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百合と自転車(2)
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百合は俺たちをこき使ったり、小説のネタにして利用するだけじゃなかった。
give and take を地で行っていて、お世話になったら、ちゃんとお礼もするのだ。
この日は、ロープで助けてくれたお礼だと言って、お好み焼きをご馳走してくれた。
「ウチ、大阪の女やさかい、粉もんは得意なんや」
と得意そうに胸を張って、お好み焼きを作る。
お好み焼きぐらい、その辺のお好み焼き屋で十分だと思っていたが、百合のお好み焼きは、普通じゃなかった。
「キャベツはてんこ盛りにするんや」
そう言いながら、丸々一個をみじん切りより大きめ、一センチ四方より小さく切る。
「絶対長芋が要るんや」
奮っていたのは、長芋をフードプロセッサでおろしたことだ。
百合によれば、この方が楽だし、手もかゆくならないのだという。
それにしても大量におろすので、祐樹も俺もびっくりだった。
「で、ここへ小麦粉をちょっとだけ入れて、ダシの素入れて、卵入れて、泡だて器で混ぜる」
思わず訊いた。
「ダシの素なんか入れるんですか?」
「本当は、だし汁入れるとこなんや。
そやけど、自然薯ならしっかりしとるけど、長芋は緩いやろ?
卵入れてだし汁入れたら、水っぽうなってしもう。
そやから、ウチが考えたんや。だし汁の代わりにダシの素入れたら、卵三つ四つ入れても大丈夫やろかって。
やってみたら、大正解やったわ」
「そんなもんなんですか」
料理研究家でもあるまいし、そんな勝手にレシピいじるなんて……。
「そう。食べ物、とりわけ粉もんは、大阪の人間に任せよし」
そうやってできたお好み焼きは、今まで食べたことのない味だった。
長芋のふんわりねっとりした食感が大量のキャベツやソースの味と相まって、これぞ大阪のお好み焼きって感じだった。
俺も祐樹も、気が付いたら三枚も食べていた。
12月に入ると、冬支度が始まる。
柴山では、雪対策をしなければ、下手すると家が潰れる。
百合のようなおばさんが屋根に上がって雪下ろしをするなんて無理な話だし、井上――俺と祐樹は、この頃には、陰で『井上さん』じゃなく『井上』と呼ぶようになっていた。その程度のヤツって意味だ――に頼むのも無理だろう。
かといって、雪をかき分けて俺たちが出かけて行くこともできない。何しろ、雪が積もったら、自転車は使えないのだから。
自転車が使えないということは、柴山へ行けないってことで、最初に秘密基地を作った時からの予定通り、冬の間は、サイクリング同好会は休業することになる。
まあ、言うなら、冬眠だ。
でも、あの雪深い柴山で百合が一人で冬を越すのかと思うと、とんでもないおばさんでも心配になった。
百合から、来年の春までのお別れパーティーの連絡があったのは、12月の半ばのことだ。
家ではこたつやストーブを出し、学校では暖房が入って、あちこちで冬支度が終わっている。
柴山の百合の家も、冬支度を終えていた。
雪の重みでガラスが割れないよう、窓には雨戸を付けてある。
もしかして、雪のある間――つまり春が来るまで――閉めたままにするのだろうか?
