そこは誰もいなくなった

椿 雅香

文字の大きさ
21 / 27

百合と自転車(2)

しおりを挟む
   百合は俺たちをこき使ったり、小説のネタにして利用するだけじゃなかった。
 give and take を地で行っていて、お世話になったら、ちゃんとお礼もするのだ。



 この日は、ロープで助けてくれたお礼だと言って、お好み焼きをご馳走してくれた。

「ウチ、大阪の女やさかい、粉もんは得意なんや」
と得意そうに胸を張って、お好み焼きを作る。

 お好み焼きぐらい、その辺のお好み焼き屋で十分だと思っていたが、百合のお好み焼きは、普通じゃなかった。

「キャベツはてんこ盛りにするんや」

 そう言いながら、丸々一個をみじん切りより大きめ、一センチ四方より小さく切る。

「絶対長芋が要るんや」

 奮っていたのは、長芋をフードプロセッサでおろしたことだ。
 百合によれば、この方が楽だし、手もかゆくならないのだという。
 
 それにしても大量におろすので、祐樹も俺もびっくりだった。


「で、ここへ小麦粉をちょっとだけ入れて、ダシの素入れて、卵入れて、泡だて器で混ぜる」


 思わず訊いた。

「ダシの素なんか入れるんですか?」

「本当は、だし汁入れるとこなんや。
 
 そやけど、自然薯ならしっかりしとるけど、長芋は緩いやろ?
 卵入れてだし汁入れたら、水っぽうなってしもう。
 そやから、ウチが考えたんや。だし汁の代わりにダシの素入れたら、卵三つ四つ入れても大丈夫やろかって。
 
 やってみたら、大正解やったわ」

「そんなもんなんですか」
 料理研究家でもあるまいし、そんな勝手にレシピいじるなんて……。

「そう。食べもん、とりわけ粉もんは、大阪の人間に任せよし」

 
 

 そうやってできたお好み焼きは、今まで食べたことのない味だった。
 長芋のふんわりねっとりした食感が大量のキャベツやソースの味と相まって、これぞ大阪のお好み焼きって感じだった。

 俺も祐樹も、気が付いたら三枚も食べていた。




 
 12月に入ると、冬支度が始まる。
  

 柴山では、雪対策をしなければ、下手すると家が潰れる。

 百合のようなおばさんが屋根に上がって雪下ろしをするなんて無理な話だし、井上――俺と祐樹は、この頃には、陰で『井上さん』じゃなく『井上』と呼ぶようになっていた。その程度のヤツって意味だ――に頼むのも無理だろう。
 かといって、雪をかき分けて俺たちが出かけて行くこともできない。何しろ、雪が積もったら、自転車は使えないのだから。

 自転車が使えないということは、柴山へ行けないってことで、最初に秘密基地を作った時からの予定通り、冬の間は、サイクリング同好会は休業することになる。
 
 まあ、言うなら、冬眠だ。
 


 でも、あの雪深い柴山で百合が一人で冬を越すのかと思うと、とんでもないおばさんでも心配になった。
 
 




 百合から、来年の春までのお別れパーティーの連絡があったのは、12月の半ばのことだ。


 家ではこたつやストーブを出し、学校では暖房が入って、あちこちで冬支度が終わっている。

 柴山の百合の家も、冬支度を終えていた。
 雪の重みでガラスが割れないよう、窓には雨戸を付けてある。
 もしかして、雪のある間――つまり春が来るまで――閉めたままにするのだろうか?

