5 / 9
収穫の朝
しおりを挟む
朝の空が、夜の青を残したままゆっくりと明るくなっていく。リゼットは、まだ誰も起きていない村の小道を静かに歩いた。手には小さな鎌と、祖母の古い布で編んだバスケットを抱えて。
畑のそばに立つと、星の小麦の穂がまるで夜空の名残を受けているかのように、朝露に濡れきらきらと輝いていた。
風が吹くたびに、銀色がかった淡い金色の穂がそよぎ、波のようにうねって揺れた。
それはまるで、地上に星が降り積もってできた海だった。
リゼットはゆっくりと畑の中に足を踏み入れた。小麦たちが、彼女を迎えるように優しく身を傾ける。両手でそっと穂先をなでると、ひんやりとした露が手に触れ、指の間からこぼれ落ちた。
「ありがとう……本当に、ありがとう」
頬に涙がつたう前に、風がそれを乾かしていく。
そのときだった。
「わあっ、すごい! お星さまみたい!」
畑の縁から、声が聞こえた。振り向くと、近所の子どもたちが何人か集まっていた。
まだ寝巻き姿の子もいて、裸足のまま駆け寄ってくる子もいる。
「リゼット、このキラキラの草、なに? ふしぎー!」
「触ってもいい?」
「いいにおいがする!」
リゼットは笑ってうなずいた。
「これはね、“星の小麦”っていうの。これで、パンを焼くんだよ」
子どもたちは、目をまるくした。
「ほんとに? こんなキラキラのやつで?」
「パン、食べたいなあ……!」
すると、大人たちも少しずつ集まってきた。水汲みに出たおばさん、薪を背負ったおじいさんもゆっくりと歩いてくる。
人々は、朝日に照らされた畑を見て、息をのんだ。
「……まさか。あの、耕してた空き地が……」
「こんなふうに、なるなんて」
「夢みたいだな……」
リゼットは、胸の奥にこみ上げてくるものを感じながら、小さくうなずいた。
「うん、夢みたい。でも、ちゃんとここにあるの」
空気がしんと澄み、鳥のさえずりだけが聞こえた。
リゼットは膝を折り、小さな鎌を手にとった。
一本目の穂を、そっと刈る。
その瞬間、ぱちん、と細い茎が切れる音とともに、淡い光の粒がふわりと空に舞い上がった。
風がそよぎ、小麦の穂たちがやさしくうなずくように揺れる。
リゼットは丁寧に、穂をひとつひとつ手に取りながら、ゆっくりと刈り取っていった。かごの中に集まっていく黄金の穂は、まるで自分の手で育てた小さな光の粒たち。重みはないのに、胸の奥はいっぱいだった。
村人たちは静かにその様子を見守っていた。
誰も声を出さなかった。けれど、皆の胸のなかで、なにかが確かに灯った。
それは、久しぶりに感じる“期待”というあたたかな気持ちだった。
畑のそばに立つと、星の小麦の穂がまるで夜空の名残を受けているかのように、朝露に濡れきらきらと輝いていた。
風が吹くたびに、銀色がかった淡い金色の穂がそよぎ、波のようにうねって揺れた。
それはまるで、地上に星が降り積もってできた海だった。
リゼットはゆっくりと畑の中に足を踏み入れた。小麦たちが、彼女を迎えるように優しく身を傾ける。両手でそっと穂先をなでると、ひんやりとした露が手に触れ、指の間からこぼれ落ちた。
「ありがとう……本当に、ありがとう」
頬に涙がつたう前に、風がそれを乾かしていく。
そのときだった。
「わあっ、すごい! お星さまみたい!」
畑の縁から、声が聞こえた。振り向くと、近所の子どもたちが何人か集まっていた。
まだ寝巻き姿の子もいて、裸足のまま駆け寄ってくる子もいる。
「リゼット、このキラキラの草、なに? ふしぎー!」
「触ってもいい?」
「いいにおいがする!」
リゼットは笑ってうなずいた。
「これはね、“星の小麦”っていうの。これで、パンを焼くんだよ」
子どもたちは、目をまるくした。
「ほんとに? こんなキラキラのやつで?」
「パン、食べたいなあ……!」
すると、大人たちも少しずつ集まってきた。水汲みに出たおばさん、薪を背負ったおじいさんもゆっくりと歩いてくる。
人々は、朝日に照らされた畑を見て、息をのんだ。
「……まさか。あの、耕してた空き地が……」
「こんなふうに、なるなんて」
「夢みたいだな……」
リゼットは、胸の奥にこみ上げてくるものを感じながら、小さくうなずいた。
「うん、夢みたい。でも、ちゃんとここにあるの」
空気がしんと澄み、鳥のさえずりだけが聞こえた。
リゼットは膝を折り、小さな鎌を手にとった。
一本目の穂を、そっと刈る。
その瞬間、ぱちん、と細い茎が切れる音とともに、淡い光の粒がふわりと空に舞い上がった。
風がそよぎ、小麦の穂たちがやさしくうなずくように揺れる。
リゼットは丁寧に、穂をひとつひとつ手に取りながら、ゆっくりと刈り取っていった。かごの中に集まっていく黄金の穂は、まるで自分の手で育てた小さな光の粒たち。重みはないのに、胸の奥はいっぱいだった。
村人たちは静かにその様子を見守っていた。
誰も声を出さなかった。けれど、皆の胸のなかで、なにかが確かに灯った。
それは、久しぶりに感じる“期待”というあたたかな気持ちだった。
0
あなたにおすすめの小説
独占欲強めの最強な不良さん、溺愛は盲目なほど。
猫菜こん
児童書・童話
小さな頃から、巻き込まれで絡まれ体質の私。
中学生になって、もう巻き込まれないようにひっそり暮らそう!
