そこは誰もいなくなった

椿 雅香

文字の大きさ
19 / 27

スマホ没収

しおりを挟む
6 スマホ没収


 誤算だったのは、井上さんから、毎日のようにメールがあったことだ。


 おい!約束は毎週土曜に確認に行くってことだっただろ。

 
 口頭での契約じゃなく、書面に大きく『土曜日だけ』って書いてもらえば良かった。


 

 そして、最悪の事件が起きた。

 

 中間テストが終わり、期末テストにはまだ間がある長閑な秋の昼下がり。小春日和で、窓から刺し込む日差しが暖かい。
 俺は、物理の森田先生の子守歌のような声をBGMにうつらうつらしていた。
 理系科目は苦手だ。
 授業は俺の意識から遠いところで進んでいた。

 と、そのとき、教室中に響く着信音。
 知っている人は知っている俺のスマホの着信音と、もう一つ、俺のよく知る祐樹のスマホの着信音だ。
 

 いっぺんに目が覚めた。背筋を汗が流れる。

 
 森田先生の目がつりあがった。
 
 これが、英語の川畑先生や古典の佐々木先生なら、ここまで問題にならなかっただろう。

 最悪だったのは、森田先生が生活指導担当だったことだ。


「誰だ?電源切るか、マナーモードにしとく決まりのはずだ」


 もともと、学校は、スマホや携帯の持ち込み禁止だった。
 でも、昨今の生活環境じゃ、スマホや携帯がないと不便でしょうがない。だから、学校当局が譲歩して、電源を切るかマナーモードにすることになっている。
 
 まあ、電源を切ってなかった俺も悪いのだが、俺にメールする人間に授業中メール打つ馬鹿はいない。
 
 先生の犯人探しに、ひたすらばっくれて、他人の振りをしたが、年季の入った生徒指導に勝てなかった。
 敵は生徒の芝居を見抜く達人なのだ。

「松村。真面目なお前が、どういうことだ?電源切るの忘れたか?」

「申し訳ありません。切ったと思ってたんですが、大チョンボです」
 
 
 仕方がない。平謝りに謝ろう。
 謝って謝って謝って謝って謝り倒して、先生に怒る気力もなくなれば、怒るのを諦めてくれるさ。


「とりあえず、没収だ。放課後、取りに来い」
 ということで、スマホ没収の刑に処せられた。

「松村と、もう一人ってことは杉田か?」
 俺が捕まると、芋づる式に祐樹も捕まってしまう。それほど、行動パターンが似ているのだ。

「やっぱりお前か。二人とも、もっと性根を入れて管理しろ。じゃないと持ち込み禁止にするぞ」

 そう言いながら、スマホを没収する。


 おっしゃるとおり、今後は、もっと気を付けます。あんたに怒られたくないから。
 
 

 一体、どこのどいつだ。授業中にメール打つ馬鹿は。厳重抗議してやる。


 俺と祐樹は、メールの発信人をひたすら呪って、その日の授業が終わるのを待った。
 
 スマホを返してもらったら、その馬鹿におごらさせてやる。
 高校生にとって、授業中にメールを受信することが、どんなにデインジャラスなことか分からせてやる。


 
 放課後、生徒指導室へ二人して出頭し、平謝りに謝って、やっとのことでスマホを返してもらった。


 
 授業中にメールを送り付けた馬鹿は一体どこのどいつだ?
 
 怒りに震える指で確認すると、着信記録が37件。
 最初の授業中のが13時15分。一番新しいのが15時45分。今が16時50分だから、多分途中で諦めたのだろう。

 画面には、くっきりはっきり「井上担当」の四文字が並んでいる。



 そういえば、あの人の下の名前をゲットしてないので、適当に登録したっけ。
 

 それにしても、37件って、何て執念深いヤツだろう。

 毎週土曜に様子を見に行くって約束なのに、毎日のようにメールが来る。しかも、今回は火曜日の授業中だ。
 
 一体、何だっていうんだ?
 
 
 開いてみて、がっくりきた。
 
 最初のメールは、
『すでに締め切りを過ぎている。頼みたいことがあるから、至急電話してくれ』と、ある。

 気が付くと、祐樹も同じメールだったようで、うんざりした顔をしている。


 これも俺の担当だってか?

 仕方がない。ちゃっちゃと電話するか。



 井上さんに電話すると、ワンコールで出た。
 出ただけじゃない。耳元で怒鳴ったのだ。


「この、クソガキ!至急ってメールしただろ!ちんたらしやがって。
 今まで何してやがったんだ?
 こっちは、金払ってるんだ。すぐ返事しろってったら、1分以内に返事しやがれ!」

 
 条件反射でスマホから耳を離した。
 隣で耳をそばだてていた祐樹も慌てて体を引いた。

 
 思わず周りを見回すと、誰もいなかったので胸を撫でおろした。


「聞いてるか?シャキッとしろよ。ガキィ。
 締め切りは昨日だ。とっくに過ぎてるだろ?
 大至急先生んとこ行って、さっさと原稿送れって尻叩いて来い!」

 

 スマホから、喚き声が聞こえるが、馬鹿馬鹿しくて付き合ってられない。
 
 この人、完全にキャラが変わっている。

 百合さんの前では、真面目で控え目だけど粘り腰の好青年って感じだったのに。
 
 

 二重人格だったのか。



 一体誰のせいで連絡が遅くなったと思ってるんだろう。

 祐樹が俺の手からスマホをひったくって、ドスの利いた声で答えた。


「今まで何してたかって?
 教えてあげましょう。
 スマホ没収の刑にあって、連絡しようにもできなかったんです」

「なに?スマホ没収?」

「あんたがメールよこしたのは、授業中だ。
 俺たち高校生は建前ではスマホや携帯禁止。百歩譲って持ってたとしても、授業中は電源切るかマナーモードにしなけりゃならない。
 受信音なんか鳴らしたら、授業を妨害したかどで取り上げられることになってる。
 あんたのメールは、禁を破った。
 だから、取り上げられて、さっきまで返してもらえなかった」

「クソっ。田舎の高校って…」

「ちなみに、もう5時だ。秋の日はつるべ落としだ。この時間から柴山へ行けるわけない」

「何?手前ぇ、誰に向かって言ってるんだ?ライトでもなんでもつけて行けよ」

「覚えてないようなら、思い出させてやる。
 俺たちとの契約は、毎週土曜に柴山に通うってことだけだ。今日は、何曜だ?」

「なに?」

「あんたとの契約に、平日は入ってないってことだ。
 俺たちだって、そんな暇じゃない。課題だってあるし」

「担当代行の仕事引き受けるって言ったじゃないか!」

「言いましたよ。あんたが、土曜だけで良いって言ったからじゃないですか」

「だったら、どうすりゃ良いんだ?今から、そっちへ行けるわけないじゃないか!」

「そんなこと、俺たちの知ったこっちゃない」


 井上さんは、俺たちを手駒として利用しようとしていたんだろう。

 彼は、思い通りにならないことに慌てた。
 しばらくパニックになって電話口で叫んでいたが、聞くに堪えない暴言ばかりでげんなりした。

 
 よっぽど切羽詰まってるんだろう。

 しばらくして正気に戻った井上さんは、泣き脅しにかかった。

 最初からそうしていれば、展開も変わっていたかもしれないが、もう遅い。


「そんなあ、固いこと言わないで、行って来てくれよ。
 まだ原稿できてないなら、泊まり込んででも書いてもらうんだ。
 東京からは遠すぎるんだ。何度も言うけど、こっちだって、金払うんだ。
 払った金の分だけでも、働いてくれよ」

 