 無精者の百合のことだ。絶対、ほったらかしにするだろう。
 そしたら、開けるとき大変だろう。
 もしかして、手伝わされることになったりして……。



 屋根に塩化ビニールのパイプが這わせてある。祐樹と秘密基地を作るとき相談した、屋根に井戸水をまく融雪装置だ。
 前に、百合に雪対策を訊かれて、この装置を検討するよう進言したのを取り入れたのだ。


 パーティーでは、クリスマスのご馳走が出た。有名レストランの通販で買った料理(冷凍状態で入手したらしい)と、百合の手料理の二種類だ。
 どれも美味しくて、俺たちは幸せに浸った。

 

 百合と会ってからいろいろあったけど、楽しかったことの方が多いから、まあ、いっか。
 春まで会えないけど、この間、なかなか刺激的な経験ができたから、まあ、いっか。
 春になったら、また、このおばさんに振り回されるんだろうけど、この人と付き合うのは楽しいから、まあ、いっか。

 

 チキンをかじりながら談笑していると、百合が真面目に頭を下げた。


「あんたらの言ってた融雪装置、付けてみたんや。
 ありがとな。
 ウチ、雪のこと、よう知らんから、ものすご参考になったわ」


 

 百合は、言うべき礼はキチンと言う。そこが、井上との違いだ。



 あれっきり、井上からは連絡がない。もちろん、こっちから連絡することもない。

 あの事件の前に二回ほど電話していたが、バイト料は請求しなかった。
 あの人の仕事を引き受けてしまったことが不愉快だったし、一刻も早く縁を切りたかったから。


 

 でも、この日のパーティーの最中に件の井上が現れた。
 
 何のことはない。翌日、近くの街で別の作家のサイン会があるので、ついでに百合の様子を見に来たのだという。

 
 百合の機嫌を取るためだろう。京都のお菓子を持参していた。
 今度は、『おせき餅』という名のあんころ餅だ。

 
 毎度のことながら、一旦京都まで出向いてからこっちへ回って来たのだろうか。
 別の仕事があったとしても、ご苦労なことだ。

 
 おせき餅は生菓子で、明日になると固くなるから急いで食べないといけないという。
 
 前に持って来た『ふたば』の豆餅もそんなこと言ってたっけ。
 京都のお菓子って、賞味期限が短いものが多いんだろうか?
 
 でも、ケーキだって当日中にお召し上がりくださいって書いてある。あれと同じようなものなんだろう。

 
 井上は、俺たちに普通に挨拶し、あんなことがあったなんて、毛ほども感じさせなかった。
 俺たちのことなんか眼中にないのだろう。

 
 大人なんだろうが、俺たちのことを馬鹿にしているようで、面白くない。
 信用するに値しない大人だ。



 ご馳走の味が一気に落ちたのは、気のせいじゃないだろう。




しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

里帰りをしていたら離婚届が送られてきたので今から様子を見に行ってきます

結城芙由奈@コミカライズ連載中
恋愛
<離婚届?納得いかないので今から内密に帰ります> 政略結婚で2年もの間「白い結婚」を続ける最中、妹の出産祝いで里帰りしていると突然届いた離婚届。あまりに理不尽で到底受け入れられないので内緒で帰ってみた結果・・・? ※「カクヨム」「小説家になろう」にも投稿しています

偽夫婦お家騒動始末記

紫紺
歴史・時代
【第10回歴史時代大賞、奨励賞受賞しました!】 故郷を捨て、江戸で寺子屋の先生を生業として暮らす篠宮隼(しのみやはやて)は、ある夜、茶屋から足抜けしてきた陰間と出会う。 紫音(しおん)という若い男との奇妙な共同生活が始まるのだが。 隼には胸に秘めた決意があり、紫音との生活はそれを遂げるための策の一つだ。だが、紫音の方にも実は裏があって……。 江戸を舞台に様々な陰謀が駆け巡る。敢えて裏街道を走る隼に、念願を叶える日はくるのだろうか。 そして、拾った陰間、紫音の正体は。 活劇と謎解き、そして恋心の長編エンタメ時代小説です。

