そこは誰もいなくなった

椿 雅香

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尋問(3)

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「だって、ウチ、ちゃんと鍵かけとったのに、リフォーム業者連れて来たら、鍵開いてるやない。
 
 しかも、中かていろいろいらった形跡あるし」
 
 
 俺たちは、いたたまれなくて小さくなった。
 ここまで来たら、単なるポーズじゃなく、本当に申し訳なくて恐縮した。 


「だ、か、ら、許してあげる条件っていうたら何やけど、あんたらの冒険話を聞かせてくれへん?
 そしたら、チャラにしてあげるさかい」

「え?取引って、さっきは、俺たちのおかげで傷みが少なかったって、言ったくせに」
 

 思わず文句を言うと、祐樹が肘を突いた。

 余計なことを言うなって?
 へいへい。黙ってます。

 
 百合は皮肉っぽい笑いを浮かべて言った。


「言うたよ。
 
 そやけど、それとこれとは別や。

 あんたら、気ぃついてへんかもしれんけど、住居侵入罪って立派な犯罪や。
 それを見逃がしたろ、言うてんねん」

「俺たちの話を聞くって条件付きでね」

 俺には余計なことを言うなって言ったのに、さすがに祐樹も面白くないのだろう。ぶすくれた顔で開き直った。

「悪い悪い。話聞きたいのは、ウチの仕事が物書きやからや。
 
 好奇心ちゅうか、職業病みたいなもんや。

 あんた等のことは、怒ってへん。
 どうせ、ほったらかしやったし、別に被害もなかったし」

 
 俺たちはホッとした。

 間違っても親や学校に連絡されたくなかったのだ。


 何の根拠もなかったが、何となくこの人が言ってることは、額面通り受け止めても良いように思えた。
 つまり、住居への無断侵入とかのもろもろの行為を許してくれるというのは、本当だろうと思ったのだ。

 しかも、百合が俺たちと同じような感覚の持ち主で、俺たちのやっていることを一緒に楽しんでくれるような気がした。

 
 そういえば、あの『愛しい夫の殺し方』って、天然っぽい主人公が、浮気した夫との離婚話がこじれて、ネクタイを使って絞殺しようとして失敗、包丁で刺殺しようとして失敗、金属バットで撲殺しようとして失敗、突き飛ばして車に礫殺させようとして失敗、青酸カリを手に入れて薬殺しようとして失敗、屋上から転落死させようとして失敗と、ことごとく失敗するのだ。
 殺そうとするとき、何故かすぐ側に都合よくネクタイや包丁や金属バットがあるのもわざとらしいし、偶然が重なって夫が殺されずに済んでいるという不合理さが妙な軽さになっていて、離婚寸前のドロドロした夫婦のはずなのにコミカルなのだ。
 人を食った性格で何故か憎めない夫と必死に夫を殺そうとする真面目だが子供っぽい妻の会話が、いかにも自然でリアルだと評判になったのだ。

 多野椎奈が『愛しい夫の殺し方』で日本ミステリー文学大賞新人賞をとったとき、あんなハチャメチャな小説を書いたのは、どんな人物だろうとマスコミが大騒ぎした。

 結局、性別も年齢も一切不詳のまま今日に至っている。
 その人物が、目の前にいる。


 俺と祐樹は、少なからず興奮した。

 柴山は、俺たちにいろんな刺激を与えてくれる。



 地図を読み間違えて道を間違ったこと。
 たどり着いた柴山がゴーストタウンだったこと。
 柴山に秘密基地を作って活動したこと。



 そして、今回、超弩級の事件が起きたのだ。


 俺たちは、多野椎奈と知り合いになったのだ。


 パンパカパーン。とファンファーレが聞こえたような気がした。


「で、どうしてスマホ使わんと、五万分の一の地図使おうなんて暴挙に出たん?
 
 スマホのナビ使えば道なんか間違えへんのに」
 
 
 コーヒーカップを手に、百合が面白そうに尋ねた。


「俊哉の思い付きなんです」

「お前だって、面白そうだって言ったぞ。他人ひとのせいにするな」

「だいたい、こいつ、真面目なくせに、ときどき突拍子もないこと思いつくんです」

「だって、ナビで簡単に着くより地図使う方がレトロで面白いじゃないですか。
 何かこう、知らない道を探検してるって気分になるし」

「口車に乗った俺が馬鹿だった。まさか、二人して道間違えるなんて思ってもみなかったんです」

「ふ~ん。昔は、地図読めないのは女って相場が決まってたけど、今時はナビに慣れすぎて、男も地図読めなくなってるんや」

「納得しないでくださいよ。
 まさか、ナビに頼りすぎて地図が読めなくなってるなんて思わないじゃないですか」

 文句を言うと、祐樹が賛意を表明した。

「同感。あんときゃ、俺もビビった」

 俺たちの会話を興味深げに聞いていた百合が話を進めた。
 こんなに脱線してたら、いつまでたっても終わらない。



「で、柴山に着いたんやな?」

「そうです。着いたところが柴山ここだったんです。
 
 始めは、自分たちがどこにいるのか分からなかったんですが、表札の脇の家族の名前を書いたプレートでここがどこだか分かったってわけです。
 GPSで調べるまでもなかったです」

「いやあ、ロマンやわ。
 機械に頼らんと、たどり着いたってのが無茶苦茶ロマンやわ」

「だろ。だろ。俺たちもそう思ったんだ」

 
 祐樹が身を乗り出した。
 
 おいおい、いやしくも全国的に有名な作家先生相手にタメ口って、そりゃないだろう。

 でも、百合は平然としている。
 もしかして、この人の精神年齢って結構若いかも。


「ウチも自転車乗りたなったわ。さっきの自転車、格好良いな」

「クロスバイクって言うんです。
 舗装道路を走るタイヤが細くてドロップハンドルのロードバイクと悪路を走るサスペンションがついたマウンティンバイクの中間的なものなんです。
 スピードも出るし、未舗装の道もそれなりに走れるんです」
 
 俺が説明すると、祐樹がぶちまけた。

 祐樹は、百合と知り合いになれたことを無茶苦茶喜んでいる。


本当ほんとはロードにしたかったんだけど、自転車屋のおっさんが、ここらじゃ未舗装の道もあるからロードよりこっちにしとけって言ってくれたんで、こっちにしたんです」

「こっちで正解だったじゃないか」

「まあ、道間違えなきゃ、ロードで良かったんだけど」

「現実に、道間違えたやない。こっちで良かったんや」
 


 俺たちの言い争いに、百合がピリオドを打った。
 こんな調子でしゃべっていたら、いつまでたっても終わらない。

 

 サクサク話を進めよう。



「ピッキングはどこで覚えたんや?」


 あれって犯罪行為だ。
 
 悪友たちの前でならともかく、大人に対して、さすがに自慢できる話じゃない。
 
 肘で突かれて、覚悟を決めた。
 
 俺の担当だってか?はいはい。頭痛いぜ。


「あれは……ネットで」

「ネットって、そんなことまで教えてくれるん?」

「っていうか、いろんなこと教えてくれるんで、要は取捨選択を間違えなければ良いわけで……」

「で、練習したん?」

「はあ……」

「どこで?」

「学校で」



 一瞬の沈黙の後、百合の短い感想。

「呆れた」
 

 この件に関して、祐樹は終始沈黙を保った。


 お前なあ。楽しいことなら交じるくせに。
 都合の悪いことを全部押し付けるんじゃない! 
 
 

 声に出さずに怒鳴ると、百合が祐樹を見やった。

「祐樹くん、この件についてのご意見は?」


 指名された以上、答えなければならない。
 俺は、百合のフェアな態度に溜飲を下げた。

「ネットって、いろんなことを教えてくれるんです。
 要は、悪いことをしなければ良いわけで……」

「したやない。住居侵入とか建物損壊とか」

「だって、誰も住んでなかったんですよ。
 そもそも、人の住んでない家って住居侵入罪の住居に当たるんですか?」

面白おもろい意見や。確かに、そういう考え方もあるかもしれん。今度調べとくわ」

 


 百合は、妙なところでフェアな人だった。


「で、ウチを直してくれたのは良いけど、余所の家から使える建材引っぺがしてきたんやな」
 
 

 これ以上、この件を追及されたくなかった。
 
 身が細るっていうけど、本当に痩せる思いだ。
 
 
 俺たちが口を閉ざしたので、百合は話題を変えた。
 訊くまでもないと思ったのだろう。


「ところで、あんたたち、今日はここに泊まるつもりで来たん?」


 虎口を逃れてホッとすると、嘘をつく気力もなくなるらしい。
 
俺たちは、馬鹿正直に白状した。

「はい。今夜は、キャンプの予定だったんですけど……」

「俊哉も俺もここに置いておいたシュラフで寝るつもりで三食分の弁当を用意してきたんです」

「呆れた。あのシュラフ使ってキャンプしてたわけ?」

「もう、捨てちゃいましたか?」

 恐る恐る尋ねると、百合が破顔した。

「とりあえず、預かっとる。
 そやけど、あんたら、シュラフあれ使つこてどこで寝るつもりやったん?」

「ここです」

「家の中やのにシュラフ使つこてたん?」

「だって、そうでしょ?いくら掃除したって、バルサンたいたって、埃やダニが気になったんです。
 ネズミだっていたし、放置されてた布団なんて使えたもんじゃなかったし、結局、自前で寝具用意するっきゃなかったんです」

 
 俺がムキになると、祐樹が冷静になれと背中を叩いた。
 
 何かなあ。自分は関係ないって顔すんなよ。
 
 お前も俺と同じ立場なんだ。何とか、援護射撃の一つもしてくれ。
 そう言ういうと、一応、協力してくれた。


「いくら手入れしたって、廃屋は廃屋で、人が住むには耐えがたいんです。
 だから、家の中でキャンプみたいにしてたんです」

「いやあ、今時の子は、おもろいこと考えるんやなぁ」



 百合は感嘆しきりだ。

 百合の反応に気を良くした俺は、良いことを思いついた。


「あれ、返してもらえませんか?」と、言ったのだ。



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