 この人のために働こうという気持ちはなくなっていた。
 どんなに切羽詰まっているのか知らないが、脅しに屈するつもりはない。
 

 祐樹が、小馬鹿にしたような調子で宣言した。

 こういう役は、祐樹の担当だ。

「そもそも、契約じゃ、毎週土曜に百合さんのところに行くことになってる。
 先週行って、原稿が遅れてるって報告した。
 俺たちの仕事は、そこまでだ。
 
 あの報告を受けて、さっさと手を打たなかったあんたの責任だ。
 あんまり馬鹿なこと言うなら、俺たちは降りる」

「そんなあ、ひどいじゃないか!
 君たちが引き受けてくれるっていうから、僕はこっちへ帰って来たのにぃ……」
 
 

 くどくどと泣き言をいう井上さんを無視して電話を切った祐樹は、勝手に電源を切ってしまった。

 
 
 あのう、俺のスマホなんだけど……。
 ま、良いけどね。
 
 

 百合が原稿を送らないので、井上さんが切羽詰まっていた。藁にもすがる思いで連絡したのだろう。
 

 だが、俺たちだって、授業を投げ出して柴山に行けるわけもない。
 
 そういえば、プロット作成のときも、「〇〇日までにプロットを作成して送れ」ってメールが来ていた。
 あんときは、「井上さんの胃に穴が開かないうちに、プロット送ってね」って言っといた。
 
 締め切りの直前の土曜日。俺たちが百合さんの状況を報告すると、「月曜が締め切りだから、そのままの勢いで執筆してもらえ」
って、メールが来てた。

 あのとき、嫌な予感がしていた。
 正直、そんなに気になるなら、締め切り直前は、柴山へ泊まり込めば良いのに、と思った。
 
 
 とにかく、平日に柴山へ行くことなんか、契約内容に入ってない。俺たち高校生は勉強が本分だ。
 
 ま、そんなに必死に勉強してるわけじゃないけど。

 あんまり、やいのやいのせっつかれるので、俺も祐樹も、安易に引き受けたことを後悔していた。
 

 祐樹なんか、他人を道具としてしか見ず、裏表があって計算高い井上さんが嫌いだと言い張った。




 お前なあ、俺に言わせれば、同族嫌悪だぞ。
 お前と井上さんはちょっと似てるんだ。



 
 祐樹の反撃に溜飲を下げた俺たちは、井上さんとの契約を解除することにし、百合とは純粋に遊ぶだけにしようと決めた。





しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

里帰りをしていたら離婚届が送られてきたので今から様子を見に行ってきます

結城芙由奈@コミカライズ連載中
恋愛
<離婚届?納得いかないので今から内密に帰ります> 政略結婚で2年もの間「白い結婚」を続ける最中、妹の出産祝いで里帰りしていると突然届いた離婚届。あまりに理不尽で到底受け入れられないので内緒で帰ってみた結果・・・? ※「カクヨム」「小説家になろう」にも投稿しています

偽夫婦お家騒動始末記

紫紺
歴史・時代
【第10回歴史時代大賞、奨励賞受賞しました!】 故郷を捨て、江戸で寺子屋の先生を生業として暮らす篠宮隼(しのみやはやて)は、ある夜、茶屋から足抜けしてきた陰間と出会う。 紫音(しおん)という若い男との奇妙な共同生活が始まるのだが。 隼には胸に秘めた決意があり、紫音との生活はそれを遂げるための策の一つだ。だが、紫音の方にも実は裏があって……。 江戸を舞台に様々な陰謀が駆け巡る。敢えて裏街道を走る隼に、念願を叶える日はくるのだろうか。 そして、拾った陰間、紫音の正体は。 活劇と謎解き、そして恋心の長編エンタメ時代小説です。

【完結】平凡な魔法使いですが、国一番の騎士に溺愛されています

空月
ファンタジー
この世界には『善い魔法使い』と『悪い魔法使い』がいる。 『悪い魔法使い』の根絶を掲げるシュターメイア王国の魔法使いフィオラ・クローチェは、ある日魔法の暴発で幼少時の姿になってしまう。こんな姿では仕事もできない――というわけで有給休暇を得たフィオラだったが、一番の友人を自称するルカ=セト騎士団長に、何故かなにくれとなく世話をされることに。 「……おまえがこんなに子ども好きだとは思わなかった」 「いや、俺は子どもが好きなんじゃないよ。君が好きだから、子どもの君もかわいく思うし好きなだけだ」 そんなことを大真面目に言う国一番の騎士に溺愛される、平々凡々な魔法使いのフィオラが、元の姿に戻るまでと、それから。 ◆三部完結しました。お付き合いありがとうございました。(2024/4/4)

わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...

MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。 ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。 さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか? そのほかに外伝も綴りました。

少年神官系勇者―異世界から帰還する―

mono-zo
ファンタジー
幼くして異世界に消えた主人公、帰ってきたがそこは日本、家なし・金なし・免許なし・職歴なし・常識なし・そもそも未成年、無い無い尽くしでどう生きる? 別サイトにて無名から投稿開始して100日以内に100万PV達成感謝✨ この作品は「カクヨム」にも掲載しています。(先行) この作品は「小説家になろう」にも掲載しています。 この作品は「ノベルアップ+」にも掲載しています。 この作品は「エブリスタ」にも掲載しています。 この作品は「pixiv」にも掲載しています。

愛人を選んだ夫を捨てたら、元婚約者の公爵に捕まりました

由香
恋愛
伯爵夫人リュシエンヌは、夫が公然と愛人を囲う結婚生活を送っていた。 尽くしても感謝されず、妻としての役割だけを求められる日々。 けれど彼女は、泣きわめくことも縋ることもなく、静かに離婚を選ぶ。 そうして“捨てられた妻”になったはずの彼女の前に現れたのは、かつて婚約していた元婚約者――冷静沈着で有能な公爵セドリックだった。 再会とともに始まるのは、彼女の価値を正しく理解し、決して手放さない男による溺愛の日々。 一方、彼女を失った元夫は、妻が担っていたすべてを失い、社会的にも転落していく。 “尽くすだけの妻”から、“選ばれ、守られる女性”へ。 静かに離婚しただけなのに、 なぜか元婚約者の公爵に捕まりました。

後宮の胡蝶 ~皇帝陛下の秘密の妃~

菱沼あゆ
キャラ文芸
 突然の譲位により、若き皇帝となった苑楊は封印されているはずの宮殿で女官らしき娘、洋蘭と出会う。  洋蘭はこの宮殿の牢に住む老人の世話をしているのだと言う。  天女のごとき外見と豊富な知識を持つ洋蘭に心惹かれはじめる苑楊だったが。  洋蘭はまったく思い通りにならないうえに、なにかが怪しい女だった――。  中華後宮ラブコメディ。

✿ 私は夫のことが好きなのに、彼は私なんかよりずっと若くてきれいでスタイルの良い女が好きらしい 

設楽理沙
ライト文芸
累計ポイント110万ポイント超えました。皆さま、ありがとうございます。❀ 結婚後、2か月足らずで夫の心変わりを知ることに。 結婚前から他の女性と付き合っていたんだって。 それならそうと、ちゃんと話してくれていれば、結婚なんて しなかった。 呆れた私はすぐに家を出て自立の道を探すことにした。 それなのに、私と別れたくないなんて信じられない 世迷言を言ってくる夫。 だめだめ、信用できないからね~。 さようなら。 *******.✿..✿.******* ◇|日比野滉星《ひびのこうせい》32才   会社員 ◇ 日比野ひまり 32才 ◇ 石田唯    29才          滉星の同僚 ◇新堂冬也    25才 ひまりの転職先の先輩(鉄道会社) 2025.4.11 完結 25649字 

処理中です...