星降る村のパン屋さん

月森こもれ

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収穫の朝

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朝の空が、夜の青を残したままゆっくりと明るくなっていく。リゼットは、まだ誰も起きていない村の小道を静かに歩いた。手には小さな鎌と、祖母の古い布で編んだバスケットを抱えて。

畑のそばに立つと、星の小麦の穂がまるで夜空の名残を受けているかのように、朝露に濡れきらきらと輝いていた。
風が吹くたびに、銀色がかった淡い金色の穂がそよぎ、波のようにうねって揺れた。
それはまるで、地上に星が降り積もってできた海だった。


リゼットはゆっくりと畑の中に足を踏み入れた。小麦たちが、彼女を迎えるように優しく身を傾ける。両手でそっと穂先をなでると、ひんやりとした露が手に触れ、指の間からこぼれ落ちた。

「ありがとう……本当に、ありがとう」

頬に涙がつたう前に、風がそれを乾かしていく。


そのときだった。

「わあっ、すごい! お星さまみたい!」

畑の縁から、声が聞こえた。振り向くと、近所の子どもたちが何人か集まっていた。

まだ寝巻き姿の子もいて、裸足のまま駆け寄ってくる子もいる。

「リゼット、このキラキラの草、なに? ふしぎー!」

「触ってもいい?」

「いいにおいがする!」

リゼットは笑ってうなずいた。

「これはね、“星の小麦”っていうの。これで、パンを焼くんだよ」

子どもたちは、目をまるくした。

「ほんとに? こんなキラキラのやつで?」

「パン、食べたいなあ……!」


すると、大人たちも少しずつ集まってきた。水汲みに出たおばさん、薪を背負ったおじいさんもゆっくりと歩いてくる。
人々は、朝日に照らされた畑を見て、息をのんだ。


「……まさか。あの、耕してた空き地が……」

「こんなふうに、なるなんて」

「夢みたいだな……」


リゼットは、胸の奥にこみ上げてくるものを感じながら、小さくうなずいた。


「うん、夢みたい。でも、ちゃんとここにあるの」



空気がしんと澄み、鳥のさえずりだけが聞こえた。
リゼットは膝を折り、小さな鎌を手にとった。

一本目の穂を、そっと刈る。

その瞬間、ぱちん、と細い茎が切れる音とともに、淡い光の粒がふわりと空に舞い上がった。


風がそよぎ、小麦の穂たちがやさしくうなずくように揺れる。

リゼットは丁寧に、穂をひとつひとつ手に取りながら、ゆっくりと刈り取っていった。かごの中に集まっていく黄金の穂は、まるで自分の手で育てた小さな光の粒たち。重みはないのに、胸の奥はいっぱいだった。


村人たちは静かにその様子を見守っていた。
誰も声を出さなかった。けれど、皆の胸のなかで、なにかが確かに灯った。



それは、久しぶりに感じる“期待”というあたたかな気持ちだった。

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