そこは誰もいなくなった

椿 雅香

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多野椎奈(3)

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 その日の夕食は、井上さんが持って来た鯖寿司だった。
 
  これも、百合が買ってくるよう頼んだらしい。

 なんと、五本もあった。
 
 一人一本プラス数切れという計算になる。
 育ち盛りの俺と祐樹は、ありがたく一本半もいただいてしまった。

 井上さんは食が細いようで、一本やっとだ。
 
 驚いたのは、百合の食欲で、中年のおばちゃんなのに一本ペロリと平らげて、まだまだ余裕がありそうだった。
 
 鯖寿司も京都の食べ物らしい。
 百合は、これって福井の名物でもあるんやとかなんとか言いながらハムハム食べた。
 
 しめ鯖を使った押しずしの一種なのだが、確かに美味しかった。
 
 

 百合の側にいると、美味しいものが食べられるようだ。
 
 
 それに気づいた俺と祐樹は、この後、食べ物につられて柴山へ通うことになる。

 
 まあ、アルバイトって理由もあったけど……。
 



 食卓の話題は、百合の生活方法だ。

 俺たちの冒険話は、三人の秘密だし、いずれ多野椎奈の新作のネタに使われることになるから、言わない方が良いとの判断からだ。


 
「こんなところに住もうって、なんて酔狂な人だって思ったんですが、家はリフォームできたとしても、水や電気はどうしてるんですか?」
 
 俺が尋ねると、百合は得意そうに説明し始めた。
 
 
 百合は、俺たちが苦労した水や電気の問題を大人のやり方でクリアしていたのだ。

「水はね、台所にある井戸の水を水質検査とかしてる研究所に頼んで調べてもろた。
 その結果、飲料水として使用に耐えるってことやった」

「じゃあ、電気は?」

 答えが予想される質問をしたのは、本人の考え方を確認したかったからだ。

「電気は、そこの渓流の流れ利用して発電機を設置したんや。
 ウチの家一軒まかなうには十分や。
 で、庭に軽四あるやろ?
 あれって電気自動車なんや。

 前々から地球にやさしい生活したいって思とったんやけど、ここって電気が来てへんし、丁度良いから、やってみよ思たんや」
 
 横から祐樹が口をはさんだ。

「でもって、日々の食料や日用品の買い物は、ネットで済ませてるんですね。
 アマゾンとか、ネットスーパーなんかのお得意さんってわけでしょ」

「そうや。よう知っとるやない」
 
 百合が満足そうに頷くと、井上さんが茶々を入れた。

「どんだけたくさんの配送の車がここに来てるんですか?」

「さあ、数えたことないけど、三日に一回は来るわ。
 ネットスーパーは配達料金払ろたらOKやけど、ピザのデリバリーや寿司屋の出前はあかんかった」


「あかんかったって?」
 祐樹が興味津々で身を乗り出した。

「柴山は配達区域に入ってへんから配達できひんって、言われてしもた」

「要は、遠すぎるから配達しないってことですね」
 井上さんが呆れかえったように、まとめた。


 そんなこと、電話するまでもなく分かるだろう、とも言った。


「でも、お店としては、問題なんじゃないかな。
 客に対するサービスという意味で、遠くても配達すべきだろう。
 配達料金取っても良いから。

 百合さんみたいな新規の客をゲットしないと、それこそ、うちの町は先細りなんだから」
 
 常々お袋が言っている我が町滅亡説のさわりを披露すると、百合が手を叩いて喜んだ。


「いやあ、俊哉くん、あんた、ええ着眼点や。
 お店や町の将来考えると、ここは、新規の客であるウチを大事にせなならん。
 それをせえへんちゅうことは、どういうことか、祐樹くん、分かる?」

「ウチの町には明日がないって、言わせたいんですか?」

「よくできました。

 そういうことや。
 今までは、柴山がゴーストタウンやったけど、こんな調子でやってたら、町全体がゴーストタウンになってしまうっちゅうことや」

「でも、そうは言っても、そんな簡単にゴーストタウンにならないでしょう?
 それに、どうせ寿司屋なんかおやじさん一人でやってるんでしょ?
 柴山ここまで配達に来る間、店閉めなきゃならないじゃないですか。遠すぎるんですよ」
 
 

 横から井上さんが参戦した。
 
 よせば良いのに、この人は、百合の気を惹こうとして失敗するのだ。
 

 このときも、百合にコテンパンにやられた。


「寿司屋の事情は知らん。
 そやけど、今日日きょうび寿司屋を繁盛させよ思たら、配達要員確保せなならんのや。
 バイトは経費が掛かるから家族がベストやろうけど。
 でもって、町の衰退は明日明後日の話やない。
 遠い将来、この町全体がそうなる可能性があるって話や。
 ウチかて、なくならんといて欲しいけど、確実に人口が減ってるし、産業も疲弊しとる。
 このままの流れでいけば、行く先は一つや」
 

 

 驚いた。明るい大阪のおばちゃんだと思っていた百合は、結構悲観主義者だったのだ。



「俺も、百合さんの意見に賛成です。
 実は、俺たちが中学二年のとき、大手のスーパーが撤退したんです。採算が取れないからって。
 おかげで町には、買い物難民が増えました。
 以前あった小売店をそのスーパーが根こそぎ潰した後だったから、本当に大変なんです」
 