そう意気込んでいたのに……。
「可愛すぎる。もっと抱きしめさせてくれ。」
私、最強の不良さんに見初められちゃったみたいです。
巻き込まれ体質の不憫な中学生
ふわふわしているけど、しっかりした芯の持ち主
咲城和凜(さきしろかりん)
×
圧倒的な力とセンスを持つ、負け知らずの最強不良
和凜以外に容赦がない
天狼絆那(てんろうきずな)
些細な事だったのに、どうしてか私にくっつくイケメンさん。
彼曰く、私に一目惚れしたらしく……?
「おい、俺の和凜に何しやがる。」
「お前が無事なら、もうそれでいい……っ。」
「この世に存在している言葉だけじゃ表せないくらい、愛している。」
王道で溺愛、甘すぎる恋物語。
最強不良さんの溺愛は、独占的で盲目的。
童話絵本版 アリとキリギリス∞(インフィニティ)
カワカツ
絵本
その夜……僕は死んだ……
誰もいない野原のステージの上で……
アリの子「アントン」とキリギリスの「ギリィ」が奏でる 少し切ない ある野原の物語 ———
全16話+エピローグで紡ぐ「小さないのちの世界」を、どうぞお楽しみ下さい。
※高学年〜大人向き
イーハトーブに虹を
安芸月煌
児童書・童話
世界の一つに、パレットという世界がありました。パレットにある国には、それぞれたった一つの色しかありません。黒の国にイーハトーブという町がありました。黒一色の町です。そこに、トトリとアリスという、子供がいました。二人は、病気になってしまったアリスのお母さんを助けるために、色を集める旅に出ます。空に、虹をかけるために――
『赤の国ロッソの町 エルドラド』
『橙の国アランシオネの町 アヴァロン』
『黄の国ジャッロの町 桃源郷』
『緑の国ヴェルデの町 エデン』
『青の国ブルの町 ニライカナイ』
『藍の国インダコの町 アトランティスと龍宮』
『紫の国ヴィオラの町 アガルタ』
トトリとアリスと猫のココ、二人と一匹は旅の先々で出会う仲間たちと一緒に困難に立ち向かい、イーハトーブに虹を駆けるために奔走します。七色の色は、無事に集まるのでしょうか――
たったひとつの願いごと
りおん雑貨店
絵本
銀河のはてで、世界を見守っている少年がおりました。
その少年が幸せにならないと、世界は冬のままでした。
少年たちのことが大好きないきものたちの、たったひとつの願いごと。
それは…
ハピネコは、ニャアと笑う
東 里胡
児童書・童話
第3回きずな児童書大賞 奨励賞受賞
目が覚めたら昨日だった。知ってる会話、見覚えのあるニュース。
二度目の今日を迎えた小学五年生のメイのもとに、空から黒ネコが落ちてきた。
人間の言葉を話し魔法を使える自称ハッピーネコのチロル。
彼は西暦2200年の未来から、逃げ出した友達ハピネコのアイルの後を追って、現代にやってきたという。
ハピネコとは、人間を幸せにするために存在する半分AIのネコ。
そのため、幸せの押し付けをするチロルに、メイは疑問を投げかける。
「幸せって、みんなそれぞれ違うでしょ? それに、誰かにしてもらうものじゃない」
「じゃあ、ボクはどうしたらいいの? メイのことを幸せにできないの?」
だけど、チロルにはどうしても人間を幸せにしなければいけないハピネコとしての使命があって……。
幼なじみのヒューガ、メイのことを嫌うミサキちゃんを巻き込みながら、チロルの友達アイルを探す日々の中で、メイ自身も幸せについて、友達について考えていく。
表紙はイラストAC様よりお借りしました。
「いっすん坊」てなんなんだ
こいちろう
児童書・童話
ヨシキは中学一年生。毎年お盆は瀬戸内海の小さな島に帰省する。去年は帰れなかったから二年ぶりだ。石段を上った崖の上にお寺があって、書院の裏は狭い瀬戸を見下ろす絶壁だ。その崖にあった小さなセミ穴にいとこのユキちゃんと一緒に吸い込まれた。長い長い穴の底。そこにいたのがいっすん坊だ。ずっとこの島の歴史と、生きてきた全ての人の過去を記録しているという。ユキちゃんは神様だと信じているが、どうもうさんくさいやつだ。するといっすん坊が、「それなら、おまえの振り返りたい過去を三つだけ、再現してみせてやろう」という。
自分の過去の振り返りから、両親への愛を再認識するヨシキ・・・
アホの子と変な召使いと、その怖い親父たち
板倉恭司
児童書・童話
森の中で両親と暮らす天然少女ロミナと、極悪な魔術師に仕える召使いの少年ジュリアン。城塞都市バーレンで、ふたりは偶然に出会い惹かれ合う。しかし、ふたりには重大な秘密があった──
盲目魔女さんに拾われた双子姉妹は恩返しをするそうです。
桐山一茶
児童書・童話
雨が降り注ぐ夜の山に、捨てられてしまった双子の姉妹が居ました。
山の中には恐ろしい魔物が出るので、幼い少女の力では山の中で生きていく事なんか出来ません。
そんな中、双子姉妹の目の前に全身黒ずくめの女の人が現れました。
するとその人は優しい声で言いました。
「私は目が見えません。だから手を繋ぎましょう」
その言葉をきっかけに、3人は仲良く暮らし始めたそうなのですが――。
(この作品はほぼ毎日更新です)
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる