24 / 27
大野小百合(3)
しおりを挟むしばらくして、俺は気が付いた。百合と小百合の両者が一緒にいることがないのだ。
どちらかがいると、どちらかがいない。
仕事の場合もあれば、遊びの場合もある。
でも、二人一緒という場面がないのだ。
この法則性を、俺はこっそり、『百合と小百合の法則』と呼ぶことにした。
そして、両者の容姿、趣味、嗜好それに話し方(関西弁)が極めて酷似していることにも気が付いた。
別の人間というには、似すぎている。
叔母と姪だから、似ているのだろうか?
そう思うが、それにしても似すぎている。
まるで、小百合が年をとって百合になったようだ。逆に、百合が若返って小百合になったとか。
まさかね。
こっそり祐樹に言うと、ネット小説の読み過ぎだと一笑された。
そんなこんなでグルグルするうちに、ゴールデンウイークが過ぎ、中間テストが始まった。
テスト期間中は柴山なんかへ行ってる余裕はない。
ひたすら、忘れたことを思い出し、思い出せたことで解答を求めるのだ。
人間は、忘れる生き物だ。俺が忘れっぽいからと言って、認知症だと批判されることはないだろう。
でも、記憶力が良ければ、もっと楽に生きてけるだろうに。
ないものねだりだ。
中間テストが終わったので、即行柴山へ出かけた。
留守番の小百合がいて、百合が東京へ出かけたと笑いながら事情を説明してくれた。
小百合によれば、井上の会社の編集長から、どうしても東京近郊に住んでほしいとの要望はあるのだという。
自然の中というなら、多摩とか伊豆とか、とにかく行き来しやすい場所に住んでほしいというのだ。
「でも、多摩とか伊豆の山の中って、絶対、こことあんまり変わらへんと思うんやけど」
百合は、性懲りもなくそう言ってるらしい。
ただ、東京へ呼ばれて、ホテルに缶詰めにされることが増えてるのだという。
高校二年の俺たちは、ことの成り行きに興味を持った。
井上どころかその上の人まで出て来て、百合と戦っているのだ。
がんばれ、百合!
「俊哉、片や海千山千の編集長、片や腹黒の大阪のおばちゃん。この勝負、勝つのは、どっちだと思う?」
祐樹が訊くので、頭を抱えた。
「お前な、あの人たちにとっちゃ、大問題なんだぞ」
「あの人たちって、どっちのことだ?」
うっ。そう来たか。
「井上と編集長に決まってる」
「百合さんにとっちゃ、大問題じゃないのか?」
「まあ、ほどほどの問題だろうな。あの人にとっちゃ、見世物にならなかったらそれで良いんだから」
「で、どっちに賭ける?」
「百合さんに500円」
確率2分の1だ。
丁半どっちって感じだ。どうせなら、好きな人に賭けたい。
「じゃあ、俺は、編集長に500円にしよう」
祐樹が乗って、賭けが成立した。
台所で食事の用意をしていた小百合が聞き耳を立てていたようだ。
突然、笑い声が聞こえた。
そんなに笑わなくても良いじゃないか。
パスタができたと呼びに来た小百合が、笑いながら俺たちに言った。
「ウチも編集長が勝つに500円や。
おばさん、あれで、案外優しいんや。
そやから、他人が自分のせいで苦労しとるって状況を申し訳なく思とるはずや」
「まさかあ」
「うっそ」
声がキッチリハモった。
小百合が、俺たちの声が揃ったのがおかしいと腹を抱えて笑ったので、俺たちは憮然としてパスタを飲み込んだ。
百合と小百合の違いは、百合がいろんな料理を作るのに、小百合はパスタをゆでてレトルトのソースであえる料理しか作れないってことだ。
いっぺんだけパスタ以外のものを作ったが、それはたこ焼きだった。
大阪の家には、もれなくたこ焼き機があって、大阪人はたこ焼きを作るのが上手なのだと言いながら、器用にたこ焼きを丸めていた。
百合の姪だけあって、粉もんが得意らしい。
そして、この日、もう一つの違いを見つけた。
小百合が笑い上戸だということだ。
全く、針が転げてもおかしい年頃の娘は困ったものだ。
何度か柴山へ通って、断片的に聞いた話を組み立てる――こちらに下心があるので、真正面から本人に訊けないのが辛いところだ――と、どうやら小百合は、高校を卒業後、親族一同の命を受けて、百合の世話をすべく柴山へ来たらしい。
事情が分かると、安心して好意を持つことができるようになった。
だって、いくら百合の姪だといっても、正体が分からない相手に恋なんかできるわけないじゃないか。
後に、クラスの女子に、
「やめておこうって思っても、してしまうのが恋というものなのよ。
松村くんみたいに相手の素性と立場を考えてから好きになるとかならないとか言ってるうちは、恋じゃないわ」って、バカにされた。
でも、祐樹も俺と同じようなものだった。
祐樹も小百合に好意を持っていることが分かると、俺は焦った。
俺たちは夏目漱石の『こころ』みたいに、友だち同士で一人の女性を愛してしまうのだろうか?
それは、困る。
祐樹に恋をする女子は多かった。
今まで何度もラブレターを預かった。
俺がラブレターを預かると、決まって祐樹は文句を言った。
祐樹は、女子が俺に手紙を預けるのは、俺に対して失礼だと言うのだ。
俺は別段気にならなかった。好きな相手じゃないし、お役に立てるなら、まあ、いっかってな調子で引き受けたのだ。女子が祐樹を好きになるのは、いつものことだし。
でも、今回は違った。
俺は小百合が気になっていた。気になって仕方がない。
側にいたいと思う。これが好きってことだろう。
祐樹も同じなのだ。
絶望的な展開だった。
今まで祐樹に勝てたことなんかない。
勝てるはずがないと思っていたし、勝とうと思ったこともない。
でも、このままずるずる流されたら、祐樹と小百合が上手く行って、俺一人『はみご』になる。
それが怖くて我慢できなくて限界を超えて爆発したら、下手すると小百合どころか祐樹まで失いかねない。
それだけは、嫌だ。絶対嫌だった。
崖っぷちに立たされた気分だった。
神さまって、いるんだろうか?
いるなら、もっと俺たちを公平に扱ってほしかった。
だって、そうだろ?
俺と祐樹は仲が良い。趣味も似ていりゃ、好みも似てる。
それなのに、容姿も成績も運動神経もそして女子の人気も全然違うのだ。
羨ましさを通り越して嫉妬した。
そういう思いを持つのが嫌で、自分を抑えた。
でも、そうやって自制する自分に偽善っぽいものを感じて、自己嫌悪になった。
どうすれば良いか分からなくて、グルグル悩んだ。
息苦しくて、祐樹の顔をまっすぐ見ることができない。
誰かに助けてほしくって、でも、こういう場合、誰が助けてくれるというんだろう?
散々悩んで、ふと気が付いた。
たった一人、俺の話を聞いてくれる人がいることを。
あの人なら、答えを教えてくれないまでも、俺の気持ちを楽にしてくれるような気がした。
今度会ったら、じっくり話を聞いてもらおう。
0
あなたにおすすめの小説
里帰りをしていたら離婚届が送られてきたので今から様子を見に行ってきます
結城芙由奈@コミカライズ連載中
恋愛
<離婚届?納得いかないので今から内密に帰ります>
政略結婚で2年もの間「白い結婚」を続ける最中、妹の出産祝いで里帰りしていると突然届いた離婚届。あまりに理不尽で到底受け入れられないので内緒で帰ってみた結果・・・?