 
 俺が、お袋から聞いた話をすると、わが意を得たりと百合が続けた。


「大規模な総合スーパーが撤退するのも大変やけど、家電量販店が撤退するのも大変なんやで。
 ウチの知っとるとこで、近所の電器屋を潰すだけ潰した家電量販店が撤退したんや。
 何が起きたと思う?」

「近所に電器屋がなくなってたってことですか?
 でも、食料品店がなくなるならともかく、電器屋がなくなることが、そんなに問題になるんですか?
 電化製品なんかそんなに頻繁に買うものじゃないじゃないですか」
 
 祐樹が不思議そうに言うと、百合が得意そうに解説した。

「それが、素人の浅はかさや。

 電化製品ちゅうのは壊れるもんや。
 修理を頼まなならんのや。
 側に家電量販店があったときは、そこに頼めば修理してくれたんや。そやけど、それがなくなると、メーカーへ直接頼まなならんことになる。
 町の電器屋があったら、そこがちょこちょこって直してくれたもんをわざわざ大層にメーカーの社員に来てもろて修理してもらうことになる。
 ごっつう不便になるってこっちゃ」
 


 本当だ。大きな店が撤退すると、地域の人たちが迷惑をこうむるのだ。


「そやから、企業の社会的責任ってもんをもっと真摯に受け止めてほしいんや。
 昔は、こんなんじゃなかった」

「こんなんじゃなかったって?」
 
 井上さんまで身を乗り出して聞いている。


「大阪に淀屋橋ってあるやろ?知っとるか?」

「聞いたことありますが、その橋がどうかしたんですか?」

 祐樹は、教師を慕う真面目な小学生の乗りだ。

「あの橋はな、豪商の淀屋さんが作ったから淀屋橋いうねん。
 皆さんのおかげで、儲けさせてもろたからって、みんなのために橋を作ったって話や」

「うそ」
本当ほんとですか?」
「信じられん」

 生徒役の三人は目を丸くした。

「今の金持ちは、こすっからいし、自分のことしか考えん。
 世の中のために金を使えば、回り回って自分のとこへお金が戻ってくるって、昔の人は言うたもんや。
 
 大手スーパーもその家電量販店も進出した地域の小売店を潰すだけ潰すんじゃなくて、ほどほのところで共存することを考えるべきやったんや。
 
 それが、できんちゅうことが、問題なんや」


「株式会社である限り、儲けを優先するんじゃないんですか?」
 真面目な顔で質問すると、話はさらに脱線した。

「儲けを優先する言うても、今頃の大企業は、儲けたお金を内部留保に貯めるばかりで、周りに回そうとせえへん。
 そやから、景気が悪うなるんや。
 ものが売れへん言う前に、ものが買えるよう、お金を回さなならんのや」
 

 
 

 話が大事になって場の空気が重くなったので、慌てて話題を変えた。


「ところで、ゴミはどうしてるんですか?
 もしかして、市役所のゴミ収集車が柴山ここまで来るとか?」

「あり得へん。

 まあ、住民票移しとらんし、市役所はウチがここに住んどることを知らんやろな。
 ゴミ収集車なんか来いひんわ。

 そやから、ゴミは自分で始末せなならん」



 百合が話したゴミの処分方法は、驚きだった。

 まず、生ごみは、庭に穴を掘って埋める。毎晩、十センチから十五センチ程度の穴を掘って埋めるのだ。庭の肥料にもなって良いのだという。

 確かに、田舎の庭は無駄に広い。
 毎日一つずつ穴を掘っても、いくらでもスペースはあるだろう。
 しかも、百合の家以外は、無人の廃屋だ。自分の家の庭に穴を掘りつくしたら、隣の家の庭に掘れば良いのだ。そこまで行かなくても、最初に埋めた生ごみが土に帰って再び穴を掘れるだろう。
 
 生ゴミ以外の一般ごみは、あまり出ないらしい。
 勝手口の外にゴミ箱がいくつか並んでいて、一般ごみ、紙ごみ、段ボールや雑誌、ビン、缶なんかを分類してためている。たまったら、麓の集積場所へ出すという。

 雑誌はたまっても新聞はたまらない。ネット新聞だからだ。

 よく考えたら、柴山まで配達してくれって頼んでも、新聞屋の方で断るだろう。
 毎日のことだから、ピザ屋や寿司屋より大変だ。

 

 後に、俺と祐樹は、ゴミ出しを頼まれることになる。


「麓に集積場所があるやろ?帰りにそこに置いてって」
 百合があっけらかんと頼むのだ。

 最初のうちは抵抗したが、そうそう頻繁なことでもないし、お小遣いももらえるので、いつもお世話になっているお礼だと思って手伝うことにした。

 手伝うと、百合の機嫌も良くなるしね。

 


 井上さんは、3時過ぎに帰って行った。これからバスでJRの駅まで出て、そこから電車で本線まで出て、それから新幹線で東京に帰るのだという。
 

 

 作家先生が僻地に引っ越すと、担当さんは大変だ。
 だから、俺たちのような高校生に、頭下げてでも協力を求めるのだろう。

 帰り際、くれぐれもよろしくと念押しされた。

 
 俺も祐樹も、出版社にだけは勤めたくない、と重ねて思った。
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