【完結】平凡な魔法使いですが、国一番の騎士に溺愛されています

空月
ファンタジー
この世界には『善い魔法使い』と『悪い魔法使い』がいる。 『悪い魔法使い』の根絶を掲げるシュターメイア王国の魔法使いフィオラ・クローチェは、ある日魔法の暴発で幼少時の姿になってしまう。こんな姿では仕事もできない――というわけで有給休暇を得たフィオラだったが、一番の友人を自称するルカ=セト騎士団長に、何故かなにくれとなく世話をされることに。 「……おまえがこんなに子ども好きだとは思わなかった」 「いや、俺は子どもが好きなんじゃないよ。君が好きだから、子どもの君もかわいく思うし好きなだけだ」 そんなことを大真面目に言う国一番の騎士に溺愛される、平々凡々な魔法使いのフィオラが、元の姿に戻るまでと、それから。 ◆三部完結しました。お付き合いありがとうございました。(2024/4/4)

わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...

MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。 ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。 さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか? そのほかに外伝も綴りました。

少年神官系勇者―異世界から帰還する―

mono-zo
ファンタジー
幼くして異世界に消えた主人公、帰ってきたがそこは日本、家なし・金なし・免許なし・職歴なし・常識なし・そもそも未成年、無い無い尽くしでどう生きる? 別サイトにて無名から投稿開始して100日以内に100万PV達成感謝✨ この作品は「カクヨム」にも掲載しています。(先行) この作品は「小説家になろう」にも掲載しています。 この作品は「ノベルアップ+」にも掲載しています。 この作品は「エブリスタ」にも掲載しています。 この作品は「pixiv」にも掲載しています。

愛人を選んだ夫を捨てたら、元婚約者の公爵に捕まりました

由香
恋愛
伯爵夫人リュシエンヌは、夫が公然と愛人を囲う結婚生活を送っていた。 尽くしても感謝されず、妻としての役割だけを求められる日々。 けれど彼女は、泣きわめくことも縋ることもなく、静かに離婚を選ぶ。 そうして“捨てられた妻”になったはずの彼女の前に現れたのは、かつて婚約していた元婚約者――冷静沈着で有能な公爵セドリックだった。 再会とともに始まるのは、彼女の価値を正しく理解し、決して手放さない男による溺愛の日々。 一方、彼女を失った元夫は、妻が担っていたすべてを失い、社会的にも転落していく。 “尽くすだけの妻”から、“選ばれ、守られる女性”へ。 静かに離婚しただけなのに、 なぜか元婚約者の公爵に捕まりました。

後宮の胡蝶 ~皇帝陛下の秘密の妃~

菱沼あゆ
キャラ文芸
 突然の譲位により、若き皇帝となった苑楊は封印されているはずの宮殿で女官らしき娘、洋蘭と出会う。  洋蘭はこの宮殿の牢に住む老人の世話をしているのだと言う。  天女のごとき外見と豊富な知識を持つ洋蘭に心惹かれはじめる苑楊だったが。  洋蘭はまったく思い通りにならないうえに、なにかが怪しい女だった――。  中華後宮ラブコメディ。

✿ 私は夫のことが好きなのに、彼は私なんかよりずっと若くてきれいでスタイルの良い女が好きらしい 

設楽理沙
ライト文芸
累計ポイント110万ポイント超えました。皆さま、ありがとうございます。❀ 結婚後、2か月足らずで夫の心変わりを知ることに。 結婚前から他の女性と付き合っていたんだって。 それならそうと、ちゃんと話してくれていれば、結婚なんて しなかった。 呆れた私はすぐに家を出て自立の道を探すことにした。 それなのに、私と別れたくないなんて信じられない 世迷言を言ってくる夫。 だめだめ、信用できないからね~。 さようなら。 *******.✿..✿.******* ◇|日比野滉星《ひびのこうせい》32才   会社員 ◇ 日比野ひまり 32才 ◇ 石田唯    29才          滉星の同僚 ◇新堂冬也    25才 ひまりの転職先の先輩(鉄道会社) 2025.4.11 完結 25649字 

処理中です...