無精者の百合のことだ。絶対、ほったらかしにするだろう。
そしたら、開けるとき大変だろう。
もしかして、手伝わされることになったりして……。
屋根に塩化ビニールのパイプが這わせてある。祐樹と秘密基地を作るとき相談した、屋根に井戸水をまく融雪装置だ。
前に、百合に雪対策を訊かれて、この装置を検討するよう進言したのを取り入れたのだ。
パーティーでは、クリスマスのご馳走が出た。有名レストランの通販で買った料理(冷凍状態で入手したらしい)と、百合の手料理の二種類だ。
どれも美味しくて、俺たちは幸せに浸った。
百合と会ってからいろいろあったけど、楽しかったことの方が多いから、まあ、いっか。
春まで会えないけど、この間、なかなか刺激的な経験ができたから、まあ、いっか。
春になったら、また、このおばさんに振り回されるんだろうけど、この人と付き合うのは楽しいから、まあ、いっか。
チキンをかじりながら談笑していると、百合が真面目に頭を下げた。
「あんたらの言ってた融雪装置、付けてみたんや。
ありがとな。
ウチ、雪のこと、よう知らんから、ものすご参考になったわ」
百合は、言うべき礼はキチンと言う。そこが、井上との違いだ。
あれっきり、井上からは連絡がない。もちろん、こっちから連絡することもない。
あの事件の前に二回ほど電話していたが、バイト料は請求しなかった。
あの人の仕事を引き受けてしまったことが不愉快だったし、一刻も早く縁を切りたかったから。
でも、この日のパーティーの最中に件の井上が現れた。
何のことはない。翌日、近くの街で別の作家のサイン会があるので、ついでに百合の様子を見に来たのだという。
百合の機嫌を取るためだろう。京都のお菓子を持参していた。
今度は、『おせき餅』という名のあんころ餅だ。
毎度のことながら、一旦京都まで出向いてからこっちへ回って来たのだろうか。
別の仕事があったとしても、ご苦労なことだ。
おせき餅は生菓子で、明日になると固くなるから急いで食べないといけないという。
前に持って来た『ふたば』の豆餅もそんなこと言ってたっけ。
京都のお菓子って、賞味期限が短いものが多いんだろうか?
でも、ケーキだって当日中にお召し上がりくださいって書いてある。あれと同じようなものなんだろう。
井上は、俺たちに普通に挨拶し、あんなことがあったなんて、毛ほども感じさせなかった。
俺たちのことなんか眼中にないのだろう。
大人なんだろうが、俺たちのことを馬鹿にしているようで、面白くない。
信用するに値しない大人だ。
ご馳走の味が一気に落ちたのは、気のせいじゃないだろう。
give and take を地で行っていて、お世話になったら、ちゃんとお礼もするのだ。
この日は、ロープで助けてくれたお礼だと言って、お好み焼きをご馳走してくれた。
「ウチ、大阪の女やさかい、粉もんは得意なんや」
と得意そうに胸を張って、お好み焼きを作る。
お好み焼きぐらい、その辺のお好み焼き屋で十分だと思っていたが、百合のお好み焼きは、普通じゃなかった。
「キャベツはてんこ盛りにするんや」
そう言いながら、丸々一個をみじん切りより大きめ、一センチ四方より小さく切る。
「絶対長芋が要るんや」
奮っていたのは、長芋をフードプロセッサでおろしたことだ。
百合によれば、この方が楽だし、手もかゆくならないのだという。
それにしても大量におろすので、祐樹も俺もびっくりだった。
「で、ここへ小麦粉をちょっとだけ入れて、ダシの素入れて、卵入れて、泡だて器で混ぜる」
思わず訊いた。
「ダシの素なんか入れるんですか?」
「本当は、だし汁入れるとこなんや。
そやけど、自然薯ならしっかりしとるけど、長芋は緩いやろ?
卵入れてだし汁入れたら、水っぽうなってしもう。
そやから、ウチが考えたんや。だし汁の代わりにダシの素入れたら、卵三つ四つ入れても大丈夫やろかって。
やってみたら、大正解やったわ」
「そんなもんなんですか」
料理研究家でもあるまいし、そんな勝手にレシピいじるなんて……。
「そう。食べ物、とりわけ粉もんは、大阪の人間に任せよし」
そうやってできたお好み焼きは、今まで食べたことのない味だった。
長芋のふんわりねっとりした食感が大量のキャベツやソースの味と相まって、これぞ大阪のお好み焼きって感じだった。
俺も祐樹も、気が付いたら三枚も食べていた。
12月に入ると、冬支度が始まる。
柴山では、雪対策をしなければ、下手すると家が潰れる。
百合のようなおばさんが屋根に上がって雪下ろしをするなんて無理な話だし、井上――俺と祐樹は、この頃には、陰で『井上さん』じゃなく『井上』と呼ぶようになっていた。その程度のヤツって意味だ――に頼むのも無理だろう。
かといって、雪をかき分けて俺たちが出かけて行くこともできない。何しろ、雪が積もったら、自転車は使えないのだから。
自転車が使えないということは、柴山へ行けないってことで、最初に秘密基地を作った時からの予定通り、冬の間は、サイクリング同好会は休業することになる。
まあ、言うなら、冬眠だ。
でも、あの雪深い柴山で百合が一人で冬を越すのかと思うと、とんでもないおばさんでも心配になった。
百合から、来年の春までのお別れパーティーの連絡があったのは、12月の半ばのことだ。
家ではこたつやストーブを出し、学校では暖房が入って、あちこちで冬支度が終わっている。
柴山の百合の家も、冬支度を終えていた。
雪の重みでガラスが割れないよう、窓には雨戸を付けてある。
もしかして、雪のある間――つまり春が来るまで――閉めたままにするのだろうか?
無精者の百合のことだ。絶対、ほったらかしにするだろう。
そしたら、開けるとき大変だろう。
もしかして、手伝わされることになったりして……。
屋根に塩化ビニールのパイプが這わせてある。祐樹と秘密基地を作るとき相談した、屋根に井戸水をまく融雪装置だ。
前に、百合に雪対策を訊かれて、この装置を検討するよう進言したのを取り入れたのだ。
パーティーでは、クリスマスのご馳走が出た。有名レストランの通販で買った料理(冷凍状態で入手したらしい)と、百合の手料理の二種類だ。
どれも美味しくて、俺たちは幸せに浸った。
百合と会ってからいろいろあったけど、楽しかったことの方が多いから、まあ、いっか。
春まで会えないけど、この間、なかなか刺激的な経験ができたから、まあ、いっか。
春になったら、また、このおばさんに振り回されるんだろうけど、この人と付き合うのは楽しいから、まあ、いっか。
チキンをかじりながら談笑していると、百合が真面目に頭を下げた。
「あんたらの言ってた融雪装置、付けてみたんや。
ありがとな。
ウチ、雪のこと、よう知らんから、ものすご参考になったわ」
百合は、言うべき礼はキチンと言う。そこが、井上との違いだ。
あれっきり、井上からは連絡がない。もちろん、こっちから連絡することもない。
あの事件の前に二回ほど電話していたが、バイト料は請求しなかった。
あの人の仕事を引き受けてしまったことが不愉快だったし、一刻も早く縁を切りたかったから。
でも、この日のパーティーの最中に件の井上が現れた。
何のことはない。翌日、近くの街で別の作家のサイン会があるので、ついでに百合の様子を見に来たのだという。
百合の機嫌を取るためだろう。京都のお菓子を持参していた。
今度は、『おせき餅』という名のあんころ餅だ。
毎度のことながら、一旦京都まで出向いてからこっちへ回って来たのだろうか。
別の仕事があったとしても、ご苦労なことだ。
おせき餅は生菓子で、明日になると固くなるから急いで食べないといけないという。
前に持って来た『ふたば』の豆餅もそんなこと言ってたっけ。
京都のお菓子って、賞味期限が短いものが多いんだろうか?
でも、ケーキだって当日中にお召し上がりくださいって書いてある。あれと同じようなものなんだろう。
井上は、俺たちに普通に挨拶し、あんなことがあったなんて、毛ほども感じさせなかった。
俺たちのことなんか眼中にないのだろう。
大人なんだろうが、俺たちのことを馬鹿にしているようで、面白くない。
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ご馳走の味が一気に落ちたのは、気のせいじゃないだろう。
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