な顔つきで明臣を振り返った――その時、地面に転がる男達が突然絶叫した。

「――ウあああアアあぁああッ!!!」

 叫ぶ男達を見れば、身体の自由を奪う透明な鞭――「風縛バインド」が、これでもかときつく絞まっている。
 彼らの顔は瞬く間に赤く染まり、そして赤黒く変化して、酸欠状態に陥っているのは一目瞭然であった。

「ちょっ……ちょっと、わざわざそんな面倒な事をしなくたって――」
「本当なら僕が「空中浮揚」も使えたら良かったんだけど、今はちょっと……制御を誤りそうで危ないかなって」
「明臣――不快だったのは分かるけれど、お願いだからそのまま被疑者を真っ二つにじ切ったりしないでよね……」
「ハハ、もう右京くん。人間はそう簡単に真っ二つになったりしないよ~」
「僕、別に冗談言っている訳じゃあないんだけどな……」

 男達の断末魔をBGMにして、悪魔憑き二人がじゃれ合っている。あまりにも異質で非日常な光景に、綾那と陽香はそっと顔を見合わせた。

「なあ、アレ――「風縛」とかいうヤツ。確か広報の宣伝動画第一弾で、「魔力制御を誤ると対象物が真っ二つになる」って禅さんが言ってなかったっけか……」
「言ってたね……」

 やがて男達が静かになったかと思えば、どうも彼らは体が捩じ切れる前に無事 (?)意識を失う事に成功したらしい。口から泡を噴いて失神した男達を、右京が何事もなかったかのように「空中浮揚」で浮かせている。

「いや――なんか、騎士を舐めてたのかも知んねえな……対人戦がこんなだとは思わなかった。街中でここまでバカやらかすヤツ早々居ねえから、そもそも暴徒鎮圧の現場を見た事がなかったんだけどよ」
「そ、そうだね。私もしばらく颯月さんの横について仕事を見て回ってたけど、ここまでの状況に陥る事って、まずなかったから……」
「これはさすがに、宣伝動画に流用できんよなあ――」

 ふう、と悩ましげなため息を吐き出した陽香に、綾那は目を剥いて叫んだ。

「――とっ、撮ってたの!? いつ……どこから撮ってたの!」
「こちとらスタチューバーだぞ!? 撮るさ!!」

 そう豪語した陽香の手には、いつの間にか携帯用の魔具カメラが握られている。彼女はそのまま「逆に、なんでお前はカメラ構えてねえんだよ!」と言って、綾那の肩にパンチした。

 一体いつから回していたのか知らないが、犯人逮捕を目的としたこのような状況下で――それも、子供のフリをしている右京と他領の騎士明臣 (いずれも騎士服ではなく私服)、更には国王まで居るのにコソコソとカメラを回すなど、言語道断である。
 綾那は殴られた肩を擦りながら、「せぬ」と呟いた。

 ――とにもかくにも、これにて一件落着である。あとの事は颯瑛や街の駐在騎士に任せれば良いだろう。

 既に「転移」を失った男達がどこかへ逃げ出す心配はないし、彼らを捕らえたからといって文句を言ってくる者も居ないはず。
 アデュレリア領主との関係性が今どうなっているのかは分からないが、そもそも「転移」の雇い主は――そう、強いて言うならば面白がって「表」の人間を集めているらしい、悪魔ヴィレオールの反応が気になると言ったところか。

(まあでも、今は目先の事だけ考えよう――)

 何せ綾那はこの後、颯月が仕事を終えたら彼と一緒に正妃の元まで行って、説教を食らわねばならないのだから。

 色々な意味で怯えているアリスの頭を慈しむように撫でる明臣と、それを呆れ顔で見る右京。
 そしてその背後に浮かぶ失神した男達を見て、綾那はただ胸中で「なんだか今日は、凄く疲れたなあ――」と、しみじみ思ったのであった。
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