※「カクヨム」「小説家になろう」にも投稿しています
偽夫婦お家騒動始末記
紫紺
歴史・時代
【第10回歴史時代大賞、奨励賞受賞しました!】
故郷を捨て、江戸で寺子屋の先生を生業として暮らす篠宮隼(しのみやはやて)は、ある夜、茶屋から足抜けしてきた陰間と出会う。
紫音(しおん)という若い男との奇妙な共同生活が始まるのだが。
隼には胸に秘めた決意があり、紫音との生活はそれを遂げるための策の一つだ。だが、紫音の方にも実は裏があって……。
江戸を舞台に様々な陰謀が駆け巡る。敢えて裏街道を走る隼に、念願を叶える日はくるのだろうか。
そして、拾った陰間、紫音の正体は。
活劇と謎解き、そして恋心の長編エンタメ時代小説です。
【完結】平凡な魔法使いですが、国一番の騎士に溺愛されています
空月
ファンタジー
この世界には『善い魔法使い』と『悪い魔法使い』がいる。
『悪い魔法使い』の根絶を掲げるシュターメイア王国の魔法使いフィオラ・クローチェは、ある日魔法の暴発で幼少時の姿になってしまう。こんな姿では仕事もできない――というわけで有給休暇を得たフィオラだったが、一番の友人を自称するルカ=セト騎士団長に、何故かなにくれとなく世話をされることに。
「……おまえがこんなに子ども好きだとは思わなかった」
「いや、俺は子どもが好きなんじゃないよ。君が好きだから、子どもの君もかわいく思うし好きなだけだ」
そんなことを大真面目に言う国一番の騎士に溺愛される、平々凡々な魔法使いのフィオラが、元の姿に戻るまでと、それから。
◆三部完結しました。お付き合いありがとうございました。(2024/4/4)
わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...
MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。
ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。
さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか?
そのほかに外伝も綴りました。
少年神官系勇者―異世界から帰還する―
mono-zo
ファンタジー
幼くして異世界に消えた主人公、帰ってきたがそこは日本、家なし・金なし・免許なし・職歴なし・常識なし・そもそも未成年、無い無い尽くしでどう生きる?
別サイトにて無名から投稿開始して100日以内に100万PV達成感謝✨
この作品は「カクヨム」にも掲載しています。(先行)
この作品は「小説家になろう」にも掲載しています。
この作品は「ノベルアップ+」にも掲載しています。
この作品は「エブリスタ」にも掲載しています。
この作品は「pixiv」にも掲載しています。
愛人を選んだ夫を捨てたら、元婚約者の公爵に捕まりました
由香
恋愛
伯爵夫人リュシエンヌは、夫が公然と愛人を囲う結婚生活を送っていた。
尽くしても感謝されず、妻としての役割だけを求められる日々。
けれど彼女は、泣きわめくことも縋ることもなく、静かに離婚を選ぶ。
そうして“捨てられた妻”になったはずの彼女の前に現れたのは、かつて婚約していた元婚約者――冷静沈着で有能な公爵セドリックだった。
再会とともに始まるのは、彼女の価値を正しく理解し、決して手放さない男による溺愛の日々。
一方、彼女を失った元夫は、妻が担っていたすべてを失い、社会的にも転落していく。
“尽くすだけの妻”から、“選ばれ、守られる女性”へ。
静かに離婚しただけなのに、
なぜか元婚約者の公爵に捕まりました。
後宮の胡蝶 ~皇帝陛下の秘密の妃~
菱沼あゆ
キャラ文芸
突然の譲位により、若き皇帝となった苑楊は封印されているはずの宮殿で女官らしき娘、洋蘭と出会う。
洋蘭はこの宮殿の牢に住む老人の世話をしているのだと言う。
天女のごとき外見と豊富な知識を持つ洋蘭に心惹かれはじめる苑楊だったが。
洋蘭はまったく思い通りにならないうえに、なにかが怪しい女だった――。
中華後宮ラブコメディ。
✿ 私は夫のことが好きなのに、彼は私なんかよりずっと若くてきれいでスタイルの良い女が好きらしい
設楽理沙
ライト文芸
累計ポイント110万ポイント超えました。皆さま、ありがとうございます。❀
結婚後、2か月足らずで夫の心変わりを知ることに。
結婚前から他の女性と付き合っていたんだって。
それならそうと、ちゃんと話してくれていれば、結婚なんて
しなかった。
呆れた私はすぐに家を出て自立の道を探すことにした。
それなのに、私と別れたくないなんて信じられない
世迷言を言ってくる夫。
だめだめ、信用できないからね~。
さようなら。
*******.✿..✿.*******
◇|日比野滉星《ひびのこうせい》32才 会社員
◇ 日比野ひまり 32才
◇ 石田唯 29才 滉星の同僚
◇新堂冬也 25才 ひまりの転職先の先輩(鉄道会社)
2025.4.11 完結 25649字
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる